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暗殺貴族の失敗作~追放された最強の暗殺者は、第二の人生を無双する~ 作者:月島 秀一
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第二話:七大貴族と護衛任務【一】


 三月三十一日、都内某所に位置するルインの一軒家。


 名門魔法学院『私立ロンドマルス高校』への進学を前日に控えたルインが、自室の椅子に腰掛けながら、入学式の予定表に目を通していると――ゴーンゴーンゴーンと壁掛け時計の鐘が鳴った。


「っと、そろそろ時間だな」


 時刻は午後六時。

 十五分後の臨時連絡に備えるため、彼は洗面所へ向かい、軽く身だしなみを整えていく。


 ルイン=オルフォード(・・・・・・)、十五歳。


 この『オルフォード』という名は、当然ながら偽名である。

 レグルスの名は悪い意味で目立ち過ぎるため、平凡で目立たないものを適当に取って付けたのだ。


 あまり飾り気のない、黒のミドルヘア。

 身長は百七十七センチ、十五歳の男子にしては上背(うわぜい)のある方だ。

 夜闇を溶かしたような漆黒の瞳、目鼻立ちの整った顔、細く引き締まった体。

 どこか落ち着いた雰囲気を纏っており、年齢以上に大人びて見える。


「……ふぅ」


 冷水でサッと顔を洗い、黒のシャツをピンと伸ばしたルインは、すぐに自室へ戻った。


 部屋の照明を落とし、壁に設置した液晶モニターを起動。

 専用のPC端末から軍用の機密回線へアクセスし、全ての準備を済ませた後は、モニターの前で直立不動。


 そのまま一分二分と時は流れ――時計の針が午後六時十五分を指し示したところで、目の前の液晶にスキンヘッドの大男が映し出された。


「あ゛ー、あ゛ー。マイクテスト、マイクテスト……」


 深く渋みがある声の主は、バロック=ルーガー少佐、四十二歳。

 かつては出世街道を歩んでいたが……義理人情に厚い性格が災いし、閑職(かんしょく)に回されてしまった熱い男だ。


 現在は国防軍の『裏組織』である特別派遣魔法小隊――通称特派(とくは)の隊長を務め、形式上は(・・・・)ルイン直属の上司ということになっている。


「――うし、音声チェック完了! よぅ、ルイン特佐(とくさ)! 久しぶりだな!」


「お久しぶりです、バロック少佐」


 国防軍特別派遣魔法小隊(とくは)所属の『非正規軍人』、ルイン=オルフォード特別補佐官(とくさ)

 暗殺貴族(レグルス)を追放された彼が、その後の三年間で新しく手に入れた身分だ。


「いやぁ、休暇中だというのにすまんな! 知っての通り、特別派遣魔法小隊(うち)は万年人手不足。お前さんみたく『万能な魔法士』には、ついつい仕事を振りガチになってしまうんだ。またいつか代休を用意するから、今回は勘弁してくれ!」


