自由法曹団
弁護士からみた
育鵬社の公民教科書の問題点 2020
~育鵬社の教科書もいいかな、と考えている方へ
目 次
第1章 はじめに ―子どもたちに「普通」の教科書で学ばせて―
P.1
第2章 育鵬社版公民教科書にはこれだけの問題があります
P.2
第1 教育基本法,学習指導要領の趣旨に反する育鵬社版教科書(総論) P.2
第2 育鵬社公民教科書の問題点の詳細(各論)
P.6
1 大日本帝国憲法についての不正確な記述
P.6
2 平和主義を否定して,子どもたちを9条改憲に誘導しています
P.9
3 危険な「愛国心」教育を学校現場に持ち込む教科書
P.12
4 立憲主義の理解を妨げ,憲法改正に誘導しようとする育鵬社版教科書
P.15
5 国民軽視の「国民主権」
P.19
6 基本的人権より義務を強調
P.21
7 家族・ジェンダー
P.25
8 外国人の人権保障に消極的
P.28
9 メディアリテラシー
P.29
10 福島原発事故を顧みないエネルギー政策・環境問題
P.34
11 その他の問題
P.35
第3章 入試問題の検討-解答に支障が多い育鵬社公民教科書
P.40
第4章 おわりに
P.51
1
第1章 はじめに -子どもたちに「普通」の教科書で学ばせて-
自由法曹団は,約2100人の弁護士で構成する法律家団体です。私たちは日々,
様々な人権活動や,憲法を守り活かす活動に取り組んでいます。
私たちは,子どもたちが,憲法の原則を正しく理解し,人権感覚を身につけ,的確
な問題意識をもってこれからの困難な時代を生きぬいていくことを心底願っています。
そのためには,憲法学習に大きな影響のある中学校公民教科書には,憲法の原則が正
確に記述されていなければなりません。
2020(令和2)年,全国で,来年から4年間使用される中学校の歴史教科書,
公民教科書の採択が行われます。
育鵬社版の公民教科書は,前回の2015(平成27)年採択の際にも多くの問題
点が指摘され,横浜市等の大都市での採択があったにもかかわらず,全国でみれば公
民教科書は5.7%の採択率にとどまりました。
今回採択対象となる育鵬社版公民教科書(2019年度検定を通ったもの)も,
① 教育基本法,学習指導要領の趣旨に反する(第1章)
② 特殊な立場が採用されている(第2章)
③ 重要事項の漏れが多く,高校入試問題の解答に支障がある(第3章)
という点で,他の教科書とは大きく異なる,問題の多い教科書です。
このような育鵬社版の公民教科書が,子どもたちをどのような方向に導くことにな
るのか,子どもたちにどのような不利益をもたらすのか,私たちは強く危惧するもの
です。
育鵬社版教科書のような問題の多い教科書を採択せず,子どもたちに普通の教科書
で学ばせてください。
*この意見書は,自由法曹団教育問題委員会の弁護士が執筆しました。
執筆担当弁護士は,植木則和,江夏大樹,遠地靖志,太田吉則,小池拓也,小林善亮,
辻田航,穂積匡史,湯山薫です。
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第2章 育鵬社版公民教科書にはこれだけの問題があります
第1 教育基本法,学習指導要領の趣旨に反する育鵬社版教科書(総論)
※以下,第1章第1において,下線部は法令・政府見解・文科省著作の文言です。
1 原則よりも「例外」を強調=基礎基本を軽視
現在の教育基本法も「平和で民主的な国家及び社会の形成者」としての国民の育
成を教育の目的としていることには全く変わりはありません(教育基本法第1条)。
そして,日本の平和主義,民主主義の基盤は,①国民主権②平和主義③基本的人
権の尊重を三原則とする日本国憲法にあることも論ずるまでもないでしょう。
学習指導要領でも「我が国の政治が日本国憲法に基づいて行われていることの意
義」や「日本国憲法の平和主義を基に,我が国の安全と防衛,国際貢献を含む国際
社会における我が国の役割」は重視されています。また,内容の取扱い上の配慮事
項として「核兵器などの脅威に触れ,戦争を防止し,世界平和を確立するための熱
意と協力の態度を育成する」が挙げられています。この「熱意」という表現は,学
習指導要領の中では他に例をみない,最上級といえるものです。
ところが,育鵬社版公民教科書(以下,単に「育鵬社版」と言います)は,日本
国憲法の基本的原則よりも,その原則との関係が問題となってしまう,いわば「例
外」的な内容を強調し,原則の取り扱いが不十分となっています。すなわち,
① 国民主権の原則において,「例外」的な天皇制が強調され(第2・5項),
② 平和主義の原則において,「例外」的な自衛隊,日米安保条約が強調され(第
2・2項),
③ 基本的人権の尊重の章において,「例外」的な公共の福祉が強調され(第2・
6項)ています。
これでは,生徒が日本国憲法の原則を学ぶ際に混乱をきたします。
また,「基礎的・基本的な知識及び技能を確実に習得させ」るという中学校学習
指導要領総則第1の2列挙の実現目標冒頭の文言とも相反します。
2 「多面的・多角的な考察」が不十分
学習指導要領は,随所において「多面的・多角的な考察」を強調しています。
しかし,後記第2にみるとおり,育鵬社版には,一面的・一方的見解を述べるに
とどまる部分が多々見受けられます。
たしかに,教科書の紙幅には限界があり,あらゆる問題について多面的・多角的
に取り扱うことは困難でしょう。
ところが,育鵬社版は,学習指導要領が特に「多面的・多角的」考察を求めてい
る「我が国の政治が日本国憲法に基づいて行われていることの意義」や「日本国憲
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法の平和主義を基に,我が国の安全と防衛,国際貢献を含む国際社会における我が
国の役割」などの重要項目において,一面的・一方的見解を述べるにとどまってい
ます。
たとえば,平和主義についてみると,育鵬社版は,憲法の平和主義が戦後果たし
てきた役割にはほぼ全くふれず,平和維持手段といえばまずは防衛力であるかのよ
うな一面的記述をしています(後記第2・2項)。
学習指導要領に「核兵器などの脅威に着目させ」と明記されているにもかかわら
ず,核兵器の脅威については,具体的には何も論述されず,写真もありません。
「被爆国」「軍縮」については,単語すら見当たりません。
軍事的緊張を含む国家間の緊張については多くの記述がある一方で,これを軍事
力によらず緩和する方途についてはほとんど記述がないといえます。
これでは平和主義について「多面的・多角的」に考察することは困難です。
3 「個人の尊重」をないがしろ
個人をないがしろにした大日本帝国憲法下の日本は,国民に命まで捧げることを
求め,戦争に突き進んでいきました。
こうした歴史を踏まえ,日本国憲法は「個人」の「尊重」(第 13 条)ないし「尊
厳」(第 24 条)を国政の上で最大の目標とし,教育基本法も前文で「個人の尊厳」,
