しかし、世間では「妖怪は民俗学が扱うものだ」と考えるのがどうも一般的な捉え方のようです。翻って、「民俗学は妖怪を研究する学問だ」と考えている人までいるようです。
これは、明らかな誤解というよりありません。
(京極夏彦『文庫版 妖怪の理 妖怪の檻』角川文庫、角川書店、2011年、32頁)
「独断と偏見で選ぶ〝民俗学っぽいマンガ〟」を選ぶために
このように思ったことはないだろうか。
「ホラーとかオカルト系のマンガって、たいてい民俗学者っぽいキャラが出てくるよね」
わかる。
でもじゃあ、実際、民俗学者が出てくるマンガってどんなものがあって、それってどれくらいあるのだろうか?
そもそも、ホラーとかオカルトとか伝奇とか妖怪とかのマンガには、どうしてよく民俗学者が出てくるのだろうか?
しかし、その問いに答えることは、実は容易ではない。
なぜか。
たとえば、考古学には、櫻井準也『考古学とポピュラー・カルチャー』(同成社、2014年)という主に映画やドラマの中で描かれる考古学のイメージについて論じた好著がある。
しかし、民俗学には同じような関心のまとまったものがないのである。
むろん、まったくないわけではない。
倉石忠彦『都市化のなかの民俗学』(岩田書院、2018年)では、「第六章 仮想の民俗学と民俗学者」において、小説やマンガで描かれる民俗学について論じられており、『宗像教授伝奇考』や北森鴻の「蓮丈那智フィールドファイル」シリーズ、秋月達郎の「民俗学者・竹之内春彦の事件簿」シリーズなどが取り上げられている……が、現時点では当方未読。
また、マイケル・D・フォスター /ジェフリー・A・トルバート 著 The Folkloresque: Reframing Folklore in a Popular Culture World (フォークロレスク:ポピュラーカルチャーの世界における民俗学の再構築、ユタ州立大学出版局 、2016年、日本語未訳)では、民俗学的なテーマ、キャラクター、イメージからなる創作作品やステレオタイプ的な民俗学描写を「フォークロレスク folkloresque」という概念で表すことが提唱されている……とのことだが、こちらも未読。
では、民俗学的なテーマのマンガをひとつひとつ当たっていけばよいのかと言うと、それもまた簡単ではない。
まず、民俗学的なテーマのマンガとは何かというところで躓く。
ぶっちゃけ、作品の雰囲気がなんとなく民俗学っぽい感じがする程度の意味でよいようにも思うが、作品の選び方としてはそれもあまりに大雑把にすぎる。
では、作中で民俗学的な手続きが踏まえられていたり、明らかに民俗学分野の著作を参照しているのなら、それは民俗学的なマンガと言ってしまってよいのではとも思うが、だが、それでも当てはまる作品は膨大なものとなってしまう。
ならば、どうするのがよいのか。
いかんせん、筆者には民俗学に関する専門知識が乏しく、時間的にも技術的にも個人の作業でできることには限界がある。
ので、ここではあまり話の幅を広げずに、
マンガの中に民俗学者かそれに準ずるキャラクターが登場している。
この一点に絞って、話を進めたい。
ゆえに、この記事で取り上げるマンガ作品に関しては、必ずしもそのマンガが民俗学的と言えるかどうかは問わないものとする。
つまりは、該当作品に民俗学の学問的な視点や手続きが含まれているかいないかは、ここで取り上げる作品の条件には、あまり関係がないということである。
登場人物に民俗学者がいれば、とりあえずは民俗学っぽいマンガだろうと判断する。
そのように定義する。
……そして、話を始める前に、また少し厄介な点があるとすれば、マンガ作品の中では「民俗学」と「民族学」がしばしば混同されがちだということだろうか。
それが誤字なのか誤植なのか、はたまた作者が最初から誤用しているのかどうかは、はた目には判断しづらい。コマの吹き出しでは「民俗学者」と名乗っているのに、登場人物紹介欄や別媒体の紹介では「民族学者」になっているケースなどはいくつも見つけられる(逆も然り)。
今回は、そういうケースについては、作品の内容により適宜判断するものとする。
以上、この記事は、そういった視点で執筆されている。
その点、どうかご了承いただきたい。
民俗学者は旅先で怪奇に遭遇する
民俗学っぽいマンガと言えば妖怪マンガ。
妖怪マンガと言えば水木しげる。
というわけで、水木しげる貸本漫画時代の作品『地底の足音』(1962年)には、白井博士という民俗学者が登場する。
白井博士は鳥取大学の民俗学研究室の老教授であり、青山という学生から鳥取砂丘の奥地にある不気味な村に迷い込んだという相談を持ち掛けられる。話を聞いた白井博士は、その村には知られざる太古の妖術の伝承があるのだと語る。
口髭に眼鏡、ネクタイ、おそらく白衣に身を包み、研究室でタバコを燻らす白井博士のスタイルは、世間一般が想像するであろう大学教授イメージの枠にだいたい収まるものと思われる(この場合、実際の大学教授がどのような姿であるかは問題としない)。
しかし、老成したその見た目に反し、博士の取る行動はかなりアクロバティックである。
白井博士は、言語学者にも読めなかった暗号文字を独自に解読し、助手の学生とともに村へ乗り込み、怪物が現れるまで山に潜伏。物語冒頭では主人公っぽかった学生青山君を差し置き、よみがえった怪物ヨーグルトとほぼ単身で対決する。そして大地が唸りを上げる中、巻物を手に呪文を唱え、最終的に怪物に打ち勝っているのである。
『地底の足音』は、ハワード・フィリップ・ラヴクラフトの『ダンウィッチの怪』(1929年)を翻案した作品として知られる。
登場する博士がやたらアクロバティックなのも、おおむね原作通りの展開となっている。
がしかし。
原作『ダンウィッチの怪』では、白井博士の原型となったヘンリー・アーミテッジ教授は、ミスカトニック大学図書館の館長として登場するのであり、民俗学者ではない。
対して、水木しげるの『地底の足音』では、白井博士が「民俗学研究室」の所属であることは繰り返しコマ中に明示されている。
この違いには、いったいどういった理由があるのか。
なぜ、白井博士は「民俗学者」でなければならなかったのか。
あいにく文学史や水木マンガには疎いために、確かなことはよくわからない。
が、その理由のひとつには、水木しげるが原作小説からマンガへと作品を再構成するに当たり、『ダンウィッチの怪』だけでなく、『闇にささやくもの』(1931年)等の民俗学者が登場する他のラヴクラフト作品や、あるいはラヴクラフト以外の他の海外作家の作品を参照した上で設定を練っていたためではないか、というくらいの想像をすることは許されるだろうか。
そう考えると、日本のマンガにおける「民俗学者が旅先で怪奇現象に遭遇する」パターンの雛形は、おおよそラヴクラフトにある、という意外でも何でもない説明を導き出すこともできそうだが、性急に結論を出すことは今は避けたい。
さて。
民俗学者が登場するマンガと言ってまず思い浮かぶ有名な作品として、ここでは次に諸星大二郎「妖怪ハンター」シリーズ(雑誌掲載は1974年~、単行本 既刊8巻)*1を挙げたい。
いや確かに、「妖怪ハンター」シリーズの主人公稗田礼二郎は考古学者であり、民俗学者ではない。しかし、神話や民間伝承に通じ、各地の村を聞き取り調査して歩く稗田礼二郎の姿は、考古学者というよりも民俗学者のそれを想起させるに足るものである。
また、黒スーツに長髪で農村を闊歩する独特な稗田礼二郎スタイルは、のちの民俗学っぽいフィクションの多くにその影を落としている。
櫻井準也「日本の漫画作品に描かれた考古学者(1) 1950~70年代」(2016年)でも、次のように指摘されている。
これに対し、これらの考古学者イメージ〔※引用者注:手塚治虫や石ノ森章太郎などの1950~70年代の漫画作品に登場する考古学者像〕と異なるのが、諸星大二郎の『妖怪ハンター』の稗田礼二郎である。考古学者と自称していながら他のキャラクターと比較すると細身で肩までかかる長髪、黒いネクタイとスーツ姿は、前述した考古学者イメージ〔※引用者注:中年男性で普段はスーツ、発掘調査のときは作業着姿やサファリ・ルック〕とは明らかに異なる姿であり、むしろ民俗学者や宗教学者のイメージに近い。
(櫻井準也「日本の漫画作品に描かれた考古学者(1) 1950~70年代」『尚美学園大学総合政策研究紀要』第28巻、尚美学園大学総合政策学部、2016年、109頁)
