48.神至上主義
ベルンハルトを見送ってから、俺は再び、謁見の間に向かって歩き出した。
皇帝は今そこにいると聞いたからだ。
謁見の間につくと、数人の官吏が出てくるところと出くわした。
官吏達は俺を見て驚く。
俺はにこりと微笑んで、挨拶をした。
「こんにちは」
「あ、ああ。マテオ……様、ですね?」
たぶん俺が沈没船を引き上げる時に立ち会ってるんだろう。
それで海神の俺の姿を見て、今のマテオの姿に戸惑っているんだろう。
「うん、陛下はこの中にいるの?」
「はい、おられます」
「ありがとう」
俺はそう言って、会釈をして、謁見の間に入った。
「あっ……」
瞬間、俺は皇帝に見とれた。
一人で玉座に座っている皇帝は、どこか物憂げな感じの空気を帯びている。
それがいつにもまして美しかった。
「やっぱり綺麗だ……」
と、思わず声にでるくらい美しかった。
「えっ……マテオか!?」
俺の声に反応してこっちを見た皇帝は驚いた。
ベルンハルトや保管の官吏たちとまったく同じ反応だから、それに慣れた俺は近づき、所定の位置で立ち止まって、皇帝に向かって一礼した。
「うん、僕だよ?」
「その姿はどうしたのだ?」
「その事を報告しに来たの。実は、海神の肉体と自由に行き来できる様になったんだ」
「なんと!?」
皇帝はますます驚いた。
「それはつまり、どっちの体を使うのか好きにできるという事なのか?」
「うん!」
「おおっ! さすがマテオ。そんな話聞いたことないぞ」
「実は僕も、ちょっとだけびっくりしてるんだ」
「あはは、マテオは冗談もうまいな」
冗談って訳じゃないんだけど、まいっか。
「それよりも……陛下、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「なんだ?」
「ルイザン教にする寄付を増やしたって聞いたんだけど、それって本当?」
「うむ、本当だ」
皇帝はにやりと笑った。
「もともと、皇室からルイザン教に寄付はしていたのだ。皇太后などは敬虔な信者で、朝晩の礼拝は欠かさず、巡礼にもでるほどだ」
「そんなに!?」
「帝国では後宮が政治に口出しするのは御法度とされているからな、それは皇帝の生母たる皇太后でも例外はない。直接的な口出しを禁じられているせいで、歴代の皇太后は九割近くがルイザンに帰依して『祈って』来た」
「そうなんだ……」
何もできないから神頼みって訳か。
「そのルイザン教が、近く神が再臨すると聞いて、皇太后にそれを知らせたら大層喜んでおられてな」
皇帝は更ににやり、と笑った。
「余の在位中に再臨するなどめでたきこと、これは大いに寄付を増やさなければと仰せつかったのだよ」
「そ、そうなんだ」
「寄付することは元々だし、悪いことではない。それの増額を母である皇太后に頼まれれば断る訳にもいくまい」
二の句が継げなかった。
皇帝のそれは、大義名分が完璧だ。
特に、民衆に向けても。
皇室が日々贅沢三昧してると思う民衆は結構いる。
同じ金を使うにしても、帝国の5分の1が信徒といわれているルイザン教への寄付ならば、誰もとがめることはできない。
「ふふ、困った事よ。支出が増えるのだからな」
皇帝はなんというか……わざとらしく口笛を吹く、みたいな感じで言ってきた。
「この先ますますルイザン教への寄付が増えるだろうな、いやはや困った。神が再審したら何か要求してくるのかな、いやあ困った」
困ったと言いながらも、まったく困ってない顔でちらちらと俺を見る皇帝。
俺を溺愛できる口実ができて、本当に嬉しそうな顔をしている。
「たぶん、そんな事は無いと思うよ」
「なに!? なぜだ」
なぜおねだりしない! って聞こえた。
俺は苦笑いしつつ、答える。