第2条で「個人の価値を尊重」を,学習指導要領公民的分野も目標(1)冒頭で「個
人の尊厳と人権の尊重」をうたい,内容でも「人間の尊重についての考え方を,基
本的人権を中心に深め,法の意義を理解すること」を求めています。
要するに,最も大切なのは国家ではなく個々の人であることを前提に,個人を尊
重するために法や国家・社会があり,そうした国家・社会を形成する国民を育成す
ることが教育の目的と理解することができます。
ところが育鵬社版は2頁「『公民』について」において,古代ギリシャのポリス
の市民が「政治に参加して,外敵から都市を守る防衛義務を負う」公民であった
旨述べた上で,「人は,他人と共に共同社会をつくっている限り,『私』の利益を
追求する場合でも,その前提として社会のルールを守り,社会生活を改善し,社
会を外敵から守るという課題を引き受けなければなりません。」といい切り,「古
代ギリシャの兵士」のレリーフの写真を掲げこれに「ポリスの市民は防衛義務を負
っていました。」との解説を付しています。
たしかに,社会を構成する以上,個人が何らかの義務を負うこと自体は避けられ
ないとはいえるでしょう。
だからといって,社会のために命を危険にさらすことを強いるような「社会を外
敵から守る」「防衛義務」が論理必然的に認められるとはいえません。いい方をか
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えれば,「私たちのために君は戦場に行く義務がある」とは必ずしもいえないはず
です。
むしろ近代以降多くの侵略戦争が「防衛」を口実にしてきたことを思い返せば,
育鵬社版の考え方は国民個々人を犠牲にして侵略戦争に駆り立てることにつなが
るものであり,危険です。
こうした育鵬社版の考え方は,先の大戦の反省を踏まえず,また「個人の尊重」
をないがしろにしているものであり,日本国憲法,教育基本法,学習指導要領とは
相容れません。
そして,「個人の尊重」をないがしろにした部分は,後記第2以下にみるとおり,
育鵬社版の随所に認められます。
4 愛国心そのものを教え込む
(1)政府見解は愛国心の教え込みに否定的
2006(平成18)年の教育基本法改正に際し,国会審議においては,戦前
のように国を愛する心を強制するのではないか等,愛国心教育についての危惧が
再三にわたり表明されてきました。
これに対して政府は,国を愛する態度の養い方として,「歴史的な事実を教える,
積み重ねることによって,今先生のおっしゃったような,結果的に国を愛する態
度が養われてくると。」(平成18年11月22日伊吹文明文部科学大臣答弁)等,
事実を教えることを積み重ねることで国を愛する態度を養う旨を再三にわたり答
弁しています。
さらに政府は,「具体的に愛せ愛せと言えば愛するかというと,そういうもので
はないわけでございますので,そういった教え方をするようなことはないと思っ
ております。また,そういったことのないように指導もしていくつもりでござい
ます。」(平成18年6月5日小坂憲次文部科学大臣答弁)として,愛国心そのも
のを教え込むことについては,否定的な見解を表明しています。
(2)学習指導要領の「内容」に愛国心はない
だからこそ,学習指導要領においては,「目標」の部分にこそ「(前略)自国を
愛し,その平和と繁栄を図ることが大切であること…の自覚などを深める。」と
いう文言がありますが,「内容」の部分以下には「愛国心」「国を愛する」といっ
た文言は存在せず,愛国心そのものを教え込むことは全く予定されておりません。
中学校学習指導要領(平成 29 年告示)解説社会編も,「我が国の国土や歴史に
対する愛情,国民主権を担う公民として,自国を愛し,その平和と繁栄を図るこ
とや,他国や他国の文化を尊重することの大切さについての自覚については,い
ずれも我が国の国土と歴史,現代の政治,経済,国際関係等についての多面的・
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多角的な考察や深い理解を通して涵(かん)養されるものであり,既述の資質・能
力を含む三つの柱に沿った資質・能力の全てが相互に結び付き,養われることが
期待される。」としており,上記の政府見解を踏まえたものとなっています。
それゆえ,今回採択対象となる公民教科書の中で,育鵬社版と自由社版を除き
愛国心そのものを取り上げたものはありませんし,その育鵬社にしても 2010 年
度検定を受けた公民教科書では愛国心そのものを取り上げてはいませんでした。
ところが,2015 年以降の育鵬社版では,詳細は後記第2・3項にてみるとおり
愛国心を太字で取り上げており,上記政府見解にも,学習指導要領の趣旨にも反
しています。
5 特殊でわかりにくい構成
そもそも,育鵬社版の憲法の章の構成自体がきわめて特殊です。
他社教科書の構成は概ね,
①欧米の歴史を踏まえつつ憲法の存在意義(国民の権利を守るために国家の
権限濫用を防ぐ)を述べ,
②日本では君主権が強く人権保障が不十分な大日本帝国憲法が戦争を招いた
ことから,日本国憲法では国民主権,基本的人権の尊重,平和主義が三原
則とされたとして
③~⑤ 国民主権(+天皇),基本的人権(+義務),平和主義(+自衛隊・安
保)
という流れでこれら三原則を説明し,
⑥まとめとして最高法規性を述べ,
⑦改正手続は最高法規性か国民主権の項で補足的に述べる
といったものであり,一般的な歴史学や憲法学の考え方と一致する上に,「日本
国憲法が基本的人権の尊重,国民主権及び平和主義を基本的原則としていることに
ついて理解すること」を求める学習指導要領にも素直に適合し,構成としても素直
でわかりやすいものとなっています。
これに対し,育鵬社版は
①秩序や法治主義(法の支配ではない)を述べた上で憲法とその形式的最高
法規性を述べ(国家権力の濫用防止の観点はわかりにくい),
②その後に大日本帝国憲法を高く評価した上で日本国憲法の成立過程の問題
点を強調し,両憲法の内容の対比はあいまいにする一方で,「大日本帝国憲
法と日本国憲法の成立過程のちがいをまとめてみましょう」などと成立過程
を対比させ,
③国民主権の項では冒頭で「国民としての自覚」という国民主権とは直接関
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係しないはずのことを述べた後,国民主権に自体に関する記述は僅かで,そ
の後は天皇に関する記述(「日本の歴史・文化と天皇」という囲み記事もあ
る。)と写真でほぼ1頁を埋め,
④人権の項では,欧米の歴史は扱うものの人権が権力によっても侵し得ない
ものとされてきたことにはふれず,その一方で日本の「古くから大御宝と称
された民を大切にする伝統」などと述べて,基本的人権と「民を大切にする」
こととの区別をあいまいにし,
⑤平和主義の記述(特に積極的意義)は1頁に満たず,その後は自衛隊や安