「細身で肩までかかる長髪、黒いネクタイとスーツ姿」が「民俗学者や宗教学者のイメージに近い」という解釈には異論もありそうだが、少なくともあまり考古学者っぽくはないことは確かだろう*2。
そして、稗田礼二郎自身は民俗学者ではないが、「妖怪ハンター」シリーズにおいて脇を固めるキャラクターたちには、考古学より民俗学分野の人物が目立つ。
たとえば、在野の民俗学者で準レギュラー的なキャラクターの橘(「花咲爺論序説」「天孫降臨」など)や、稗田の影響で民俗学を学ぶようになった少年天木薫(「花咲爺論序説」「夢見村にて」など)、天木とともに集落の調査をする民俗学者宮沢(「悪魚の海」)などのように、シリーズ初期から近年の作品まで、民俗学者キャラクターは作品の随所に登場している。
以降のマンガに登場する民俗学者イメージの生成に、「妖怪ハンター」シリーズが与えた影響は決して小さくはないだろう。
そして、「妖怪ハンター」シリーズと並んで外してはおけないと思われる作品が、星野之宣の「宗像教授」シリーズである。
「宗像教授」シリーズ(雑誌掲載は1990年~、単行本 全22巻)*3の主人公宗像伝奇は東亜文化大学の民俗学教授。その名前や風貌はもちろん実在する民俗学者の南方熊楠がモデルだが、しかし、世界の神話を語る壮大なモノローグや、それに呼応するダイナミックなストーリー展開、必要とあらば海外の遺跡へも足を伸ばす宗像教授のフットワークの軽さなどからは、勝手な印象だが、考古学あるいは文化人類学的なスケールの大きさを感じる。
また、小太りな体形、口髭、山高帽、スーツ、黒い外套、ステッキ……という宗像教授の定番のスタイルは、櫻井準也『考古学とポピュラー・カルチャー』などが指摘するところの、マンガや映画に描かれる旧来的な考古学者イメージとも当てはまる部分が多い。
考古学者っぽい民俗学者、宗像伝奇。
この対称性は面白いが、ここでは必要以上に文章をこねくり回すことはせず、なるべくサクサクと話を進めていくことにしたい。
山口譲司 画/金成陽三郎 原作『ミステリー民俗学者八雲樹』(単行本 全9巻、ヤングジャンプ・コミックスBJ、集英社、2002~04年)では、榊大学民俗学研究室が物語の拠点(ドラマ版では慈英女子大学)。主人公の八雲樹は研究室の助手であり、多忙な教授に代わり各地の村へ調査に赴き、旅先で怪奇な事件に遭遇する。細身で長髪の八雲の見た目からは、先達稗田礼二郎の影響を感じ取ることもできるだろうか。
山田穣『がらくたストリート』(単行本 全3巻、バーズコミックス、幻冬舎コミックス、2008~14年)の稲羽信一郎は文化人類学者だが、これははっきりと稗田礼二郎のパロディキャラクター。また稲羽の、民話を収集するために主人公たちが住む土地に滞在している、というパターンは民俗学者的でもある。
吉川景都『葬式探偵モズ』(単行本 既刊全4巻、『葬式探偵モズ』怪コミック、角川書店、2013年/『モズ 葬式探偵の挨拶』2014年、『モズ 葬式探偵の憂鬱』2016年、『モズ 葬式探偵の帰還』2017年、以上、オフィスユーコミックス、集英社クリエイティブ)の百舌一郎は、上陽大学民俗学教授。日本の葬儀が専門の百舌は、めずらしい葬式があれば全国どこへでも足を運び、毎度舞い込む事件を見事民俗学的に解決に導く。ライバルとして、百舌との因縁から民俗学を捨て、葬儀不要論者となった旧友なども登場してアツい。
山口譲司 著/木口銀 原案協力『村祀り』(単行本 既刊11巻、芳文社コミック、芳文社、2015年~)の三神荒は、民俗学にも精通する流浪の「本草学者」。ある目的のために各地の村を渡り歩く。この作品では、同じく山口譲司作の『ミステリー民俗学者八雲樹』ともテーマや道具立てが似通っており、また頻出するエロティックな描写も共通している。
堀尾省太『ゴールデンゴールド』(単行本 既刊7巻、モーニングコミックス、講談社、2016年~)は瀬戸内海の離島、寧島が舞台だが、第1話において、10年前に福の神の島の伝承を求めて「民俗学かなんか調べとるゆう人」が島を訪れたことが語られている。
井上淳哉『四万十怪奇譚』(単行本 全1巻、アクションコミックス、双葉社、2018年)の黄泉山霊士は極東大学民俗学科准教授。黄泉山は、三十代の独身美形民俗学者というキャラクターだが、本作品はマンガ・小説・コラム等を交えて四十万の民俗を紹介することを目的としており、作中で怪異に遭遇するのはもっぱら学生で撮影係の池田佳の役目。黄泉山はいわゆるナビゲーター的な立ち位置である。
樹生ナト『アカツキ論文 暁影文の民俗学ミステリー考察』(単行本 全1巻、MBコミックス、実業之日本社、2019年)の暁影文は都市大学文化人類学科の准教授。フィールドワークで国内外の土地と大学を行き来している。本作品においても、撮影アシスタントの学生須羽野ひなが語り手となっており、暁は解説役である。
民俗学者はオカルティスト
オカルトや心霊現象、超自然的存在を主題とする作品においては、物語の舞台が怪しい山奥の村などではなくとも、民俗学者が登場すること自体が、ストーリー中にオカルト的展開が起こることのサインとなり得る。
またそれは、その民俗学者自身が超自然的な存在を信じているか否かに関係しない。作品が超自然的な存在を扱っている場合、その作品に民俗学者が登場することは、ある種の「お約束」となっているのである。
今市子『百鬼夜行抄』(雑誌掲載は1995年〜、単行本 既刊27巻)*4には、佐久間弓絵恵明大学社会学科教授が登場する。
佐久間は「レポートの鬼」と呼ばれるほどのスパルタ指導で知られており、著書に『変容する民俗神』などがある民俗学者である。
佐久間教授自身は直接的なオカルティストではないようだが、彼女のもとで学ぶ主人公飯嶋律は家系的な霊能力者である。律は、物語開始時点では高校生だったが、のち作中時間が経過するにつれて大学生となり、従姉で大学院生の広瀬晶と同様に恵明大学で民俗学を専攻している。
『百鬼夜行抄』は、基本的に一話完結型の作品だが、事件を持ち込む/巻き込まれる人物として時折民俗学者が登場する。たとえば、晶の学部時代のゼミの担当教員だった民俗学専攻教授の江崎は、フィールドワーク先で盗み出した御神体のたたりを受けて死亡しており、晶がのち在籍することになる安藤研究室も霊のたまりやすい場所であった。浄北大学民俗学科助手の氷頭怜子は晶のライバル的なキャラクターとして登場し、現時点単行本最新27巻所収「彼岸の果実」においても、朝倉圭悟という民俗学の大学教授が出てきている。
ここでは、オカルトストーリーと民俗学者が舞台装置的にセットになっているのである。
田中励儀「今市子『百鬼夜行抄』論――民俗学に支えられたストーリー」(2005年)によれば、本作品は、折口信夫や柳田国男の著作に取材したと思われる民俗学的な題材がストーリーの根幹をなしている。その一方で、幸田露伴や泉鏡花といった日本の幻想文学、またエドガー・アラン・ポーやモンタギュウ・ロウズ・ジェイムズなどの欧米怪奇小説の要素も積極的に取り入れられているという*5。
そして、どうもこれら作品の取材源の中に、民俗学者がオカルトストーリーによく登場するようになった理由があるように思われる。
が、まず先に他の作品の具体例を挙げていこう。
山岸凉子「籠の中の鳥」(山岸凉子『山岸涼子作品集11 傑作集 5 籠の中の鳥』(白泉社、1984年)所収)には、身寄りのなくなった主人公の少年を引き取る民族学者(民俗学者?)人見康雄が登場する*6。主人公の少年は特殊な鳥類の能力を受け継ぐ一族の末裔であり、人見はその特殊な境遇を承知した上で少年を引き取っている。また、同作者の『鬼』(単行本 全1巻、希望コミックス、潮出版社、1997年)では、民俗学研究サークル〝不思議圏〟に所属する大学生グループが山奥の寺を訪れ、山中で神秘的現象を目の当たりにする。
多くのホラー作品を発表するささやなえ(現在のペンネームはささやなえこ)の『たららの辻に…』(単行本 全1巻、PFビッグコミックス、小学館、1988年)では、主人公である近藤姉弟の叔父健男は民俗学を研究しており、冒頭でその専門知識を語ることで、物語の導入的役回りを演じる。
岩明均『七夕の国』(単行本 全4巻、ビッグコミックス、小学館、1997~99年)の丸神正美は主人公南丸洋二が通う大学の歴史・民俗学の教授であると同時に特殊な超能力を持つ一族の末裔である。
