2020年7月3日
熊谷晋一郎
東京大学先端科学技術研究センター
当事者研究ネットワーク
事実確認の経緯
2015年に、当時「べてぶくろ」[1]を利用していた女性(以下、Aさんとします)が、外部の地域住民の男性から性的被害を受けるという事件が起きました。被害女性から最初にそのことを相談された、当時のべてぶくろ男性スタッフが、誤った初期対応をしたこと、そしてその後も、適切な被害者支援に繋ぐことなく、被害者側に内省を迫るような形で当事者研究を悪用したという主張で、一ヶ月近く前にAさん自身がウェブで告発記事を書かれました。以下は、Aさんによる一連の記事です。
「べてるの家」をご存じでしょうか?
https://note.com/pirosmanihanaco/n/nd9d01a11a64e
当事者研究の悪用
https://note.com/pirosmanihanaco/n/nd55199c0c2a0
べてぶくろに再発防止策の徹底、二次加害の謝罪、慰謝料を求めます
https://note.com/pirosmanihanaco/n/nb59096232d8b
私は、2007年頃から在野で、2009年からは東京大学先端科学技術研究センターの教員として、当事者研究という実践と研究に関わってきました。べてぶくろがその理念を受け継いでいる「浦河べてるの家」の活動からも非常に多くのことを学び、他の様々な当事者活動が直面している壁を乗り越え得る可能性を当事者研究の中に感じ、論文や書籍、メディアを通じてそのことを発信してきました。また、私自身はAさんとほとんどお話したことはなく、何度か姿を拝見したことのある程度の間柄ではありますが、参考資料②にも記載しておりますように、2018年7月15日にAさんから直接、messengerで性被害のことをご報告いただきました。その際の私自身の対応についての反省点も、参考資料②に記載したとおりです。こうした背景から、今回の告発には、私自身も応答責任と説明責任を感じており、負うことのできる範囲で最大限のことを行ってまいりたいと思い行動しています。
これまで具体的に行ってきたこととしては、以下のようなものになります。
まず、当時の様子を知る何名かの関係者や、外部専門家(その一部のコメントを末尾に参考資料①として添付しました)からの聞き取りを行いつつ、どこに問題があったかを継続して考察しております。
また、「当事者研究ネットワーク」[2]の中で、性被害やトラウマ、ジェンダーの問題に長年取り組んできたダルク女性ハウス代表の上岡陽江さんにご相談のうえ、事実確認と、べてぶくろによる適切な補償に向けた第三者委員会(千葉大学の後藤弘子さんが担当)を立ち上げました。第三者委員会からの正式な報告は、順調にいけば、8月中に取りまとめられる見通しです。
加えて、べてぶくろも参加する形で、性被害者への初期対応と中長期的支援についての勉強会[3]を計画しているところです。
さらに、「当事者研究」という名の付く活動で傷ついたと感じている方へのオンブズマンも、熊谷研究室で教育研究に携わっている研究者を中心に実施し始めており、ご本人の意向を伺いながら第三者委員会に報告しています。
並行して、上岡さん、浦河べてるの家のソーシャルワーカーの池松さん、向谷地生良さん、向谷地宣明さん、そして、自身も性被害のサバイバーであり熊谷研究室に所属して当事者研究を行っている唯さんと事実確認と対応に関する相談を重ねた上で、6月10日付で、当事者研究ネットワーク上に、当事者研究実践の中で生じ得る暴力の問題への対策についての下記の声明文を掲載しました。
多様な仲間が安全に当事者研究できるための応援体制づくり
https://toukennet.jp/?page_id=14011
この声明文に対してSNS上では、「①向谷地行生良さんや向谷地宣明さんが署名していること」「②べてぶくろのアクションに先行すること」「③声明文の内容に事件への言及がないこと」「④声明文の内容を、被害者の意見を聞かずに作成したこと」という、大まかに言って4点の批判が寄せられました。
①については、「両名こそが今後の再犯防止策に向けて真摯に取り組まなくてはいけないこと」「失敗したメンバーに説明責任を求めつつ、周囲も自分自身の責任を振り返り、決してトカゲのしっぽ切りのような形で排除しないのが、当事者研究の本来の姿であること」から、不可欠だったと考えています。
②については、べてぶくろのアクションの遅さに責を帰すべき事態であり、私から応答することが出来ないものであると考えております。
③については非常に判断が難しいところで、「一般論」にならざるを得ない未来の再犯防止について、個別具体的な事件に関連づけつつ言及することの暴力性も、しばしば指摘されています。様々な意見を伺い、引き続き考えたいと思います。
④については、私も深く反省し、掲載後になってしまいましたが2011年6月11日に、個人的にAさんに連絡を取り、お詫びをするとともに、事後的になってしまったのですが、声明文への批判をいただきたい旨をお伝えしました。
その直後の2020年6月11日に、2年前から継続的にAさんの相談役としてサポートしてこられたライターの渋井哲也氏という方から取材依頼を受けました。週刊女性への記事掲載を予定しており、Aさん本人も了承しているとのことでした。私からも直接、Aさんに事実関係を確認したところ、「取材は私がお願いしているものです」との返事だったので、取材に協力することにしました。
こうした経緯で、その後も約2週間ほど、渋井氏の質問に答える形で、自分自身の責任の所在を考えたり、関係者に聞き取りを行ってきました。事実確認や背景要因を調べる作業の妥当性も、渋井氏に返信する前に、必ずAさんに確認しつつ進めています。参考資料②は、この間の渋井氏とのやり取りになります。
以上が、この間の大まかな経緯です。まだ、十分に明らかになっていない点も多く、今後、第三者委員会を中心に、事実確認、謝罪と補償、再犯防止策が取りまとめられていくとは思いますし、私もできる範囲、なすべき範囲でそのプロセスに協力したいと考えています。
現時点での個人的見解
これまで私が行ってきたヒアリングや分析を通じて、現時点で考えておりますのは、本当に再犯防止を考えるならば、同心円的な責任帰属の図式で整理する必要があるという点です。今回の事件において、もっとも大きな責任を帰属されるのは、最初に性加害を行った男性であることは論を俟ちません。次に、対応を誤ったべてぶくろやその関係者です。そしてさらにその外側に、べてぶくろが参加していた「①当事者研究ネットワーク」「②ハウジングファースト東京プロジェクト」という2つのプロジェクトも、間接的にではありますが、責任の一端を負っていると考えています。
