講座:ハーレム(1)ハーレムとは

ブッシュが当選して激サガリのアンナでございます。これで中近東へ行く夢がまた遠のきました。
まったくイスラム圏どころか、アメリカのレイヴやらハワイのビーチ散策なんて夢さえも、危なくって性交せざるを...アラまちがえた、再考せざるを得ません。まあ大統領が変わったところでテロがなくなるとも思えませんが。
せめて夢の中だけでも中近東へ。というわけで、本日はハーレムです。
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ハーレム。
世界中の殿方が夢見ている(のか?)、この世の楽園。
語源はアラビア語のハラーム(聖所、禁じられた場所)です。殿方と姫方を分け、姫方を囲う場所です。
ムハンマド(マホメット)はコーランの中で、殿方が妻を4人まで娶ることを認めています。戦争などで身寄りを失い貧窮した姫方を救済するためと、当時行われていた女児殺しを止めるためでした。
イスラム圏の姫方には、全域ではありませんが、独りで外出しない、ヴェールを着用する等、身を慎むためのルールが科されています。理由は「女が独りで出歩くと危ないから」「女は男を誘惑する生き物だから」ということのようです。
私個人としては、イスラム教が始まった時代には当時の生活習慣を受け入れざるを得なかったにしても、イスラムの教えの神髄はよいものと思います。またヴェールを愛する姫方はたくさんいる。好きで選ぶ生活・あるいは文化を尊重して従う生活なら、おおいに結構と思うのです。
が、そもそも女が経済的に自立できる世の中を作ろうという思想はなかったのか?また「誘惑され」て女をどうこうしようとたくらんだ殿方自身に罪はないのか?との疑問も感じるところです。今後どうするか、人々自身が決めていくことでありましょう。
女の選択を認めず、また女に罪をかぶせるあたり、たぶん日本の大奥や中国の後宮も、同じような考え方から成り立っておりますね。
(チベットのように一夫多妻、一妻多夫を行っても性別の抑圧につながらなかった文化もありますけど...)
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世界には聖なるものと、聖なるものを侵す俗なるもののふたつがある。イスラム教にそういう価値観があるゆえ、俗なるものである姫方を隔離した。
そんな主旨の文章を読みました。私はまだイスラムを深く勉強していないので未確認なのですが。
トルコ出身者の話によれば、現代のトルコでは、姫方を低く見てはいない。少なくとも法律上は殿方と同等の地位を持っているとのこと。
そういえばトルコでは国会議員に女性の占める割合が、日本より高いんですよね。
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さて、中近東に進出したヨーロッパ人によって広まったハーレムという艶っぽい概念。
けれどもおおかたは、ヨーロッパ人の妄想でした。
秘められた世界であり不明な点も多いのですが、「王様ひとり&閉じ込められた奴隷の若い姫君たくさん」というステレオタイプなイメージでは、計りきれないところがあります。
モロッコのハーレム育ちの著者による自伝的小説、『ハーレムの少女ファティマ』によれば...ハーレムとは単に、姫方がある程度隔離された状況あるいは場所のこと。
だから一般家庭にもハーレムは存在します。
一般家庭のハーレムとはどんなものなのでしょうか。
たしかに姫方の集う部屋は隔離されています。別の部屋や格子窓や中庭が、外界からの侵入を防いでいます。最低でも居間の奥をカーテン一枚で仕切ってスペースを設けています。
でもその中で暮らす人はと申せば、一夫一婦の奥さんひとりだけということが多いのです。(よほど裕福な殿方でない限り、複数の奥さんを持つなんて無理ですから。)
またすべてのハーレムの姫方が、お裁縫や芸事や夜の快楽にだけ生きていたのかといえば、それも違います。
一般家庭の姫方にはもちろん、家事や育児の仕事があります。召使を雇う裕福な姫方には、家事の監督が。
同居人は夫だけではありません。夫の姉妹や、男兄弟や、その嫁や、親戚の寡婦や、その子どもたちが加わって、大家族をなしていることがあります。そういう場合、姫方はいろいろと忙しいでしょう。
一律に女性が抑圧されまくっていたのかというと、それもそればかりではないようで。
『ハーレムの少女ファティマ』には、街での閉ざされた生活と並んで、田舎の農場での比較的自由な生活が描かれています。
お出かけするときは集団です。必ず誰か殿方が付き添います。それでもピクニックの情景なんか、とても楽しそうです。
***画像***
妄想爆発。アングル『トルコの浴場』1832年
右端のほうの二人はちょっとレズビアン。左奥の黒い人はおそらく黒人の奴隷女。演奏や踊りを楽しむ人も見えますけど、湯上がりの疲れと湿気の中でそれは無理だったのでは?