草川為『ガートルードのレシピ』(単行本 全5巻、花とゆめコミックス、白泉社、2001~03年)は、ヒロインと悪魔を巡るバトル系の少女マンガ。主人公の女子高生佐原漱の兄である佐原久作は、大学で民俗学ゼミの助手をしているが、その実態は別人物の霊魂に乗っ取られた姿であった。
山下和美『不思議な少年』(単行本 既刊9巻、モーニングKC、講談社、2001年~)の「フランツ・カウフマン博士」(単行本 第5巻所収/モーニングKC、講談社、2006年)に登場するフランツ・カウフマンは90歳の老人。民俗学者で、時代や場所を超越して現れる不思議な少年について探求している。
木下さくら/東山和子『tactics』(単行本 既刊全15巻、ブレイドコミックス、マッグガーデン、2002~13年/続編の「tactics新説」は、既刊1巻、クロフネコミックス、リブレ、2019年~)の主人公一ノ宮勘太郎は民俗学者だが、作中で学者らしい行動は目立たず、本人が語るように実態は趣味と実益を兼ねた妖怪退治屋である。一ノ宮の大学時代の後輩である蓮見了寛は、真面目に民俗学者として名をなしているようだ。
もりたじゅん「四十九日まで」(『もりたじゅん名作集』所収/クイーンズコミックス、集英社、2002年)の主人公須藤和彦は民俗学界の権威という設定。物語は須藤が妻の由美子を交通事故で喪うところからスタートするが、由美子は幽霊となって須藤のもとに戻ってくる。
熊倉隆敏『もっけ』(単行本 全9巻、アフタヌーンKC、講談社、2002~09年)の檜原姉妹の祖父(本名不詳)は、農家と拝み屋を兼業する一方で、神峯町歴史民俗資料館で非常勤の顧問を務める広義の民俗学者である神峯町歴史民俗資料館で非常勤の顧問を務めており、民俗学者ではないが民俗学的な専門知識を持つ人物である(※2020/7/3 訂正)*7 *8。
みなぎ得一『足洗邸の住人たち。』(単行本 全13巻、ガムコミックス、ワニブックス、2002~13年)の怪異ハンターの一人でもあるバロネス・オルツィは元民俗学教授。
介錯『神無月の巫女』(単行本 全2巻、角川コミックス・エース、角川書店、2004~05年)では、メインキャラクターである大神ソウマの兄の大神カズキは長髪で和装の民俗学者だった。
冬目景『幻影博覧会』(単行本 全4巻、バーズコミックス、幻冬舎コミックス、2005~11年)の楳実亮平は、主人公松之宮遥の大学時代からの友人。楳実は大学に残り民俗学や考現学の研究をしており、ボサボサの頭に袴を履く姿は書生風である。その見た目に沿ってか、最終話では作中の超常体験をもとに自作の推理小説を書き上げている。
佐藤友生『妖怪のお医者さん』(単行本 全15巻、講談社コミックス、講談社、2007~11年)では、主人公護国寺黒郎の育ての親である妖怪濡れ女は、民俗学者の夫婦から子供を盗まれており、その悲劇が主人公の出生の秘密にかかわっているという過去設定があった。
衣谷遊『極東綺譚』(単行本 全3巻、マガジンZコミックス、講談社、2007~08年)では、全身に刺青をまとう異端の民俗学者九鬼銃造が主役。
CLAMP『XXX Holic』(単行本 全19巻、KCDX、講談社、2003~11年)の主人公四月一日君尋の友人である百目鬼静は高校生だが、物語終盤(16巻以降)では大学から大学院へと進み、民俗学研究室で助手を務めている。
トジツキハジメ『俺と彼女と先生の話』(単行本 全1巻、ウィングコミックス、新書館、2009年)の鈴木一乙は、民俗学を研究している男で、『僕と彼女と先輩の話』『俺と彼等と彼女の話』と続く三部作シリーズでもある本作品のキーマン。
はざまもり『暮林教授の怪異事件簿』(単行本 全1巻、エルジーエー コミックス、青泉社、2014年)の暮林は民俗学の教授。霊感があり、幽霊の存在を見抜く。
ミツナナエ『久世さんちのお嫁さん』(オトメチカ出版、2015年)の久世七史は若き民俗学教授。幼妻の紅緒に降りかかる祟りの謎を解明するために、夫婦でイチャイチャしながら研究に没頭する日々を送る。
江野スミ『たびしカワラん!!』(単行本 全3巻、裏少年サンデーコミックス、小学館 2015年)の瓦屋千蔭は明石室学院大学非常勤講師。かつての地獄の呪術師礫石原との衝撃的な出会いや幼少期の境遇をきっかけとして、大学で呪いの研究を続けている。また、額にツノがある怪人物減野羊介教授が瓦屋の指導者として登場している。
小川幸辰『みくまりの谷深』(単行本 全2巻、ハルタコミックス、KADOKAWA、2017年)では、地元の民間信仰等を研究している平勢良文という郷土史家が「みくまり」について解説し、物語の導入を誘う。
いとうえい『今宵、都市伝説をご一緒に!』(単行本 全1巻、ヤングチャンピオン烈コミックス、秋田書店、2017年)の笹塚は、主人公の通う大学の民俗学講師。無類の怪異フェチで、妖怪や都市伝説の話題になると見境がなくなる。
あまからするめ『うちのアパートの妖精さん』(単行本 全5巻、ガルドコミックス、オーバーラップ、2017~20年)の主人公は妖精が暮らすアパート「常若荘」の管理人だが、大学で西洋民俗学を専攻しており、その知識をもとに住人の妖精たちに対処しようとする。
藍本松『怪物事変』(単行本 既刊10巻、ジャンプコミックス、集英社、2017年~)の蓼丸昭夫は民俗学者。彼はメインキャラクターである蓼丸織の叔父だが、他作品の民俗学者がおおむね主人公サイドに立ち、助言なり問題解決なりをしているのに対して、こちらはむしろマッドサイエンティスト的な役柄。
本多創 画/ペトス 原案/橋本カヱ 原作『オカルトちゃんは語れない』(単行本 既刊3巻、ヤンマガKCスペシャル、講談社、2019年~)の紙村あきら武蔵野理科大学教授は文化人類学者だが、作中に次々登場する妖怪(亜人)の解説役という意味では「オカルトマンガによくいる民俗学者」的なキャラクターとも言える。
民俗学者は家にいない
高田裕三『3×3EYES』(単行本 全40巻、ヤンマガKCスペシャル、講談社、1988~2002年)では、主人公藤井八雲の父である藤井一は民俗学教授である。彼は、息子の八雲曰く「妖怪狂いの道楽親父」で、妖怪を追い求め探検に出た末にチベットで遭難し、帰らぬ人となっている。
『3×3EYES』にあるような、「調査のために家を空けがちな父親」というキャラクター像は、他の作品の民俗学者にも少なからず見られる傾向である。
御形屋はるか『ぽてまよ』(単行本 全5巻、アクションコミックス、双葉社、2005~11年)の主人公森山素直の父である森山皇大は妖怪の研究をしている学者だが、明るく大雑把な性格であまり家に帰ってこない。
福盛田藍子『ハヤチネ!』(単行本 全5巻、ガンガンコミックスオンライン、スクウェア・エニックス、2012~14年)のメインキャラクターであるリリアン・アッカーは、アメリカ人の父とドイツ人の母を親に持つ少女。民俗学者の父親の影響で日本の民俗文化に強い関心があるが、彼女の父親は、仕事のためにほとんど家に帰ってこない。
松志ぐら『トオノカタリ』(単行本 全1巻、マッグガーデンコミックス アヴァルスシリーズ、マッグガーデン、2013年)の主人公桐原千景の父親は民俗学者で、「先生」と呼ばれ周囲からも慕われているが、主人公の登場と入れ替わるように調査へと出かけてしまう。
月見隆士『テラーナイト』(単行本 全5巻、裏少年サンデーコミックス、小学館、2017~19年)は、具現化した恐怖〝テラー〟というオカルト的怪物が現れる街が舞台。主人公遠野セイの父親は民俗学者だが、オカルトにのめり込み、物語開始時点で失踪している。
白鳥うしお『怪しことがたり』(単行本 既刊2巻/全3巻予定、マッグガーデンコミックス ビーツシリーズ、マッグガーデン、2018~20年)の主人公高原八千穂の父親高原正孝は民俗学者だが、フィールドワークのために家を空けがちで単行本第1巻ではほとんど姿を見せない。
櫻井準也「『となりのトトロ』と考古学」(2019年)によれば、「家庭を顧みずに遺跡の研究や調査、あるいは冒険に熱中する変わり者という父親像」は、かつてのアニメ作品の考古学者の設定によく見られたものだった。しかし、映画『となりのトトロ』(1988年)を境として、『カードキャプターさくら』などに見られるように、その像は次第に「家族を大事にする「やさしいお父さん」」へと変化していったという*9。
しかし今のところ、民俗学者には『となりのトトロ』のような、誰もが知るレベルのエポックメイキングとなる作品はない。
