第一話:世界最強の暗殺者、暗殺貴族を追放される。
暗殺貴族レグルス家の長男――ルイン=レグルス。
幼少期から世界最高の英才教育を叩き込まれた彼は、レグルス家の秘術・優れた魔法技能・超人的な身体能力・幅広い知識を獲得し、八歳にして魔眼を発現、十歳にして『世界最強の暗殺者』となった。
ルインの仕事は、弱者を食い物にする『極悪人』の暗殺。
この世には悪事の限りを尽くしながら、のうのうと生を
政治家に多額の献金を行っていたり、法の抜け穴を巧妙に突いていたり、司法の重鎮に手を回していたり――あの手この手で保身を
そんな『法では裁けない悪を抹殺すること』、それが彼の仕事に対する信念であり、その手に残された唯一の正義だった。
しかしあるとき、ルインの信念と正義を揺るがす事件が起きた。
彼が十二歳のとき、レグルス家の当主である父ロスト=レグルスから、とある
なんでもそこでは、夜な夜な非人道的な実験が行われているらしく……。研究員・被験者・実験機器・参考資料・採取データなどなど、当該研究所に関する全てのものを『完全に抹消』せよ、とのことだ。
(……随分と規模の大きな仕事だな)
ルインはそんなことを考えながら、着々と準備を進めていき――その日の晩、早速仕事に取り掛かった。
(さて、やるか)
研究所の厳重な警備網を容易く突破し、まるで迷路のような通路を軽々と攻略し、難解な
たとえどれだけ堅牢な警備を敷こうが、世界最強の暗殺者の前には意味を為さない。
(――ここが問題の実験室だな)
いつでも魔法を発動できるよう準備し、眼前にそびえ立つ鉄製の扉をゆっくりと開く。
するとそこには――この世の地獄が広がっていた。
「これ、は……っ」
広大な実験室の散乱しているのは、かつて
むせ返るような血と薬品のにおいが充満する中――白衣の研究員たちは、部屋の中央に設置された大きな祭壇を取り囲み、何やら興奮気味にデータを記録していた。
「す、素晴らしい……ッ!」
「まさかこれほど高純度の『魔眼』を発現するとは……!」
「く、くふふ、くふふふふ……っ! 今日はなんという日だ! 魔法の歴史に新たな一ページが刻まれたぞ!」
どす黒い欲望と醜い好奇心の入り混じった地獄に、歓喜の声が響き渡る。
この研究所は、人の形をした悪魔の
「……お前たちは人間じゃない」
ルインはポツリとそう呟き、レベル3の操作系魔法――<
すると次の瞬間、
「は、ぱがッ!?」
「どぶりゃ!?」
「ふ、ふぐぉ!?」
研究員の約半数が、体の内側から
「な、なんだ……? いったい何が起きた……!?」
「ここの厳重な警備を突破するなんて、いったい何者だ!?」
「と、とにかく、逃げろぉおおおお……!」
研究所の悪魔たちは、ルインの姿を確認するや否や、泡を吹いて逃げ出した。
実験室が大パニックに陥る中、
「……」
ルインは何も語らず、ただ
五秒後――最後に残ったのは、この実験チームの
「た、頼む……命だけは助けてくれ! 金ならいくらでもやる! 欲しいものだって、なんでも用意してやる! だから、どうか私の命だけは……!」
男は腰を抜かしながら、必死に命乞いをしたが……。
「……醜い」
ルインは一言だけそう呟き、ゆっくりと右手を前に伸ばす。
「ま、ままま、待て! 本当にいいのか!? 我々のバックには、あの『暗殺貴族』がついているんだぞ!?」
男は生き延びるため、咄嗟に思い付いたハッタリを口にした。
「暗殺貴族、だと?」
「き、貴様も闇の世界に身を置く者ならば、知っているだろう? 口に出すことさえ
「――
ルインは
「そん、な……ぱがら!?」
男の体は、物言わぬ
そうして悪魔たちを皆殺しにしたルインは、実験機器を粉微塵に破壊し、参考資料と採取データを焼却する。
その後、
「……生まれ変わったら、今度こそ幸せになってくれ」
彼は強くそう祈りながら、子どもたちの
そんな折――祭壇に寝かされていた少女が、ゆっくりと起き上がる。
(彼女は……実験の生き残り、か)
ボロボロの拘束衣を着せられた、十代前半の女の子。
元から目がよくないのか、実験が原因でこうなってしまったのか、はたまた心因性による一時的なものなのか。
