44.謁見
皇帝の隊列と一緒に、離宮に戻ってきた。
途中で俺を追ってきた衛兵達が何かを言いたげだったが、皇帝本人が認めて俺を同行させたから何も言えなかった。
そうして、離宮に入って、謁見の間で向き合う。
同席した官吏達が数人、そのもの達は皇帝に勝るとも劣らないほどの好奇心のこもった目で俺を見た。
腰を落ち着かせた皇帝が、ゆっくりと口を開いた。
「さて、マテオよ。なにが起きたのか、余にも分かる様に説明してくれ」
「実はね……うーん」
俺は首をひねった。
一言目が実はものすごく難しい事に気づいた。
いや言葉的には簡単なのだが、これを話して信じてもらうのが実に難しい。
「どうしたマテオ、言いにくいことなのか?」
「うん、あの……信じてもらえないかもしれないなって」
「話してみよ。他ならぬマテオの言うことだ、余は信じてやるぞ」
「本当に?」
「ふははは、当然だ。なあに、その姿に変わった以上の事もあるまい」
皇帝は大笑いしながら言った。
それがあるんだよなあ、と俺は思った。
思ったが、ここまで来れば言うしか無いだろう。
「あのね」
「うむ」
「僕、神になっちゃったかもしれないんだ」
瞬間、謁見の間がシーンと静まりかえった。
もとより、皇帝が誰かと話している時は口を挟んだら不敬、ひそひそ話も不敬な状況で静かだった。
しかし今はそれよりも更に静まりかえった。
呼吸の音、衣擦れの音。
そういった音さえもが丸々消え去ったかのような。
世界と時が静止したような、静寂。
やはり、一言目が難しかった。
だがこれが一番難しくて、どうやっても避けては通れないものだから、俺はシンプルに伝えた。
静寂がしばらく続いたあと、それを破ったのは皇帝だった。
「もう少し分かる様に説明せよ」
どうやら、怒ってはいないようだ。
だから俺は説明した、俺の身に起きたことをありのままに。
「海の人魚とであい、
「ちょっと違うよ陛下。海の神が転生したのが僕で、僕はその海の神の本来の体に戻ったんだ」
「……うむ、そういう話だったな」
盛大に戸惑いつつも、皇帝は自制心でなんとか落ち着きを保とうとしているのが見て取れる。
「それは本当、なのか?」
「えっと、証明になるか分からないけど……陛下、水を用意してもらってもいいかな」
「水?」
「うん。桶にはいったくらいの水を、二つ分」
「うむ、わかった」
皇帝は手をあげて、合図した。
すると謁見の間の扉近くにいた使用人が外に駆け出していった。
皇帝がわざわざ命令を詳しく下すことはない。
皇帝は最終承認を出すだけで、まわりの人間がそれに付随して動くのだ。
しばらくして、女官が二人入ってきて、それぞれ木の桶を一つ持っていた。
顔を洗うのにちょうどいい大きさの桶が二つ、それに七割くらいの水を張っている。
「これでよいか?」
「うん。あとはそれをこの部屋の隅っこと隅っこに置いて」
俺はそういって、場所を指で指した。
大まかに長方形である謁見の間、その謁見の間で一番距離を取るための、対角線上の二点。
皇帝が頷き、女官は二つの隅に桶を置いて、下がった。
俺は二つのうちの一つの前に移動して、皇帝の方を向く。
「それじゃ、いくよ」
「うむ」
俺は桶に飛び込んだ。
飛びこんで、水間ワープを使った。
「なっ!」
皇帝の驚愕する声が聞こえた。
謁見の間がざわつきだした。
「こっちだよ、陛下」
俺がいうと、皇帝も同席した官吏達も、一斉にパッとこっちを向いた。
俺が立っていた桶の対角線上にある、もうひとつの桶のこっちを。
「マテオ!? どういう事なのだ今のは?」
「これが海の神――海神の能力の一つ。どこにいても、水があれば水と水の間を飛べるんだ」
厳密には違うけど、そういうことにした。
「……」
「陛下?」
「あ、ああ。いや、少し驚いただけだ」
一瞬あっけにとられたあと、皇帝は表情を取り繕った。
「その飛べるというのは、具体的にはどのようなものだ? ものすごい速さで動いたということか?」
「違うと思う。陛下、実際に体験してみる?」
「ほう、余をつれて飛べるのか?」
「うん」
「面白い」
皇帝は玉座から降りて、俺の所にやってきた。
官吏達は黙って道を空けた。
俺の前に立って陛下にそっと触れて。
「それじゃ、行くよ」
「うむ」
皇帝に触れながら、桶の水に飛び込む。
水間ワープで、浴場に飛んだ。
「こ、ここは」
「この離宮の浴場だよ」
「あ、ああ。確かに」
前に戻ってきたときに
ここなら距離が離れているし、間に何重もの障害――壁とかドアがある。
「ものすごいスピードじゃないってのは今ので分かるよね」
「……」
「陛下?」
「マテオと……浴場」
「陛下? ねえどうしたの?」
「――はっ、い、いやなんでもない」
皇帝は慌てて取り繕った。
何故か顔とか耳の付け根まで真っ赤っかになってるけど……なんだ?
