香港の若者が「自分は中国人じゃない」と思う訳

国家安全法で秩序が戻っても人心は離れたまま

デモ隊に銃器を向けて威嚇する香港警察(写真は2019年9月、記者撮影)

では、なぜ返還以降の中国化された香港社会を生きてきた若者の中国離れが続いているのか。彼らは中国の情報と接する機会が減ったわけではない。むしろ増えた。義務教育課程では中国本土のことを学ぶカリキュラムは多い。中国本土の政治や社会、中国史を勉強し、学校で掲揚する国旗は中国の五星紅旗、斉唱する国歌も中国の義勇軍行進曲だったという。

香港で日常的に話される広東語だけでなく、中国本土の標準語とされる「普通話」も学ぶ。台湾出身で広東語をあまり解さない記者の取材には流暢な普通話で答えてくれた。「街には大陸からの観光客がたくさんいる。ニュースも中国関連のニュースがたくさん出ている。周囲はまさに中国だった」(ジミーさん)

「どっちが本当の中国なのか明らか」

しかし、彼らはむしろ接する情報のなかでギャップに苦しめられた。「学校では中国がいかにすばらしいかを学ぶ。でも見聞きするのは大陸からの観光客が大声で下品に喋って、痰を吐き捨てる様子や、食品偽装とか中国政府の不正、人権弾圧などのひどいニュース。どっちが本当の中国なのかは明らか」(エイミーさん)

国家安全法の制定過程でアイデンティティの違いの意識はますます強まったという。不動産会社に務めるキャリーさん(仮名)は「内面の自由という土台すら共有できない人たちと一緒になれないことを確信していく期間だった」と国家安全法が決まっていった数カ月を振り返る。

抗議に参加する若者は失われる自由を守るために立ち上がっている。しかし、その自由を奪えば奪うほど香港の人たちの心はどんどん離れていく。中国共産党は昨年10月の中央委員会第4回全体会議で「香港の青少年の憲法や基本法に対する教育を強化し、国家意識と愛国精神を高める」と「愛国心」を香港に根付かせる方針を明確に示したが、アイデンティティの隔たりはすでに大きい。

それを目にしたくない中国当局がアイデンティティを問う世論調査自体を国家分裂を煽るものだとして禁じるのではないかと現地の研究者やメディア関係者は懸念している。

デニスさんは「この取材も外国勢力と結託した犯罪行為と見なされるかもしれないから、終わったらアカウント削除します」と取材に使用していたSNSアカウントを削除した。「次に会えるのは留学でもして僕が香港を脱出したときかな」という最後の一言は高校生に「脱出」まで考えさせる国家安全法が施行された香港の状況の厳しさを示している。

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