私がW3Cに来てから3年経ちましたが、Webの創始者ティム・バーナーズ=リーと同じオフィスで仕事が出来ていることに相変わらず興奮しっぱなしの毎日です。今回の特集は、ティムがどのようにしてWebを創ったのか、そもそもWebってどういう意味なのか。W3Cってどういう組織なのか。その歴史をなるべくわかりやすく紹介したいと思います。
カリキュラム開発
山田宏樹Webサイト制作に必要な技術開発とその標準化を行っている世界最高位の団体であるW3C。米国ボストン マサチューセッツ工科大学(MIT)にあるW3C本部で客員研究員として在籍し、HTML開発とインターネット・アカデミーのカリキュラム開発を担当する。
Webの生みの親はイギリス人のティム・バーナーズ=リー博士です。インターネットの中でももっとも重要なシステムであるWWW(World Wide Web)を発明しました。2012年のロンドン五輪で開会式の大トリとして登場したことが記憶にあたらしいですね。
さて、https://www.internetacademy.jp など URLによく使われている 「www」の部分は、もちろんティムの考えた WWW に由来します。では、ティムはどうしてそのシステムに WWW という名前をつけたのでしょうか。
ティムはCERN(セルン)という世界的に有名なスイスにある研究機関に在籍していました。
CERNは、日本語では欧州原子核研究機構と言われていて、素粒子に関する物理学的な研究を中心に行っているところです。とても長い時間のかかる研究をしている機関なので、数千人、数万人の研究者が入れ替わり立ち替わりで研究を進めているそうです。
そこで、CERNでは、こういった研究者の情報やデータ閲覧をスムーズにするシステムを開発できないかという話が持ち上がり、その実現に動いたのが、当時コンピュータ技術者としてCERNに在籍していたティム・バーナーズ=リーだったのです。ティムは、研究に関係のある文献やデータをとにかく1つのコンピュータに集めていきました。そしてさらにその文書同士を「リンク」させる仕組みを計画し、それを実現しました。これが、今でも私たちが使っているWorld Wide Web、いわゆるWebの始まりです。
ティムは、このシステムを発表する時にどんな名前にするかとても悩んでいたようです。たとえば「The Information Mine」という、「情報鉱山」という候補があったようです。これは頭文字を取ると「TIM(ティム)」になりますね。さすがにそれは自分本位すぎる!と思って止めたんだ、と後に本人のWebサイトで語られています。
他には「文書同士が繋がる情報網」ということで「編み目」を意味する「Mesh(メッシュ)」という名前も候補にあがりましたが、これは「混乱」を意味する「Mess(メス)」という言葉に聞き間違えるということで止めたそうです。「World Wide Mesh」=「世界規模の混乱」はむしろ避けたいものです。 そこで悩みに悩んで、世界中に広がる情報網が「クモの巣」のように見えるという理由で、「世界中に広がるクモの巣」=「World Wide Web(WWW)」と名付けたそうです。私たちが当たり前のように使っているWebサイトという言葉のWebの部分はティムのそういうひらめきから誕生した言葉だったのです。
1991年8月6日、ティムは世界で最初のWebサイトを公開しました。一般的にはこの日をWebの誕生日とすることが多いようです。ティムがWebを発表した時の目玉となったのが、「Hyper Text(ハイパーテキスト)」と呼ばれる文書同士を繋げる仕組みです。ハイパーテキストとは、その名前の通り「すごい文字」ということです。今では当たり前になっていることですが、文字をクリックすると他のWebページに移動するいわゆる「リンク」という機能がありますね。その機能を持っている文書のことを「ハイパーテキスト」と呼んだのです。ティムがWeb(サイト)を考案したそもそもの目的が、研究員のデータや文献を相互に繋げることでしたからね。ティムは、それらのWebサイトをつくるための約束事を「HyperText Markup Language(ハイパーテキスト・マークアップ・ランゲージ)の頭文字をとってHTMLと名付けました。ティムってほんとうにネーミングのセンスも抜群ですね。
ティムはこのWebサイトを公開するのと同時に「WWWクライアント」という名前のソフトウェアも発表しました。これは、Webサイトを見るための「Webブラウザー」というものです。現在では、たとえば「Internet Explorer」、「Google Chrome」、「Firefox」、iPhoneやiPadでも使われている「Safari」などが有名ですね。
そしてティムはこの「WWWクライアント」というソフトを無料で世界に公開しました。しかもただソフトを公開したのではなく、ソフトがどのように作られているかという、裏側の仕組みそのものを無料で公開しました。特許も一切取らずにです。これにより、Webは誰のものでもなく、みんなが自由に使えるものとなり、おかげで現在のような発展をすることができました。
誰もが自由に使えるようになったWebというのはビジネス的に見ても大チャンスです。これに目をつけて、続々と新しいWebブラウザーが誕生していきます。
まず始めに、アメリカの国立スーパーコンピュータ応用研究所(NCSA)がMosaic(モザイク)というブラウザーを作りました。Mosaicは画像の表示できるWebブラウザーということでたちまち大人気となりました。