保体制,国防に関する記述が3頁にわたりなされ,
⑥直後に憲法改正がほぼ2頁にわたり記述され,
⑦その後に基本的人権各論
というものとなっています。
大日本帝国憲法は素晴らしいものであるにもかかわらずGHQは非現実的な第
9条を含む日本国憲法を押しつけた,このような憲法は改正すべきだ,といわんば
かりの内容・構成となっている,といってはいいすぎでしょうか。
一般的な歴史学や憲法学の考え方と一致せず,構成も複雑でわかりにくいもの
となっています。
いい方を変えれば,なぜ「日本国憲法が基本的人権の尊重,国民主権及び平和
主義を基本的原則としている」のか,わかりません。
日本国憲法と大日本帝国憲法の区別,基本的人権と「民を大切にする」ことと
の区別なども,敢えてわかりにくくしているのではないかとすら思えます。
教育基本法・学習指導要領の趣旨に反し,しかもわかりにくい教科書を生徒に
使用させるべきではありません。
第2 育鵬社公民教科書の問題点の詳細
1 大日本帝国憲法についての不正確な記述
(1) 実態を無視した大日本帝国憲法賛美
ア 「天皇主権」を近代憲法と位置づけることの誤り
育鵬社版の教科書は,「大日本帝国憲法の制定」の項では,大日本帝国憲法が
「アジアで初めての本格的な近代憲法として内外ともに高く評価されました」
(40頁)と,大日本帝国憲法を賛美しています。しかし,そもそも,大日本
帝国憲法は,天皇は万世一系であり不可侵である,というおよそ「神話的」と
しか言いようのない規定を持っています(第1条,第3条)。この規定は,天皇
の地位は天皇の祖先である神の意志に基づくものであり,天皇は神の子孫とし
て神格を有するものとされた天皇主権の原理を表したものです。したがって,
7
国民主権を前提としない大日本帝国憲法は,「近代憲法」の名にはとうてい値し
ないことは明らかです。
イ 大幅に制限可能であった人権規定
また,大日本帝国憲法は,人権規定を一応は置くものの,それは,主権者と
された天皇がその支配する人民に与えた「臣民の権利」とされ,法律による様々
な制限が認められていました(法律の留保)。これにより,治安維持法などの法
律によって国民の人権を制限し,政府にとって都合の悪い言論を封殺すること
が出来たのです。人権保障という観点からすれば,大日本帝国憲法が「法律の
留保」を認めたことは最大の欠点でした。
この点について,教育出版の教科書では,「…国民の政治活動は大幅に制限さ
れ,検閲が存在する一方,身体の自由の保障は不十分でした。」(41頁),帝国
書院公民教科書でも,「…天皇がすべての統治権を持つ体制の変革や,私有財産
制度の廃止などを主張する社会主義運動を取り締まろうと,治安維持法が制定
され,不当な逮捕や拷問の被害者を生みました」(35頁)との記載があります。
ところが,育鵬社版は,これら人権規定の脆弱性に触れることなく,単に「国
民には法律の範囲内で権利と自由が保障されました。」とのみ記載し,大日本帝
国憲法下における不当な人権侵害の事実について全く言及されていません。
ウ 不十分な三権分立
さらに,司法・立法・行政についても,育鵬社版の教科書は,単に「法律の
制定は国民の意思が反映された議会の協賛(承認)によること,行政は国務大
臣の輔弼(助言)によること,司法は裁判所が行うこととされました。」(40
頁)と記載し,あたかも三権分立が確立していたかのような誤解を与える表現
がなされています。
しかしながら,大日本帝国憲法における権力分立は限定的なものであり,制
度として極めて不十分であったため,権力の濫用を抑制するものとはなりえま
せんでした。この点について,帝国書院版教科書では,「首相選びや軍の活動に
国民や議会が関与できる範囲が狭く,民主主義や権力分立は不十分でした。ま
た,裁判所による違憲審査のしくみがないため,人権侵害の根拠となる立法を
許してしまうなど,人権保障の制度も未発達でした。」(36頁)との正確な記
載があります。
エ 「五箇条の御誓文」を過大に取り上げている点
育鵬社版の教科書は,大日本帝国憲法の公布に先立って五箇条の御誓文が示
された後,民間などにより多くの憲法草案が作られ,8年の歳月をかけてよう
やく大日本帝国憲法が公布されたとの記載もあります。資料部分には,五箇条
の御誓文の原文と現代語訳が記されています。これは,中学生が学ぶべき範囲
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を逸脱した細かい知識であり,育鵬社版以外の教科書ではいずれも触れられて
いません。また,資料部分に記載された子どもの絵の吹き出しには「五箇条の
御誓文の理念は日本国憲法にも生きているのかしら。」との趣旨が不明な記載が
なされ,子どもを混乱させるものとなっている点も特異な点として指摘されま
す。五箇条の御誓文には,天皇を中心とする国家を前提とする記載が含まれて
おり,国民主権を明確に規定している現在の憲法との連続性を考えさせるよう
な問題提起は,明らかなミスリーディングと言わざるを得ません。資料のペー
ジに掲載されている大日本帝国憲法の条文も,他の教科書はいずれも抜粋であ
るにもかかわらず,育鵬社版教科書は全文掲載している点も極めて特異といえ
ます。
オ 小括
大日本帝国憲法を学ぶ意義は,その人権保障のための規定や制度が脆弱であ
ったがゆえに,大日本帝国憲法下の日本が,政府を批判する政治活動や自由な
表現活動をはじめとする基本的人権を侵害し,人々を弾圧する中で,統帥権を
有する天皇を頂点とする軍部・政府がアジア・太平洋戦争へ突き進んでいった
という歴史を持ち,二度とこれを繰り返さないために日本国憲法が制定された
という経緯を正確に理解する点にあります。しかしながら,育鵬社版の教科書
は大日本帝国憲法を賛美するにとどまり,育鵬社版以外のいずれの教科書でも
触れられているこれらの記載を欠くものとなっています。これは,子どもたち
が歴史の流れをつかむことを困難にし,ひいては子どもたちの学習権を侵害す
るのみならず,受験の面でも不正確な理解を招くおそれがあります。
このように,育鵬社版では,天皇主権や法律による大幅な私権制限が可能で
あった大日本帝国憲法について,他の出版社の教科書で触れられている問題点
について言及することなく,子どもたちが正確な知識や歴史的経緯を学ぶため
の教材として問題があると考えられます。
(2)日本国憲法の受容の歴史を無視した「押しつけ憲法論」
上述のように,育鵬社版の教科書は,大日本帝国憲法をいたずらに「賛美」
する反面,「政府は大日本帝国憲法をもとに改正案を作成しました。しかし,G
HQはこれを拒否し,自ら1週間で憲法草案を作成したのち,日本政府にこれ
を受け入れるようきびしく迫りました。」(41頁)と記述しています。前記の
大日本帝国憲法の制定過程での記載と相まって,日本国憲法がずさんな形で作