「だって、相手は神様なんだから。神様が直接人間におねだりするって事は無いんじゃないかな」
「むむむ……」
いやむむむじゃないだろ。
「な、何も言ってこないというのか?」
「うっ」
皇帝がなにやら「すがる」感じで聞いてきた。
罪悪感を感じてしまう。
「ま、まあ。ないわけじゃないのかな? 本で読んだ感じだと……」
俺は少し考えた。
皇帝ができない事を、本で読んだ知識から探す。
「神の花嫁、とかかな」
「は、花嫁?」
「うん。神話とか、言い伝えとか。あるよねそういう話」
「う、うむ。あるな」
皇帝はたじろぎながら頷く。
「なるほど……神の……花嫁……」
そして何故かうつむいて、あごを摘まんで真剣な顔で考え出した。
その顔は、俺が謁見の間に入ってきた時の、物憂げな顔と同じように、美しく見えるものだった。
☆
皇帝に辞して、謁見の間を出て、宮殿から立ち去る。
途中で路地裏に水の張った甕を見つけたから、それを使って水間ワープで屋敷に飛んだ。
誰かとはちあって驚かしてしまうのも良くないから、屋敷の裏の井戸に一旦でた。
井戸から、改めて屋敷に戻る。
今後は、自分の寝室にも常に水を張っておくか。
ああ、水槽とか置いておくといいのかもしれない。
「あっ、ご主人様――ご主人様?」
メイドと遭遇した。
メイドは俺の姿を見て驚いた。
俺は「あはは」と笑いながら。
「元の姿にも戻れるから、みんなに教えといてね」
「そうなんですか? すごい! 分かりました!!」
メイドはパッパッと頷き、一瞬で話を受け入れた。
「それよりも、僕になんか用があったの?」
「あっ、そうでした。ご主人様にお客様です」
「客?」
「お二人いらっしゃってます。代表の方はニコ・ヴァルナと名乗ってます」
「ニコさん?」
って、あのルイザン教の司祭で、「あなたが神か」って聞いてきた人じゃないか。
その人がなんで? しかも正式に尋ねてくるなんて。
「……」
少し考えたけど、無視はあり得ないな。
今渦中のルイザン教。
知らないところで何かをされると困ってしまう。
まだ、あって話をした方がいい。
「わかった、案内して」
「はい」
メイドに案内されて、俺は応接間にはいった。
そこに先日あったニコと、もう一人の男がいた。
ニコは俺をみて、首をかしげた。
「お前……いや、君はなにものだ?」
ああ、マテオの姿だったな。
マテオの姿を知らないニコが不思議がるのも無理はない。
「マテオだよ」
「むっ?」
「今は事情があってこっちの姿をしてるんだ」
「むむ……」
「もういいよ、後は僕たちだけにして」
俺がそういうと、案内してきたメイドが退出した。
ニコが複雑そうな顔をしたのが見えた。
海神ボディの俺じゃないが、マテオボディの俺はこの屋敷の主だってメイドの反応でわかる。
それで反応に困っているのがありありとわかった。
俺は二人の向かいに座った。
「それで、僕にどんなようなの?」
「あ、ああ。実はこの――」
「ドミトリ・ミルケという」
もう一人の男が名乗った。
「ドミトリが、神の再臨を信じてくれなくて。それで神に証拠を賜ればと来たのだが……」
そう言って俺を見る。
なるほど、神力を見るためにきたらマテオボディで当てが外れた、という訳か。
「ニコよ、これはどういう冗談だ?」
「いや、まってくれ。本当に神なのだ」
「神の再臨などという嘘を流布した罪は重いぞ。裁判にかけられる事を覚悟するがいい」
「ちょっとまって、裁判ってなに?」
「ふん」
ドミトリが鼻で笑った。
子供が――って感じで見下してくるのがありありと分かる反応だ。
「神を騙ったのだ、それなりのバツが必要だろう?」
「そんな」
ニコは顔面蒼白になった。
ガタガタと震えだした。
よっぽどの事をされるのか?