そのためか、いまだにフィクションにおいては、民俗学者といえば、仕事のこととなると周囲のことをほっぽり出して平気で何日も家を空ける(また場合によっては、これにオカルトフリークの変人という要素が加わる)というイメージが先行してしまっている現状がある。
しかし民俗学者の名誉のためにも一応補足しておくと、調査研究に没頭しろくに家に帰ってこない非常識人という人物像は、何も民俗学者や考古学者に限ったものではなく、フィクションにおける「学者キャラクター」全般に見られる傾向である。
井山弘幸「科学者の実像と虚像~サイエンス・イメージの歴史的変遷」(2001年)によれば、ロズリン・D・ヘインズ 著 From Faust to Strangelove : Representations of the Scientist in Western Literature(ファウストからストレンジラブまで:西洋文学における科学者表象、ジョンズ・ホプキンズ大学出版局、1994年、日本語未訳)では、西洋文学における科学者像の6つの類型を示しているという。
同論文によれば、それは以下の6つである。
R.D.ヘインズの西洋文学における科学者像の6類型
1 錬金術師 alchemist …… 実現不能の妄想にとり憑かれた偏執狂。
2 愚かな専門家(収集家) foolish virtuoso …… 世事に疎く、専門のことに没頭するあまり日常生活もままならない変人。
3 冷酷無情人間 unfeeling scientist …… 陰湿に科学の大義のみを目指した結果、人間性を喪失した科学者。
4 英雄的探求者 heroic adventurer …… 常人には信じられない思考のひらめきからまたたく間に有用な理論を思いつく直感型の天才知識人。
5 無力な科学者 helpless scientist …… 自分の発明したものさえ制御できない駄目科学者。
6 理想追求型 idealist …… 夢見る科学者。科学知識の発展が必ず人間社会の改善に結びつくと信じユートピア建設を目指す科学者。
……以上の6つである*10。
この類型は、欧米の文学作品から抽出されたものだが、日本のマンガに登場する科学者たちにも、ある程度適用可能であるように思われる。そして実例から見るに、民俗学者や考古学者もその適用範囲に漏れない。
たとえば、「妖怪ハンター」シリーズで異端の学説を唱える稗田礼二郎などは、「1 錬金術師 alchemist」の人文学バージョンとも言えそうだし、『3×3EYES』の藤井八雲の父親などの家庭を顧みずフィールドワークに出かけっぱなしの非常識な変人タイプは「2 愚かな専門家(収集家) foolish virtuoso」に当てはめられそうである。
また、民俗学者が事件を解決する探偵役である場合は、シャーロック・ホームズ的な「4 英雄的探求者 heroic adventurer」となることもあるだろう。
このように、マンガ作品においては、民俗学者もまた学者である以上、従来的な学者イメージに落とし込まれて表現されている。
民俗学者は陰惨に死ぬ
先に紹介した作品では、民俗学者はおおむね主人公かそれに近い位置にあった。その場合、民俗学者は探偵役や解説役として人間関係的に安定した地位を与えられている。
しかしこと猟奇サスペンスにおいては、その平穏は一変する。猟奇サスペンス系の作品で民俗学者がサブキャラクターである場合、彼らがたどる末路は往々にして悲惨である。
原つもい『この島には淫らで邪悪なモノが棲む』(単行本 全9巻、電撃コミックスNEXT、KADOKAWA、2014~18年)の主人公梶浦太郎は、東南大学で民俗学を専攻する学生だが、指導教員である深田教授は秘祭を調べるために主人公らを引率して島を訪れるが、第1話で開幕あっけなく死ぬ。
渡辺潤『クダンノゴトシ』(単行本 全6巻、ヤンマガKC、講談社、2015~17年)の民俗学者橘秀美城栄大学教授は妖怪に詳しく、不可解な祟りに戸惑う主人公たちに助言を施す役柄だが、中盤は活躍するも最終的に死ぬ。
室井まさね『屍囚獄』(単行本 全5巻、バンブーコミックス、竹書房、2015~17年)の民俗学者葦原は比良坂大学教授。調査のため女子学生たちとともに八坂村を訪れるが逃げようとして死ぬ。
志水アキ『雛接村』(単行本 全1巻、Nemuki+コミックス、朝日新聞出版、2019年)では、連作の中で民俗学の研究をする女子大学生たちが登場するエピソードがあるが、やはり無事では済まない。
金成陽三郎 画/さとうふみや 原作『金田一少年の事件簿』の「雪夜叉伝説殺人事件」(単行本3・4巻所収/KCマガジン、講談社、1993年)に登場する響史郎は、大学で民俗学を専攻する青年で、伝説が残る地で金田一らとともに殺人事件に居合わせるという、いかにもな死にそうなシチュエーションを揃えているが、めずらしくこちらは生き残っている。
少年少女は民俗学を学びたい
主人公たちが大学生や研究者でない場合、大学で民俗学を専攻しているわけではないが、主人公らが民俗学的な領域を扱う部活やサークル等に所属しているというタイプのストーリーも多々見られる。
ゴツボ×リュウジ『もののけもの』(単行本 全4巻、角川コミックス・エース、角川書店、2007~08年)では、ヒロイン醒井二子は「民俗学研究部」のリーダー。また、主人公物部伊吹の父親は民俗学者である。
夏元雅人 画/金子良馬 原作『G.A.P ~転居先不明郵便課~』(単行本 全2巻、YKコミックス、少年画報社、2015~16年)の主人公間地那央人は宗像高等学院に通う高校生で「都市伝説探究部」の部長。
水野英多 画/城平京 原作『天賀井さんは案外ふつう』(単行本 全4巻、ガンガンコミックス、スクウェア・エニックス、2016~17年)の高校生たちは、「郷土史維持管理部」というやや変わった部活動に所属する。
篠原ウミハル『鬼踊れ!!』(単行本 全3巻、芳文社コミックス、芳文社、2017~19年)は、高校の「民俗芸能部」が物語の舞台だが、顧問の新任教師は舞踊の装束を化け物と見間違うレベルの素人だった。
藤丸豆ノ介 画/友麻碧 原作/あやとき キャラクター原案 『浅草鬼嫁日記 あやかし夫婦は今世こそ幸せになりたい。』(単行本 既刊4巻、ビーズログコミックス、KADOKAWA、2018年~)のメインキャラクターの茨木真紀、天酒馨、継見由理彦らはそれぞれ妖怪の生まれ変わりであり、表向きには「民俗学研究部」というていで、裏では妖怪関連の問題に取り組む活動をしている。
先生は民俗学に詳しい
また現行の職業としては民俗学者ではないが、その登場人物が現在の職業に就く以前に民俗学を学んでいたために民俗文化に詳しいというタイプの作品もある。
文月晃『海の御先』(単行本 全15巻、ジェッツコミックス、白泉社、2007~14年)では、奥津島高校の教師で主人公らの担任の如月珠江は、東京大学で古代民俗学を専攻していた。
うめ『南国トムソーヤ』(単行本 全3巻、バンチコミックス、新潮社、2012~14年)では、羽照那島小学校の教師で主人公の担任かつ下宿の隣人でもある朝倉スズは、大学で社会民俗学を研究していた過去を持つ。
『海の御先』と『南国トムソーヤ』は、ともに沖縄の離島が舞台であり、民俗学テイストが濃い作品である。
民俗学者はモデルになる
福西大輔「ミステリー小説に見る「民俗的世界観」 「都市」から「田舎」への視点」(2016年)によれば、日本のミステリー小説において民俗学者を小説の中に登場させた先駆けは、江戸川乱歩『緑衣の鬼』(1937年)であるという。
日本のミステリー小説では、民俗学者を小説の中に登場させることもおおくみられる。先に紹介したような柳田國男や折口信夫のような実在した民俗学者を登場させるものから、架空の民俗学者を登場させるものもある。その先駆けは、江戸川乱歩の『緑衣の鬼』(1937)に登場する夏目菊太郎という人物で、民俗学者であり博物学者であった南方熊楠をモデルにしたものであった。
(福西大輔「ミステリー小説に見る「民俗的世界観」 「都市」から「田舎」への視点」『熊本大学社会文化研究』vol.14、2016年、156頁)
ミステリー小説だけでなく、フィクションに登場する民俗学者という意味では、ここに泉鏡花の戯曲『夜叉ヶ池』(1913年)に登場する萩原晃や、同じく泉鏡花『山海評判記』(1929年)の邦村柳郷を加えてもよいかもしれない。