成され押し付けられ,拙速に制定されたとの印象を与える記載となっており,
典型的な「押しつけ憲法論」を前提としています。
しかし,日本国憲法は,基本的人権の尊重や民主化などを求めるポツダム宣
言を日本が受け入れ,それにより大日本帝国憲法を根本的に改める必要が生じ,
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男女の普通選挙で選ばれた議員による議会の討論を経た結果,制定されたもの
です。この点については,教育出版の教科書では,「連合国総司令部(GHQ)
は,草案が大日本帝国憲法とあまり変わらず,十分に自由で民主的ではないと
考え,独自の案をつくって政府に示しました。これに基づいて政府がつくった
新たな憲法改正草案は,帝国議会で審議され,修正を経て可決されました。」(4
3頁),帝国書院版では,「改正案は,連合国軍総司令部(GHQ)の案を基礎
に,当時の日本政府が作りました。それを帝国議会で約3ヶ月にわたって審議
し,一部修正のうえ,大日本帝国憲法の改正という形を取り,日本国憲法とし
て制定しました。」(36頁),日本文教出版公民教科書では,「政府は,連合国
軍総司令部(GHQ)が示した草案に基づいて憲法改正草案をつくりました。
その後,憲法改正案が,戦後初めて行われた男女普通選挙ののち,帝国議会で
審議され,一部修正のうえ可決されました。」(41頁)との記載がそれぞれあ
り,いずれも「押しつけ憲法」ではないことを制定経過を踏まえて説明してい
ます。
他方で,育鵬社版は,上記のように「GHQはこれを拒否し,自ら1週間で
憲法草案を作成したのち,日本政府にこれを受け入れるようきびしく迫りまし
た。」といった「押しつけ憲法」であることを恣意的に印象づけるような不適切
な記載を含んでおり,子どもの学習権を侵害するだけでなく,他の教科書では
触れられている必要な知識を吸収できず,受験にも影響しかねないものです。
2 平和主義を否定して,子どもたちを9条改憲に誘導しています
(1)平和主義を連合国軍から押し付けられたものと教える
憲法の平和主義は,満州事変からアジア・太平洋戦争に至る日本の戦争に対
する深い反省に基づき定められたというのが,憲法学上でも一般的な理解です。
育鵬社版以外の教科書は,平和主義が戦争の反省に基づくことを記述してい
ます。即ち,「日本は,第二次世界大戦で他の国々に重大な損害を与え,自らも
大きな被害を受けました。そこで,日本国憲法は,戦争を放棄し,世界の恒久
平和のために努力するという平和主義を掲げました。」(東京書籍46頁),「か
つての日本は,日中戦争や第二次世界大戦を通じて,アジア・太平洋地域を侵
略し,他の国々に深刻な損害をあたえました。そして,自らも戦場や国内で多
くの犠牲を出し,世界で初めての原子爆弾による惨禍もこうむりました。この
ような悲惨な経験を反省し,日本国憲法は,戦争を放棄して世界の平和のため
に貢献するという平和主義を基礎としました。」(日本文教出版70頁)等と記
述しています。
ところが,育鵬社版は,平和主義は連合国から押し付けられたものとして記
10
述しています。たとえば,「第二次世界大戦に敗れた日本は,連合国軍によって
武装解除され,軍事占領されました。連合国軍は日本に非武装化を強く求め,
その趣旨を日本国憲法にも反映させることを要求しました。このため,国家と
して国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄し,「戦力」を保持しないこと,
国の「交戦権」を認めないことなどを憲法に定め,徹底した平和主義を基本原
理としました。」(育鵬社48頁)です。
この記述には,アジア・太平洋戦争の反省が平和主義の出発点になっている
という視点がありません。これでは子どもたちは,憲法の平和主義は,単に連
合軍から押し付けられたものと考えてしまいます。他の教科書の記述と比較す
ると,育鵬社版の特異性は明らかです。これでは,子どもたちたちは平和主義
が定められた理由について,一般的な理解からかけ離れた特異な見解を学ぶこ
とになってしまいます。
(2)安全保障法制及び集団的自衛権の危険性を無視している
2015(平成27)年に成立した安全保障関連法について,育鵬社版は「周
辺の安全保障環境の急変に対し,政府は2014年に憲法解釈を実情に沿って
改め,集団的自衛権の行使を限定的に容認することを閣議決定しました。」「日
本の安全保障体制が強化され・・・国際平和への積極的貢献の範囲も広がりまし
た。」とのみ記載しています(育鵬社51頁)。
しかしながら,集団的自衛権の行使は憲法違反の疑いあること,日本の安全
保障にむしろ負の影響があることが看過されています。
他の教科書では,「日本に武力攻撃がない段階での武力行使は,国民の生命や
自由への権利では正当化できないとの批判があります」(帝国書院40頁),「憲
法9条で認められる自衛の範囲をこえているという反対の意見もあります」(東
京書籍),「憲法解釈として何が正しいか,日本の安全保障にとって何が必要か
という根本的な問題を議論すべきだとの意見もあります」(日本文教出版73頁)
と記載しています。
加えて,育鵬社版はアメリカ軍と日本の平和の関係について,「戦後の日本の
平和は,自衛隊の存在とともにアメリカ軍の抑止力(攻撃を思いとどまらせる
力)に負うところも大きいといえます。また,この条約(日米安保条約)は,
日本だけでなく東アジア地域の平和と安定にも,大きな役割を果たしています」
(育鵬社50頁),「日米安保条約に基づく日米安保体制は日本の防衛の柱であ
り,アジア太平洋地域の平和と安定に不可欠です」(育鵬社版51頁)と記載し
ています。他方で沖縄の住民らが米軍基地の集中に伴い生活の危険に晒されて
いる点には何ら言及せず,「基地の県外移設を求める声が根強くあります」(育
鵬社51頁)と述べるにとどまっています。
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この記載は米軍という軍備が平和に貢献した上で,アメリカ軍との集団的自
衛権の行使を無批判に肯定する記述です。
このように育鵬社版は他の教科書と異なり,集団的自衛権を無批判に記載し
ており問題です。
(3)平和のための手段を軍事とする誤り
どの教科書にも,平和主義の記述と併せ,世界平和を実現するために何が必
要かということを学ぶ単元を設けています。
育鵬社版は,平和主義の単元で「平和主義は連合国から押し付けられた」と記
述した後,「平和主義と防衛」と題する単元を置いて,「日米安全保障条約」との
表題でアメリカ軍の抑止力を強調して,その後「有事への備え」として有事関連
立法制定の経過を述べ,「日本防衛の課題」として北朝鮮によるミサイル発射,
中国の軍事増強等の危機を強調しています(育鵬社49,50頁)。「世界平和の
実現に向けて」との単元では,紛争の原因に貧困という根本問題があることに触
