47.ノンストップエンペラー
「ふむ……」
俺が困惑している一方で、皇帝は何かを思って、あごを摘まんで思案顔をした。
「どうしたの陛下」
「いやなに、ルイザン教の連中が少し羨ましいなと思っただけだ」
「羨ましい?」
俺はびっくりした。
皇帝が「羨ましい」っていう相手がこの地上にいるのか。
「ど、どうして? ルイザン教はすごいけど、でも帝国の5分の1でしょ、大きくても。やっかいなのは分かるけど、羨ましいっていうのは言いすぎなんじゃ無いかな」
「そんなことはないさ」
皇帝はフッと笑った。
「何回もマテオはその場に立ち会っているから分かっていると思うが、余がマテオに何かをしようとしたら、大臣やらがでてきて、やれ前例がないだのやれやり過ぎだのと水を差してくるであろう?」
「う、うん。そうだね」
前例がないのはいいけど、やり過ぎなのは俺自身そう思う。
「その度に、余は横車を押し通してきた」
「してたね」
その時の言葉、毎回の様にいう言葉を俺は覚えてる。
『帝国の全ては皇帝の一存で決めてよいのだ。そして今の皇帝は余なのだよ』
皇帝は毎回の様に、こう言って無理を押し通している。
「それがどうしたの?」
「余が何かをしようとしても、伝統やらなにやらで諫めるものがいる。皇帝はその程度だ。しかしルイザン教は違う。あそこには――」
皇帝はフッと笑った。
にやり、とも見えるような感じで笑った。
「――神の言葉を疑う者はいない。神に何かしようとする行為をとがめる者はいない」
「……え?」
なに、それ。
……マジで?
つまり……それって……。
皇帝みたいなことを、まったく止める人がいないってこと?
俺は慌てた。
予想以上の大事だ。
まさかそれほどまでとは思わなかった。
「それにな」
「え?」
「帝国臣民の五分の一とはいっても、質が違うのだよ」
皇帝はにやりと笑った。
にやりと笑った?
今の話でにやりって……なんで?
「マテオはどう思う? 帝国臣民で、余のために死ねるという人間が何割いるのか」
「え? えっと……たぶん、そんなにいないんじゃないかな」
「その通りだ。何割とは聞いてみたが、一割もないだろうな」
「うん、そうだよね」
そういうもんだ。
皇帝の命令には従っても、さすがに皇帝のために死ねるという人間はそうざらにはいない。
一割なんか絶対にない。
「しかしな、ルイザン教の信者は、神のためなら喜んで命を投げ出すものは、少なく見積もっても五割は超えるだろう」
「ご、五割」
「死んでも殉教者として天に召されるのだ、喜んで命を投げ出すものは多い。それがどういう事なのかというと――」
皇帝は更ににやりと笑った。
「例え信徒が臣民の5分の1だとしても、いざとなればそれは帝国と同等以上の力をもちかねない。余とて、容易に
ますます、ヤバい感じなのだとおもった。
☆
皇帝とわかれて、俺は海底にやってきた。
女王達に見守られる中、俺は「マテオ」の肉体にレイズデッドをかけた。
全魔力が持って行かれて、俺は、「マテオ」の肉体にもどった。
目の前にあるのは「海神」の肉体。
手を出してさっきまで自分がいた肉体をペチペチしてみた。
「「「おおおおお」」」
人魚達から歓声が上がった。
「成功だね」
「さすが海神様」
「一つお願いをしてもいいかな」
「なんなりと」
女王は詳しい内容を聞く前に快く引き受けてくれた。
「この肉体を海の底で保管して欲しい。たまに僕がやってきて、必要に応じて入れ替わるから、こっちの肉体になったときも保管してて欲しい」
「たやすいご用です」
「ありがとう」
「ねえマテオ、ずっと海神の体でいなくていいの?」
「どっちも使える方がいいからね」
もっと言えば、選択肢・手持ちの武器が多い方がいいと思う。
俺がいつも本を読んでるのと同じ、知識を多く持つのと同じこと。
自由に(今の所一日おきって制限はあるけど)入れ替えられる肉体があるのなら、どっちも使えるようにした方がいいのは間違いない。
「ふーん、よく分かんないけどそういうものなの」
「そういうものだと思う」
「海神様、保管場所はこの宮殿の中を考えてますがいかがでしょうか」
「うん、その方がいいと思う。海の底なら安心して任せられるし、僕も自由に来れるからね」
「はい。では、誰も立ち入ることのできない結界の中に保管します」
「そういうことができるの?」
「はい、あらゆる生き物が通れない海の結界を張ることができます。もちろん、海神様を阻むことなどできませんが」
「そうなんだ。うん、それはすごくありがたい。海の底と、結界。二重に安全だね。ありがとう」
「恐縮です」
俺にお礼を言われて、女王は嬉しそうに頭を下げた。
☆
「光栄でございます、マテオ様にルイザン教の事を直に話す事ができる日が来ようとは」
避暑地の街の中にある、唯一の教会。
皇帝の避暑地が自然と街のていを成しているせいで、自然的にそこの住民が必要とする教会もある。
海の底から水間ワープで陸上に戻ってきた俺は、教会に来て、神父を捕まえて話を聞いた。
皇帝の寵臣である俺のことは神父も知っていた。
そんな俺が「ルイザン教の事をよく知りたい」と言ったら、神父はものすごい「営業スマイル」で宣教的な雰囲気を纏いだした。
これはものすごく長くなる、放っとけばものすごく長くなる。
俺は知りたいことだけを聞くために、こっちから質問して誘導する事にした。
