ここで、赤十字の標章を付けた衛生隊員などはジュネーブ協定などにより攻撃を免れるかも知れない が、同僚や市民に対して救護活動を行っている一般隊員にはそのような保護はない。米国 Department of the Army作成の一般隊員向けのファーストエイドマニュアル1)によると、結局は米軍では心肺蘇生 法(以下、CPR)は必須のものとしては教えず、希望者にはアメリカ心臓協会(American Heart Association、AHA)の一次救命処置(BLS)コースを受講させるにとどめている。これは兵士における CPRの必要性はやや低く、心肺停止を引き起こす前に直面する、出血、ショックなどに対する処置法 (自己ならびに他者に対するファーストエイド)の教育こそが重要であるとの考えからである。
しかし兵士(自衛隊員を含む)への教育という観点に立てば、彼らを育成する過程で心肺蘇生法を教 えることは、(軍人に対しては一件矛盾して見えるが)、人命尊重の精神を育成し 市民や同僚への 愛、ひいては軍隊の存在目的について理解を深めることにつながると考えられる。軍とは結局は市民の ための存在であり、戦争によってより多くの人命が失われるのを防止・抑止することが使命であるから だ。そして彼らが隊を退いた後にもCPRの技術や知識は家族や隣人を守り、また彼らがよき市民として 生きて行く上で大きな力になると思われる。
a) 戦場における心肺蘇生法
軍隊(自衛隊)においても国際蘇生法連絡協議会(ILCOR)、AHAなどの普遍性の高いCPRガイドライ ン2)応手順の骨格となる。CPRの流れにおいては、実施すべき評価と処置が交互に現れるが、その流れ の中で幾つかの戦場独特の注意点もおさえておく必要がある。なお、戦闘下に8歳未満(または概ね 25kg未満)の小児(当然ながら市民=非戦闘員である)への対応が必要となる場合があるが、これにつ いてはAHAなどのガイドライン2)を参照されたい。
1.救助者及び傷病者の安全の確保
また、傷病者が生物化学兵器に暴露されていることはあり得ることであり、傷病者にマスクを付けさ せ、衣服や身体の除染をはかったり、救助者自身マスクや手袋を着用する(図1)。
2.意識・反応の確認
3.呼吸確認
気道を確保したまま、傷病者の呼吸の徴候を見て(胸郭の上下)、聴いて(傷病者の口元に耳を近つ け呼吸を)、感じる(傷病者の暖かい呼気を頬で)。最長で10秒間よく観察しても呼吸が見られなけれ ば、呼吸停止と判断する(図3)。
(1)自発呼吸が認められる場合は「5.出血のチェック」をする。
(2)自発呼吸がない場合は、以下のように人工呼吸を開始する。
もし傷病者が仰臥位になっていなければ、仰臥位にする。外れた入れ歯など、口から見える異物を取 り除く。
頭部後屈あご先挙上で気道を確認する。 傷病者の鼻を額に置いた手の親指と人指し指でやさしく挟 む。 傷病者の口を軽く開けるが、あご先は持ち上げたままに保つ。 息を吸って、傷病者の口を自分の 口で覆い、空気が漏れないようにする。 傷病者の胸の上がりを見ながら、ゆっくりと2秒かけて、息を 吹き込む(体重あたり 10mlが目安)。頭部後屈とあご先挙上を継続しながら、自分の口を傷病者の口 から離す。息が吐き出されるとともに傷病者の胸が下がることを確認する。また息を吸い込んで、もう 一度同じように呼気吹き込みを行い、合わせて2回の効果的な吹き込みを行う。
生物化学兵器などの使用が疑われる状況では、呼気吹き込み式人工呼吸は実施せず、必要により心臓 マッサ-ジのみを行う。
4.循環のサインの確認
実際には、人工呼吸に対する咳反射があったかどうか、呼吸の確認(見て、聴いて、感じる)をした 後、救助者は自分の身体をおこし足先から顔面までの体動の有無を観察する。
循環のサインがあれば、心臓マッサージの必要性はない。その時十分な自発呼吸がなければ、気道確 保と人工呼吸をしながら衛生要員の到着を待つ。その間、およそ1分ごとに循環のサインを再評価す る。
十分な自発呼吸があって意識がもどらなけるば、回復体位として衛生要員を待つ(状況によっては頚 髄保護に気をつけながら搬送する(図4)。
循環のサインがなければ、「5.胸骨圧迫心臓マッサージ」を実施する。
5.胸骨圧迫心臓マッサージ
両手の指は伸ばしても、組み合わせてもよいが、指先を浮かせ、傷病者の肋骨に圧がかからないよう にする。腹部上部や、剣状突起にも圧力をかけないこと。
救助者は上肢を傷病者の胸に垂直に置き、両腕を真っ直ぐに伸ばしたまま、胸骨が3.5~5cm沈むよう に押し下げる。続いて胸骨圧迫を完全に解除するが、手は胸骨からは離さない。この動作を毎分 100分 のペ-スで繰り返す。胸骨圧迫と圧迫解除には同じ時間をかける。
6.人工呼吸と胸骨圧迫の組み合わせ
救助者の手をすぐに、胸骨上の正しい位置に戻し、15回の心マッサ-ジを行う。そして胸骨圧迫と人工 呼吸の比を 15:2として、両方の処置を繰り返す。
7.循環のサインの再評価
8.蘇生処置の終了(または中断)
