NHKが受信料裁判で敗れた。6月26日、東京都内の女性がNHKが映らないテレビを自宅に設置したことを巡り、受信契約を結ばなければならないのかを争った裁判で、東京地裁は女性の主張を認めた。NHKが受信料の裁判で敗訴したのは初のことだという。

 気になるのは、NHKが映らないテレビである。「イラネッチケー」というフィルターを取り付けたもので、筑波大学システム情報工学研究科の掛谷英紀准教授の研究室で開発したという。掛谷氏に話を聞いた。

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――まずは、勝訴おめでとうございます。

掛谷:ありがとうございます。といっても、まだ1審です。当然、NHKは控訴するでしょう。最高裁で勝ち、判決が確定しなければ意味がありません。それに、私はあくまで技術的協力をしただけですから。

――NHKだけを映らないようにする技術とはどういうものなのか。

掛谷:テレビとアンテナを繋ぐ同軸ケーブルに、NHKの信号のみを減衰するフィルターを割り込ませるんです。フィルターは技術的には簡単なもので、電子工学を専攻する大学2年生程度の知識があれば理解できますよ。私の研究室配属の学生が卒業研究として開発しました。

――なぜ、そんな研究をしたのだろう。

掛谷:きっかけはNHKの国会中継でした。もう7〜8年前になりますが、辻元清美議員(当時・民主党)と中山成彬議員(当時・日本維新の会)が、従軍慰安婦について質問をしました。いずれも誰かがYouTubeにアップロードしたんですが、なぜかNHKは中山議員の質問だけを削除要請したんです。

――13年3月8日の衆議院予算委員会でのことだ。慰安婦問題に対して、先に質問に立ったのは辻元代議士で、「(慰安婦関連の資料に)ただ単に強制するという文字がなかったというだけで、果たして(強制はなかったという)その論理は成り立つのか」という旧日本軍の強制ありきの主張だった。一方の中山代議士は、「(当時の朝鮮は)警察、ナンバーツーの警部と高等刑事も朝鮮人が務めていた。これらの体制で、官憲の強制連行というのは考えられないんじゃないですかね」と、強制はなかったとする反対の主張だった。そこでNHKは、従軍慰安婦に強制はなかったとする主張のみを削除要請したのだ。

掛谷:私は慰安婦の問題について、どうこう言うつもりはありません。ただ、正反対の意見を国会で議員が述べているにもかかわらず、一方だけ削除要請するのはいかがなものでしょう。放送法には「政治的に公平であること」とあるのですから、両論併記が当然です。片方だけ削除させるのであれば、公共放送とは言えません。

――おっしゃる通りだ。

裁判で実験までするNHK

掛谷:NHKの放送には、ヤラセや意図的編集など、公共放送として問題のある事案が数多く発生しています。こうしたことが続くのは、NHKに公共性を担保するシステムがないからです。NHKに対して、国民が自らの声を反映させる何らかの手段を確立することが必要です。受信料不払い運動もその一環だったでしょうが、これは放送法に違反する行為に当たります。ならば、合法的にNHKとの契約を拒否する手段を提供しようと思ったのです。

――放送法第64条は、受信料契約と受信料についてこう規定している。

《第64条 協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない》

掛谷:さらに、旧郵政省(現総務省)は「復元可能な程度にNHKの放送を受信できないよう改造された受信機については、受信契約の対象とする」との見解も示しています。つまり、復元できないまでNHKが映らない改造をしなければなりません。

――「イラネッチケー」はネット(現在5800円)でも販売されているが、取り外しができるようにしては、ダメということだろうか。

掛谷:そういうことになります。そのため、「NHKから国民を守る党」の立花孝志さんは、テレビの後ろのアンテナ端子に「イラネッチケー」を取り付け、接着剤で固めて裁判に挑みましたが、NHKから「外せる」と指摘されて敗訴しました。また、彼はアンテナコンセントを開けて壁の中に「イラネッチケー」を埋め込むという工事をし、「素人には外せない」と裁判で主張しました。しかし、NHK側に「設置業者に依頼すれば元に戻せる」と主張され、再び敗れています。今回、原告の女性はネットで「イラネッチケー」のことを知って、私に相談してきました。そこで、絶対に外せないようにするために協力しました。

――どんな加工をしたのだろうか。

掛谷:外からは触れぬよう、テレビの中に入れ込みました。そしてアクリル板とアルミ箔を重ねた板で、テレビのチューナーと「イラネッチケー」を覆う枠を作り、その中にエポキシ樹脂を流し込んで固めました。電波を遮蔽するために樹脂の間にはアルミ箔を重ね、その上からさらに樹脂で固めました。例え外そうとしても、テレビが壊れるように加工したわけです。

――ガッチガチである。

掛谷:でも、何とかNHKを映すことができないものか、彼らは実験するんですよ。同じ型のテレビと、「イラネッチケー」を購入して、同じような加工をして……。

――NHKはそこまでやるんですか?