萩原と邦村はどちらも柳田国男をモデルとするキャラクターである。
『柳花叢書 山海評判記/オシラ神の話』(ちくま文庫、2013年)の東雅夫の解説を引用する。
たとえば、奇しくも柳田の「巫女考」連載開始と同じ大正二年三月、「演芸倶楽部」に発表された戯曲「夜叉ケ池」には、「国々に伝わった面白い、また異った、不思議な物語を集めてみたい」と志して遍歴する青年・萩原晃が登場するが、その姿が若き日の柳田を彷彿せしめることは、『柳田國男事典』(勉誠出版)の岩本由輝「小説に書かれた柳田國男」にも記載がある。
しかしながら、右にもまして強烈な印象を与えるのが、〔中略〕「山海評判記」における「邦村柳郷」博士であろう。
(東雅夫「編者解説」、泉鏡花、柳田國男 著/東雅夫 編『柳花叢書 山海評判記/オシラ神の話』ちくま文庫、筑摩書房、2013年、586~587頁)
ミステリー小説に限らず、柳田国男や折口信夫、南方熊楠等の実在する民俗学者をモデルとしたキャラクターが登場する文芸作品は数多くあり、若き日の柳田国男をモデルとした田山花袋『野の花』(1901年)、同じく柳田国男の体験に基づいた島崎藤村の詩『椰子の実』(1901年)、折口信夫をモデルとした三島由紀夫『三熊野詣』(1965年)等々、名立たる作家にその例を求めることができる。
では、マンガではどうだろうか。
西岸良平『鎌倉ものがたり』(単行本 既刊35巻、アクションコミックス、双葉社、1985年~)には、妖怪や幽霊等の超自然的なキャラクターが多く登場するが、主人公一色和正の祖父である一色信夫は高名な民俗学者とされ、これは折口信夫が元ネタと思われる。
加藤元浩『Q.E.D. 証明終了』(単行本 全50巻、講談社コミックス、講談社、1998~2015年)の「人間花火」(単行本28巻所収/講談社コミックス、講談社、2007年)には、柳田国男をもじった民俗学者の高柳国雄が登場する。
椎橋寛『ぬらりひょんの孫』(単行本 全25巻、ジャンプコミックス、集英社、2008~13年)の柳田(やなぎだ)は、主人公たちと敵対する組織「江戸百物語組」の幹部。これも柳田国男をモチーフにしたと思われるキャラクターで、名前だけでなく、作中では組織のために巷の怪談を聞き集めるという役割を担う。
樹生ナト 画/大塚英志 原作『とでんか』(単行本 全7巻、カドカワコミックス、角川書店、2009~14年)の宮田昇太(みやた のぼった)学園都市大学比較文化学類民俗学研究室教授は、名前も見た目も宮田登がモデル。主人公月極駐の大学時代の指導教員という設定であり、これは原作者である大塚英志の実体験が少なからず反映されているものと推測される。
樹生ナト 画/大塚英志 原作『ぼくとぬえちゃんの百一鬼夜行』(単行本 全3巻、角川コミックス・エース、角川書店、2016~17年)の主人公の少年は柳太(やなぎった)という名前で、これも柳田国男のパロディだろう。
双葉はづき 画/てにをは 原作/ロウ キャラクター原案『モノノケミステリヰ』(単行本 全1巻、MFコミックス ジーンシリーズ、KADOKAWA、2014年)には、南方熊楠から名前を採ったと思われるキャラクター南方うつひが登場する(『モノノケミステリヰ』の登場人物たちの名前は、他にも「月岡」や「河鍋」のように妖怪にゆかりのある(とされる)人物から採られている)。
民俗学者は実在する
日本を舞台にしたオカルトマンガには頻繁に登場してくる民俗学者だが、翻って、実在の民俗学者を取り扱った作品、あるいは作品世界に実在の民俗学者を登場させる作品は、それほど多くはない。
実在の民俗学者を登場させるマンガは、大塚英志原作の作品がその大部分を占める。
刊行年順にタイトルを並べると、『北神伝綺』(森美夏 画、単行本全2巻、ニュータイプ100%コミックス、角川書店、1997~99年)、『木島日記』(森美夏 画、単行本 全4巻、ニュータイプ100%コミックス、角川書店、1999~2003年)、『オクタゴニアン』(杉浦守 画、単行本 全1巻、角川コミックス・エース、角川書店、2005年)、『松岡國男妖怪退治 黒鷺死体宅配便spin-off』(山崎峰水 画、単行本 全4巻、角川コミックス・エース、KADOKAWA、2011~14年)、『くもはち』(山崎峰水 画、単行本 全1巻、角川コミックス・エース、角川書店、2005年)、『八雲百怪』(森美夏 画、単行本 既刊4巻、カドカワコミックス、角川書店、2009年~)、『恋する民俗学者』(中島千晴 画、単行本 既刊1巻、角川コミックス・エース、KADOKAWA、2014年)……等々の作品が挙げられる。
これらの作品では、柳田国男や折口信夫が、大塚英志的偽史近代日本で陰に陽に活躍するさまが描かれる。
水木しげるの『水木しげるの遠野物語』(単行本 全1巻、ビッグコミックスペシャル、小学館、2010年)及び『神秘家列伝 其ノ4』(角川ソフィア文庫、角川書店、2005年)の一編は、柳田国男の事績を伝記的に扱った作品だが、その一方で、水木しげる『新ゲゲゲの鬼太郎 スポーツ狂時代』(初出『週刊実話』1978年掲載/のち、『ゲゲゲの鬼太郎 スポーツ狂時代』角川文庫、角川書店、2010年)にも、なぜか妖怪にまじって民俗学者の柳田国男が出てくる話がある。
詩野うら『偽史山人伝』(単行本 全1巻、ビームコミックス、KADOKAWA、2019年)の収録作「偽史山人伝」は、柳田国男「山の人生」を元ネタのひとつにした作品。作中では、柳原国男『山人の生』なる資料が引用され、「柳田国男の言う山人とは離れた存在であるため、サンジンではなくヤマビトと区別されている」との注釈がある。
柳田国男に次いでマンガに登場する民俗学者と言えば、南方熊楠だろうか。
なかでも、水木しげる『猫楠 南方熊楠の生涯』(単行本 全2巻、講談社、1991~92年)はよく知られているものである。
また、江川達也『日露戦争物語』(単行本 全12巻、ビッグコミックス、小学館、2001~06年)では、南方熊楠は正岡子規、高橋是清などと並ぶ文化人として登場している。
他に、岸大武郎『てんぎゃん 南方熊楠伝 第1章』(単行本 全1巻、ジャンプ・コミックス・デラックス、集英社、1991年)、 内田春菊 画/山村基毅 原作『クマグスのミナカテラ』(全1巻、新潮文庫、新潮社、1998年)があるが、いずれも未完である。
破天荒な逸話で知られる南方熊楠であるが、柳田と同様に、その知名度に比して、伝記や歴史系の作品以外で創作の題材となることは多いとは言えない。
高田裕三『九十九眠るしずめ』(単行本 全3巻、ヤンマガKCDX、講談社、2004~06年)は、架空の明治時代が舞台の伝奇SFだが、そこに登場する南方熊楠は民俗学者ではなく、粘菌の研究者であったことに由来して、人に寄生する特殊な「菌核」を調べる学生というキャラクターだった。
また、南方熊楠を扱った作品の変化球としては、じゅうあみ『我らひとしくギャルゲヒロイン』(単行本 全1巻、角川コミックス・エース、KADOKAWA、2016年)がある。本作品に登場する巫女系ヒロインの藤白神楽は、重度の南方熊楠マニアという設定で、すべての話題を強引に南方熊楠につなげるという奇抜なキャラクターだった(作中においては、水木しげる『猫楠』が紹介されていた)。
折口信夫は、マンガでは、本人よりもその詩的な著作のほうが注目されている。
近藤ようこ 著/折口信夫 原作『死者の書』(単行本 全2巻、ビームコミックス、KADOKAWA、2015~16年)は、折口信夫の同名書の世界を巧みに表現している。
清家雪子『月に吠えらんねえ』(単行本 全11巻、アフタヌーンKC、講談社、2014~19年)には、釈迢空(折口信夫)の著作をモチーフとしたキャラクターである釈先生が登場。突如出現した変死体の謎を解くべく活躍するさまは、まさに推理ドラマの探偵を彷彿とさせるものだった。
また少し変わりダネとして、狩野アユミ『独裁グリムワール』(単行本 全3巻、MFコミックス、メディアファクトリー、2011~12年)には、主人公御伽グリムの先祖としてグリム兄弟が登場。この作品におけるグリム兄弟は、実は魔術師という設定であった。
民俗学者とBLマンガ
大学教授と大学生のカップリングはBLマンガにおける鉄板だが、民俗学者もその例外ではない。