Posted by maririanna at 21:30│
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ご無沙汰です。リンクたどってココへきました。
>が、そもそも女が経済的に自立できる世の中を作ろうという思想はなかったのか?
治安が維持されて始めて経済的自立が成り立つというものです。昔の社会にそれを求めるのは不可能でした。いや、治安維持は悲願だったことでしょうが、毎度ひっくり返されていました。女性がその原因として関与したことも大いにあったことでしょう。
書ききれなかったので続きです。
>また「誘惑され」て女をどうこうしようとたくらんだ殿方自身に罪はないのか?との疑問も感じるところです。
もちろん、たくらんだ殿方自身に罪は大有りです。でも、治安維持の基本が男性中心になるのはやむをえないことです。そうすると治安を乱す元になるようなタイプの男性をたぶらかしてしまいがちな女性を隔離するというのは、あながち間違った方法でないと思います、少なくとも過去の社会では。女性は、学があるとかないとかに関わらず、自分がどのように見られているのかについての認識が足りません。それで意図せず誘惑してたりということも少なからずあります。やっぱり治安維持が不十分な時代には何らかの隔離方法が必要だったのでしょう。
ちなみに世が平和になると女が強くなり、女が強くなりすぎると戦争が起こるそうです。
まずは男性全体を責めるかのようにも読めるつたない文章でありましたことをお詫び申し上げます。そのような意図ではありませんでした。
私は現代の女性の地位が極端に低い土地の実態と、声をあげ始めた女性たちの声を、いろいろ知っております。痛みをともに感じ、何かの役にたちたいと願っております。
つまりは視点の置き場所がおもに現代の大衆の中に定まってきました。最初は単なる趣味で始めたこのブログは(続けるかどうか思案中ですが、もしも続けるのなら)人類にとって性とは何か、そして現代人の多様な性はどうなってゆくのか、という方向でまとめてゆこうかと、以前から考えておりました。迷い中のためにあえて書き直しには着手せず、様子うかがいのために放っておいたのでした。申し訳ございませんでした。今年に入ってから体調がすぐれず物事がはかどりません。ご勘弁ください。
ムハンマドはムスリム共同体の中で当初は女性に寛大であり、妻アイシャに人々の指導をさせたり、当時としては画期的なことをしていました。しかしやがて女性から力を取り上げる方向に傾きました。地域社会とのあつれきを避けるためだったと思われます。
いま読みかけのコーランにおいては、男女の区別はさほど苛烈ではないと思いました。しかしイスラム教が広まってゆく過程で、各地域社会の支配層の男性がいわば「いいように」解釈し利用してきた面が多大にあります。このあたりは『イスラームにおける女性とジェンダー』(ライラアハメド・法政大学出版局)で詳しく研究されています。
当時としてはしかたがなかったろうと私も思います。でも現代の現地の男女の立場に視点を置くと、はっきり申せばやりすぎの面もあったと感じます。どこか途中で不便と矛盾に目を向け、改めていたら、今日の問題のいくつかはだいぶよくなっていたかもしれません。
(例:「妻は4人まで持ってよい」という教えを拡大し、一度に4人までにとどめておきながら多数の女性と結婚しては離婚する富裕層の男性がいる。離婚女性がお金や仕事を得るのは困難。多くのムスリム国では男性は女性を診療したり女学校で教えたりしたくてもできず、女性は医療や教育や福祉の人出不足に悩んでいる。サウジアラビアでは女性は移動に必要な運転免許を取ることさえ許されず、身内男性のドライバーがいない場合運転手を雇うお金が一般家庭の家計を圧迫している。等)
> 意図せず誘惑してたりということも少なからずあります。やっぱり治安維持が不十分な時代には何らかの隔離方法が必要だったのでしょう。
女性には自分がどう見えるか・どのように見せ方を選ぶかについて学んでもらい、男性にはなぜそう見えるのか・見えたらどう行動を選ぶかについて学んでもらうのが現代ではよい方法かと思います。
> 女が強くなりすぎると戦争が起こるそうです。
バランスが大切ということでしょう。
女性が経済を動かすフチタン市についてはすでに書きましたが、今後もモソ族、ヘヤインディアン、アマゾネス(伝説ですけど)、サブ島など、通常の男女の役割にあてはまらない社会をも共にとりあげ、それぞれの方法での平和の保ち方について考えたいと思います。
女が強すぎると戦争が起こるという点について興味があります。ソースなどご教示いただければ幸いです。
久しぶりに来て見たら……ウウウ;;
アンナさん、がんばったね!!