確かに浴場には湯が張られてる、皇帝がいつはいってもいいように。
それはそうなんだけど……そんなに熱いか?
「は、話はわかった。戻ろう」
「うん」
皇帝を連れて、謁見の間に戻った。
戻ってくると、官吏達がざわついた。
皇帝は取り繕った後の、しれっとした顔のまま玉座に戻った。
玉座に座った。俺は皇帝の前に移動して、改めて向き合った。
「話は分かった。確かに、人を大きく超越した力のようだ」
「信じてもらえて良かった」
「うむ、余は信じよう。例え他の誰かが難癖をつけよとも、余はマテオの言うことを信じるぞ」
「ありがとうございます、陛下」
俺はぺこりと頭を下げた。
皇帝はふっと笑った。
「それにしても海の神の生まれ変わりか……神の子降臨の伝承はいくつもあるが、まさか余の在位中にそれを目の当たりにする事ができるとはな」
「伝承がいくつもあるって……そうなの?」
「うむ。そういった書物もあるから、後でマテオの屋敷に届けさせよう」
「本当に!? ありがとう陛下」
嬉しくて、皇帝にお礼を言った。
それで皇帝も嬉しそうにした。
「それにしても……海の神か。見た目は人間とさほど違わない様にみえるのだがな」
「そうだよね」
「うむ、息を呑むほど凜々しくてかっこいい以外は、普通の人間のように見えるな」
皇帝は俺の見た目をさらっと褒めた。
前々々世の体で、まだちょっと「借り物」感がある体だが。
それでも、見た目を褒められるとなんだか嬉しくなってくる。
「それでね、陛下。陛下に謁見を求めた理由なんだけど」
「うむ? そうだったな。そういえばまだ話してもらっていないな。ふふっ、マテオが海の神になったというだけで衝撃的すぎて、すっかり忘れていたわ」
「あはは、そうだよね」
「で、なんの話だ?」
「うん。えっと、陛下はガリューダ三角の事を知ってる?」
「無論だ」
皇帝は頷いた。
同時に少し厳つい表情になった。
「魔の海域ガリューダ三角。頭痛の種なのだよ」
「そうなんだ」
「そのガリューダがどうした」
「今後、事故が起こらなくなるかもしれないんだ」
「なに!?」
身を乗り出す皇帝、まわりは一気にざわついた。
この反応の大きさ……。
皇帝は「頭痛の種」と表現したが、実際はそれ以上なのかもしれないな。
「どういう事だ、説明しろ」
「うん、実はね――」
俺は頷き、皇帝に説明した。
ガリューダ三角の海底に水の竜が住んでいて、これまでに多発してた事故はその水の竜のせいだった。
そいつを退治したからもう大丈夫だ、と。
海底で起きたことを、皇帝に説明した。
驚愕した顔で最後まで聞いた皇帝は、しばらくの間信じられないような顔をした後に。
「ということは……これからはガリューダの航路を使っても大丈夫、というのか?」
「うん……多分だけどね」
俺は言いかけて、一言付け加えた。
もしかしたらガリューダ三角にはあの水の竜以外の原因があるのかも知れない。
「原因の一つは確実に取り除いたと思うよ。水の竜が暇つぶしで船を沈めた――なんて理不尽な事故はもう起きないはずだよ」
「そうか……それは……すごいことだぞ、マテオよ」
「そうなの?」
「うむ」
皇帝は一度頷いた。
そして表情を引き締めて、何かを教える人の顔になった。
「マテオは、何故ガリューダであれほど事故がおきたのか分かるか? 水の竜ではなく、人間側の理由で」
「人間側?」
俺は首をかしげた。
どういう事だ?
海側にある、水の竜以外の原因だというのならまた質問もわかる。
しかし皇帝は「人間側」と言った。
船が沈むのに、人間側の理由がある……?