私もその一人ですが、当然ながらこの2つのプロジェクトに関わってきた専門家にも、重い責任があると感じています。「当事者研究」などの比較的新しい実践に可能性を感じた専門家が、その社会実装や効果検証を行うために、先進的な実践現場に協力を依頼することは珍しくありません。現場としても、そういった新しい挑戦に関わることは、様々な理由でメリットに繋がりうるものです。こうして、専門家と実践現場の思惑が一致したところに、プロジェクトが立ち上げられることになります。
しかし、プロジェクトに参加する団体の内部にも、大なり小なりヒエラルキーがあり、より現場に近いスタッフは、ただでさえ忙しいなか、プロジェクトに参加することで余計に仕事量が増えることになります。特に、理念は素晴らしくても十分な追加予算がついていないプロジェクトでは、事態はより深刻になる傾向にあるでしょう。このような状況では、団体の上層部は、スタッフとプロジェクト(そして専門家)との間に立たされることになります。
もしも団体の上層部が、スタッフの労働環境よりもプロジェクトや専門家の意向を優先し、さらに、スタッフが利用者よりも団体上層部の意向を優先してしまえば、今回のような事件はいつでもどこにでも起き得ます。ましてや、こうしたヒエラルキーがあるなかで、利用者やスタッフに当事者研究を促すことは、弱い立場の人に再現のない反省と過剰適応的な自己コントロールを強いることになるでしょう[4]。べてぶくろが向き合うべきものの一つは、「力の勾配を是正するエンパワメントの理念を忘れた当事者研究の実践」という問題系であろうと考えます。
しかし見逃してはならないのは、ここでプロジェクトに関わった専門家が、プロジェクトに参加している各団体のスタッフや上層部に全責任を押し付けたうえで、まるで自分には関係がないことのように勝手に失望してみせることが、あまりに自分が持ってしまっている権力というものに無自覚な振る舞いであるという点です。「現場からそんな情報は上がってきていない」「私は指示をしていない、現場が忖度しただけ」とでも言わんばかりの身ぶりを研究者がとることは、無責任にすぎるといえるでしょう。
今回のような事件が再び起きないようにするためには、専門家と現場が連携する際に発生する、以上のような構造について自覚的になる必要があります。そして、専門家やプロジェクトの関係者が、「べてぶくろの現場スタッフの労働条件に配慮したか」「各団体に期待される内容を明確に定義してきたか」「その期待にみあった財源・マンパワーを確保できていたのか」などの点について、今回の事件に即して明らかにしする必要があると考えます。①のプロジェクトに関係した専門家の一人である私は、ネットワーク設立当初の5年間、財源的にもコミットをしてきた立場です。したがって、今回の出来事にも責任を感じており、告発の中にあった当事者研究の誤用という問題や、性被害の問題について、ネットワークとして取り組まなくてはならないと考えています。私自身の応答責任・説明責任については、今後もこの特設ページを通じて果たしていければと考えております。
②のプロジェクトが持つ一定の責任については、ホームページや私信を通じ、向谷地宣明さんが「べてぶくろはハウジングファースト東京プロジェクトのなかで活動している」と明言していることや、Aさんの告発の後に、②の参加団体でもある一般社団法人つくろい東京ファンド稲葉剛さんが臨時のミーティングを開催されるという極めて誠実な判断にも表れていると思います。そしてさらにその外側に、医療・福祉の在り方や、広く地域社会が抱える問題があります。第三者委員会による報告書は、そのような同心円構造で纏められることになると思われます。
それとともに、稲葉さんともこの間、何度かにわたってやり取りしつつ、②とべてぶくろの関係について事実を明らかにしていこうと考えております。まずは2020年7月7日に、稲葉氏の取り計らいで、ハウジングファースト東京プロジェクトの関係者であり、2015年当時の様子を知る、TENOHASI事務局長・清野賢司さん、世界の医療団日本プロジェクトコーディネーター・武石晶子さん、べてぶくろ・向谷地宣明さんにヒアリングを行います。そして、その結果を第三者委員会に報告させていただくとともに、このページでも可能な範囲で報告させていただきます。引き続き、この検証過程自体が、現場の方々に与える負担にも自覚的になりつつ、事実を明らかにしていければと考えております。
当事者研究で傷ついた方からのコメント
今後、オンブズマンを通じて頂いたコメントのうち、公表に関して同意をいただけたものをこのページで紹介していきます。
再犯防止策
以下のような再犯防止策の実施を進めています。
- 事実確認と補償に向けた第三者委員会設置(千葉大学の後藤弘子さんが担当)
※正式な報告は8月中に取りまとめられる見通し - 性被害者への初期対応と中長期的支援についての勉強会実施
- 当事者研究という名の付く活動で傷ついたと感じている方のオンブズマン
- 当事者研究実施上の原則・ルールの見直しと公表
参考資料① 外部専門家のコメント
※いずれも事件に対する正式なコメントではなく、本人の許可を得て、熊谷への私信を転載したものである。
2020年6月29日 斉藤環氏
べてる周辺の問題がだんだんと見えてきた気がします。事実関係については関係者の検証を待つことにしますが(いつまでもなされなければ批判もしますが)、これはやはり「思想」が絡む構造的問題で、このあたりについての軌道修正なくしては、当事者研究の持続可能性が衰弱してしまう気がしています。熊倉さんからのご指摘もありましたし、内情を知ることでもはや批判ツイートはできにくい立場になってしまいましたが、向谷地さんたちにはぜひ私がこの件を注視していることを意識していただきたいと願っています。
最近書評を依頼されて、浦河ひがし町診療所での川村医師の活動を追った『治したくない』(みすず書房)を読んだのですが、もちろんその内容には素晴らしい面も多々あるのですが、「医者はえらくない」「正しいことなんかない」「面白ければいい」という「コミュニティの知恵」には、一定の危うさを感ずるのも事実です。川村医師はらしくない、えらくない医師として、いわば「空虚な中心」的な立場で「空気」を作っている。こういう人徳依存的な空間は、すばらしく魅力的でもあると同時に、「PC的批判なんて野暮なこと」という「空気」が支配的になる懸念があります。権威を否定したはずの空間で、もっと素朴なカーストが自生するのはありふれた現象ですね。
コミュニティの存続を最優先する判断は、おのずから「外の視点」「倫理的批判」「効果検証」といった、いわば垂直的・切断的な介入を締めだしてしまうのではないか。noteで被害者がスタッフに言われたという「地域で活動できなくなる」という言葉が象徴的です。しかし連続性のみを尊重するコミュニティは、ひっそりと活動する分には問題なくとも、これほど社会的注目を集めてしまった以上は「これがうちのやり方」では通らない局面に否応なしに向き合うことになるでしょう。今回がまさにそうだと思います。