れずに,日本の役割として,自衛隊の海外派遣活動という軍事的な対応ばかりが
強調されています(育鵬社190,191頁)。「軍縮」という言葉すら記載され
ていません。他の教科書ではそれぞれ軍縮の重要性が言及されていることとは異
なり,育鵬社版は全体として,危機をあおり,日本と世界の平和を築くためには
軍事的な対応しか選択肢がないかのような記述になっています。
今日,国際紛争の原因が,国益の追求のみならず,異なる民族・宗教への不寛
容や,貧富の格差の拡大にあることは,広く認識されています。また,武力行使
が深刻な被害を生む一方で,紛争解決の手段として万全でないことも共通理解と
なっています。だからこそ,他の教科書では,世界平和の実現に向けて,異文化
理解,貧困の克服,軍縮の必要性が説かれています。子どもたちたちは,このよ
うな記述から,国際紛争の背景を学び,平和を実現するために何が必要なのかを
考えます。これは,憲法の平和主義の具体的実践を学ぶことに他なりません。即
ち「軍縮は武力紛争の防止につながるだけでなく,もしも紛争が発生した場合の
被害を少なくすることにつながる」(帝国書院182頁),「戦争を防ぐためには,
軍縮を進めることが必要です。特に,一度に多くの人々の命をうばう核兵器や化
学兵器,生物兵器などの大量破壊兵器の廃絶が重要です」,「地域紛争やテロに対
しては,国連がそれを防ぐ努力をしたり,アメリカを中心にテロが起こっている
地域に軍隊を派遣して,テロを起こす集団をたおそうとしたりしていますが,解
決は容易ではありません。軍事的な対応だけでなく,貧富の差の改善などの,よ
り根本的な対策も求められています」(東京書籍201頁)等の記述がこれにあ
たります。これらの記述と比較すると育鵬社版が軍事一辺倒の特異な立場に立っ
ていることが分かります。これでは,国際紛争の背景にさかのぼって,どのよう
12
に世界の平和を実現するのかを考える子どもたちを育むことはできません。
3 危険な「愛国心」教育を学校現場に持ち込む教科書
(1)「愛国心」教育の危険性
育鵬社版の大きな特徴として,「愛国心」教育が挙げられます。自由社を除く
他社の教科書では「愛国心」という形では採り上げられていませんから,これは
特筆すべきことでしょう。それでは何故,他社の教科書では採り上げられていな
いのでしょうか。
教育基本法の改定により,教育の目標の一つに「伝統と文化を尊重し,それら
をはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに,他国を尊重し,国際社会の平
和と発展に寄与する態度を養うこと」が加えられました(2条5号)。この前半
部分(我が国と郷土を愛する)が,しばしば「愛国心」と呼ばれるものです。
しかし,仮に我が国や郷土を大切に考える気持ちがあったとしても,その気持
ちの持ち方や表現の仕方は人によって違います。思想信条の自由の観点から各人
の考えや気持ちを大切にすべきことは中学生であっても当然です。また,文科省
の2019年度学校基本調査によれば,全国の中学校には2万5000人を超え
る外国籍の生徒が在籍しています。このことからしても,我が国に対する「愛国
心」をことさらに学校教育で強調することは不適切です。さらに,戦前の「愛国
心」を強調する教育が,日本が戦争に突き進むことを支える役割を果たしてしま
ったこと考えると,教育の基本として「愛国心」を教えることには慎重でなけれ
ばなりません。
(2)中教審や学習指導要領も「愛国心」教育には慎重です
教基法の改定に先立つ2003年3月20日の中央教育審議会の答申「新しい
時代にふさわしい教育基本法と教育振興基本計画の在り方について」は,「自ら
の国や地域の伝統・文化について理解を深め,尊重し,日本人であることの自覚
や,郷土や国を愛する心の涵養を図ることが重要である」と提言しながらも,そ
れに続けて「国を愛する心を大切にすることや我が国の伝統・文化を理解し尊重
することが,国家至上主義的考え方や全体主義的なものになってはならない
............................
こと
は言うまでもない」と指摘しています。その趣旨が,「愛国心」教育がしばしば
「国家至上主義的考え方や全体主義的なもの」に陥りやすいという危険性を有し
ていることに注意を促し,警鐘を鳴らすことにあることは明らかです。
現行の中学校学習指導要領でも,「自国を愛し」という言葉が公民的分野全体
の目標にこそ記載されていますが,それは,社会的事象について多面的・多角的
な考察や深い理解を通して涵養されるものと位置づけられ,公民的分野で取り扱
う「内容」の項目では一切記載されていません(前記5頁参照)。ここにも,「愛
13
国心」を無理に教えるのではなく,子どもたちが社会的な事象や課題を学習する
中で,課題を解決したり社会に参加する意欲などと共に自然と育まれることが望
ましいとの考えが示されています。
育鵬社・自由社以外の他社の教科書が揃って「愛国心」という用語を用いてい
ないのは,上記のような「愛国心」教育の危険性に配慮しているからであると思
われます。
これに対し,育鵬社版は,わざわざ太字ゴシック体を用いて「愛国心」を表記
することで,「愛国心」を強調しています。次に述べる通り,結果として,育鵬
社版はまさに「危険」な「愛国心」教育を学校に持ち込むおそれの大きい教科書
になってしまっています。
(3)育鵬社版における「愛国心」教育の問題点
ア 特定の「愛国心」の押しつけ
育鵬社版は,「愛国心」について,「何か共通のものを軸にした『われわれ』と
いう意識を,どこの国民も持っています。このような意識や国家への帰属意識,
国の名誉や存続,発展などのために行動しようと思う気持ち」と定義しています
(180頁)。その上で,「この愛国心が,多様な人々をひとつの国民へとまとめ
る重要な役割を果たしています。」(同)と「愛国心」を手離しで評価し,「国家
としての一体感を守り育てることも大切であり,そのために国民が祖国を意識す
ることが必要となるのです」(181頁)と記述して,子どもたちたちに定義さ
れた「愛国心」を持つよう誘導します。コラムの記載では,「人は一つの国家に
きっちりと帰属しないと,『人間』にもならない」(11頁)とまで断言されてい
ます。
しかし,「愛国心」を上記のように定義するのは,決して妥当とはいえません。
例えば,教育基本法が改定時の国会論議において,教基法2条5号にいう国を
愛する態度を涵養することについて,当時の安倍晋三内閣総理大臣が次のとおり
答弁しています(衆議院教育基本法に関する特別委員会2006年6月5日)。
「国を愛する態度を涵養していく,あるいは国を愛する心でもいいんでしょう
けれども,…(中略)それは人それぞれ
........
なんだろうというふうに思いますし,そ
.
の発露の仕方はいろいろある
.............
