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香港国家安全維持法の条文が明らかになった。最高刑は無期懲役という厳罰化にもかかわらず、香港では再び抗議活動が活発化し7月1日には370人が逮捕される事態になった。全文が明らかになったことを受け、抗議活動を行う香港市民が懸念している点を解説する。

 新型コロナウイルス流行以降、香港の抗議活動は去年ほど大規模化することはなく、街は比較的落ち着いた様子を見せていた。しかし、香港が中国に返還されて23年に当たる7月1日、久しぶりに大規模な抗議活動が路上で行われた。これは前日夜に香港国家安全維持法が施行され、香港の民主派にとって到底許容できない条文も明らかになったからだ。

ショッピングセンター前で抗議の声をあげる人々(筆者撮影)

 抗議者の中には法律への抗議の意思を示すため、あえて法令違反である「香港独立」と大声で叫んでいた人々もいた。施行から12時間ほどで、警察は香港国家安全維持法に違反すると思われた行為が見受けられた場合、紫の旗を掲げて警告するようになり、実際に香港国家安全維持法違反で10人が逮捕された。7月1日の抗議活動では違法集会に参加していたという理由の人も含め、合計で370人が逮捕された。

道にあふれる抗議者(筆者撮影)

 デモ現場でこの法律が適用されて逮捕者が出たことは、香港国家安全維持法が一部の著名な民主活動家を見せしめとして捕まえるような法律として運用されていないことを示している。一方、逮捕された全員に香港国家安全維持法が適用されたわけではなく、違法集会である抗議活動に参加することが、即座に国家安全を害するものとしては見なされるとは限らないことも示している。

 ただしこれらは現時点の警察の判断であって、今後裁判でどういう結果となるかは注視しておく必要がある。警察内部においても昨日のような運用がこのまま続くとは限らない。そのため今後の香港を理解するには現時点の運用を見るだけでは不十分だ。この法律が今後どのような運用をされる可能性があるか理解するために条文そのものを理解する必要がある。本記事では明らかになった条文からどのような懸念が発生しているのか解説したい。

施行した瞬間に条文が明らかに

 初めにこの法律が可決・公開されるまでのプロセスを記しておきたい。香港国家安全維持法は6月30日午前に中国の国会に当たる全国人民代表大会(全人代)常務委員会で可決された。その後に、その午後に全人代常務委員会の香港基本法委員会において「全国性法律」として香港にも適用可能な法律にするために、香港基本法の「附件三」(Annex 3)に含めるための決定を行った。「全国性法律」や「附件三」の解説をはじめ中国本土の法律を香港にも適用するロジックについては筆者が以前書いた記事を参照してほしい。

 香港基本法18条は、全人代常務委員会で成立した法律を香港で適用するには、香港での公布もしくは香港での立法が必要と規定している。香港国家安全維持法はその法律を香港での議会での立法なしにそのまま香港に適用させることを前提としているので、18条に従うならば行政長官による公布が必要となる。この公布は全人代での成立当日の23時(香港時間)に行われ、6月30日のうちに香港国家安全維持法は施行された。香港が中国へ返還された記念日であり、何らかの抗議活動が発生すると思われた7月1日前には何としても成立させようとしていたのがうかがえる。

 これほどまでに香港社会、そして国際社会に注目されている法律でありながら、全人代常務委員会での可決後も法律の条文はすぐに明らかにされなかった。初めて明らかになったのは、行政長官による公布を受けて官報に掲載された瞬間である。したがって法律が施行されるのと同時に条文が明らかになった。これと、ほぼ同時に中国国営の新華社通信は法律の全文を掲載した。

 この法律は6章66条からなる。全人代常務委員会から出された「説明」に基づいてその法律をどう読み解くべきかは前回の記事にも掲載した。前回の「説明」についてはおおむね法律の章立てと条文に反映されている。一方、今回条文の公開で初めて明らかになった点もある。今回の条文公開を受けて香港の民主派はどのような懸念を抱いているのか、以下で紹介したい。