あえて比較しますが、オープンダイアローグにいくぶんの優位性があるとすれば、第一に「空気」に依存していないことです。ヒエラルキーを明確に否定し、クライエントの尊厳と権利を最大限に尊重することを原則として明文化していることも重要です。実践に際しては7原則は常に切断的な作用を及ぼしているので、「惰性」や「空気」の支配が起こりにくい。もしODをやっていると「自称」している機関なりコミュニティで、今回と同様の問題が起きたとしたら、それはただちに「ODの原則から逸脱した」と強く批判されることになるでしょう。当事者研究にもそろそろ「原則」や強い外部性が必要になるのではないでしょうか。
このほかにもセイックラは、ODの効果検証を精力的に行っています。統計的解析など、ODのスタイルにはまったくそぐわないと知りつつ、いわゆる「エヴィデンス」をどんどん蓄積しているわけです。エヴィデンス主義を批判しつつも、アカデミアの共通語で話そうと努力している。べてるには逆に「うちを研究したいならうちの言葉を使って」という、自己卑下と傲慢さの入り混じった雰囲気をうっすらと感じることがあります。とことん開放的のようで、言葉のレベルでは閉じているようにも見える。私がべてるの実践に感動し強い関心を持ちながらも「信者」にまではなれなかったのは、そうしたことへの警戒心ゆえだったかもしれません。
私は以前、向谷地さんに冗談めかして「治ってる人一杯いるのになんでデータ公表しないんですか」と突っ込んだことがあります。もちろん笑いに紛らされてしまいましたが。しかし私は、当事者研究であっても科学の共通語を用いた効果検証は必須だと思うし(熊谷さん達の努力はそれに近いと思いますが)、それもまた外部に「開かれる」ことではないかと考えています。それはべてるの素晴らしい「野生の思考」を弱めてしまう、という声もあるでしょう。しかし今後、当事者研究の活動を国際的にも展開していくというのなら、「東大教授も驚いた野生の思考」の素晴らしさに感嘆するだけの段階はそろそろ卒業するべき時期なのかもしれません。
斎藤環
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斉藤様
アメリカの依存症自助グループの歴史を丹念に追った、「米国アディクション列伝」という本があります。この中で、問題はありつつもAAが長く続いているのは、12&12というルールを明確化したからだと分析しています。おっしゃる通りグループを統べる個人を超えた理念なりルールを定めて初めて、その逸脱が定義され、失敗をレガシーとして語り継ぐことが可能になります。
それを受けて綾屋さんは、当事者研究の理念・方法の明文化の仕事を重ねてきました。「みんなの当事者研究」「当事者研究を始めよう」の2冊に収録されています。十分に周知されていませんが、もっと世に広く問うて、正統性や正当性を得るべく、磨き上げる作業が不可欠だと思います。
エビデンスも挑戦してきましたが、力不足を痛感しており、資金やマンパワーが必要です。AAも、今年初めて、Cochraneがその効果を認めましたね。やはり、AAは当事者活動の参照点であり続けています。
熊谷晋一郎
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熊谷さま
原則作成の試みはもうはじまっていたのですね。失礼いたしました。ぜひこの機会に進めていただきたいと思います。
斎藤環
2020年6月17日 大嶋栄子氏
早朝にメールをくださったので、お忙しいなかで心身ともにお疲れではないかと思いました。添付のファイルを拝読したところです。
起こった出来事がすべて事実かどうか別として、このような告発に至った経緯は簡単ではないはずです。そして加害者と名付けられた側との関係が破綻したことで、こうした手段に出ることを決めたとすれば、始めた戦いはあっさり終わることが少ないからです。
当事者研究はその出自が浦河べてるにありますが、現在は東大先端研にてさまざまな領域における社会的課題の構造と対応を考えていく際の「立ち位置」を示し、「横並びから生まれる知恵」を生み出すものとして研究の対象となって現在に至ります。その意味で、熊谷さんはその権威とみなされるが故に多くの説明責任を感じておられるのかもしれない。しかし、この出来事における説明責任をはたすべきなのは、熊谷さんなのだろうかという感じがしました。
当事者研究ネットワークのコメントに、栗田さんが違和感をツイートする気持ちには私は共感できました。
現在、当該時女性が熊谷さんからの連絡に応答しないというなかで、渋井さんが熊谷さんから引き出したいことは何なのでしょう。先述した説明責任とは誰によって、どのようになされるのが望ましいのか。渋井さんも熊谷さんに尋ねることではないことを、わかったうえで聞いているようにも見えました。そして、それでもある種の目的はあるのだろうとも思います。
熊谷さんが説明を丁寧にすればするほど、次の質問が生み出されるような感じがしました。まるで当該女性が決してこのまま引き下がれないのか、渋井さんが彼女を通して引き下がらないのか分からないような錯覚を覚えます。
私は、向谷地さんご自身が、どこかの媒体にご自身の言葉で、出来事の事実かどうかというより今回の出来事が象徴することに関しての記述をすることが避けて通れないのではないかと思っています(先週金曜日にお電話をくれた時にもお伝えしましたが)。直接的に知らない当該女性からの連絡に対して、熊谷さんがそれを第一優先として取り上げなかったことは、私は不備だとも謝罪すべきだとも思いませんでした。
代理戦争ではなく、当事者同士による現状認識というスタートラインに立てると良いです。
おおしま
参考資料② 被害女性からインタビューを委託された渋井氏とのやりとり
※関係者からの事実確認が十分に取れていない内容を含む。今後のヒアリングなどで訂正が加えられる可能性があることを付記しておく。
2020年6月11日に渋井氏から熊谷宛に送られてきたメール
はじめまして。
熊谷様
フリーライターの渋井哲也と申します。
取材依頼のお願いです。
すでにnoteでも記事が出ているべてぶくろでの性被害を訴えている女性の件ですが、この問題を私は2年ほど前から取材しております。その際、まずは、公にする前に当事者研究に関連した有識者に手紙やメールをして、対応を待ってはどうかと助言をしました。
その時、彼女は熊谷さんにも連絡をとったと思います。最初はやりとりをしていたと思いますが、音沙汰もなくなり、彼女にとって不安な日々が続いていました。私も記事にするとしても、連絡があってからがよいと思って、しばらく待っていました。
ただ、待っていても連絡がなく、彼女がnoteで書く時にもアドバイスをしました。しかしながら、連絡がすぐにはなかったようですが、ようやく、当事者研究ネットワークの声明が出ました。
この件について、取材をしたいと思っているのですが、ご検討いただけないでしょうか?
