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世界最強の暗殺者、破滅の魔眼で夢を視る~正義の味方になりたかった『滅びの少年』~ 作者:月島 秀一
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第三話:世界最強の暗殺者、護衛任務を開始する【二】


(こいつ、やばぃ。何者だ!? どうやって俺の後ろ。殺される? この俺が!? とにかく、動かねば……ッ!)  


 ルインの殺気にあてられた男は、混乱した頭と硬直した体を再起動させるため、自分の唇を噛み切り――その痛みをもって、恐怖心を中和する。


 そして――。


「――らぁ゛ッ!」


 渾身の力を込めて、魔法で強化された右腕を背後へ振り抜いた。

 まるで嵐を凝縮したかのような一撃は、とてつもない破壊を巻き起こす。

 右腕の軌跡をなぞるようにして、地面は大きく(めく)れ上がり、砂埃が盛大に舞い上がった。


「はぁはぁ……っ。や、()ったかぁ!?」


 全身全霊の一撃を放った男は、荒々しい息を吐きながら『結果』を待ったが……。

 砂埃が晴れるよりも一足早く、絶望的な『答え合わせ』が為された。


「――アイリス=ロンド、ここは危険だ。少し下がっていてくれ」


「え、ぁ、はい……っ」


 遥か後方より、そんな二人のやり取りが聞こえたのだ。


「な、にぃ!?」


 男が勢いよく振り返るとそこには、大きく間合いを取ったルインとアイリスの姿があった。


 ルインは<嵐風剛装(らんぷうごうそう)>の一撃を難なく(かわ)しながら、アイリスを優しく抱きかかえ、彼女を安全な場所まで移動させていたのだ。


「こ、こいつ……ッ」


 暗殺者の男は警戒レベルを一気に引き上げ、突如出現した異分子(イレギュラー)に強烈な殺気を叩き付けた。

 ルインはそれを軽く受け流しながら、淡々と言葉を紡ぐ。


「『暴虐の殺し屋』ランページ=ボロスか。驚いたぞ。まさかお前のような大物が出張ってくるとはな」


「何故、俺の名を……!?」


「先ほど使用していた、レベル4の強化系魔法<嵐風剛装(らんぷうごうそう)>。体の特定部位に嵐の如き強力な風を纏わせ、攻防一体の剛装(ごうそう)と化す――これは、お前だけの『固有魔法』だからな」


「……ッ」


 星の数ほどある魔法の中から、正確に<嵐風剛装(らんぷうごうそう)>を導き出し、それを一瞬でランページ=ボロスの情報と結び付ける。

 ルインの凄まじい知識量と頭のキレを見たランページは、思わずゴクリと息を呑み、敵の脅威度を最高クラスにまで引き上げた。


 ランページ=ボロス。


 年齢は三十五歳。身長は百九十センチ。

 背まで伸びた長い黒髪・睨み付けるような四白眼(しはくがん)・口角の吊り上がった大きな口が特徴的な男だ。

 全身を包む黒いローブは、認識阻害の魔法が付与された特別製。

 一見、やせ細っているようにも見えるが……。実際は針金のように引き締まった筋肉を搭載しており、長い手足から繰り出される打撃は想像を絶する威力を誇る。


(ランページは『レベル4の魔法士』、それでいて国際指名手配されている凄腕の暗殺者だ。決して五千万エールで雇えるような男ではない。邪鬼と暗殺者組織の利害が一致したのか、はたまた邪鬼の本部が追加の金を支払ったか……。とにかく、この件には何か『裏』がありそうだな)


 想定を上回る大戦力の登場に、ルインが思考を巡らせていると、


「てめぇ、アイリス=ロンドの私兵かぁ……?」


 ランページからそんな問いが投げられた。


 しかしその直後、


「……いや、違うなぁ。俺にはわかる、本能的によぅくわかる……。お前は『こっち側の人間』だぁ……!」


 ランページはすぐに前言を撤回し、凶悪な笑みを浮かべた。


「極限まで薄められた気配、無駄のない身のこなし、そして何より――尋常ではない殺気ぃ! まだ随分と若いようだが、いったいどれだけの『数』を()ってきたんだぁ? それだけの殺気を纏うには、百や二百じゃきかんだろぉ?」


「……お喋りな奴だ」


 否定も肯定もせず、ルインは小さくため息をつき――素早く周囲を見回した。


(学校の監視カメラに加えて、アイリス=ロンドという発言力のある目撃者……。この状況じゃ、あまり大きな魔法は使えないな)


 特別派遣魔法小隊は国防軍の『裏組織』であり、これまでその存在は様々な手段で隠匿されてきた。

 たとえ任務遂行中であろうと、可能な限り目立つ行動は控えなければならない。


(とりあえず、このあたり(・・・・・)で軽く探りを入れるか……)