とにかく、あまりはっきりと目が見えていないようだった。
「あなたは、誰……?」
少女は今にも消え入りそうな声を発し、虚ろな瞳をルインへ向けた。
「……君を殺しにきた『悪者』だ」
「……そう、
彼女は何故か安堵したように微笑み、一筋の涙を流す。
「……『よかった』?」
その言葉の意味が、ルインにはわからなかった。
「私の大切な『家族』……みんな、みんな死んじゃった……。でも、私だけが『適合』できたの。きっと私みたいなのがいたから、あの人たちは実験を始めて……。だから、私が、私なんかがいなければ……ッ。……もう嫌だ……。もう、終わりたい……っ」
少女は感情を爆発させ、その場に塞ぎ込む。
彼女の悲痛な叫びが、広大な室内に虚しく
この実験に使用されたのは全て、彼女と同じ孤児院の子どもたちだ。
少女たちは同じ庭で遊び、同じ釜の飯を食べ、同じ部屋で眠り、嬉しいことも、悲しいことも、楽しいことも、悔しいことも、みんなで一緒に分け合ってきた。
血の繋がりこそないが、そこには『家族』という形があった。
血よりも強い結び付きが、友情よりも深い絆が、確かに存在した。
しかし、その孤児院は――悪質な人身売買組織だった。
身寄りのない子どもを拾い集め、ほどよく育ったところで研究所へ売り渡し、多額の報酬を得る。
『孤児はいい商品なんです。なにせ足がつきませんから』
孤児院を経営するシスターは、優しく微笑みながら、裏でよくそんなことを口にしていた。
ほどなくして研究所に売り払われた少女たちは、危険な人体実験の被験者となった。
激しい拒絶反応により、一人また一人と死んでいく。
そんな中、少女だけが生き残った。
少女には、魔法の才能があった。
少女には、莫大な魔力があった。
少女には、魔眼の適性があった。
それゆえ生き残った。
みんなが苦しみもがいて死んでいく中――ただ一人、
自分だけが生きていることに対し、強烈な罪悪感を抱いた。
そんな彼女の「終わりたい」という願いを受けたルインは、
「……あぁ、わかった」
右手をスッと前へ伸ばし、魔法の発動準備に入った。
座標を指定し、魔法式を構築し、そこへ魔力を充填していく。
しかし、その速度は――かつてないほど遅かった。
ルインの魔法演算速度は、『世界最速』と言っても過言ではない。
並の魔法士が『一』の魔法を完成させるまでの間に、ルインは『百』の魔法を叩き込む。
そんな彼が、一秒以上経過してなお、魔法を展開できずにいた。
(この殺しは……『重い』、な)
ルインが受けた命令は、この研究所の完全な抹消。
当然、実験の被験者を――それも唯一の成功例である少女を見逃すわけにはいかない。
しかし、彼女にはなんの罪もなかった。
ルインがこれまで
目の前にいるのは、ただただ不運と不幸が重なっただけの女の子。
そんな少女を殺すことは、ルインの信念と正義――『法では裁けない悪を抹殺すること』に反する行為だ。
(いつかこういうときが来るのは、覚悟していたつもりなんだが……。我ながら、細い神経をしているな……)
彼はそう自嘲しながら、小さく
その一方で、
「ごめん……なさぃ。みんな、本当に……ごめんなさぃ……っ」
少女はポロポロと涙を流しながら、ただただ
(……やるしかない、か)
暗殺貴族レグルス家の『闇』は深い。
数百年と積み重ねてきた殺しの歴史、その中で培われてきた『巨万の富』と『黒い
たかだか十二歳の
そんなことは、小さな子どもにだってわかる話だ。
(……そうだ。今は
ルインはいつかこの呪われた家系を――レグルス家を潰すつもりでいた。
しかし、それは決して今じゃない。
十年先になるか、二十年先になるか。
とにかくもっと力を付け、確かな人脈を築き、強い組織を作り上げ、万全の体制を整えてから実行に移すつもりだった。
(だから、
そんな自己弁護をしている間に、魔法の演算が完了した。
後は意識のトリガーを引くだけで、少女は痛みを感じることなく、安らかにこの世から消え去る。
「……すまないな。生まれ変わったら、今度こそ幸せになってくれ」
ルインは命令を忠実に実行すべく、魔法を起動し――すぐさまそれを
(…………無理だ)
殺せなかった。
非情になり切れなかった。