今のところ、発表媒体は週刊女性が関心を持っていますので、週刊女性に掲載する前提での対応をお願いします。
フリーライター
中央大学非常勤講師
渋井哲也
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2020年6月12日に熊谷から渋井氏に送ったメール
渋井様
熊谷でございます。大変丁寧なご連絡、ありがとうございます。私にとっても渋井さんの取材は、大切なものになりますので、可能な範囲でにはなりますが、ご協力させていただきます。
メールでの取材、可能です。
今回、ノートの記事を書かれた方(ここではAさんとさせていただきます)とは、ほとんどお話をしたことはないので、詳細はわかりませんが、Aさんの許諾が得られるのであれば、私とAさんとのmessenger上でのやり取りは、渋井さんと共有くださって構いません。
その上で、渋井さんから私へのご質問内容を先取りして推測すると、下記のようなものになるでしょうか?(不足や誤りがありましたら、ご指摘ください)
1. なぜ熊谷は、Aさんに、一年半以上にわたり、返信をしなかったのか?
2. 今回、文章を当事者研究ネットワーク上に掲載するに至った経緯はどのようなものか
3. Aさんがべてぶくろに対して求めている「再犯防止対策」「謝罪と賠償」について、どう考えているか。
まず、1については、私自身の認識不足と反省を含め、私から答えることが可能です。
Messengerでのやり取りを通じて、Aさんの意向を、「今必要なのは、被害者支援ではなく、加害者への再犯防止教育なので、よろしくお願いしたい」と解釈し、一年半強にわたり、ダルク女性ハウスの皆さんのご指導を仰ぎつつ、当事者研究コミュニティのなかで、女性への暴力について、その防止と、急性期対応、中長期的支援について共有する取り組みをしてきました。
その間、Aさんが不安な気持ちで待っておられたということに認識が至らなかったのは、ひとえに私の落ち度です。
次に、2についてですが、今回の文章を出すべきと判断した経緯は、ダルク、東京大学、べてぶくろ、べてるなど、それぞれの組織において、ハラスメントや暴力に荷担するような当事者研究の実践がなされてしまっていることへの対応が必要だと、それぞれの現場を担う方々が考えたというものになります。
文章の作成過程で、それぞれの組織が経験してきた具体的な事例の共有を行いましたが、東京大学以外の組織についてお話しすることは、個人情報に深くかかわる内容であることと、間接的な伝聞のため正確にお伝えする自信がないという二つの理由で、差し控えたいと思います。それぞれの組織に、取材依頼をなさってください。
東京大学に関することでは、これもまた、個人情報に触れない範囲での説明になってしまい、申し訳ないのですが、私が見落としてしまった反省点として、当事者研究実践のなかで、狭義のマイノリティ属性をもった当事者から、東大の学生や研究者に対して、ハラスメントが起きることがある、という事態を軽視しすぎていた、というものがあります。ある軸では権力をもつ側が、別の軸では権力のない側になるような状況で、加害と被害をどうやって素早く繊細に判断し、対応するのか――ダイバーシティが増していく大学環境で、マイノリティ属性をもつ上司がマジョリティの部下をもつことも普遍化してきますので、考えていかなくてはならない、私の文脈はそのようなものでした。
3について、「再犯防止」「謝罪と賠償」のうち、再犯防止について私が行わなければならないと考えているのは、今回の文章のような内容でしたが、おそらく、足りない部分もあると思います。また、以前からお世話になっている○○さんという方から、「この文章の作成過程においても、Aさんや、匿名Wさんなど、実際に声を挙げている被害者の意見を聞くべき」とのご指摘を受け、反省しました。事後的になってしまったのですが、すぐに、お二人に連絡を取り、Wさんとは深い対話を重ねております。
「謝罪と賠償」について、私ができることは、べてぶくろに対して、私の意見をお伝えしたり、相談先を紹介したりするにとどまります。ダルク女性ハウスの上岡さんも、粘り強く、べてぶくろへに当事者視点から一般論を説明しておられます。是非、べてぶくろに取材を依頼していただければと思います。
以上の返信では、お尋ねになりたい事柄に、十分答えきれていないところも、あると思います。その場合は、追加で忌憚なくお尋ねください。
こうした機会をいただけて、こころより、感謝しております。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
同日2020年6月12日に渋井氏から熊谷宛に送られてきたメール
熊谷さま
渋井です。
返信ありがとうございます。率直な意見、ありがとうございます。
当事者のAさんの動きを待ってから、熊谷さんに取材依頼をしようと思っていましたので、私自身も、2年前から知っていたにもかかわらず、今、動いていることになりますので、反省する点はあります。
想定問答もとてもありがたいです。
まず、その想定問答の中での回答について聞きたいと思います。
1)「Aさんの意向を、「今必要なのは、被害者支援ではなく、加害者への再犯防止教育なので、よろしくお願いしたい」と解釈し」と熊谷さんが誤認した理由についてですが、「Aさんの意向を、そう解釈した」ことは、当時、Aさんに伝えたのでしょうか?
2)「一年半強にわたり、ダルク女性ハウスの皆さんのご指導を仰ぎつつ、当事者研究コミュニティのなかで、女性への暴力について、その防止と、急性期対応、中長期的支援について共有する取り組みをしてきました。」とありますが、少なくとも、ダルク女性ハウス側から、Aさんに連絡をとったことはなかったように思います。具体的に、何をしたのでしょうか。また、本人が「再発防止」を望んだとしても、被害者としてのケア、または、加害者への何かしらの処罰・懲戒、あるいは、修復的なコミュニケーションを、誰かがとるべきだと思うのですが、このあたりは意識しなかったのでしょうか。
3)「その間、Aさんが不安な気持ちで待っておられたということに認識が至らなかったのは、ひとえに私の落ち度です。」とありましたが、単に「落ち度」とすると、何も考えていなかったようにも誤解される可能性があります。他の仕事やテーマ(例えば、相模原事件)などがあったために、ご自身の中での優先順位として、現実問題として、優先されない問題になっていたのかどうか、伺いたいです。
4)今回、被害女性Aさんは、熊谷さんだけでなく、関係する有識者にも連絡をしていますが、ほとんどが、返信がありませんでした。この現状をどのように感じていますか?