これには、砂河深紅『幽霊退治はじめました』(単行本 全1巻、チャラコミックス、徳間書店、 2012年)、藤井咲耶『Monsterの恋愛学』(単行本 全1巻、ダリアコミックス、フロンティアワークス、2012年)、高山はるな『うぶ☆リーマン』(単行本 全1巻、ダイトコミックスBL、大都社、2013年)、三国ハヂメ『佐倉叶にはヒミツがある』(単行本 全1巻、花丸コミックス・プレミアム、白泉社、2017年)、タナ『あつめるひと』(スタジオC.I、2019年)などの作品がある。
民俗学者とエロマンガ
「旅する民俗学者が山奥の村を訪れる」というパターンは、成人向けマンガ、いわゆるエロマンガにおいてもよく利用されるところである。
事実、民俗学者あるいは民俗学を学ぶ学生が、淫らな風習の残る村を訪れエロいことになるというタイプの作品は多い。
いくらか例を挙げても、甲賀三郎「河童異聞」(『裸のクレヨン』単行本 全1巻、ツカサコミックス、司書房、2005年)、新堂エル『新堂エルの文化人類学』(単行本 全1巻、ムジンコミックス、ティーアイネット、2013年)、ねこまたなおみ「祭りのあと」(『なまイキざかり』単行本 全1巻、ワニマガジンコミックススペシャル、ワニマガジン社、2016年)、高遠くろ助「異国のアングラフェスティバル」(『あなぼこ☆お便姫ちゃん』単行本 全1巻、エンジェルコミックス、エンジェル出版、2016年)、廣瀬周『淫蘭島 日本禁忌秘境列伝』(※非成人向けマンガ、単行本 全1巻、チャンピオンREDコミックス、秋田書店、2017年)、若月「巨女妖怪娘エロエロ百鬼夜行」(『巨女褐色淫魔』単行本 全1巻、ムーグコミックス、ジーウォーク、2017年)、 跳馬遊鹿「御宮祭り~秘祭の真実~」(『悦靡に濡れて』単行本 全1巻、エンジェルコミックス、エンジェル出版、2018年)、あるぷ「闇憑村」(『めるてぃーりみっと』、GOTコミックス、ジーオーティー、2020年)……など枚挙にいとまがない。
マンガ以外のメディアにも触れておこう。
民俗学者とアニメ
まずは、アニメ映画作品から挙げてみたい。
スタジオジブリの映画『魔女の宅急便』(1989年)において、主人公キキの父親であるオキノは、原作小説では魔女等を研究する民俗学者という設定があるが、この設定は映画のほうでは映画本編のストーリーではあまり絡んではいなかった。
『河童のクゥと夏休み』(2007年)には、河童懲罰武士の子孫にして河童の腕を所蔵する民俗学者の清水が登場。
『君の名は。』(2016年)の宮水三葉の父親宮水俊樹は、若い頃は民俗学者だった過去があり、この設定は小説版において補完されている。
『青鬼 THE ANIMATION』(2017年)では、高校の民俗学研究部員たちが主人公。
『アラーニェの虫籠』(2018年)では、主人公りんが民俗学者の時世と出会う。
テレビアニメではどうだろうか。
『デジモンアドベンチャー02』第33話「今日のミヤコは京の都」(2000年11月19日放送)に登場する武ノ内春彦はデジモンを妖怪の一種と考える大学教授だった。これはシリーズディレクター及び演出を務めた角銅博之の考えが直接的に反映されたものである*11。
『ふたりはプリキュア Splash Star』第39話「珍獣ミミンガ大騒動!?」(2006年11月12日放送)は、プリキュアの妖精が一般人に目撃され噂が広まってしまう話だが、そこに登場する柳田国吉は、伝説の珍獣ミミンガについて証言する老民俗学者*12。
『ゲゲゲの鬼太郎 テレビアニメ第6シリーズ』第85話「巨人ダイダラボッチ」(2019年12月15日放送)には、ダイダラボッチ研究が専門の民俗学者の門倉が登場する*13。
これらの例からは、子供向けファンタジーアニメの民俗学者は、アニメオリジナルの幻想生物を主人公たちとは別視点で解釈する役どころとして登場している傾向が見える。
深夜アニメでも、ファンタジー的な――特にオカルト色の強い作品には、民俗学者の姿が散見される。
『神霊狩/GHOST HOUND』(2007年)の駒玖珠孝仁は、元民俗学の助教授で現在は神社の宮司。
丈月城のライトノベルが原作のアニメ『カンピオーネ!』(2012年)の主人公草薙護堂の祖父である草薙一朗は、日本の伝統芸能を専門としていた元民俗学者。
逢空万太のライトノベルが原作のアニメ『這いよれ! ニャル子さん』(2012年)の主人公八坂真尋の母親の八坂頼子は大学時代に「実戦民俗学」なる学問を修めた邪神ハンター。
『コンクリート・レボルティオ~超人幻想~』(2015~16年)の人吉孫竹は、超人を専門とした「超人民俗学」の研究者。
『迷家-マヨイガ-』(2016年)のこはるん(神山こはる)は、大学院で民俗学を専攻する院生。
『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝』(2020年)に登場する里見灯花は、原作ゲームでは叔父が民俗学者という設定だった*14。
アニメでは、民俗学者はゲストキャラクターやサブキャラクターとしてはたびたび登場するものの、民俗学者自身が主人公のアニメ作品は稀である。
しかし、小説やマンガでは多用される、民俗学者が怪しい伝承の残る村を訪れるタイプの話が、アニメになると『迷家-マヨイガ-』くらいしか見当たらないのは意外といえば意外だろうか。
民俗学者とテレビドラマ
民俗学者が出てくるテレビドラマはそれほど数がないが、2000年代以降の主だったものを挙げてみる。
・『月曜ドラマスペシャル 秋の旅情サスペンス3 歴史ミステリー歴史ロマンサスペンス 宗像教授の伝奇考』(2000年11月20日放送)、『月曜ミステリー劇場 原作サスペンス特集I 宗像教授の伝奇考2』(2003年9月1日放送)、『宗像教授伝奇考3』(2007年3月10日放送)
・『TRICK2』「episode 5 妖術使いの森」(2002年3月15日、3月22日放送)
・『ミステリー民俗学者 八雲樹-ヤクモイツキ-』(2004年10月15日~12月17日放送)
・『蓮丈那智フィールドファイルI 凶笑面』(2005年9月16日放送)
・『ご近所探偵・五月野さつき3 殺意のキャンプ場』(2008年12月1日放送)
・『漬けモノ学者・竹之内春彦 京都殺人100選』(2012年9月10日放送)
・『彼岸島』「第5話」「第6話」(2013年11月22日、11月29日放送)
・『塔馬教授の天才推理2 湯殿山麓ミイラ伝説殺人事件』(2014年9月19日放送)
・『ストレンジャー バケモノが事件を暴く』(2016年3月27日放送)
・『ミステリー作家朝比奈耕作 花咲村の惨劇』(2016年6月6日放送)、『ミステリー作家 朝比奈耕作シリーズ2 鳥啼村の惨劇』(2018年3月12日放送)
・『遺留捜査スペシャル』(2018年11月11日放送)
・『東京二十三区女』(2019年4月12日~5月17日放送)
……などがある。
民俗学者が登場するドラマは、ミステリー小説やコミックが原作のサスペンスドラマが多いようである。
民俗学者とデジタルゲーム
ゲームに登場する民俗学者キャラクターと言えば、最近では『イースIX -Monstrum NOX-』(日本ファルコム、2019年)のバラン、『ニューダンガンロンパV3 みんなのコロシアイ新学期』(スパイク・チュンソフト、2017年)の真宮寺是清などがいたが、これらは少々例外的なものだろう。
民俗学者の活躍ぶりが発揮されるのは、もっぱら伝奇系のホラーゲームにおいてである。
挙げられる例としては、『零』シリーズ(テクモほか、2001年〜)、『SIREN』シリーズ(ソニー・コンピュータエンタテインメント、2003年〜)、『流行り神』シリーズ(日本一ソフトウェア、2004〜09年)、また商業作品ではないがよく知られているもので、フリーゲームの『怪異症候群』シリーズなどがある。
特に『零』シリーズにおいては、麻生邦彦、宗方良蔵、真壁清次郎、麻生優雨、柏木秋人、渡会啓示……と、シリーズを通して民俗学者が多数登場しており、ある意味で昨今もっとも民俗学的なゲーム作品であると言うこともできるだろうか(なお、『零』シリーズの民俗学者はだいたい陰惨に死ぬストーリーがパターン化している)。
他にも、ホラーゲームにおいては民俗学フレーバーの強いものはあるが、ゲームについては筆者の予備知識がほぼ皆無であり、また今回、引用の典拠となる適当な書籍や論文も見つけられなかったため、これ以上何を言えばよいかマジでわからない。