b) 救護所などにおける心肺蘇生法(衛生要員や医師による)
本項では看護師、救急救命士などの資格を持つ衛生要員または医師による心肺蘇生法について述べ る。ジュネーブ条約などで保護される救護所において実施できる場合もあるが、戦場での対応が必要と なることもある。主に一般隊員による対応と異なる部分について述べる。
1.多数傷病者への対応が必要となる場合
多数の負傷者を対象とする場合の一次トリアージは、短時間に実施できる、簡単な選別基準が望まし い。わが国で近年、災害時のトリアージ方法として推奨されているのは「START方式(Simple Triage And Rapid Treatment)」である。これは以下に述べるように、医師でなくとも実行できる非常に簡単 な方法である。米国の救急隊でもこの方法が採用されている。
まずステップ 1(呼吸の評価) では、負傷者のそばに立ち声をかけ身体を揺する。反応がなけれ ば、下顎挙上などで気道を開放して、自発呼吸の有無を調べる。気道確保を2回繰り返し呼吸を認めな ければ、死亡群( トリアージ表示色=黒)とする。浅表呼吸で呼吸数が毎分30回を超えていれば、緊急治療群(赤)とす る。30回/分未満ならステップ2へ。
ステップ 2(循環の評価)では、爪床を5秒間圧迫し解除後に爪床の色がもどるまでの時間を観察す る(refilling time)。2秒以上を要するようなら緊急治療群(赤)。2秒未満ならステップ3へ。 ステップ 3(意識レベルの評価)では開眼、離握手などの簡単な命令に従うかどうかをみる。命令 に応じなければ、緊急治療群(赤)とする。
ここまでの評価で緊急治療群とならなかった群で、歩けない負傷者を準緊急治療群(黄)とする。 歩ける負傷者(緑)の群で、歩行不能となったものや急変者がいれば再トリアージを行う。
2.一次救命処置
1)安全確認、体位管理と頚髄保護、止血
鎖骨より高位の損傷がある場合は、頚髄損傷の疑いが濃厚と考え、複数の救助者でいわゆる丸太転が し(ログロール)の要領で仰臥位とする。可能であれば頚椎カラーや搬送に備えバックボードを併用す る。
体表からの出血に対し、圧迫止血、止血帯、止血鉗子などによる止血をはかる。
2)気道確保(窒息への対処を含む)と人工呼吸
用手気道確保をしても換気がうまくゆかない時は、気道確保をやりなおし、場合によっては喉頭鏡で 上気道を確認する。気道異物などによる窒息が疑われる場合はハイムリック法などを実施する。衛生要 員が実施する場合、傷病者が意識を失っていてもハイムリック法や側胸下部圧迫法を実施してもよい。
3)循環の評価と胸骨圧迫心臓マッサ-ジ
4)心電図波形の確認と電気的除細動、薬物療法(二次救命処置)
VF/VTに対する除細動実施後、または初期心電図がVF/VTでなければ、器具を用いた気道確保法(気管 挿管、laryngeal mask airway、食道閉鎖式エアウエイ)を状況にあわせて選択し実施する。また肘静 脈などできるだけ流量の多い部位で静脈路確保をする。エピネフリン1mgを静注し、自己心拍が再開す るか心室細動が得られるようになるまで、CPRを続けながら3 ~5分ごとに静脈投与を繰り返す。アトロ ピン 1 mgを 3~5分毎に、合計 0.04 mg/kgまで投与する。静脈路を確保できない場合は薬剤の気管内 投与を行うか、骨髄輸液(脛骨粗面より注射針、血管流置針などで刺入)を実施する。
5)心停止の原因の診断と改善
6)心停止継続時の蘇生中止の判断と死亡確認
蘇生を中止する際には、実施した蘇生の質が適切かどうか再確認する。また著しい低体温など、非定 型的な臨床兆候はないか確認する。蘇生中止のプロトコールがある場合は、これに合致するか調べる。 これらの判断は短時間のうちでなされる必要がある。
7)蘇生後の全身管理と後方搬送
野戦状態では心肺蘇生法よりも、止血法や骨折の管理などの知識がより重視されるかも知れない。た だ、国や市民を守るために戦う兵士にとって、同僚や市民が傷ついたりその命を失いつつあるのを見る 時、可能であれば心肺蘇生法を実施したいと思うだろう。本稿ではその時に実施すべき方法を解説した ものであり、特に世界で標準的に実施される心肺蘇生法ガイドラインの変更点を織り込んで説明した。
一方、衛生要員や医師にとって、戦場での医療は結局は平常時の蘇生治療や外傷管理の延長である。 様々な救急医療の場で自らの救急対応能力を磨くとともに、AHAをはじめとする関連団体によるBLS(一 次救命処置)、ACLS(二次救命処置)、BTS(基礎的外傷管 理)、ATLS(高度外傷管理)などの教育コースに積極的に参加されることを推奨したい。
1) U.S. Navy Bureau of Medicine and Surgery. Virtual Naval Hospital
http://www.vnh.org/VNHHome.html
2)The American Heart Association in collaboration with the International Liaison