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特集

2020年7月3日(金)掲載

シンガポール コロナ禍で苦悩する外国人労働者

新型コロナウイルスの感染の封じ込めに成功したと見られていたシンガポール。しかし、 4月以降、感染者数が急増し、6月に入っても、連日のように、数百人単位で感染が確認されている。その感染者の9割は、建設業などに従事するインドやバングラデシュなどアジアの貧しい国からの出稼ぎ労働者が占めている。彼らは、狭い空間での集団生活を余儀なくされ、感染が広がりやすい劣悪な環境に置かれているという。これまでシンガポールの発展を支えてきた外国人労働者が強いられている厳しい生活の実態を取材した。

突然の解雇で母国に仕送りできず…

マスド・ラナさん

2018年11月、妻と子を養うためシンガポールに出稼ぎに来たバングラデシュ人のマスド・ラナさん(29歳)。ビルの外装工事を手がける会社で4か月間、住み込みで働いてきたが、ことし2月末、突然解雇され、宿舎からも立ち退きを求められた。しかも、会社からは、これまで働いた期間の給料がいまだ支払われていないという。マスドさんは「子どもが生まれたばかりで出費が多いのに払えず辛い」と嘆いた。
失業した外国人労働者は、2週間以内に再就職できなければ滞在資格を失い、帰国しなければならない。マスドさんは政府に給料の未払いを訴えたところ、滞在期間を7月14日まで、延長することが特別に認められた。しかし、その間に再就職できないとバングラデシュに帰国せざるを得ないという。

マスド・ラナさん

シンガポールに残るため、仕事を探すマスドさん。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大で景気が悪化し、求人はほとんどない状況だ。「会社にきてまだ数か月なのに最悪の事態だ。家族がいるのにどう養えばよいのか。すべての知り合いに問い合わせているが、仕事が見つからない」(マスド・ラナさん)


外国労働者の厳しい現実

外国人労働者たち

マスドさんのような外国人労働者に対し、政府が実効性のある救済策を打ち出せずにいる中、彼らの支えとなっているのが地元のNGO「TWC2」だ。このNGOは、外国人労働者が多く住む地区で1日2回、無料で食事を提供している。毎回、約250人が集まり列を作るという。

NGO「TWC2」アレックス・アオ副代表

NGOの副代表を務めるアレックス・アオさん。外国人労働者の相談を受けるなど、10年余りにわたって労働環境改善のための支援を続けている。雇用や労災などの問題を抱えてNGOに支援を求めてくる外国人労働者は年間約2000人。アオさんは、シンガポールの発展を支えてきたこうした労働者たちを、国をあげて守るべきだと主張する。「外国人労働者は母国を離れ、大変な仕事を引き受けてくれている。その多くが、国民がやりたがらない仕事なのだ」(NGO「TWC2」アレックス・アオ副代表)
感染拡大の影響もあり、いま、相談の9割はマスドさんのような賃金の未払いについてだ。アオさんは、時には未払い企業の代表を呼んで賃金を支払わせているという。さらにNGOは、5月から1人あたり約2万円の現金の支給を始めた。財源は主に国内の財団からの寄付だが、いつまで続けられるか見通せないという。アオさんは、今後、外国人労働者を取り巻く状況はいっそう厳しくなると懸念している。「雇用の悪化は、これから半年から1年後に、より目立ってくるだろう」(NGO「TWC2」アレックス・アオ副代表)


国民の反応は

シンガポール(2020年6月29日)

外国人労働者たちは、いま、短期間で職を探すか、帰国するかという二択を迫られている。一方で、シンガボールの人たちは、「労働人口の不足を補う、安い労働力」という従来の考え方を変えられずにいる。
給料未払いの問題について、政府は対策に乏しく、企業側も外国人労働者が求める金額の半分程度での和解を求めるケースが多い。しかし、今回、外国人労働者を中心に新型コロナウイルスの感染が広がったことで、国民はみずからを感染から守るためにも、外国人労働者への対応についていやおうなしに考えを変えざるを得なくなっている。


総選挙の焦点 “外国人労働者問題”

シンガポールでは、5年ぶりとなる総選挙が7月10日に行われるが、ここで、外国人労働者の問題が焦点のひとつとなっている。政府・与党は、2、3年以内には、10万人が入れる新たな宿舎を建設するほか、1部屋に入居する人数を制限し 2段ベッドも廃止するとしている。一方、野党は、外国人労働者にもっと敬意を持って対応し、宿舎だけでなく労働環境も改善すべきだと主張している。また、今後も外国人労働者に頼るのであれば新型コロナウイルス対策でもすばやい検査や感染者の隔離といった態勢の強化を進めるべきだと訴えている。
外国人労働者との共存をいかに図っていくのか。シンガポールの未来にとって、外国人労働者の問題は、避けては通れないテーマだ。

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