5)そもそも、「べてぶくろ」は「場」であって、「組織」ではない、という解釈もあります。この場合、ゆるやかな個人が集まるアメーバ的な集合体をイメージします。問題がない場合は、すごく居心地のよい空間になると思います。一方で、こうしたハラスメントが起きた場合、責任の所在が曖昧になります。その意味で、「べてぶくろ」がかかえる運営上の課題があると思いますが、このあたりはどうでしょうか?
ちなみに、べてぶくろ、MCメディアンには取材依頼をしていますが、今のところ、レスポンスはありません。世界の医療団にも取材依頼していますが、返信はありましたが、まだ、具体的な取材の話にはなっていません。
6)当事者研究ネットワークの声明ですが、あの文章を出す前に、被害者女性Aさんには声をかけていないと聞いています。Aさんの問題をきっかけに発せられた内容であるはずです。しかも、性被害が具体的にあったことに触れていません。どうしてあのような体裁になったのでしょうか。また、なぜ、このタイミングでの発表だったのでしょうか。やはり、noteでの告白がなければ、まだ傷ついていることを知らなかった、ということでしょうか。
7)被害女性Aさんが、べてぶくろ関係者に被害を訴えたときに、当事者研究をしようとなりました。そして、実際、行われました。もちろん、被害者の当事者研究も否定されるべきではないでしょう。しかし、今回は、問題を隠蔽する手段にもなりました。隠蔽する手段は、「被害届を出したら、ここがやっていけなくなる」という言葉にも現れています。べてぶくろを守ることと、被害を天秤にかけて、被害を軽んじたことが起きました。当事者研究の本来の目的から逸脱したことについて、どう思われているでしょうか。
8)匿名Wさんの話も、以前から聞いていました。性の問題ではないのですが、同じようなハラスメント構造ではないかと思っています。この件の見解についてお聞かせください。
9)東大についても言及なさっていますが、東大自身が、あるいは、東大以外の研究機関が抱えるハラスメント構造も含まれているのかと思っていますが、いかがでしょうか?
10)関係者の話を聞きましたが、以前にも、ハラスメントの問題が起きたことがあったというのですが、そのときは、関係者で問題を共有し、対話をし、説得するなど、対外的な問題に発展することはなかったようです。つまりは、隠蔽の体質がなかった時期があるようです。しかし、グループホームで自殺者が出たことがあったようですが、その前後から、隠蔽を行うことがみられるようなったとの話も聞きました。もちろん、担当者がそうしたのかもしれませんが、それを許す組織的な体質はどこから生まれたのかと考えています。単なる担当者個人の問題で終わらせないためには、「再犯防止」「謝罪と賠償」以外にも、構造的な解釈と、担当者の一定の懲戒や処罰が必要になるのではないかと思います。いかがお考えでしょうか。
Aさんに内容チェックをしてもらったうえで2020年6月27日に渋井氏に返信したメール
渋井様
以下、ご質問について回答をいたします。
1)「Aさんの意向を、「今必要なのは、被害者支援ではなく、加害者への再犯防止教育なので、よろしくお願いしたい」と解釈し」と熊谷さんが誤認した理由についてですが、「Aさんの意向を、そう解釈した」ことは、当時、Aさんに伝えたのでしょうか?
(ご回答)
Aさんと私との直接的なやり取りは、Messengerでのものだけです。あらためて、「Aさんの意向を、『今必要なのは、被害者支援ではなく、加害者への再犯防止教育なので、よろしくお願いしたい』と私が解釈したことを、Aさんに明確に伝えたか」という観点から読み直してみました。
当時のMessengerでのやりとりの内容を、Aさんのご許可を得た範囲でお伝えしますと、まず、Aさんから「べてぶくろ内で、当時のスタッフが加害の、性犯罪にあった」という情報提供を受けました。(その時点で私は、べてぶくろ外部にも加害者がいたという事実は把握できておらず、それを知ったのは今回のノートを通じてでした。)そして、私がAさんに返信した内容は、以下の通りです。
「ジェンダーや性暴力の問題は、べてるより、ダルク女性ハウスに蓄積があると思います。Aさんの意に反しないのであれば、少し機会を見て上岡さん(注:ダルク女性ハウス代表)に相談をしてみます。お役にたてるかは、分からないところもありますが、私がまずできそうなことは、そのようなものになります。」
それに対してAさんから、「ダルクや上岡さんに相談したら、どういったことをしてくれるのか?」という質問をいただきましたので、私は、以下の4点を挙げました。
①被害者支援
②加害者支援[5]
③修復的対話
④加害者を告訴することによる被害者の人権救済
その当時Aさんは、①は必要ないとおっしゃいました。そして②については、Aさん自身がすでに、「べてぶくろスタッフは加害者支援プログラムに通うべき」と、べてぶくろの代表者とスタッフに提言し続けたけれども、耳を貸そうとしなかったということを教えてくださいました。
またAさんは、「②を行うのは、被害者の私の責任ではない」ともおっしゃり、私は納得しました。しかし今から振り返ると、ここで私の中に生じた「Aさんに責任を負わせることなく②を進めなくてはならない」というバイアスが、その後の、「今回の声明文作成過程にAさんに加わっていただくのは筋違いだ」という発想や、「文書作成メンバーに、べてるやべてぶくろの関係者を加えなくては意味がない」という判断につながったように思います。
このやり取りの時点で、私は、Aさんの意向に関して、<べてるやべてぶくろのスタッフも参加する形で、潜在的な加害者を対象とした、性暴力の問題に関するプログラムを行うこと>と解釈し、準備を開始しました。Aさんからは、「自分も参加できるか」、と質問をいただきましたが、加害者の実質的な行動変容と、二次被害の防止を視野に入れ、「まずはクローズドの場で、加害経験のある人、または、そのリスクの高い人を対象にすることになるでしょう」と伝えました。
Aさんは、「なるほど、私としてはX(当時のべてぶくろスタッフで、Aさんがその加害性を問うている人物の名前)とY(当時のべてぶくろ代表者の名前)の参加を強く求めます、、」「教えていただきありがとうございます!」とおっしゃいました。ここでも、Aさんの「自分も参加できるか」という問いかけの意図を、十分に確認できなかったことが悔やまれます。
以上が、やり取りのおおよそすべてですが、今読み返してみると、当時、Aさんが、④や、②のプログラム作成過程への参加を求めていらっしゃったのかどうかを、きちんと確認すべきだったと反省しています。時機を逸してしまったことは承知のうえ、再度、MessengerでAさんにお詫びを述べ、今後の②のプログラム作成過程に参加いただきたい旨をお伝えしました。
2)「一年半強にわたり、ダルク女性ハウスの皆さんのご指導を仰ぎつつ、当事者研究コミュニティのなかで、女性への暴力について、その防止と、急性期対応、中長期的支援について共有する取り組みをしてきました。」とありますが、少なくとも、ダルク女性ハウス側から、Aさんに連絡をとったことはなかったように思います。具体的に、何をしたのでしょうか。また、本人が「再発防止」を望んだとしても、被害者としてのケア、または、加害者への何かしらの処罰・懲戒、あるいは、修復的なコミュニケーションを、誰かがとるべきだと思うのですが、このあたりは意識しなかったのでしょうか。
(ご回答)
まず、ダルク女性ハウスがAさんに連絡をとれなかったのは、1)のような私の解釈によって、Aさんの個人情報を上岡さんに伝えることをせず、個人情報を伏せた状態で、べてぶくろでの問題を伝聞で共有するにとどまってしまったことによります。必要ならAさんのほうから、私からの情報提供を踏まえてダルク女性ハウスにご連絡されるだろう、という予断があったのも事実です。その点、1)で述べたとおり、私自身の認識の甘さを反省しています。
この1年半にわたり、加害経験のある人、または、そのリスクのある人を対象とした教育的な取り組みとしては、主だったものとして下記のようなことを行ってきました。
- 2019/10/8: 主催: 東京大学先端科学技術研究センター熊谷研究室, 日本薬物政策アドボカシーネットワーク, ワークショップ「刑務所からの地域移行: 治療共同体と当事者研究」, 東京大学先端科学技術研究センター3号館中2階セミナー室, 東京都目黒区.