「僕の知識だと、ルイザン教の神様は一人だけなんだよね」
「はい、おっしゃるとおりです」
「それって、やっぱりルイザン、って名前の神なの?」
「いいえ、ルイザンは創始者の名前、初めて神託を受けた男の名前です」
「あっ、そうなんだ」
てっきりそれが神の名前だと思ってたけど、まあ創始者の名前のパターンもよく見かけるから、そこには特に疑問はなかった。
「それじゃ、神様の名前は?」
「神は神でございます、御名など、我々人間が軽々しく口にしてよいものではございません」
「そうなんだ。でも、それじゃ不便な時とかは無いの?」
「ございません」
神父は言い切った。
「神は神。唯一にして絶対なる存在でありますので、『神』で充分でございます」
「そっかー」
なるほど、ブレない。
「他にも色々宗教があって、別の神様をあがめてるみたいなんだけど、ルイザン教はそれの事をどう思ってるの?」
「向こうはともかく、我々は兄弟のようなものだと思っています。同じ神を信仰するもの同士なのですから」
「同じ神?」
いや、そうじゃないだろう、と思った。
他の宗教はそっちの神がいるんだから。
「神は唯一にして絶対なる存在。我々とよそがあがめる神が違うのは、神がその時の状況に応じて、蒙昧な人間を導くために最適な身分や見た目を変えられたからです」
「わー……そうなんだ」
というか、そう来たかー。
「でも、複数の神様がいるのもあるよね」
「同じことでございます」
神父は何一つ動揺することなく言い切った。
「神が必要に応じて複数の存在として降臨しているだけの事です。例えばダクス教では、常に神と邪神の戦いの歴史があると説いておりますが、常に神が最終的に邪神を撃ち倒している」
「あ、うん。そうだね」
ダクス教の事はよく知らないけど、宗教の話でそういうパターンが多いのは知ってる。
「神が身を挺して、悪は滅びろ、正義は必ず勝つ、と人間に教えているのです」
なるほど、ブレないなー。
そこから先の話は聞き流した。
本質は分かった。
ルイザン教の「神は一人だけ」というが、この先何を聞いても「ぶれないなー」という感想をもつだろうと確信した。
皇帝が敵に回したくないと言ったのもよく分かる。
「迷いのない人間」ってのは恐ろしいもんだ。
ルイザン教の教義ははっきりしてて、あらゆる状況に対応できるものだから、信徒は絶対にぶれないんだろうな。
それが俺に向けられるのか。
そんなルイザン教にあがめられるのか。
なんというか……どうしようっか、って思った。
「神父様」
そうこうしているうちに、修道女が一人入ってきた。
「なんだ、今マテオ様に――」
「そ、総本山からのお達しです」
慌てた修道女は、仰々しい書状をもっていた。
「むっ!? マテオ様、少し失礼してもよろしいでしょうか」
「うん、大丈夫。というか僕もそろそろ行かなきゃだし」
「そうでしたか。今日はありがとうございました。またお話しできる機会がありましたら」
「うん」
俺は立ち上がって、部屋から退出した。
すると、俺がでてきた部屋の中で、声が洩れて聞こえてきた。
『なんと! 神が降臨する!?』
さっきの神父の驚愕した声が聞こえた。
何事!? と思って立ち止まって耳を澄ませた。
『本当ですか神父様』
『うむ。これによると、神の降臨は近い、信徒はすべてその日に備えよとのことだ』
『本当に近いのでしょうか』
『間違いない、司祭様や教皇様などは神の御力を感じられるという。今まで何回か神は降臨されたけど、すべて前もって分かっていた』
『じゃあ、本当に』
『うむ! おお……天にまします我らが神よ、また我らを導いて下さるのですね』
……おおぅ。
☆
俺は水間ワープで宮殿にやってきた。
驚く門番にぺこりと会釈して中に入る。
門番が驚く原因は分かってる。
マテオの肉体で来たからだ。
海神になったんじゃ? っていう驚きだ。
それは誰も同じで、だから俺はマテオと海神の肉体で自在に入れ替われる事を皇帝に話しに来た。
宮殿の中に入ると、バタバタしているのが分かった。
「あっ、ベルンハルト様」
皇帝がこの避暑地に連れて来た一番の側近、ベルンハルトが急いでる感じでこっちに来ているのが見えた。
名前を呼ぶと、ベルンハルトは一応足を止めてくれた。
「マテオ殿!? その見た目は……ああいや、何か用か。いま忙しいのだ」
「何かあったの?」
「ルイザン教が、神は近く復活すると言い出した。その対応だ」
ああ。
こっちにも伝わったか。
いやまあ、それ国にはすぐに伝わるだろうな。
「とりあえずは寄付を倍にすると陛下はおっしゃったから、その対応だ」
「寄付を倍に!?」
「そうだ」
そっか、皇帝もルイザン教は敵に回したくないって言ってたっけ。
そりゃ寄付も増やすか。
「まったく……陛下ときたら」
「え? なんかあったの?」
「寄付を倍にすると言ったとき、陛下は実に楽しそうに笑っていたのだ。ルイザン教の神が本当に降臨したらそれどころじゃないのに」
ベルンハルトはため息をついて、不満を口にした。
そのまま「では!」と立ち去った。
俺は少し考えて、分かった。
皇帝が楽しそうな理由を。
ルイザン教相手ならしょうがないだろ? って事で。
皇帝は間接的にだが、誰にもとがめられる事なく俺を溺愛できる状況を楽しんでいるのだ。
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