機械のようにはなれなかった。
たとえどれだけ『計画』を延期することになっても、この一線だけは越えてはいけないと思った。
「……これから君には、幸せになってもらう。実験で亡くなった子どもたちの分まで、目一杯幸せに生きてもらう」
自らの信念と正義を取ったルインは、ターゲットである少女を保護し――信頼の置ける闇商人のもとを訪れた。
「――いらっしゃいやせぇ。っとぉ、久しぶりじゃないですかい、ルインの旦那! 今回の御用向きは、そちらの訳ありっぽいお嬢さんですかな?」
「あぁ、この子の里親を探してほしい。条件は……そうだな。優しくて明るくて楽しくて、とにかくうんと幸せにしてくれるような家を頼む。ただし、レグルスの者には勘付かれないようにしてくれ」
「な、なるほど……。いつものことながら、無茶苦茶なことを言ってくれますねぇ。いくらあっしでも、あのレグルス家の目を欺くのはさすがに無――」
「――報酬に上限はない。好きな金額を書いてくれ」
ダグラスの言葉を遮り、ルインは懐から白い小切手を取り出した。
世界最強の暗殺者、その個人資産たるや並一通りのものではない。
「く、くくく……っ。いやぁまいったまいった! やっぱり旦那にゃ敵いませんねぇ。商人を
ダグラスは満面の笑みを浮かべ、いくつものゼロを小切手に書き殴っていく。
「お前が現金な奴で助かったよ」
こうしてルインは『十億エール』という目玉の飛び出るような大金を支払い、名も知らぬ少女の安全を買った。
その後――ルインは去り際に、銀色の指輪を少女へ手渡す。
「これ、は……?」
「ちょっとした『お守り』のようなものだ。今後もし苦しくて、つらくて、悲しくて――自分の力ではどうしようもない難局に立たされたときは、そこへ魔力を込めるといい」
彼はそう言い残し、少女との関係を完全に
里親は誰になったのか、今はどこに住んでいるのか、元気でやっているのかなど、彼女に関する一切の情報を遮断することに決めた。
自分との関わりがあっては――『レグルス』の近くにいては、不幸になってしまう。
そう判断してのことだ。
「さて……とりあえず、帰るとするか」
ルインはいつもより重い足取りで、レグルス家の邸宅へ向かった。
「「「――お帰りなさいませ、お坊ちゃま」」」
正門で出迎えてくれたメイドたちへ「ただいま」と挨拶を返し、管理の行き届いた庭園を抜け、重々しい玄関の扉を開く。
いくつもの調度品が飾られたエントランスを抜け、赤い絨毯の敷かれた大広間に入るとそこには――父ロスト=レグルスの姿があった。
「ルイン、ターゲットを見逃したな?」
「……さすがは父上。耳がお早いですね」
「何故殺さなかった? あの小娘にそれほどの価値を見出したのか? それはレグルスの使命より、優先すべきものなのか?」
人生初の任務失敗――より正確に言うならば、命令違反。
ロストの言葉は、いつにも増して鋭く重い。
「申し訳ございません」
ルインは多くを語らず、ただ頭を下げた。
黙秘を主張するその行動に対し、ロストの眉尻が吊り上がる。
「貴様……育ての恩を忘れたのか?」
彼が左手の
レベル4の具現化系魔法<
使用する時と場所を考えれば、一個師団を殲滅させられるほどの大魔法だ。
突如放たれた致死性の攻撃に対し、ルインは右目の魔眼を解き放つ。
刹那、赤黒い閃光が空を駆け――ロストの繰り出した<
「「……」」
無言で交わされた、激しい魔法の応酬。
緊迫した空気が流れる中、再び会話は紡がれる。
「確かに俺は、ターゲットを逃がしました。しかし、あの少女にはなんの罪も――」
「――くだらぬ言い訳を聞かせるな。暗殺者が『情』を持つなど、言語道断。貴様のような『失敗作』、我がレグルス家には不要だ。今すぐ出て行くがいい!」
ロストはそう言い放ち、クルリと背を向けた。
もはや取り付く島もない状態だ。
「……承知しました」
こうしてルインは暗殺貴族レグルス家を追放され、天涯孤独の身となった。
それから三年の月日が流れ――世界最強の暗殺者ルイン=レグルスは、ルイン=
※とても大事なおはなし
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