42.ガリューダ退治
俺は、海神の肉体に段々と馴染んでいった。
最初はマテオの肉体となにも変わらなかったのだが、徐々に変化が感じられるようになってくる。
俺は上を見あげた。
「海神様?」
不思議がる女王。
「……見える」
「なにがでしょう」
「海上が見える。大分時化っているな」
「そのような事がわかるのですか」
「ああ、間の『海』はまったく邪魔にならない」
「……サラ、ちょっと見ておいで」
「う、うん!」
母親である女王に言われて、サラは急速で上――海面に向かって泳ぎだした。
段々と遠ざかっていくサラの後ろ姿を見送る。
数分後、サラが戻ってきた。
「本当に時化ってたよお母様。すごい嵐が来てる」
「そ、そう……」
驚きとともに、俺を尊敬の眼差しで見つめてくる女王。
それはサラも一緒で――
「私達にも分からないのに」
と、人魚でも海上まで行かなきゃわからなかったことを分かった俺に感動していた。
「それは失礼よ、サラ。海神様に」
「そ、そか。ごめんなさいマテ――じゃなくて海神様」
「いいよ、言い直さなくても」
俺はふっと微笑みながら言った。
「今まで通りで良いよ」
「そ、そう? じゃあそうする」
竹を割ったよう性格のサラは、俺の提案をすんなりと受け入れた。
「それにしても……」
俺は自分の手を見つめながら、つぶやく。
それを聞いて、女王がきいてきた。
「なにが不具合がおありでしょうか」
「ううん、むしろ逆だよ。ものすごい勢いで馴染んでいって、力がどんどん膨れ上がっているのを感じるんだ」
「それはやはり、海神様が海神様であったという事なのでしょう」
「そう、だね」
俺は苦笑いした。
結局あれこれ千の言葉で言われるよりも、一つの体験で総べてひっくり返るということだ。
このなじみ方は半端じゃない。
俺自身、「そうか海神の生まれ変わりだったんだ」、という確信が芽生えてきた。
前世が普通の男だというのはかわらない。
持っている記憶はそのままだ。
そうじゃなくて、記憶のない前々々世くらいが海神だったという確信。
前世の少年時代に「実は自分は選ばれし者だった」という空想をした事があったけど、少年時代の黒歴史だった空想が本当の事だったという不思議な感覚だ。
「あれ?」
「どうしたのですか海神様」
「あっちに……」
俺はあさっての方角を見た。
じっと見つめ、目を少し細めた。
ぼんやりとしか見えないものをどうにかはっきりと見えるようにするために。
「あっち……ですと、ガリューダ三角の方角でしょうか」
「そっか、さっき向かおうとしていた所だよね」
「はい、なにかあるのですか?」
「……たぶん」
俺は頷き、飛び出した。
海中を、まるで空を飛ぶかのように、一直線に飛び出した。
「お、お待ちください」
「どうしたのマテオ!?」
女王とサラがついてきた。
人魚の二人は、結構なスピードで泳いでついてくる。
二人をおいていくのもなんなので、俺は少し速度を緩めて、二人がついてこれる程度の速さで海を
しばらくして、開けた海底のある場所にやってきた。
地上の大草原の、その数倍はあろうかという開けた場所。
そこに、一面に散らばる船の残骸があった。
船の形を保っているものだけでも五隻、そのほかばらばらになって沈んでいるのも合わせれば、両手両足の指程度じゃたりない位の数がある。
そこでとまった俺。
そして数秒ほど遅れて、追いついてきた女王とサラ。
「はあ……はあ……」
「は、はやい……」
二人はすっかり息が上がっていた。
俺は振り向き、謝った。
「ごめん、もう少しゆっくりと
「と、とんでもありません」
女王は息を切らせながらも恐縮した。
女王ほどの力がないサラは息が上がりっぱなしでまともにしゃべれないでいた。
俺は再び、前を見た。
目を眇めて、
「何かをお探しですか、海神様」
「うん……見つけた」
「なにをでしょうか」
「見てて」
俺はそいつをじっと見た。
まずは姿を見せてもらおう。
俺は両手を真っ正面に突き出した。
なにもない海を、まるで観音開きのドアがあるかのように、両手でノブをつかんで、左右にがっ! と開いた。
すると――海が割れた。
海底の海が割れて、そこだけ水のない空間になった。
すると、姿がはっきりと見た。
「こ、これは……」
「水の……ドラゴン?」
驚愕する母娘。
そう、そこに現われたのは水の竜。
全身が完全に水でできている、水の中だと溶け込んで見えなかったが、俺が海を割って水のない空間にした事で、その水の体が浮かび上がってはっきり見えるようになった。
「……え? マテオが見つけたのってこれ?」
「うん、そうだよ」
「近くまできても水の中に溶け込んで見えなかったのに、それが見えてたの?」
「水の中だからね、それで見えたのかも」
さっき、海上を見た時にもそうおもった。
水の中では、俺の視力はほぼ無限大に等しくなる。
水がいくらあろうと視力を遮ることはできない。
しかし海上だとそうは行かなかった。
空はうっすらとしか見えなくて、雲も透けては見えなくて普通に雲として見えるだけだった。
海神だから、なのかなあ?