- 2019/10/7: 主催: 東京大学先端科学技術研究センター(主管: 熊谷研究室), 日本薬物政策アドボカシーネットワーク, 共催: NPO法人 out of frame, シンポジウム「構造的スティグマとしての隔離―障害・ジェンダー・依存症と刑務所」, 東京大学先端科学技術研究センター3号館南棟1階ENEOSホール, 東京都目黒区.
- 2019/4/14: 主催者: 文部科学省課題解決型高度医療人材養成プログラム東京大学事業推進委員会, 職域・地域架橋型―価値に基づく支援者育成C-2/演題①: 綾屋紗月「自他の身体に関する知識と社会変革: 当事者研究とソーシャル・マジョリティ-」, 演題②: 上岡陽江「トラウマとスティグマ: 依存症自助グループのあゆみと課題」, 演題③: 綾屋紗月・上岡陽江「当事者研究の歴史・理念・方法: ワークシートを使って」, ワークショップ: 綾屋紗月・上岡陽江・熊谷晋一郎「ワークシートを使った当事者研究の体験」, 演題④: 熊谷晋一郎「当事者研究と専門知: 精神保健サービスの共同創造の方法論を目指して」, 東京大学医学部附属病院入院棟A1階レセプションルーム, 東京都文京区.
- 2019/3/6: 主催者: 綾屋紗月, 上岡陽江, 佐賀ダルク, 当事者研究ワークショップ, さがセレニティクリニック, 佐賀県佐賀市.
- 2019/2/28: 主催者: 綾屋紗月, 上岡陽江, ダルク女性ハウス, 当事者研究ワークショップ, ダルク女性ハウス, 東京都北区.
- 2019/2/26: 主催者: 綾屋紗月, 上岡陽江, 山梨ダルク, 当事者研究ワークショップ, 甲府市南西公民館地域集会所, 山梨県甲府市.
加えて、それらの内容を当事者研究の実践家に広く周知するために、「当事者研究と専門知」(編著、金剛出版、2018年)、「当事者研究をはじめよう」(編著、金剛出版、2019年)の2冊を刊行しました。特に、実践マニュアルとしての性質を持った後者は、執筆者の過半数が女性であり、性被害の当事者経験がある支援者や、現場経験が豊富なソーシャル・ワーカーやカウンセラーが複数名寄稿してくださっています。
次に、「本人が再発防止を望んだとしても、被害者としてのケア、または状況によっては、加害者への何かしらの処罰・懲戒、あるいは、修復的なコミュニケーションを、誰かがとるべきだと思う」という点、一般論としては、まさしくその通りです。外部の市民からAさんが被害にあった時点で、べてぶくろのスタッフがその報告を過小評価することなく、被害者側に寄り添って、本人の意思決定支援をしつつ、可能な限り迅速に司法手続きをすすめるべきだったと私も思いますし、今から思えば、私も踏み込んで確認すべきでした。
被害者としてのケアについても、私とAさんは、治療契約や支援契約を取り結んでいないという間柄でもあり、それ以上に踏み込んで確認することはしませんでした。
今回の告発を受けてYさんに、なぜこれほどまでに対応が遅れたのかを聞いたところ、べてぶくろも参加している「ハウジングファースト東京プロジェクト(以下、東京プロジェクト)」の定例ミーティングで、今回の事件に関する報告をしてきたが、東京プロジェクトの参加団体の中には、迅速な対応に慎重な立場をとっている団体もあり、その調整が一番大変であったとのことです。事実は分かりません。
べてぶくろ以外の東京プロジェクト参加団体は、世界の医療団(理事長:オスタン・ガエル)、TENOHASI(代表:森川すいめい)、訪問看護ステーションKAZOC(代表:渡邊乾)、認定NPO法人 ハビタット・フォー・ヒューマニティ・ジャパン(理事長:セシリア・ビルギッタ・メリン)、つくろい東京ファンド(代表:稲葉剛)、ゆうりんクリニック(院長:西岡誠)です。とくに、同プロジェクト全体を率いている森川すいめい医師は、Aさんの告発に関するミーティングが設けられた際に、「私は発言しません」とおっしゃったそうです[6]。なぜかは分かりません。
(事実関係が分からないため省略)
しびれを切らした当時のスタッフは、「東京プロジェクトの指示に従うのではなく、業務量を減らすべき」という申し立てを何度かYさんに行ったものの、「最終的にYさんは、スタッフ側ではなく、東京プロジェクト側についた」ので、失望してべてぶくろをお辞めになられたそうです。その後にべてぶくろにやってきたのがXさんでした。ですから、事件当時、東京プロジェクトとべてぶくろ(またはYさん)の関係が当時と変わらず継続していたのか、Xさんが以前のスタッフと同様に過度な負担を課せられていたのかについては、本当の意味での再犯防止を考える上では非常に重要なポイントであろうと思います。
「医師や研究者が、自らの権力を十分に自覚しないまま、先進的な現場に、先進的といわれる取り組み(例えばハウジングファースト、オープンダイアローグ等)の実装や研究協力を依頼する」ということは、あらゆる場所で起きており、医師や専門家に忖度して、自ら進んで過労に陥る現場スタッフの声を頻繁に聞いています。今回のべてぶくろと東京プロジェクトの問題は、そういった観点からも十分に検証する必要があります。
一般論としては、性被害の早期解決・精神的回復のためには、すぐに警察に相談することが重要です。もちろん、性犯罪の被害者は、羞恥心や恐怖心から被害の届出をためらう場合が多いため、警察への届出の重要性や、警察でどのような対応がされるかについての見通しをあらかじめ丁寧に説明し、支援者が警察まで付き添うなど、被害者の不安の軽減に努めることが重要です。べてぶくろに直接的・間接的なプレッシャーを与えてきた可能性のある東京プロジェクトの実質的な指導者として、精神医学的知識を持った専門家として、べてぶくろに意見を述べることのできる立場にある方として、森川医師がこの件に関してアクションを起こさない背景に、どのような事情があるのか、私にはわかりません。私から、森川氏にその背景をお尋ねしたいと思いメールをさせて頂きましたが、お返事をもらっていない状況です。
ここからは私見、そして一般論です。
本来のまっとうな司法プロセスは、関係者の「世界は理不尽ではなかった」という信頼、専門用語では、sense of justiceを修復するという側面を持ちます。そして近年の研究では、PTSDを含む様々な障害や病気を持つ人々が暴力の加害や被害を経験した場合、そこからリカバリーする上でsense of justiceを取り戻すことが極めて重要であるということが分かっています。したがって、司法プロセスとリカバリーの関係について熟知し、性被害の実態と支援に明るい司法関係者がいれば、性被害者の被害と加害の両方を明らかにすることが、むしろ性被害者のリカバリーにつながることになる、というのが私の理解です。