ので、ここでは以下の電ファミニコゲーマーの特集記事のリンクを貼ることで例示に代えたい。
他方、ソーシャルゲームでは、『D×2 真・女神転生 リベレーション』の福本和史、『メギド72』のフォラス、『神に愛された花嫁 ~真夜中の契り~』の四百田要……などのようにゲーム自体が伝奇ジャンルに収まる類の作品の他に、『グランブルーファンタジー』のヨハン、『かんぱに☆ガールズ』のローザ・ルウェリンなどのように一見して民俗学的要素や伝奇的要素を含まない作品においても、民俗学者キャラクターが登場する。これは、一作品で多種多様なャラクターを擁するソーシャルゲームならではの現象だろうか。
民俗学者と小説
民俗学者が登場する小説は多くあるが、ここでは近年の国内小説について有名どころをいくつかを紹介するに留めたい。
小説世界の民俗学者は、主にミステリーのジャンルでその活躍が描かれる。
北森鴻「蓮杖那智フィールドファイル」シリーズ(新潮社、2000~14年)、秋山達郎「民俗学者・竹之内春彦」シリーズ(有楽出版社、2004~11年)、鯨統一郎「作家六波羅一輝の推理」シリーズ(中央公論新社、2006年~)、三津田信三「刀城言耶」シリーズ(講談社、2006年~)などの作品がよく知られる。「蓮杖那智」「竹之内春彦」「六波羅一輝」は、それぞれドラマ化もされている。
実在の民俗学者を登場させる作品では、折口信夫を主人公としたサスペンス 井沢元彦『猿丸幻視行』(講談社、1980年)などが有名だが、2000年代以降だと、こちらも折口信夫が登場する 大塚英志『木島日記』(角川書店、2000年)、柳田国男が神隠し事件の謎を探る 長尾誠夫『神隠しの村 遠野物語異聞』(桜桃書房、2001年)、岩田準一と江戸川乱歩の関係を描く 岩田準子『二青年図 乱歩と岩田準一』(新潮社、2001年)、南方熊楠が殺人事件を調査する 鳥飼否宇『異界』(角川書店、2007年)、のちの柳田国男である詩人松岡が登場する 京極夏彦『書楼弔堂 炎昼』(集英社、2016年)といった作品がある。ごく最近では、直木賞受賞でも話題となった 川越宗一『熱源』(文藝春秋、2019年)、著者が大学院の民俗学専攻出身でもある近代伝奇SF 柴田勝家『ヒトの夜の永い夢』(早川書房、2019年)なども特筆される。
民俗学者が登場するマンガが民俗学っぽいとは限らない
日本のマンガ作品における民俗学者の描かれ方が、その中身をよくよく見るとあまり民俗学っぽくないことが多いのはなぜか。
その理由は、端的に言えば、日本のフィクションの中の民俗学者イメージが、欧米のホラーや探偵小説に登場する「オカルト探偵」に強い影響を受けているからだろう。
オカルト探偵とは何か。
この記事で取り上げてきた民俗学者キャラクターには、なんら超常的な能力を持たない例も含まれているが、『百鬼夜行抄』の飯嶋律、『tactics』の一ノ宮勘太郎、『もっけ』の檜原姉妹の祖父などは、いわゆる霊能力者であり、その特異な能力を以て作中で起こる事件を解決する。
ではなぜ、フィクションにおいては民俗学者と霊能力者が結び付けられやすいのか。
除霊や妖怪退治というと、陰陽師や修験者や密教僧やエクソシストなどのほうがふさわしいのではないか。
が、欧米文学の流れで見ると、超常現象や心霊事件を解決するのはしばしば学者の役目である。
金﨑茂樹「サイキック・ディテクティブの登場 英米小説のあるジャンルについて」(2017年)では、ゴースト・バスターズや妖怪探偵、メン・イン・ブラックなどの超常現象の専門家を「サイキック・ディテクティブ」の語で総称しており、その起源をヴィクトリア朝文学まで遡って論じている*15。
そこで言及されているオカルト探偵たちをいくつか抜き出してみる。
・マルチン・ヘッセリウス …… 医師 / 作品:ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュ「吸血鬼カーミラ」「緑茶」(1872年)
・ヴァン・ヘルシング …… 大学教授 / 作品:ブラム・ストーカー「ドラキュラ」(1897年)
・フラックスマン・ロウ …… 心霊学者 / 作品:E&H・ヘロン「フラックスマン・ロウの心霊探究」(1898年)
・ジョン・サイレンス …… 医師 / 作品:アルジャーノン・ブラックウッド「妖怪博士ジョン・サイレンス」(1908年)
・モリス・クロウ ……骨董屋 / 作品:サックス・ローマー「骨董屋探偵の事件簿」(1920年)
・ジュール・ド・グランダン …… 大学教授 / 作品:シーバリー・クイン「グランダンの怪奇事件簿」(1925年)
・サイモン・イフ …… 魔術師 / 作品:アレスター・クロウリー「ムーンチャイルド」(1917年)
上記に挙げた例以外の作品においても、医師や大学教授が探偵となるケースは数多い*16。
探偵が、医師や大学教授。
この傾向は、オカルトジャンルだけでなく、フィクションの探偵全般に当てはまるものだろう。
フィクションに登場する民俗学者は、多くの場合において、超常現象の専門家や呪術師のような役割が期待され、あまり民俗学的な存在としては描かれない。
そしてそれはおそらく、東雅夫がクトゥルフ神話についての解説において示唆するように、フィクションの中で民俗学者がたどってきた来歴そのものに原因があると思われる。
旅と民俗学者と怪奇現象、そして一九三〇年前後の時期といえば、ここ日本でも、あたかも『闇にささやく者』におけるそれを髣髴せしめるような動きが、文壇の内外に認められる。
( ………… )
ちなみにこの「山海評判記」もまた、土俗の伝承に関心を抱く文士が旅の途次、得体の知れぬ秘教集団の暗躍におびやかされる……という謎めいた物語で、ほぼ時を同じくして太平洋の此岸と彼岸で、旅と民俗学と秘教集団をめぐる怪奇小説が生み出されていたことには、なにがなし感慨を禁じえません。
(東雅夫「解説」、宮崎陽介 漫画/ハワード・フィリップス・ラヴクラフト原作『闇にささやく者 クトゥルフ神話の宇宙怪物』Cコミクラッシックコミックス、PHP研究所、2012年、137頁、142頁)
現在のマンガに見られるオカルト探偵的な民俗学者描写は、1930年代頃の幻想文学に源流のひとつが あると言えそうだ。
また、先にも引用した、福西大輔「ミステリー小説に見る「民俗的世界観」 「都市」から「田舎」への視点」では、日本のミステリー小説と民俗学の成立とが分かちがたく結びついていることが指摘されていた。
ミステリーと民俗学。
その関係は、マンガのほうではどうなっているのだろうか。
福井健太『本格ミステリ漫画ゼミ』 (キイ・ライブラリー、東京創元社、2018年)は、ミステリーマンガ全般の歴史を概観することができる良書だが、これを見ると、民俗学要素に関連したところでは、かつての横溝正史ブームの中で横溝作品のコミカライズが相次いだことが、現在の本格ミステリジャンル形成へとつながる重要な現象だったことが述べられている。が、一方で、横溝作品に色濃い民俗学的なテイストは、ブーム以降のミステリーマンガにはさほど引き継がれていないこともまた窺える(……と断言できるほど、今回の記事でミステリーマンガに当たってはいないのだが)。
諸星大二郎は、「妖怪ハンター」シリーズについて、コナン・ドイルや江戸川乱歩、ラヴクラフトなどの影響があったことをインタビューで述懐している。
イメージとしては、シャーロック・ホームズや明智小五郎のように、事件を解決して犯人を捕まえる。その「事件」を「妖怪」に置き換えたのをやってみたかった。ゴーストハントものの小説にある、「普通の人間が専門的な知識で解決する話」にしかたったんですね。
( ………… )
〔「死人帰り」の「正統生命系統樹」と「疑似生命系統樹」について〕これはだいぶラヴクラフトの影響がありまして。最初の蛭子の話が疑似生命という設定だから、ここでも系統じみたのを使ったんでしょう。
(「諸星大二郎インタビュー 普通の人間が解決する妖怪の物語をやってみたかった。」『諸星大二郎『妖怪ハンター』異界への旅』(別冊太陽 太陽の地図帖 おとなの「旅」の道案内 031)、平凡社、2015年、87頁)
稗田礼二郎に求められていたのは、シャーロック・ホームズや明智小五郎などの「名探偵」の役割であり、稗田の台詞やモノローグは、クトゥルフ神話と現実の民俗学や考古学の知見がミックスされたものだった。
とりあえずのまとめ
だいぶ長くなってしまった。
この辺りで少しまとめておこう。
Q.