心がこもってるよ!!
僕はドバイに住んで地方も他の国も行きましたが、
確かにやり過ぎでした。
何処でも人手が足りない事一つ取っても……;;
中東全体で女性団体とかが増えてるみたいだし、
男の中にも世の中が変わって欲しいと言う人が結構いましたよ。
行く前に中東史もイスラムも勉強ましたが、
当時としてもやり過ぎだったと思います。
ジハード等もあったけど、イスラムが短い間に
大きくなったのは事実。
ムハンマドはもうちょっと権利を保障すれば良かった。
教祖で凄い力を持っていたんだし。
そして勢力を考えれば部族社会の中でもっと堂々として良かった。
軋轢を避ける為もあったでしょうが、それよりは布教か?
後に続いた支配層(男)に解釈の責任があったのは言うまでも無い。
ムハンマドが女の事で前と違う都合の良い「お告げ」を聞いた。
奥さんが「神様は貴方に都合の良い事をおっしゃる」と
揶揄した話があります。(笑)
そう言う話を書き残したんだから、もっと寛容になれば良かった。
アンナさんは優し過ぎるよ~
もっと怒っていいよ。w
えーと、中東にお詳しいということは、Sさんでしょうか?違ってたらごめんなさい。
心、こもってますかねぇ?(#^^#); ありがとうございます。
優しい人間じゃないけど、苦しみに共感することは多いです。(共感が優しさにつながるとは限らないけど。)
> 何処でも人手が足りない事一つ取っても……;;
ドバイみたいな華やかな場所でもそうなんですか?
> 勢力を考えれば部族社会の中でもっと堂々として良かった。
実は中東史はほとんど手つかずなのです。先にイスラム史をやってしまった。
そんなに力をもっていたのですか、イスラム共同体は。
うちも久々に来てみたら~まったく
>女が強くなりすぎると戦争が起こるそうです。
そりゃー男が作った価値観の中で女が威張る力を持った場合の話。
価値観そのものを変えれば戦争は起きない。或いは男でも女でも誰でも起こし得る様になる。
>男性にはなぜそう見えるのか・見えたらどう行動を選ぶかについて学んでもらうのが現代ではよい方法かと思います。
(´_ゝ`)プッ
もっと言ったれ
ソクラテスの時代の本を読むと、個の欲も家族も社会も国も、人の営みは何一つ変わってなくて、金権社会になればなるほど、金にまつわる人権や戦争利権が拡大して今日に至る。
家庭から出ない女性をウーマンリブで社会参加させたのは、税収が二倍になって国家(国の1%という支配層)が潤うからから推進したのであって、それに裏打ちされる男女平等も、黒人差別と違って女性自体が望んだものでもない。
歴史は常に連続している。今の価値観を捨てずに当時の歴史背景を見てしまうと、現代のコンビニ社会からすれば全てが不幸だと決めつけて、実は幸せだった箇所を見落としてしまう、戦後の依存的自立しない日本人は非常に多い。
そんな中でこのブログは管理者の人となりが熟成しているので秀逸ですよ^^
既得権・金権まみれのテレビや新聞などメディアで広めた人が作った流行や価値観から解き放たれた時、人間は本当に楽で幸せですよ。自然の法則以外に人間を支配するものはない真実に気づいた人は、ストレスも病魔も持って生まれた能力で消え、生きることが楽しいことなのを理解します。死に直面するようなどん底まで落ちると気づくようですが。