怒り
「久しぶりですね、レーナさん。何をしていたのですか?」
「え、えっと……色々です」
「その色々を聞いているのですが、まあいいでしょう」
レーナは、聖女と目を合わせないようにして会話を終わらせようとする。
今すぐにでもここを離れたい気分だ。
聖女のことを知らないアイラは、ペコリとお辞儀をして見つめていた。
どうにかして会話を切り上げないといけない。
不幸中の幸い――ここにライトがいたとしたら、もっと気まずい空気になっていただろう。
レーナはひとまずそのことにホッとしていた。
「そういえば、邪龍が現れたみたいですね。確か貴女もその場にいたのでしょう?」
「は、はい……」
「せっかくなら倒してくだされば良かったのに。貴方は《剣聖》のスキルを持っているのですから」
聖女はグチグチと小言を連ねる。
しかし、レーナはそれを受け止めるだけだ。
聖女はレーナに期待しすぎている。
《剣聖》の能力を、自分が目覚めさせたのだと信じているらしい。
厳しい言葉、冷たい口調、ミスした時の失望の目。
これらがトラウマとなって、レーナは何も言い返すことができない。
「貴女がチャンスを逃したせいで、他の人間たちに被害が出るのかもしれないんですからね。それを忘れないでください」
「すみません……」
「貴女は英雄となる人間なんです。邪龍なんて一人で倒せなくてどうするのですか」
「ごめんなさ――」
「ま、待ってください! レーナさんを責めるのはおかしいと思います……!」
レーナの謝罪を遮って。
隣にいたアイラが、勇気を出して話に入ってくる。
聖女が言っていることの理不尽さは、実際に邪龍を目にしたアイラが一番分かっていた。
あの化け物を一人で倒すことなど不可能だ。
むしろ、生きて帰れただけで褒められてもおかしくない。
それなのにもかかわらず、レーナがここまで責められるのは絶対に間違っている。
それだけは自信を持って言えた。
「レーナさん。この女の子は?」
「な、仲間です」
「はあ? 仲間?」
聖女はレーナにジロリと目を向ける。
仲間――という言葉が引っかかったようだ。
アイラのことなど全く見ようとしていない。
「仲間ってこの子がですか? 冗談ですよね? それじゃあ私が紹介した仲間はどうなったのですか?」
「……すみません」
「それにこの子、冒険者ではなさそうですけど。まさか農民? 農民を仲間にしただなんて言わないですよね?」
「……」
レーナは、聖女の質問全てに濁すような答えをする。
それは、もはやイエスと答えているようなものだ。
聖女は怒りを通り越して呆れたように笑った。
「ふざけないでください。農民を仲間にする英雄なんて聞いたことがありませんよ。農民にまともな人間なんていませんから」
「な、なんでそんな酷いことを言うんですか……! 私を馬鹿にするのはいいですけど、農民のみんなまで馬鹿にするのはおかしいです!」
「貴女は身の程を知りなさい! 何と言ってレーナさんをたぶらかしたのかは分かりませんが、貴女は英雄の邪魔をしようとしているのですよ!」
聖女は我慢ができなくなったのか、口答えしてきたアイラを黙らせるように大きい声を上げる。
そして、ドンと強くアイラの体を突き飛ばした。
「農民にこの街は似合いません。畑に戻った方が身のためです。そして、年寄りになるまでそこで暮らしてください」
聖女はそう言い残すと、もう一度レーナを睨んで背中を向けた。
その背中だけでも怒りが伝わってくる。
聖女が角を曲がり、見えなくなったところで。
その場に立ちすくしていたレーナは、転んでいるアイラに駆け寄った。
「ア、アイラちゃん……ごめんね」
「っぐ、ぐすっ……」
レーナに抱擁され、何とかこらえていたアイラも悔しさで涙を流す。
レーナの胸に顔を押し付け、その服を涙で濡らしていた。
いつもなら絶対に見せない姿であり、相当ショックを受けているようだ。
「私……邪魔でしょうか……」
「そんなことないよ。私はアイラちゃんが大好きだから」
レーナの言葉に反応するように、アイラはギュッと強く抱きしめ返す。
どうやら安心することができたらしい。
そんなアイラとは逆に。
レーナの心の中は、聖女に対する怒りでいっぱいだった。
よくもアイラを……
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