3)「その間、Aさんが不安な気持ちで待っておられたということに認識が至らなかったのは、ひとえに私の落ち度です。」とありましたが、単に「落ち度」とすると、何も考えていなかったようにも誤解される可能性があります。他の仕事やテーマ(例えば、相模原事件)などがあったために、ご自身の中での優先順位として、現実問題として、優先されない問題になっていたのかどうか、伺いたいです。
(ご回答)
小児科医として治療契約を結んでいる患者さんへの対応、大学教員としての教育・研究活動、大学内の障害を持つ学生や教職員への支援部署の責任者としての職務など、たしかに、限りある時間とエネルギーのなかで、優先せざるを得なかった別の仕事があったために、十分な対応ができなかったという面はあります。
しかしそれ以上に、1)や2)で述べたように、性被害の問題について、私自身もまた、十分な理解がなかったという面がありました。たとえ自分には対応できる時間やエネルギーがなかったとしても、当時の私に十分な理解があれば、別様の対応ができたように思います。
4)今回、被害女性Aさんは、熊谷さんだけでなく、関係する有識者にも連絡をしていますが、ほとんどが、返信がありませんでした。この現状をどのように感じていますか?
(ご回答)
どなたに連絡をされたか知らない現状では、お答えしにくいご質問となります。
5)そもそも、「べてぶくろ」は「場」であって、「組織」ではない、という解釈もあります。この場合、ゆるやかな個人が集まるアメーバ的な集合体をイメージします。問題がない場合は、すごく居心地のよい空間になると思います。一方で、こうしたハラスメントが起きた場合、責任の所在が曖昧になります。その意味で、「べてぶくろ」がかかえる運営上の課題があると思いますが、このあたりはどうでしょうか?
ちなみに、べてぶくろ、MCメディアンには取材依頼をしていますが、今のところ、レスポンスはありません。世界の医療団にも取材依頼していますが、返信はありましたが、まだ、具体的な取材の話にはなっていません。
(ご回答)
文章などで明示化された明確なルールを持たない場は、特定の人物が暗黙のルールそのものになってしまう、言い換えるとカリスマ化してしまうと、私は考えています。カリスマ化は、グループ内部の暴力の問題に対して極めて脆弱な場をもたらすと考えます。
アメリカにおける依存症自助グループの失敗や工夫の歴史を丹念に描いた「米国アディクション列伝」という本にもありますが、数多くの当事者グループが継続しない中で、問題は抱えながらでも依存症自助グループのAAなどがこれほどまで長く続いているのは、早い時期に、12ステップというプログラムと、12の伝統というグループ運営指針を文章化し、その指針に照らして、自分たちの失敗の歴史を包み隠さず継承してきたからだと思います。
6)当事者研究ネットワークの声明ですが、あの文章を出す前に、被害者女性Aさんには声をかけていないと聞いています。Aさんの問題をきっかけに発せられた内容であるはずです。しかも、性被害が具体的にあったことに触れていません。どうしてあのような体裁になったのでしょうか。また、なぜ、このタイミングでの発表だったのでしょうか。やはり、noteでの告白がなければ、まだ傷ついていることを知らなかった、ということでしょうか。
(ご回答)
タイミングについては、noteでの告白によって、事態の詳細と現在のAさんの状況を知ったということが、大きく影響しています。しかし、前便でも述べましたように、今回の文章を出す前から、ダルク、東京大学、べてぶくろ、べてるなど、それぞれの組織において、ハラスメントや暴力に荷担するような当事者研究の実践がなされてしまっていることへの対応が必要だと、数年間にわたり考えてきました。
発表直後に、ある方から、「この文章作成過程においても、声をあげている被害者の意見を取り入れるべきではなかったのか」という指摘を受け、猛省しました。すぐに、私からAさんに、Wさんに面識のある方(氏名は伏せさせていただきます)からWさんに連絡を取り、お詫びと文章へのご意見をお尋ねしました。Aさんからは本日時点でお返事をいただいていませんが、Wさんからは、文章への修正意見はないものの、他に多くのコメントをいただきました。Aさんの意向があれば、文章の背景として、今回の事件についてのなるべく偏りのない言及を含めるべきと個人的には考えております。
7)被害女性Aさんが、べてぶくろ関係者に被害を訴えたときに、当事者研究をしようとなりました。そして、実際、行われました。もちろん、被害者の当事者研究も否定されるべきではないでしょう。しかし、今回は、問題を隠蔽する手段にもなりました。隠蔽する手段は、「被害届を出したら、ここがやっていけなくなる」という言葉にも現れています。べてぶくろを守ることと、被害を天秤にかけて、被害を軽んじたことが起きました。当事者研究の本来の目的から逸脱したことについて、どう思われているでしょうか。
(ご回答)
まさしく、被害を過小評価し積極的に対応しようとはしなかったという点が、今回の最大の問題だと思います。一方で、Xさんの聞き取りによると、「被害届を出したら、ここがやっていけなくなる」というような表現や言葉は使っていないと言っています。またXさんはこの件で、Aさんと当事者研究をした記憶はないと言っていました。事実は私にはわかりません。
(Aさんの個人情報に関わるため中略)
この事件のことは、豊島区で活動している他のプロジェクト団体に対しても、当時から伝えていたので、Yさんによれば、隠蔽の事実として思い当たるものはないそうです。
8)匿名Wさんの話も、以前から聞いていました。性の問題ではないのですが、同じようなハラスメント構造ではないかと思っています。この件の見解についてお聞かせください。
(ご回答)
私はこの件について、Wさんと直接やり取りをしていません。本人不在でことを進めてしまったということが、今回の反省点の一つでもあり、この件については、現時点では言及を控えたいと思います。
9)東大についても言及なさっていますが、東大自身が、あるいは、東大以外の研究機関が抱えるハラスメント構造も含まれているのかと思っていますが、いかがでしょうか?