んだろうと,このように思うわけでございます。」
安倍首相の答弁を引くまでもなく,「愛国心」の在り方は人それぞれであり,「愛
国心」に基づく行動の仕方も人それぞれであるはずです。「愛国心」について特
定の定義づけや方向づけをするのは馴染まないし,むしろ公教育においてそのよ
うなことをしてはならないというのが,「愛国心」教育に関する通常の理解であ
るといえます。
ところが,育鵬社版は上記のように,これを「国の名誉や存続,発展などのた
14
めに行動しようと思う気持ち」と定義づけています。そして,同教科書の記載か
らはこのような「愛国心」の在り方のみが「望ましい」ものと子どもたちが誤解
してしまう危険があります。このようなことは思想信条の自由からも問題ですし,
多様であるべき「愛国心」の在り方を狭めてしまうという意味で,「愛国心」教
育それ自体を否定しない立場に立ったとしても,適切なものとはいえません。
その上,次に述べるように,育鵬社版のいう「愛国心」は,あってはならない
「国家至上主義的考え方や全体主義的なもの」へと子どもたちたちを駆り立てる
恐れが強いものとなっています。これは,憲法の掲げる国際協調主義に反するも
のといわざるを得ません。
イ 危機感・恐怖心によって「愛国心」を煽動している
育鵬社版は,日本と近隣諸国(とりわけ東アジア諸国)との関係を,対立と緊
張一色に描き出しています。
たとえば,育鵬社版は,「平和主義と防衛」という単元の中で,「日本の防衛の
課題」として北朝鮮及び中国を名指しして,日本周辺では,「北朝鮮との間で緊
張状態が続いています」,「中国は近年,一貫して軍事力の大幅な増強を進めてお
り,日本や東南アジア諸国にとって,地域の平和と安全をおびやかす動きとなっ
ています」と脅威を強調しています(51頁)。「世界平和の実現に向けて」の単
元でも,北朝鮮の核実験を報じる新聞記事の写真を掲載した上で,「日本周辺で
は,中国の核ミサイル配備や北朝鮮の核兵器開発などが軍事的緊張を高めていま
す」と記述しています(190,191頁)。このような記述は,中国と北朝鮮
が,積極的に日本と対立して緊張を高めているとの印象を子どもたちに与えるも
のです。
他にも育鵬社版は,特に中国について,尖閣諸島への「侵入」(182頁),南
シナ海での「人工島」(186頁),沖ノ鳥島に海洋調査船(187頁)など,多
くの問題点を取り上げ,脅威を強調しています。
これでは,子どもたちたちは近隣諸国の脅威に対抗する(あるいは,抑えつけ
る)ことへと駆り立てられることになるでしょう。しかし,危機感・恐怖心によ
って煽動された「愛国心」は,徒に対立を激化させるだけです。他の教科書は,
例えば,領土問題についても「世界の領土問題とその解決」として,過去に他の
国が領土問題を平和的に解決してきた例を具体的に挙げて,平和的解決の重要性
を指摘しています(日本文教出版185頁)。育鵬社版のスタンスはこのような
他の教科書と相当異なります。
育鵬社版では,憲法が要請する国際協調主義や紛争の平和主義的会解決の意味
を学ぶことはできません。
ウ 小括
15
以上のとおり,育鵬社版公民教科書は,子どもたちたちに,近隣諸国との対立
や緊張関係を刷り込んで危機感・恐怖心を煽るとともに,日本人や日本文化に
関する優越観念を植えつけて,差別や偏見を助長するものです。そして,後述
するように,育鵬社版では個人の人権よりも義務や社会全体の利益が強調され
て教え込まれます。このような教育で,国や社会を批判的に検討する力を奪わ
れた子どもたちは,やがて皮相な「国の名誉や存続,発展などのために行動し
ようと思う気持ち」(「愛国心」。180頁)に絡め捕られていくでしょう。これ
こそは,中教審答申が懸念した「国家至上主義的考え方や全体主義的なもの」
にほかなりません。このような「非教育的」な教育を許してはなりません。
4 立憲主義の理解を妨げ,憲法改正へ誘導しようとする育鵬社版教科書
(1)立憲主義の説明が理解しづらい
ア 学習指導要領とその解説
学習指導要領公民的分野2C(1)ア(イ)では,「民主的な社会生活を営む
ためには,法に基づく政治が大切であることを理解すること。」とされています。
この点について,文部科学省発行の学習指導要領解説では,「具体的には,国
や地方公共団体が,国民の自由と権利を侵さないようにそうした法の拘束を受け
ながら政治を行っており,恣意的支配を排除しようとしていること,独裁政治や
専制政治とは異なるものであることを理解できるようにすることを意味してい
る。」とした上で,「その際,主権者である国民が,その意思に基づき,憲法にお
いて国家権力の行使の在り方について定め,これにより国民の基本的人権を保障
するという近代憲法の基本となる考え方である立憲主義や,人権の保障と恣意的
権力の抑制とを主旨として,全ての権力に対する法の優越を認める考え方である
法の支配について理解できるようにする」ことが必要としています。
このように,学習指導要領においては,憲法によって国民の人権を保障する考
え方である立憲主義について,政治における権力の濫用防止と関連させて理解さ
せることが求められています。
イ 各社教科書の記述
立憲主義についての各社教科書の記述は以下の通りです。
①【東京書籍】
「近代革命の後,多くの国では人権を保障するために,最高の法として,憲
法を制定するようになりました。政治権力も憲法に従う必要があり,憲法に違
反する法律などは効力を持ちません。
このように,法の支配に基づき,憲法によって政治権力を制限して人権を保
障するという考え方を,立憲主義といいます。」(41頁)
16
「違憲審査制は,憲法によって政治の権力を制限し,国民の人権を守るとい
う立憲主義の考えに基づいており,ここにも憲法が国の最高法規であることが
表れています。」(109頁)
②【教育出版】
「国家は国民の自由や安全を守るために強大な権力をもっていますが,あや
まって使うと国民の生命や自由を奪いかねません。そこで権力を,国会,内閣,
裁判所の異なる機関に分けて,それぞれが互いに抑制し合うことで,一つの期
間が暴走して国民の権利を侵害することを防ぎます。このように,憲法によっ
て国家権力を制限し,国民の人権を保障しようとすることを立憲主義といいま
す。
立憲主義を実現するために,憲法は国の最高法規として位置づけられていま
す。法律をつくる国会では,憲法に反する法律をつくることはできません。も
し国会が憲法に反する法律をつくったときは,裁判所がこの法律を無効にする
事ができます。」(42頁)
③【帝国書院】
「多くの国では,国家権力は,戦争・人権侵害・独裁を繰り返し,人々を苦
しめてきました。そうした過ちを繰り返さないように,戦争や軍隊をコントロ
ールしたり,戦争・人権侵害・独裁などを禁止したりするルール(憲法)を作
り,国家権力の濫用を防ぐ考え方が生まれてきました。これが立憲主義です。」
(30頁)
④【日本文教出版】
「国の政治の基本的なあり方を定める法を憲法といいます。よりよい民主政
治を実現するためには,基本的人権の尊重など,私たちがともに生きていくう
えで大切にすべき原則を明らかにして,それを政治権力が守るしくみをくふう
しなければなりません。このような憲法に基づいて政府をつくり,政治を行う
ことにより,権力の濫用を防ごうとする考え方を立憲主義といいます。
立憲主義の実現のために,多くの国で,憲法は国の最高法規であるとされて
います。憲法の改正には慎重な手続きが定められ,憲法に違反する法律や命令
は効力をもちません。このように,立憲主義に基づいて,人権の保障や権力分
立を定める憲法を,立憲主義の憲法といいます。」(38頁)
⑤【自由社】