「す、すごい。さすが海神様」
「それよりも……そこのお前。話は分かる?」
俺は水の竜に問いかけた。
海があったときは宙に浮いていた感じだったのが、海を割った後は地面に着地していた。
そうして、俺を睨んでいる。
「何用だ、人魚の娘に人間の子供よ」
「あなた! この方は――」
女王が怒ったが、俺は手を真横に着きだして、女王を止めた。
「会話になるのなら話は早い。ここで沈没した船は、全部あなたの仕業?」
「その通りだ」
「どうしてそんな事をするの?」
「暇つぶし」
水の竜はあっけらかんと言い放った。
「暇つぶし?」
「そうだ」
「……それだけのために、こんなに多くの船を沈めたの?」
俺はまわりを見回した。
他の海域よりも遙かに多い沈没船、その残骸。
「それ以外のなにがある」
水の竜はわらった。
鼻で笑った。
「そう……」
「何者かは知らぬが、我の機嫌が良いうちにここから立ち去――」
「ふっ!」
俺は両手を広げて、ガッと体の前で交錯した。
開けたドアを今度は閉めるイメージ。
閉めた上で、更にキツく閉じるイメージ。
すると、割った海が戻ってきた。
海は水の竜を飲みこんで、再び見えなくなった。
「あっ……がっ……」
声だけが聞こえてきた。
水の竜の苦悶の声だ。
「な、なにをしてるの?」
「水圧をかけてるんだ」
「すいあつ?」
サラの疑問には答えず、更に水の圧力をあげた。
水を使って、四方八方から水の竜を押しつぶそうとする。
「なめる……なあああ!」
水の竜の咆哮が聞こえる。
ぱし、という音がしたが。
「なっ」
今度は驚愕の声が聞こえた。
圧力をはねのけようとしたがなにも変わらなくて愕然としている声。
俺は更におした。
圧力をかけられた水の竜がうっすらと浮かび上がった。
元の体積よりも小さく圧縮されて、それで体の色が少し濃くなったせいで、見えるようになった。
徐々に小さくなっていく。
徐々に色濃くなっていく。
やはてはっきりとその姿が見えるようになった頃には。
「ギ、ギギ……」
という、声しか出せなくなっていた。
「……消えろ!」
俺はつぶやき、ぐっ、と拳を握り締めた。
それで局所的に高められた水の圧力が最高に達し、水の竜は押しつぶされて、跡形もなく消え去った。
念の為に海をもう一度割った。
そこには水の竜のばらばらとなった死体が転がっていた。
「……よし、これなら蘇生もできないだろう」
船を沈める事を「暇つぶし」と言い放つヤツを倒せたことを、俺はひとまず満足した。
「海をこんなに自在に……すごい」
一番近くにいた人魚の母娘が、俺の姿を見て感嘆していた。
「面白い!」
「続きが気になる!」
「主人公強い!!」
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