第五話:世界最強の暗殺者、護衛任務を開始する【四】
無事に護衛任務を終えたルインは、ひとまず自宅へ帰り、自室の液晶モニターを起動。
軍用機密回線へアクセスし、バロック=ルーガーへ連絡を取った。
ルインはそこで、アイリス=ロンドが無事であること、暗殺者の捕縛に成功したことを報告し――現在は、敵勢力についての私見を語り始めたところだ。
「敵の第一陣は、レベル4の強化系・操作系魔法士ランページ=ボロス、通称『暴虐の殺し屋』。非常に高い水準で強化系と操作系の魔法を操る、近接戦闘に特化した男でした。続く第二陣は、百人からなる大部隊――それも全員がレベル3の強化系魔法士。たった一人の
その『異常な大戦力』を単独でねじ伏せたことを棚に上げ、ルインは報告を終わらせる。
「なるほど、な……」
バロックは難しい表情でそう呟き――静かに頭を下げた。
「――ルイン
「いえ、任務に不測の事態は付きものです。どうかお気になさらないでください」
「……すまんな。そう言ってもらえると助かる」
実戦の場において、想定通りに物事は進まない。
たとえどれだけ入念に下準備をしようが、どれほど綿密な作戦を組もうが、一つや二つ『不測のナニカ』が発生してしまうものだ。
世界最強の暗殺者であるルインは、他の誰よりもそのことをよく理解していた。
そのため彼は、
「いやしかし、さすがはルイン特佐だな。あの『暴虐の殺し屋』をいとも容易く仕留め、レベル3の魔法士たちの総攻撃を
バロックはそう言って、改めてルインへの謝意を示した。
自らに落ち度があった場合は、素直に非を認めて謝罪する。
隊士が大きな働きを見せた際には、しっかりと褒め称え、感謝の意を表する。
上官や部下といった階級の垣根を越えて、一人の人間として「そうすべきだ」と思ったことをただちに実行する。
実に彼らしい、人間味に溢れた行動だ。
ルインはそれに対し、「恐縮です」と一言。
これもまた非常に『らしい』返答である。
「さて……本件の事後処理については、こちらで全て済ませておくとしよう。また何かわかり次第、特佐のデバイスへ情報を送信する。――今日はご苦労だったな。ゆっくりと体を休めてくれ」
「はっ」
業務連絡が一段落し、そろそろ話も打ち止めかと思われたそのとき――バロックが「おっと、そうだ」と手を打ち鳴らす。
「いかがしましたか?」
「いやな。もうすぐルインは、高校生になるわけだろう? そうなると……やはりここは『人生の先輩』として、一つアドバイスを送っておかねば、と思ってな!」
「アドバイス、ですか」
「まぁなんだ、『ちょっとしたお節介』程度に軽く聞き流してくれ」
彼はそう言って、ゴホンと咳払いをした。
「俺から言えることは一つ――一生に一度の高校生活、心残りがないように全力で楽しんで来い! 恋愛・学業・スポーツ、とにかく『青春』というものを
「は、はぁ……善処いたします」
「うむ、健闘を祈っているぞ! それではな!」
バロックが右手をピッと立てた直後、回線はプツンと切断された。
「……青春、か」
明かりの消えた暗い部屋で、ルインはポツリと呟くのだった。
■
翌日――四月一日。
この日は、名門魔法学院ロンドマルス高校の入学式だ。
私立ロンドマルス高校。
七大貴族ロンド家の出資のもとに設立された、歴史と伝統のある魔法学院である。
その特徴は、徹底的なまでの『魔法至上主義』。
それを象徴するかの如く、本学院の入学試験は筆記のみの一本勝負。
魔法実技や面接は実施されず、中等部での成績も一切考慮されない。
受験生に求められるのは、基礎魔法研究の理解と応用魔法理論に対する深い洞察のみ。
この学院が評価するのは、魔法戦闘に長けた者ではなく、魔法の発展に寄与できる者なのだ。
午前九時、入学式の執り行われるロンドマルス大講堂。
現在そこには、過酷な入学試験を突破した新入生たちがズラリと顔を並べていた。
男子は赤を基調としたジャケットに白いワイシャツ。胸元は凛々しい濃紺のネクタイで留め、下はフォーマルな黒のズボン。
女子は赤を基調としたブレザーに白いブラウス。胸元は品のある濃紺のリボンで留め、下は可愛らしい白のミニスカート。
男女ともにロンドマルスの制服に身を包み、簡易式の椅子に着席している。
その中にはもちろん、ルインの姿もあった。
「――桜のはなびらが舞い、暖かな春の息吹を感じられる今日、私たちは伝統と栄誉ある私立ロンドマルス高校へ入学することができました。このような盛大な式を挙行していただき――」
本来あそこに立つのは、首席合格者であるルインのはずだったのだが……。
あまり目立つのを好まない彼は、校長からの申し出を丁重に断った。
その結果、繰り下がっての成績優秀者である彼女にお
(ふむ、これが『学校』というところか……)
新入生の一人として入学式に臨むルインは、とても新鮮な気持ちを抱いていた。
それというのも――彼はこれまでたったの一度として、学校という場へ通ったことがないのだ。
ルインは物心つく前から、レグルスの用意した『世界最高の英才教育』を受けてきた。
極まった暗殺術・最高峰の魔法技能・超人的な身体能力・広く深い教養・適切な礼儀作法、そのほか文化・芸術・料理などなど……。
『暗殺者たる者、
そんな彼が、わざわざ高等部へ進学した理由は一つ。
私立ロンドマルス高校の環境が、あらゆる意味で『ベスト』だったからだ。
この学校には、学会で論陣を張るような優れた教師やロンドマルスが誇る最新の魔法研究施設がある。
これらをうまく活用すれば、オリジナルの強力な魔法の開発が可能となる。
さらには将来有望な魔法士の卵や優秀な教師たちと、強固な人脈を築けるかもしれない。
それに何より――ロンド家という隠れ
七大貴族の中でも、ロンドはレグルスに勝るとも劣らぬ『力』を誇る。
『財力のロンド』と『武力のレグルス』、両者は十年ほど前から折り合いが悪く、現在は相互不干渉。
つまり私立ロンドマルス高校は、
そういった理由から、彼はここへの進学を決断したのだ。
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