ホラーやオカルトや伝奇や妖怪もののマンガには、どうしてよく民俗学者が出てくるのか?
A.
まず前提として、マンガ作品に登場する民俗学者は、他の学者キャラクターと同様に、従来的な学者イメージに落とし込まれて表現されている。
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そして、従来的な学者キャラクターのイメージは主に文学の中で形成されてきた。
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欧米の幻想文学や探偵小説では、超常現象や心霊事件を解決するのはインテリである医師や学者の役目であった。
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そして医師や学者が探偵として活躍する中で、ラヴクラフト等の怪奇的な作品では、しばしば民俗学者がメインキャラクターに選ばれていた。
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また日本の文学においても、民俗学の要素は時代時代において摂取されてきた――たとえば、柳田国男と親交のあった泉鏡花が『夜叉ヶ池』や『山海評判記』を書き、民俗学に取材した横溝正史が金田一耕助シリーズを発表する……などのように。
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そして、それら幻想文学や探偵小説の要素を取り込んだ水木しげるや諸星大二郎が、マンガの中に民俗学者を登場させていった。
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さらに、水木しげるや諸星大二郎に影響を受けた後続作品によって、お約束的に既成の民俗学者イメージが強化されていくことになる。
なんとも大づかみな理解ではあるが、だいたい上記のようなプロセスが積み重なることで、マンガの中の「民俗学者=オカルト探偵」のイメージは出来上がっていったのではないだろうか——。
今回の記事で考えることができたのは、とりあえずここまでである。
マジかよもっとあるだろ。
ご指摘ごもっともである。
まず、当初の民俗学っぽいマンガとは何かという問いに結局答えていない。
その上、マンガ作品の傾向を見るにしても、90年代以前の作品にはまったく目が行き届いておらず、マンガ以外のメディアに話を広げておきながら、映画の影響については書かれていない。
加えて、世間一般に民俗学っぽいマンガとされる作品にも少しも言及できていない。最近で言えば、漆原友紀『蟲師』、野田サトル『ゴールデンカムイ』、山下和美『ランド』などに触れずに民俗学マンガを語るなんてという向きも当然あるだろう。
あるいは、民俗性を含む作品の系譜を語る際に、手塚治虫『奇子』、石ノ森章太郎『龍神沼』といった有名作品を挙げることもできたかもしれない。
しかしながら、民俗学っぽいマンガの中の民俗学っぽい要素を抜き出して考察することは、今回の趣旨ではなかった。
また、今回は「民俗学者=オカルト探偵」という構図ありきでまとめてしまったが、吉川景都『葬式探偵モズ』、福盛田藍子『ハヤチネ!』、篠原ウミハル『鬼踊れ!!』などのように、非オカルトで、なるべく現実の民俗学に即して民俗文化を扱うように努めている作品があることも忘れるべきではない。それらの作品の存在を等閑視してしまったことは、記事構成の都合とはいえ反省点である。民俗学イメージのステレオタイプについて語るのであれば、逆にそういった個別の作品に焦点を当てる方向性でもよかった。
そして何よりこの記事は、決して誠実な内容ではないことを付言しておかなければならない。延々とそれらしいことを並べ立ててはきたが、このまとめは、流行病蔓延の時下、図書館がろくに解放されていないことを言い訳に、Amazonや出版社公式サイトに掲載された書籍情報、電子書籍の試し読み、Wikipediaやインターネット検索で出てくる個人の感想などをもとに書かれたクソまとめ記事である。ゆえに、内容をあまり真に受けてはいけない。
紙数も尽きてきた。
どうやら私にできることは、ここまでのようだ。
しかし私は信じている。
民俗学について適切な現状認識を持ち、かつポップカルチャーにも詳しい誰かしかが、書誌情報とかディスクリプションとか、あとフィクションと民俗学の接続の有り様とか文学史や他のメディアにも目配せをして、もっとまとめ方もちゃんとしているなんかいい感じのものを、そのうちきっと書いてくれるだろうということを……。
(手記はここで途切れている)
*1:『妖怪ハンター』ジャンプスーパーコミックス、創美社、1978年/『海竜祭の夜 妖怪ハンター』ジャンプスーパーエース、創美社、1988年/『天孫降臨 妖怪ハンター 稗田礼二郎のフィールド・ノートより』ヤングジャンプ・コミックス、集英社、1993年/『黄泉からの声 稗田礼二郎のフィールド・ノートより 妖怪ハンター』ヤングジャンプ・コミックス、集英社、1994年/『六福神 稗田礼二郎のフィールド・ノートより 妖怪ハンター』ヤングジャンプ・コミックスウルトラ、集英社、1998年/『魔障ヶ岳 妖怪ハンター 稗田のモノ語り』KCデラックス、講談社、2005年/『闇の鴬』KCデラックス、講談社、2009年/『妖怪ハンター 稗田の生徒たち1 夢見村にて』ヤングジャンプ・コミックス・ウルトラ、集英社、2014年
*2:石岡良治『「超」批評 視覚文化×マンガ』では、諸星大二郎『マッドメン』についての論考の中で、「もし稗田礼二郎が民俗学者であったとするなら、「異端学者」にはとどまらず、学問の外部にいた可能性が高いように思われる」と述べられている(石岡良治『「超」批評 視覚文化×マンガ』青土社、2015年、217頁)
*3:『宗像教授伝奇考』単行本 全7巻、希望コミックス、潮出版社、1996~2002年/『宗像教授異考録』単行本 全15巻、ビッグコミックススペシャル、小学館、2005~11年
*4:1~15巻 眠れぬ夜の奇妙な話コミックス、朝日ソノラマ、1995~2007年/1~21巻、眠れぬ夜の奇妙な話コミックス、朝日新聞出版、2007~12年/22巻~ Nemuki+コミックス、朝日新聞出版、2013年~
*5:田中励儀「今市子『百鬼夜行抄』論――民俗学に支えられたストーリー」(一柳廣孝、吉田司雄 編著『ナイトメア叢書1 ホラー・ジャパネスクの現在 』青弓社、2005年、151~163頁
*6:この作品は吉本隆明『マス・イメージ論』(福武書店、1984年/講談社文芸文庫、講談社、2013年)でも言及がされている。
*7:著者のツイートによる指摘を受け止め https://twitter.com/kmakra/status/1278715603335839745?ref_src=twsrc%5Egoogle%7Ctwcamp%5Eserp%7Ctwgr%5Etweet 上記のように訂正したい
*8:『もっけ』については、一柳廣孝『怪異の表象空間 メディア・オカルト・サブカルチャー』(国書刊行会、2020年)の「第13章 薄明を歩む――熊倉隆敏『もっけ』」に詳しい分析がある。
*9:櫻井準也「『となりのトトロ』と考古学」『尚美学園大学総合政策研究紀要』第34号、尚美学園大学総合政策学部、2019年、66頁
*10:井山弘幸「科学者の実像と虚像~サイエンス・イメージの歴史的変遷」『日本科学教育学会研究会研究報告』第16巻第1号、日本科学教育学会、2001年、1~4頁
*11:角銅自身の言葉によると、「原作のゲーム機や主要なモンスターからしてデジタルで、妖怪と無縁と思われてるでしょうが、デジモンとは現代の妖怪ではないかという解釈を番組中でも表明しております」とある(角銅博之「妖怪アニメは怖いのか?」『怪』vol.0051、KADOKAWA、2017年、50頁)
*12:"第 39 話 珍獣ミミンガ大騒動!? - ふたりはプリキュアSplash☆Star - 作品ラインナップ - 東映アニメーション" http://lineup.toei-anim.co.jp/ja/tv/precure_SS/episode/39/
*13:アニメ公式アカウントのツイートより "「ゲゲゲの鬼太郎」(第6期)公式" @kitaroanime50th https://twitter.com/kitaroanime50th/status/1205661188346040321 2019年12月14日午前10時30分 投稿 なお、アニメ本編中では門倉が大学に勤めている描写はあるものの、特に民俗学者とは明言されていない。
*14:"マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝 - Wikipedia" https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%AE%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%89_%E9%AD%94%E6%B3%95%E5%B0%91%E5%A5%B3%E3%81%BE%E3%81%A9%E3%81%8B%E2%98%86%E3%83%9E%E3%82%AE%E3%82%AB%E5%A4%96%E4%BC%9D
*15:金﨑茂樹「サイキック・ディテクティブの登場 英米小説のあるジャンルについて」『大阪産業大学論集 人文・社会科学編』29、大阪産業大学学会、2017年、1〜13頁
*16:欧米圏の翻訳小説に登場するオカルト探偵については、以下のブログにもまとめられている。"『幽霊狩人カーナッキの事件簿』ウィリアム・ホープ・ホジスン - 読書感想文(関田涙)" https://sekitanamida.hatenablog.jp/entry/carnackitheghostfinder