その後、NetscapeやInternet ExplorerといったWebブラウザーが1995年前後にリリースされ、この2つが数年間は2大ブラウザーとして切磋琢磨していきます。1995年というのは「Windows 95」が発売された年で一般家庭に徐々にパソコンが広がりはじめた頃でした。インターネット・アカデミーはこの年に誕生しました。
しかし一方で、複数のWebブラウザーの存在というのはメリットばかりではないという事実もありました。競争が生まれ、Webブラウザーごとにオリジナルの派手な機能を追加しようとして、それぞれに独自のルールを作ってしまいました。「ブラウザー戦争」が勃発です。これが、Webサイトを開発するWebデザイナーやWebエンジニアにとっては大変な混乱を招くことになってしまいました。まったく同じWebサイトを表示させたいだけなのにNetscapeとInternet Explorerのそれぞれのルールで2つのWebサイトを作らなければいけないという状況になってしまいました。
そこで、HTMLのルール化(標準化)が必要だということで、ティムはWorld Wide Web Consortium(W3C)を設立したのです。
Webを発明した当初からティムが所属していたCERNでは、本来の物理粒子学の研究に力を注ぎたいという意向があったそうです。そんなときにティムにとって大きな力になったのがマサチューセッツ工科大学(MIT)の教授であるマイケル・ダートウゾス博士でした。マイケルは元々、コンピュータ科学の研究者としてMITで活躍をしていてWebの可能性に、強く興味を示していたようです。
そして、CERNや、インターネットのベースとなる技術を作ったアメリカ国防省のサポートを得て、1994年に、マイケルが所長を務めているMITのコンピュータ科学研究所(LCS、現在のCSAIL)にW3Cを設立し、同時にティムもMITに所属することになりました。意外にもWebはヨーロッパ生まれ、アメリカ育ちだったのですね。
現在のW3Cは、アメリカのMITと日本の慶應義塾大学、フランスの欧州情報処理数学研究コンソーシアム、そして中国の北京航空大学の4つのホスト機関を中心に世界で約400社のW3Cメンバー企業との共同運営で進められています。日本も23のITを牽引する企業(2013年2月時点)がメンバーとして所属していて、インターネット・アカデミーは日本では唯一の教育機関として認定されていますし、インターネット・アカデミーのスタッフがMIT W3C本部でHTMLのカリキュラム作成を担当しています。また日本のホストである慶應義塾大学のW3Cの元サイトマネージャがインターネット・アカデミーの一色顧問であるなどWebの標準化において綿密な協力関係を築いています。
そして、グーグル、アマゾン、フェイスブック、iPhoneなど数えきれないほどのサービスやビジネスが誕生してきました。来年の2014年は、W3CがHTMLのルールを作り始めてちょうど20年の節目を迎えます。この年にW3Cが満を持して「HTML5」という次世代HTMLを正式にリリースする予定になっています。HTML5は、これまでのWebサイトを作るための技術としての役割だけでなく、アプリの制作を前提とすることなど大幅な進化を遂げます。Windowsだろうと、Macであろうと、iPhoneでも、Androidでも、どんな環境でも同じようにアプリを動かすことができるのです。
さらに、もっと言うと、パソコンやスマートフォンだけではありません。HTML5が動く場所は、ブラウザーさえあれば、どこだって良いのです。分かり易いところで言うと、テレビ、カーナビ、駅の電子看板など。そして最近は、エアコン、冷蔵庫、洗濯機などモニタを備えているものなら、どこにでもブラウザーを載せて、Webと繋げる動きが毎日のようにニュースになってきています。
一つの事例を紹介します。2013年9月にNHKが開始したばかりの「Hybridcast(ハイブリッドキャスト)」というサービスがあります。これは、テレビ放送とインターネット通信を融合させて、テレビ番組に合わせた情報をテレビ画面に表示したり、視聴者のスマホやタブレット端末とリアルタイムに通信を行ったりするような新しいテレビの形を作るサービスです。
たとえば、クイズ番組をお父さん、お母さん、娘の3人で見ているとしましょう。テレビ放送の中で司会者が問題を出すと、3人のスマートフォンに解答の選択肢が表示され、それぞれが答えを選択します。そして司会者が、テレビの中の回答席にいる芸能人に向けて「一斉にフリップオープン」と合図を出すと、画面上には3人が選んだ回答も一緒に表示され、まるで一緒にクイズ番組に参加しているような、そんな新しいクイズ番組を作ることも可能になるのでしょう。
NHKは、このようなコンテンツをHTML5で作ることにしています。世界で標準化を進めている技術であり、かつ無料で使えるWebだからこそ、コンテンツを制作する技術者の育成/確保もしやすいですし、Webブラウザーさえ搭載していればテレビメーカーがどこであろうと同じように動作させることができます。近い将来、Webデザイナーをテレビ局や制作会社が大量にスカウトするという現象が起きるかもしれません。
ここでは、テレビ業界の一例を紹介しましたが、同じような動きが、家電業界、広告業界、自動車業界、出版業界など、ここでは挙げきれないほどたくさんの業界で起きています。一方でIT業界を常にリードする米国ですら、2020年には140万人の求人に対して、100万人ものIT人材不足が予想されています。HTML5とHTML5スキルを持つ人材の活躍は、どこまで広がっていくのか、業界の誰もが注目をしているところです。