「国民国家は,権力の濫用を防ぐ立憲主義(立憲政治)の思想を生み出しま
した。」(47頁)
⑥【育鵬社】
「憲法は,国の理想や基本的なしくみ,政府と国民との関係などを定めたもの
17
です。現代の多くの国の憲法には,その国の歴史・伝統や,国民が長年にわた
り培ってきた考え方や価値観が盛り込まれています。各国は独自の「価値」を
憲法に記述することにより,国民に自覚と誇りをもたせています。
また,憲法は政治権力が濫用されることのないように抑制するしくみを定め
て,国民の権利と自由を保障し,権力を行使して国民の福祉を増進する根拠と
なっています。そして,国民どうしの間の権利侵害に対して,民法・刑法その
他の法律の解釈を通じて間接的に規律を与えています。
憲法にのっとって国を運営していくことを立憲主義といいます。立憲主義の
要素として伝統的には,国民の権利保障と権力の分立が強調されてきました。
今日では憲法の最高法規性と違憲立法審査権を加えて立憲主義の要素とする
のが一般的です。日本国憲法もこれらの考えに基づいています。」(39頁)
ウ 育鵬社版教科書の記述の問題点
上記の通り,育鵬社版以外の教科書では,立憲主義の意義について,憲法によ
って権力の濫用を防ぐという点を端的に説明しています。
一方,育鵬社版教科書は,「憲法は政治権力が濫用されることのないように抑
制するしくみを定めて,国民の権利と自由を保障」するという説明はあるものの,
ここでは立憲主義という言葉を使っていません。立憲主義の意味を「憲法にのっ
とって国を運営していくこと」と説明し,立憲主義の要素として「国民の権利保
障」,「権力の分立」,「憲法の最高法規性」,「違憲立法審査権」を挙げていますが,
権力の濫用防止については触れられていません。
このように,育鵬社版教科書は「立憲主義」という言葉と「権力の濫用防止」
について切り離して説明しており,両者を関連させて理解することが困難になっ
ています。
(2)憲法改正への露骨な誘導
ア 異常に手厚い取り扱い
憲法改正について,育鵬社版教科書以外の教科書は「国民主権」や「憲法の
保障」といった単元で,1頁の半分程度の分量で記述しています。
これに対し,育鵬社版教科書は,「平和主義と防衛」と題する単元で日本の防
衛の課題として北朝鮮や中国の脅威を強調した直後に,「憲法改正のしくみ」と
いう独立した単元を設け,2頁全部を使って記述しています。さらに,「憲法の
これから」と題した別の2頁では,生徒向けの課題として,憲法の個別の条文
の改正点を考えさせようとしています。
他社の教科書と比べて,異常な程に手厚い取り扱いです。
イ 不適切な内容
育鵬社版教科書の憲法改正に関する記述内容は,憲法改正が必要だという方
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向へ誘導しようとするあまり,その分量の多さに反して不正確・不適切なもの
となっています。
まず,側注に「各国の憲法改正回数」という一覧表を掲載した上で,「各国
では必要に応じて比較的頻繁に憲法の改正を行っています。」(育鵬社52頁)
と記述し,改正したことがない日本が異例であるかのように見せています。し
かし,このように単純に改正回数を比較することには意味がありません。ある
国では法律で定めていることを別の国では憲法で定めていることがあります
し,改正手続の厳格さも各国でバラバラだからです。さらに,一覧表では韓国
の改正回数が「9回」となっていますが,いずれも現行の1987年憲法が制
定される以前のものであり,韓国の現行憲法は一度も改正されていませんので,
学術的にも不正確な記載です。
また,別の側注には「主な国(二院制)の憲法改正要件の比較」という一覧
表を掲載し,「日本の憲法改正手続きは各国の中でも厳しいと言われています。」
(育鵬社53頁)と記述し,ここでも日本が異例であるかのように誘導してい
ます。しかし,一覧表にあるドイツやフランスは,憲法改正の限界を定める条
項があり,改正内容が制限されています。単純に各国憲法の改正要件のみを比
較することは一面的であり,妥当ではありません。
さらに,単元の終わりを「今後は,各院に設置された憲法審査会で,国会に
提出された憲法改正原案の審査が行われ,国会の議決を経た上で国民投票によ
る改正の是非が諮られることになります。」(同)と締めくくっており,まるで
国会に憲法改正原案が提出されることが既定路線であるかのように記述して
います。実際には,国会に憲法改正原案が提出される具体的な見込みはなく,
世論調査を見ても国民の多数が積極的に憲法改正を望んでいる状況だとは言
えませんので,この記述では生徒が誤った理解をする可能性があります。
ウ 憲法改正について本来取り扱うべき内容
憲法の基本原則との関係に照らせば,憲法改正について教科書で本来取り扱
うべき内容は,なぜ法律改正よりも厳格な手続きが要求されているのかという
点です。
この点について他社の教科書では,例えば,「憲法が国の権力を制限し,国
民の人権を保障する役割を持つ重要な方であるため,国民主権の考え方をより
強く反映させるべきだと考えられているからです。」(東京書籍45頁),「国の
基本法であり国民の権利を保障する憲法が簡単に変更されてしまうと,国は不
安定になり,国民も危険にさらされることになります。」(教育出版45頁),「基
本的人権など,民主政治において大切にすべき原則にかかわる国の最高法規の
改正には,慎重な判断が必要だからです。」(日本文教出版43頁)などと記述
19
しています。
一方,育鵬社版教科書はこの点について「憲法を最高法規として安定させる
ために」(53頁)としか説明していません。これでは生徒が,憲法改正の手
続きが厳格な理由を正確に理解することはできません。
育鵬社版教科書は,憲法改正への誘導を優先するあまり,生徒の理解を歪め
るものになってしまっています。
(3)小括
以上のように,育鵬社版教科書は,立憲主義についても憲法改正についても正
確な理解を得られるものではなく,学習指導要領に照らし合わせても不適切な教
科書ですから,採択すべきではありません。
5 国民軽視の「国民主権」(育鵬社42,43頁)
(1)日本国憲法における「国民主権」
大日本帝国憲法は,「天皇大権」と呼ばれるほどの広範かつ強大な権限を天皇
に与え,国民は「臣民」として実質的にはその権限行使の対象に過ぎなかったこ
とから,国家権力に対して,国民による民主的なコントロールが十分に及びませ
んでした。そのような戦前の国家体制が戦争への道を突き進んでしまった原因の
一つであることへの反省から,日本国憲法は,その前文で「主権が国民に存する
ことを宣言」し,国民主権を基本的人権の尊重や平和主義と並んで憲法の三大原
則の一つとしました。さらに,「天皇は,日本国の象徴であり日本国民統合の象
徴であつて,この地位は,主権の存する日本国民の総意に基づく」(第1条)と
規定して,重ねて主権が国民にあることを明らかにするとともに,天皇と国民の
関係は,大日本帝国憲法下での主君と臣民という関係とは異なり,天皇は主権者
である国民の総意に基づいてのみ存在することとなりました。
また,ここでいう国民主権とは,単に国家権力が自分たちの見地や正当性の根
拠を国民に求めなければならないということだけではなく,国民一人一人が主権
の具体的な行使者として政治に参加する権限を有することも含まれています。
(2)象徴天皇制を正しく理解できない
ほとんどの教科書は,前記のような国民主権の理解のもと,タイトルを「国民
主権」(帝国書院),「国民の意思による政治」(教育出版)など,国民主権を
前面に押し出したタイトルとし,「象徴天皇制」はそのなかの一項目として扱っ