さすがに、それは見過ごせなかった。
昨日の今日だけど――。
「ちょっと待ってて」
俺はテーブルの上に置かれている、客に出した飲み物を使って、水間ワープを使った。
海底の宮殿の、海神の体が保管されている場所に飛んだ。
「海神様!」
そこを守っている、二人の人魚が泳いで俺に近づいてきた。
俺に近づき、笑顔で出迎えてくれた。
「体を使うよ」
「はい!」
「どうぞ」
俺はレイズデッドを海神の体にかけた。
次の瞬間、視界が逆転して、目の前が海神ボディからマテオボディになった。
自分の体を念の為に確認する、うん、ちゃんとマテオだ。
「よし。じゃあこっちの体も保管よろしくね」
「はい!」
「このままここに置いておけばいいんですか?」
「うん」
俺は頷き、二人にお礼を言ってから、再び水間ワープで飛んだ。
地上の屋敷の、応接間に。
「あっ――」
「むむっ!!」
「戻ったよ」
海神ボディとして、二人の前に立つ。
するとニコはほっとして、ドミトリは震え上がった。
「い、今のは……本当に……」
「神力だ。分かるだろう」
「も、申し訳ありませんでした!!」
ドミトリはパッと起き上がって、俺に向かって五体投地で頭をさげた。
なるほど、悪い人じゃないのか。
とことん神至上主義、ってだけらしい。
「納得してもらえてよかったよ」
これならニコは大丈夫だ、と、俺はほっとして再び二人の前に座った。
「あっ、ドミトリさんも起きて、そんな平べったくなられると困っちゃうから。さっきと同じように座ってて」
「は、ははー」
ドミトリは俺に言われて、ものすごく恐縮したまま起き上がって、縮こまってさっきと同じ席に座ろうとした。
動揺しすぎたのか、ソファーの端っこにぶつかって、何かが落っこちた。
「なに、それ?」
「私は不要だといったのだが」
ニコは困った顔でいった。
「ニコ!」
ドミトリは止めたが、ニコは続けた。
「神の真贋を判定するために、念の為に持ってきたものです。神の心臓、と我々は呼んでいる聖遺物です」
「聖遺物か」
つまり、前の神がのこしていったものか。
「わ、私が悪かった! このようなものを持ってくるなど神への冒涜。許されることではないのは分かっている。だが、なにとぞ」
再び平べったくなるドミトリ。
今度はテーブルの上で両手をついて頭を下げた。
それで溜飲がさがったのか、ニコはすっきりした顔をしている。
「そうなんだ。それよりも、それを見せてくれないかな」
「え? あ、はい! どうぞ!」
ドミトリは慌てて、恭しく石をさしだしてきた。
俺はそれを受け取った――直後。
石が光った。
「な、なんだこれは!」
「神の奇跡だ! 聖遺物が神の手に戻られたのだ、当然だろう」
「そうか!!」
納得する二人。
いや、そうじゃない。
俺はわかる、そうじゃない。
これは神とはまったく関係ない。
これは――オーバードライブだ。
神の心臓は光に溶けて、俺にまとわりついた。
「……ああ」
「ど、どうだろうか」
「うん」
俺は頷き、ファイヤボールを使った。
魔力をレイズデッドで一気に使ったが、時間の経過でファイヤボール一回分は回復した。
ファイヤーボールはまずティーカップの一つを燃やした。
それを燃やした後、まるで「伝染」するかのように、もうひとつのカップも炎上した。
更に俺のも、三つ目のカップも炎上した。
カップが全部炎上した後、「伝染」はとまった。
「魔法が、全体化されるみたいだね」
「魔法の全体化!?」
「そんなの聞いたこともない……」
「神を疑うのか? 自分の知識を疑え」
「あ、ああ! そうだな!」
慌てて頷くドミトリ。
ニコとドミトリは、ものすごい信者的な目で、俺を見つめるのだった。
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