「ごめんなさい、よく分からない」
「うむ」
皇帝は責めるでも無く、静かにうなずいてから教えてくれた。
「なぜガリューダ三角で事故がひんぱつするのか。それはあそこが重要な航路だからだ。そもそも通らないような道では事故が起こりようがないだろう?」
「あっ……」
俺はハッとした。
なるほど、そういう事だったのか。
皇帝が言ってるのは、すごく当たり前の事だ。
人が多いところにはそれだけ色々と起きる。
ものすごく治安のいい大都市と、普通の農村。
どっちが事故とか事件とかが「多い」かって言ったら、もちろん大都市の方だ。
ガリューダ三角にしてもそうだ、と皇帝は言ってる。
通るから多く沈む。
「危ないとわかりながらも、そこを通り続けるほど重要な航路だったって事だね」
海底に沈む、まだまあたらしい――最近の船を思い出しながらいった。
皇帝は更に頷いた。
「うむ、ものすごく重要な航路だ。それが、本当に安全になったというのなら――」
「なら?」
「余は皇帝として、マテオに褒美を与えなければならない」
「褒美?」
「いや、表彰ものだ」
「そんなに?」
「爵位の一つや二つあげてもまだおつりが来るほどのものだ」
「そんなになんだ……」
それはちょっとだけ予想外だった。
でも、海そのものの重要性は本で読んで知っている。
その海の重要な航路なら……そうだよな。
って、おっとっと。
そんな話をするためにガリューダの話をしたんじゃないんだった。
「それよりも陛下」
「なんだ? マテオよ」
「ガリューダの話をしたのは、沈んだ船の遺品とかを、遺族に返したいからなんだ」
「……なるほど、それがマテオがしたかった話か」
「うん、何かいい方法はないかな」
俺が聞くと、皇帝は眉根をキツく寄せてしまった。
「マテオの頼みなら何でも聞きたい、といいたいところだが、沈没した船を引き上げるのはさすがに難しい」
「あっ、そうじゃないんだ」
「うむ?」
「沈んだ船の引き上げは僕がやるから、それは大丈夫」
「マテオが?」
驚く皇帝。
何を言ってるんだ、そんなことができるのか?
って顔をしている。
「どうやって……むっ、海の神の……」
「うん、たぶん簡単にできると思うよ」
あの水の竜を押しつぶせるほどの水圧を操れたんだ。
沈没船を海の上に出すことくらい、たぶん問題なく出来る。
「それは本当か?」
「うん」
「そうか……」
「それで、今は人魚達に船の名前を調べてもらってるんだけど、その名前から持ち主を割り出せないかな、って陛下に聞きにきたんだ」
「なるほど、今ようやく全て理解したよ」
皇帝はそう言って、頷いた。
そしてふっ、と微笑みを浮かべた。
「そういう事なら任せるが良い」
「本当?」
「ああ、ガリューダ三角を通る船なら、船名さえ分かれば持ち主を特定するなど造作も無いことだ」
「そっか。お願いできるかな」
「うむ、任せろ」
「ありがとうございます、陛下!」
俺はぺこりと一礼した。
これで話はついた。
人魚達は間違いなく船の名前を探してこれる。
皇帝も間違いなく船の名前から持ち主を探してこれる。
俺も間違いなく船を海の底から引き上げられる。
解決したも同然だ。
「クラウス」
「はっ」
皇帝に名前を呼ばれて、ずっと俺達のやり取りを見守っていた、大臣の中の一人が進み出て、頭を下げた。
「話を聞いていたな」
「はっ」
「マテオの表彰の準備を進めよ。ガリューダ三角の呪いはマテオによって打ち消された、と」
「御意」
皇帝は表彰の事を命じた。
これはすでに言われてたことだから、俺はむずがゆくなりながらも何も言わないでいた。
「それから……編纂官はいるか?」
「エルンスト・ボラック。ここに」
編纂官らしき男が、クラウスと同じように呼ばれて出てきた。
「正史にしっかりと記せ。竜の騎士・空の王マテオが、ガリューダ三角の呪いを解いた、と」
「御意」
その後も、皇帝は次々と大臣とか官吏とかを呼び出して、この一件の指示を飛ばしまくった。
気のせいか七割くらいが俺を称えるような内容だった。
「面白い!」
「続きが気になる!」
「皇帝かわいい!」
と思ったら
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面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、素直に感じた気持ちでまったく構いません!
何卒よろしくお願いいたします。