 彼は左手でスキンヘッドの頭を掻きながら、右手を前に突き出して謝意を示した。


「いえ、問題ありません。お気になさらないでください」


 昨年度におけるルインの『緊急出動回数』は――七十五回。

 この数字は特別派遣魔法小隊の中でも群を抜いており、彼がいかに優秀なのかを物語っている。


「――ときにルイン、入学試験はどうだった? 確かあの名門魔法学院、私立ロンドマルス高校を受験すると聞いていたんだが……」


「なんとか無事に合格することができました」


 実際は『なんとか無事』どころではなく、ぶっちぎりの首席合格なのだが……。

 彼はあまり自分の実績をひけらかすタイプではないので、今みたく控え目な回答をする傾向があった。


「おぉ、さすがはルインだ! よし。今度うちの隊員を集めて、合格祝いの酒宴(しゅえん)を開くとしようか!」


「せっかくのお誘いですが、自分はまだ未成年ですので……」


 ルインがやんわり断りの意思を示せば、


「はっはっはっ、相変わらずお堅い奴だ!」


 バロックは豪快に笑い――それから、少し真剣な表情を見せた。


「それで、だな……。本家(・・)の方から、何か連絡はなかったのか? ほれ、手紙だとか、祝電だとか、合格祝いの贈り物だとか……なぁ?」


 彼は数少ない『ルイン=レグルス』を知る者であり、また混じり気のない純粋な善意から、ルインとその家族が仲良くやってほしいと思っていた。


「いえ、特に何もありませんでした」


「ん、あ゛ぁー……そうか……。まぁ、そういうこともあるだろう。俺も若い頃は、親父と馬が合わんくてなぁ……。よく取っ組み合いの喧嘩をしたもんだ。しかし、四十を過ぎた今、たまに酒を呑み交わすこともある。まぁ、お世辞にもうまい酒とは言えんが……そう悪いものでもない。だから……なんというか、その……気にするな!」


「お気遣いありがとうございます」


 ルインとレグルス家の関係は完全に冷え切っており、もはや修復の余地なぞ、どこにも存在しないのだが……。

 バロックの心配りを無下にせぬよう、ルインは謝意を伝えた。


 そうしてちょっとした雑談を済ませたところで、


「――さて、そろそろ『仕事』の話といこうか」


「はい、お願いします」


 二人の話は、いよいよ本題へ入っていく。


「昨日未明、我々は犯罪組織『邪鬼(じゃき)』の隠れ家を襲撃した。作戦は無事に成功。こちらに大きな被害はなく、潜伏中の構成員は一網打尽。取引先の名簿や活動計画書など、様々な重要書類を押収したのだが……。その中に一つ、『物騒なもの』が発見された」


「物騒なもの、ですか?」


「あぁ、『殺しの依頼書』だ。そこにはターゲットの氏名・顔写真・住所などの個人情報が、克明(こくめい)に記されてあった。どうやら邪鬼の連中は、国外の暗殺者組織に連絡を取り、『とある少女』の暗殺を依頼していたらしい」


「それは……穏やかじゃありませんね」


「うむ。そこで今回ルイン特佐には、この少女の護衛を頼みたい」


 バロックがパチンと指を鳴らせば、液晶モニター上にロンドマルス高校の制服を纏った少女の顔写真と彼女の詳細なプロフィールが表示された。


 桜色の美しい長髪・クルンとした紺碧(こんぺき)の瞳・行儀よく上を向いた大きな胸、百人が百人とも振り返るような絶世の美少女。


「彼女の名はアイリス=ロンド。『七大貴族』が一つ、ロンド家の御令嬢だ」


「これはまた……随分と大物ですね」


 七大貴族とは、広範な社会的影響力と絶大な権力を有する七つの名家を指し、暗殺貴族レグルス家もその一角を担う存在だ。


「国家の心臓たるロンド財閥の長女、もしも彼女が暗殺されれば……七大貴族を巻き込んだ大混乱が起こるだろう。あちこちに『戦争の火種』が(くすぶ)っているこの不安定な情勢下で、そんな荒波を立てるわけにはいかん。いかなる手段を用いても、アイリス=ロンドの暗殺は阻止せねばならんのだ!」


 本件の重要性を語ったバロックは、差し向けられてくる暗殺者について語り始める。


「邪鬼の連中が、暗殺者組織に支払った金は五千万エール。『裏レート』に照らし合わせれば、レベル3の魔法士をなんとか一人雇えるかどうかという額だな。敵の最大戦力については、だいたいこの辺りを想定してくれ」


「レベル3が一人ですね。承知しました」


 魔法はその特性・威力・効果範囲によって、六系統・六段階のレベルに分けられる。

『系統』とはその特性によって魔法を分類したものであり、強化系・操作系・具現化系・精神干渉系・感知系・特質系の六種類。

『レベル』とはその威力や効果範囲によって魔法を分類したものであり、最低位のレベル1から最高位のレベル6まで存在する。


 つまり『レベル3の魔法士』とは、なんらかの系統におけるレベル3の魔法を――『対少数戦闘において、有意義な成果を生み出せる魔法』を行使可能な者を指す。


「まぁ正直なところ言えば、レベル3程度の案件でわざわざ特佐に協力を仰ぐのもどうかと思ったんだが……。先も述べた通り、今回ターゲットとされているのは七大貴族の御令嬢。それに加えて、敵はただの『魔法士』ではなく『暗殺者の魔法士』――すなわち、殺しのプロだ」