(ご回答)
この質問でお尋ねになりたい点が、よく理解できませんでした。前便で私が申し上げた、東京大学での当事者研究実践に関する下記のような問題意識以外に、どのような内容をお尋ねになりたいのでしょうか。
『東京大学に関することでは、これもまた、個人情報に触れない範囲での説明になってしまい、申し訳ないのですが、私が見落としてしまった反省点として、当事者研究実践のなかで、狭義のマイノリティ属性をもった当事者から、東大の学生や研究者に対して、ハラスメントが起きることがある、という事態を軽視しすぎていた、というものがあります。ある軸では権力をもつ側が、別の軸では権力のない側になるような状況で、加害と被害をどうやって素早く繊細に判断し、対応するのか――ダイバーシティが増していく大学環境で、マイノリティ属性をもつ上司がマジョリティの部下をもつことも普遍化してきますので、考えていかなくてはならない、私の文脈はそのようなものでした。』
10)関係者の話を聞きましたが、以前にも、ハラスメントの問題が起きたことがあったというのですが、そのときは、関係者で問題を共有し、対話をし、説得するなど、対外的な問題に発展することはなかったようです。つまりは、隠蔽の体質がなかった時期があるようです。しかし、グループホームで自殺者が出たことがあったようですが、その前後から、隠蔽を行うことがみられるようなったとの話も聞きました。もちろん、担当者がそうしたのかもしれませんが、それを許す組織的な体質はどこから生まれたのかと考えています。単なる担当者個人の問題で終わらせないためには、「再犯防止」「謝罪と賠償」以外にも、構造的な解釈と、担当者の一定の懲戒や処罰が必要になるのではないかと思います。いかがお考えでしょうか。
(ご回答)
この質問文の中に記載された、べてぶくろの変遷の経緯は、私の知らないものでしたので、現時点で私がこの質問に答えられるほどの情報を持っていません。あらためてその観点から、Yさんはじめ、当時のことを知る人たちに聞いてみたいと思います。
回答は以上になります。引き続きよろしくお願いいたします。
[1] 池袋でホームレス状態にありながら、家族の問題、病気や障害、貧困などの重複した生きづらさをもっている人たちへの支援を目的に、2010年に「ハウジングファースト東京プロジェクト」が発足した。「べてぶくろ」は、このプロジェクトを通じて路上から「住まい」につながった人たちの日中の活動場所としてはじまった。北海道の浦河町にある、精神障害等を抱えた当事者の活動拠点「べてるの家」が大事にしてきたものを受け継ぎつつも、「社会福祉法人浦河べてるの家」の事業ではなく独立した任意団体である。東京・池袋を拠点として、食事会や当事者研究などのミーティング、販売活動などをはじめ、独自の活動を行うとともに、現在では、元ホームレスの人だけでなく、当事者研究などに関心がある人が集い、べてぶくろならではの活動がはじまっている。(以上、べてぶくろのHPの内容を熊谷が要約)
[2] 全国の当事者研究会に関する情報をアーカイブ化したホームページで、2012年に熊谷研究室の研究費を使って立ち上げた。管理運営の事務局は浦河べてるの家に置かれている。
[3] 多様な仲間が安全に当事者研究できる場作りについての勉強会(https://toukennet.jp/?p=14014)
[4] 熊谷研究室では、「当事者研究はエンパワメント・アプローチである」という向谷地の定義に基づき、2019年以降、権力勾配の是正を志向する当事者研究の方法を探求する実証研究を始めている。具体的には、「リーダーの謙虚さ」(リーダーやファシリテーターなど、場の状況定義や決定において権限を持つメンバーが、「1.他のメンバーの視点を取り入れて、弱みを含む正確な自己理解に努めているか」、「2.自分にはない他者の強みを脅かさずに求められるか」、「3.他人から学ぼうという姿勢をもっているか」、の3点ついて他のメンバーからどう評価されているかを数値化したもの)、メンバーにとっての「心理的安全性」(弱さや傷つきを安全に開示できる場になっているかを数値化したもの)などを測定しながら、私たちが開発した当事者研究プログラムの効果を検証している(東京大学倫理審査専門委員会:No. 19-373)。そして、企業や行政機関、大学など、権力勾配の是正と民主的な組織変革が課題となっている組織に、このプログラムを紹介しようと計画している。そのような面からも、今回のべてぶくろにおける当事者研究の誤用という事態は、個人的に極めて遺憾だ。当事者研究の実践家に対しても、このプログラムの受講を勧めていきたい。
[5] 今回、この返信を書くにあたり色々と調べているうちに、「加害者支援」という言葉遣いは適切ではなく、「加害者指導」「加害者教育」という表現を使うべきだということを学びました。
[6] (個人情報に関わるため省略)
[7] この部分の事実関係についても、7月7日にハウジングファースト東京プロジェクト関係者にヒアリングを行う予定です。