 ルインはレベル2の対物障壁と対魔障壁を発動、右腕と左腕に不可視の防護膜を展開する。


 それに対してランページは、


「ほぉ……。強化系の魔法士を相手に、接近戦でやろうってのかぁ……?」


 レベル4の強化系魔法<嵐風剛装(らんぷうごうそう)>を発動、両の腕に強力な嵐を纏わり付かせた。


「「……」」


 二人は無言のまま視線を交錯させ――まるで示し合わせたかのように、同時に地面を蹴り付けた。

 両者の距離は一足でゼロになり、


「――そぉらッ!」


 ランページは巻き込むような右フックを放つ。

 大型車両を木っ端微塵にする一撃。

 ルインはそれを左腕一本で華麗に(さば)き、空いた右腕で敵の鳩尾(みぞおち)へ痛打を見舞う。


「ぐ、ぉ……っ!?」


 ランページは思わず苦悶の声をあげるが、


「――この、クソガキがぁ!」


 すぐさま左の拳を握り締め、強烈な反撃を繰り出した。

 ルインは素早く後ろへ跳び下がり、余裕をもってそれを回避する。


「やるな。あの一瞬で『風の防御』を間に合わせたのか」


 ルインの右腕――そこに張られた対物・対魔障壁には、大きな損傷が見られた。

 彼の拳が腹部へ刺さる直前、ランページは分厚い風の鎧を纏い、その一撃をしっかりと防御していたのだ。


「て、てめぇこそ……。小せぇくせして中々いいパンチ(もん)持ってんじゃねぇか……ッ」


 なんとか防御には成功したものの……。

 対物・対魔障壁を纏ったルインの打撃は、信じられないほどに重く、ランページは少なくないダメージを受けていた。


(魔法技能だけでなく、基礎戦闘技術もかなりのものだ。『暴虐の殺し屋』、その二つ名は伊達じゃないようだな……)


(たかだか『レベル2』の対物・対魔障壁で、俺の<嵐風剛装(らんぷうごうそう)>をぶち抜くだとぉ……!? こっちは『レベル4』の強化系魔法なんだぞ! この野郎ぉ、いったいどんな身体能力をしてやがるんだぁ……ッ)


 互いの力量をある程度把握した後、二人はすぐさま戦闘を再開させた。


「うがぁ……ッ!」


 勇猛果敢に攻め立てるのは、レベル4の強力な魔法を展開するランページ。


「ふっ……ハッ!」


 ルインはそれをときに(かわ)し、ときにいなし、隙を見つけては的確に打撃を加えていく。


「こんの、ちょこまかちょこまかとぉ……ッ!」


 痺れを切らしたランページが、大ぶりの一撃を放ったところへ、


「シッ!」


 ルインが鋭い上段蹴り(カウンター)を差し込み、それは鮮やかに敵の側頭部を射抜いた。


「ぐ、ぉ……!?」


 強烈な衝撃が脳を揺らし、ランページの視界がグラリと傾く。


「――そこだ」


 その隙を逃さず、ルインは右ポケットから短刀を取り出し、なんの躊躇もなく投げ放った。

 それは凄まじい速度で、ランページの右目へ突き進んでいく。


「!? 危、ねぇ……ッ」


 彼は咄嗟の判断で首を振り、紙一重でそれを回避した。


「ふむ、惜しいな」


「て、てめぇ……っ」


 現状、ルインはランページを完全に圧倒しているのだが……。

 大きな魔法を使えないという制約があるため、『決定打』に欠けていた。


(ここまで削って、まだ倒れないのか……。さすがはレベル4の強化系魔法士、尋常ではないタフさだな)


(はぁはぁ……っ。隠形(おんぎょう)・身体能力・体術、『暗殺者』としては向こうが遥かに格上だがぁ……。単純な魔法技能なら、こちらに分があるぅ……!)


 戦いの中で自身の優位性を見出したランページは、


「はっはぁ!」


 風の力を集約した両腕を思いっ切り地面に叩き付け、とてつもない砂埃を舞い上がらせた。


 視界が完全に潰れる中、彼はレベル1の感知系魔法<気流感知(エアー・ディテクト)>を発動。

 風の流れから、ルインの姿形を完璧に捉える。


(わかる、わかるぞぉ……! 困惑したお前の姿が……! ほんのわずかな『右脇腹』の隙が……! 手に取るようにわかるぅ……!)


 ランページは自身の位置を悟られぬよう、<嵐風剛装(らんぷうごうそう)>を一時的に解除。

 音もなくルインの背後へ忍び寄り、必殺の間合いへ踏み込んだところで――ありったけの嵐風(らんぷう)を右腕一本に集中させる。


「最大出力の一撃ぃ! こいつで終わりだぁ……ッ!」


 勝利を確信したランページは、最強最速の右ストレートを繰り出した。


 しかし、


「――こんな砂遊びで、俺の『眼』を誤魔化せると思ったのか?」


 ルインの見せたわずかな隙は、不用意な大技を誘う()()

 彼の魔眼は、敵の動きを完璧に捉えていた。


「しまっ!?」


 ランページは攻撃をキャンセルし、すぐさま風の鎧を纏おうとするが……。


「遅い」


 それよりも一瞬早く、ルインの左脚が顎を蹴り上げ、続けざまにがら空きの脇腹へ強烈な右足刀が叩き込まれた。


「が、はぁ……ッ!?」


 耳障りな異音が響き、ランページの顎と肋骨が完全に粉砕される。

 彼は地面と水平に飛び、校庭の大木に背中を強打したところで、重力に引かれてずり落ちた。


(まず、ぃ……奴が来る……っ。早く、早く起き上がらなくては……急いでここから逃げなくては……ッ!)


 歯を食いしばり、なんとかこの場を離脱しようとしたが……。

 その意思に反して、体は全く言うことを聞かなかった。


「ぜひゅぜひゅ……っ。げほごほ、がは……ッ!?」


 ランページは激しくむせ返り、口から大量の血を吐き出す。

 粉砕された肋骨が、内臓を傷付けているのだ。


(あぁ……こりゃ、本格的にやべぇなぁ……)


 そうこうしているうちに――頭上から冷たい声が降り注ぐ。


「――勝負ありだ。無駄な抵抗はやめて、大人しく投降しろ」


「へ、へへ……。お前、本当にすげぇ男だなぁ……。この『暴虐の殺し屋』を仕留めたってのに、なんだその冷めた目は……? 少しぐらい嬉しそうにしやがれってんだぁ……」


 こうしてルインはたったの一度も攻撃性の魔法を使用せず、持ち前の体術だけでレベル4の強化系魔法士を制圧したのだった。

※とても大事なおはなし


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