 バロックは険しい表情で話を続けた。


「暗殺者はたとえレベル1でも厄介な相手だ。奴等は人を殺すという目的のため、幼少期から特殊な訓練を積んできた『異質の存在』。音もなく気配もなく忍び寄り、厳重な警備のわずかな間隙(かんげき)を突き、刹那のうちに命を刈り取っていく。実際に歴史を振り返れば、アイリス=ロンドのような『レベル5の魔法士』が『レベル1の暗殺者』に殺された事例などいくらでもある。――万が一のことも考えて、やはりここは特佐にお願いしたい。本件において、貴官(きかん)以上の適任者はいないからな」


 バロックはそう言って、真っ直ぐにルインの目を見つめた。


 かつて裏社会にその名を轟かせた『レグルスの死神』。

 彼以上に暗殺者の手口を知り尽くした者は存在しない。


「――委細(いさい)、承知しました。それではこれより、アイリス=ロンドの護衛任務に就かせていだきます」


「うむ。護衛対象の位置情報は、この後すぐに特佐のデバイスへ送信する。――それでは頼んだぞ」


 通信が切断された直後、ルインの携帯型デバイスから『ピコン』という電子音が鳴った。

 早速、アイリスの位置情報が送信されてきたのだ。


「今は……なるほど、ロンドマルスの校舎内か」


 彼女の現在位置を把握したルインは、素早く身支度を整えていく。


 連絡用の小型無線機を左耳に仕込み、夜闇に紛れるよう黒いローブを羽織り、ゆったり目のフードを目深(まぶか)にかぶる。

 このローブは、認識阻害の魔法が施された特別製。

 高位の魔法士以外には気付かれにくくなるため、暗殺者が好んで使用するものだ。


「――さて、行くか」


 こうして世界最強の暗殺者は、第二の人生を歩み出す。

 人を殺すためではなく、人を守るために――。



 ルインがアイリス=ロンドの護衛任務に就いたその日の晩、事態は早速動き出した。


 午後九時、私立ロンドマルス高校の第一校舎前。


「んーっ、疲れたぁー……」


 前年度生徒会からの引継ぎ、それに続く入学式の最終調整――二つの大仕事を片付けたアイリスは、吐息を漏らしながらグーッと体を伸ばす。


 本当なら午後六時頃までには帰れる予定だったのだが……。

 校長から急な用事を頼まれてしまい、こんな時間になってしまったのだ。


「それにしても、明日からはいよいよ新学期かぁ……。ふふっ、いったいどんな後輩が入ってくるのかしら?」


 上機嫌に鼻歌を奏でながら、正門の方へ足を向けたそのとき、


「――お前がロンド家の長女ぉ、アイリス=ロンドだなぁ?」


 背後から、どこか間延びした男の声が降り掛かってきた。


「っ!?」


 アイリスが大慌てで振り返るとそこには――黒いローブに身を包んだ、背の高い男が立っていた。


「桜色の髪・端正な顔・起伏に富んだ体……『当たり』だぁ……!」


 彼は鋭い殺気を放ちながら、ニィッと不気味な笑みを浮かべる。


「ぇ、あ……っ」


 男の凄まじい殺気にあてられたアイリスは、思わずその場で身を竦めてしまう。


「くくく……っ。お前にはなんの恨みもねぇが、これも仕事なんで……なぁ゛!」


 男はレベル4の強化系魔法<嵐風剛装(らんぷうごうそう)>を展開し、風の力で強化された右腕を振り上げた。


 すると次の瞬間、


「――お前が邪鬼(じゃき)に雇われた暗殺者だな?」


 背後から、ルインの氷のような声が響く。


「ッ!?」


 男は本能的に理解した。

 このまま右腕を振り下ろせば、息をつく間もなく殺されることを。


 それほどまでにルインの放つ殺気は、重く暗く冷たく――まさに別格のものだった。


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