掛谷:そうです。そして、NHK側が我々のマネをして作ったテレビでは、同軸ケーブルをチューナーに近づけると映ると主張しました。ただし、先ほど申し上げた通り、我々はかなり厳しく電波の遮蔽加工もしましたから、同じ実験をしても我々のテレビでは、NHKは映らなかったんです。

――実験はどのように行われたのか?

掛谷:NHK側の弁護士事務所で、双方の弁護士、NHKの技術者と我々の立ち会いの下、お互いが見ている場で実験をやりました。結果的に、この実験が裁判のヤマバだったと思います。NHK側が我々のマネをして作ったテレビの検証は信用できないということが、この判決では決定打になったとみています。

無理矢理の申し立て

――判決文には「原告が、どのような意図をもって本件テレビを設置したものであれ、現に本件テレビが被告(註:NHK)の放送を受信することのできる受信設備(註:テレビ)と認められない以上、放送受信契約締結義務を負うと認めることはできない」とある。至極当然のように思えるが、NHK側の主張は強引だったというのは、原告女性の代理人を務めた高池勝彦弁護士だ。

高池:原告のテレビではNHKが映らないからと、“民放が映るんだから、NHKを受信できるテレビに当たる”(「本件テレビが民間事業者による放送を受信することができる以上、被告の放送を受信することのできる受信設備に当たる」)とまで主張していました。もちろん、裁判官は「放送法は『協会の放送を受信できる受信設備』と明文で規定しているのであって、(中略)分離上採用できない解釈と言わざるを得ない」と言っています。まあ、NHKも大手の弁護士事務所に依頼して、実験もして、東大の先生にまで意見書を書いてもらっていますから、かなりお金をかけたようですよ。

――その裁判費用は、もちろん受信料からの支出である。NHKが毎年、公表する収支予算は実に大雑把なものだが、裁判費用も明らかにしてもらいたいものだ。再び、掛谷氏が語る。

掛谷:NHKが4月にスタートさせた同時ネット中継も今は無料ですが、いずれはネットでNHKを観ている人にも受信料を払えと言ってくるはずです。それでないと、今の規模の収入を維持できませんから。うちの学生にも「インターネットで十分」と、テレビを持っていない人は多いですからね。そうなれば受信料収入はどんどん減る一方です。元々、NHKの受信料は、全国で視聴できるよう、電波塔を建てるために徴収していました。一方、通信となると、通信事業者がインフラを整備してきました。にもかかわらず、ネットでNHKが見られるからと受信料を払えというのは、ありえない話です。これだけは絶対に許してはいけないと思っています。

――ところで、今回の報道では、国立の筑波大に変わった先生がいると思い人も多いはず。大学内での立場は大丈夫だろうか。

掛谷:Yahoo!のヘッドラインにも何度か名前が出たこともありますけど、立場的には……あんまり良くないです(笑)。ただまあ、もしこれで最高裁で勝てれば、社会にとって大きな貢献になると思います。こういうことをやる人も世の中には必要。みんながみんな私のようだと、困りますけど……。

――ところで先生は、NHKの受信料は?

掛谷:払ってますよ。BSの受信料も払っています。私、本当はNHKのBSだけ見たいんです。「ワールドニュース」ってあるんですけど、各国がどういう報道をしているか知るのに便利です。英語はともかく、中国語やドイツ語、韓国語など翻訳してくれるのはありがたい。でも、NHKはBSだけの契約を認めてくれません。そういう選択の自由もない。最高裁で勝てたら、地上波は「イラネッチケー」で見られないようにして、BSだけの契約にしようと考えています。

――それが最高裁で勝つまでの目標?

掛谷:実は他にやりたいことがあります。子供がいる貧困世帯に、NHKが映らないテレビを配りたいんです。いま、NHK受信料の免除は、ほとんどないと言っていい。生活保護世帯は免除となりますが、貧しくても金額を支払わされている人はたくさんいます。受信料はけっこうな負担ですからね。それが払えないために、テレビを置けなくなって、民放の「仮面ライダー」を見ることができない子供もいるんです。ホテルもNHKが映らないテレビを必要とするでしょう。部屋数分の受信料を取られていますからね。ホテルには有料でNHKが映らないテレビを売って、そのお金で貧困家庭には無料で配ってあげたいです。

週刊新潮WEB取材班

2020年7月1日 掲載