実際、調べてみたが、大谷医師はもちろんのこと、大学に勤める研究者であるはずの岡田教授は、雑誌記事の類はたくさんあるが、学術論文は1998年を最後に1本もない。
研究者が自身の研究業績を発表するResearchGateやreserchmapなどには名前すらなかった。こういう人は普通、専門家とは呼ばない。
不安のあまり陰謀論に与して、WHOや厚労省を軽視する風潮があってはならない。もちろんWHOや厚労省も万能ではなく、たくさん間違いも犯すだろう。とはいえ、誰かの噂話よりはよほど信頼が置ける。
ここで誤解のないように付言すれば、WHOや厚労省が権威のある機関だから信頼するのではない。少なくとも科学的エビデンスに基づいた情報である限りは、これらの機関の情報に頼ろうということである。
今回のコロナ騒動をめぐっては、いろいろな専門家がテレビやネットで意見を開陳している。そして、人によって言うことが違うということも混乱に拍車をかけている。
あるテレビ番組では、東国原英夫氏が「困るのは専門家によって言うことが違うということ。右往左往している。こういうときは、どっか司令塔に意思統一してほしい」と述べていた。これもまた危険なことである。権力やメディアが科学者の言うことに規制をかける社会など、考えただけでも恐ろしい。
たしかに、「マスクをしろ」という人がいたかと思えば、「マスクは大して役立たない」という専門家がいたり、「積極的に検査をしろ」という専門家がいれば「それはいけない」という専門家もいる。聞いているほうは、どれが正しい情報かわからず混乱する一方だ。
私も、大学の授業の時に学生から「先生によって言うことが違うのですが、何を信じたらいいのですか」と聞かれたことがある。そのようなとき私は、「先生を信じるよりも、データやエビデンスを頼ってください」と答えている。
重要な判断をするとき、あの先生が有名だ、本をたくさん出している、あの先生が偉い、好きだなどという曖昧なことを根拠にしてはいけない。また、データにも質の違いがあり、データであれば何でもよいわけではない。どのようなデータを選ぶか、データの質を吟味するには、高い科学的リテラシーが要求される場合がある。さらに言えば、科学だって限界はあり、データだけに頼りすぎることも危険である。