ているにすぎません。
しかし,育鵬社版では,国民主権に関する記述のタイトルが「国民主権と天皇」
とされており,国民主権と天皇が並べて記述されています。しかも,内容をみる
と,天皇制に関する記述の方が圧倒的に多く,写真も3枚にわたって掲載され,
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「理解を深めよう」と題されたコラムも「日本の歴史・文化と天皇」というタイ
トルで天皇制についてのみ記載されています。
そこでは,「日本の歴史には,天皇を精神的な中心として国民が一致団結して,
国家的な危機を乗り越えた時期が何度もありました。明治維新や,第二次世界大
戦で焦土と化した状態からの復興は,その代表例です。」,「天皇は直接政治に
かかわらず,中立・公平・無私な立場にあることで日本国を代表し,古くから続
く日本の伝統的な姿を体現したり,国民の統合を強めたりする存在となっており,
現代の立憲君主制のモデルの一つとなっています」などと,ことさらに天皇の役
割が強調されています。
このように,育鵬社版は,国民主権よりも天皇を重視した記述となっており,
また,大日本帝国憲法以前の広範な権限を有していた天皇と日本国憲法のもとで
の象徴としての天皇とを区別せずに連続性のあるもののように捉え,その役割を
強調しています。これでは,日本国憲法下での象徴天皇制を正確に理解すること
はできません。
育鵬社以外の教科書では,いずれも天皇制よりも国民主権に関する記述量が多
く,天皇制についてはわずかしか触れられていないものがほとんどであり,その
内容は「象徴天皇制」について客観的かつ正確に記載されています。例えば帝国
書院では,「憲法第1条は,天皇は『日本国の象徴であり日本国民統合の象徴』
だと定めます(象徴天皇制)。これは,象徴という特別な役割を天皇が果たすこ
とを宣言する規定というよりも,主権が国民に移った結果,天皇は象徴の地位を
持つだけになったことを宣言する規定です。」(38頁)と記載されています。
(3)「国民としての自覚」を押しつける
また,育鵬社版教科書は,国民主権の説明に入る前に,「国民としての自覚」
という項目を設けています。
ここでは,福沢諭吉の「学問のすすめ」の一節(「一身独立して一国独立す」)
を引用し,「独立した個人こそが国を支えるもとであり,こうした人間が多くな
れば,国は栄えていくと説きました。」として,個人よりも国家の繁栄の上にお
いています。また,「憲法で保障された権利を行使するためには,他人や社会へ
の配慮が大切であり,権利や自由には必ず義務と責任がともなうとの認識も必要
です。」と記述し,ことさら義務と責任を強調しています。
育鵬社版は,学習課題として「主権とはどのようなことであり,国民はどのよ
うに主権を行使するでしょうか」と問いかけていますが,国民主権の説明の前に
このような記述が入ることで,個人の幸福追求よりも国家や社会全体のために主
権を行使すべきという「自覚」を押しつける内容となっています。
(4)国民の具体的な権力行使を軽視
21
育鵬社版教科書では,国民主権における「国民」について,「私たち一人ひと
りのことではなく,国民全体をさすもの」と説明しています。
しかし,前述のように,国民主権とは,単に国家権力を抽象的に権威づけるの
みならず,国民自身が具体的に主権の行使者であることも意味しています。参政
権などはその現れであり,日本国憲法では,公務員の選定・罷免権(第15条)
や選挙権(第15条,第93条),表現・結社の自由(第21条)などを国民の
権利として規定し,憲法改正の国民投票(第96条)や特定の地方公共団体に適
用される地方特別法の住民投票(第95条)など,国民が直接国家の意思形成に
関与する権利も規定しています。
育鵬社版教科書のような,国民一人一人が主権者として政治に参加することが
妨げられるような記述は,日本国憲法下の国民主権の説明として,誤っています。
(5)育鵬社版教科書では主権者を育てることはできない
以上述べてきたとおり,育鵬社版教科書では,「国民主権」の単元で記述の多
くを天皇制に割いているため,国民主権に関してはそもそも記述量が不十分です。
また,国家や社会全体のために主権を行使することが強調されており,書かれて
いる内容も不正確です。
したがって,育鵬社版教科書で学んだ子どもたちは,日本国憲法における「国
民主権」を正確に理解できず,主権者としての自覚を育てることができないため,
将来,主権者として適切にその権限を行使することができなくなってしまいます。
6 基本的人権より義務を強調
(1)基本的人権の学習は公民教育の原点
基本的人権は,人類の長年にわたる自由獲得の苦闘の中で歴史的に形成された,
人が生まれながらにして有する侵すことのできない権利です。基本的人権の豊か
な内容とその獲得の歴史を学ぶことで,1人1人がかけがえのない大切な存在で
あることを実感し,憲法上保障された基本的人権を守っていくためには「国民の
不断の努力」(憲法12条)が必要であることを知り,民主主義を担うという自
覚を持つ契機となります。基本的人権の学習は,公民教育の原点です。
(2)育鵬社版教科書の基本的人権の記載の問題点
ア 基本的人権に対する説明が不十分
育鵬社版は,「すべての人々に生命と自由を確保し,幸福を追求し人間らしく
生きるための権利を人権といいます」(44頁),「人権保障の基本は,各人をか
けがえのない存在として大切にすること(個人の尊重)」(46頁)と記載し,人
権の根拠が人間の尊厳であることや人権の普遍性についての説明に留まってい
ます。
22
他方,例えば,日本文教出版教科書では,「基本的人権(または人権)とは,
人はみな生まれながらに等しく自由で,他人にゆずりわたしたり,侵されたりす
ることのない生まれながらの権利をもっているという考え方です。この考え方は,
個人の尊重の原理に基づいており」と記載し(44頁),人権の根拠が人間の尊
厳であることや,人権の固有性,不可侵性,普遍性といった要素をすべて網羅し
た説明になっています。
このように,育鵬社版教科書の基本的人権の説明は不十分であり,基本的人権
の重要性が十分に伝わらない内容になっています。
イ 権利よりも「公共の福祉」「義務」の強調
育鵬社版教科書は,「国の憲法や法律,国際社会での条約など,すべて契約に
もとづくルールです」とした上で,「ルールを守ることによってそれぞれの権利
や利益が保障されます」「現代社会で増加するいろいろな問題(トラブル)の背
景には,責任や義務を忘れ,権利だけを主張する風潮があるからだといわれてい
ます」(33頁),「憲法で保障された権利を行使するには,他人や社会への配慮
が大切であり,権利や自由には必ず義務と責任がともなうとの認識も必要です」
(42頁)と繰り返し執拗に義務を強調しています。
また,育鵬社版教科書は,基本的人権の尊重という項目に,「基本的人権の保
障」と並べて「公共の福祉」「国民の義務」を記載しています(46頁)。このよ
うな記載の仕方により,基本的人権の大切さが希薄になり,「公共の福祉」によ
る人権の制限や「義務」が強調されることになります。
育鵬社版は,公共の福祉による制限の説明として,「人が社会で生きている以
上,みんなの人権を最大限保障しようとすると必ずどこかで衝突します」「ルー
ルを設けてみんなの人権を少しだけ制限して妥協してもらうしかありません。そ
の制約の原理のことを「公共の福祉」といいます」と記述し(46頁),過度に
権利の制限を強調しています。
他方,たとえば,日本文教出版の教科書では,人権思想のあゆみや各人権規定
を21頁に渡って説明した上で,公共の福祉を説明し,最後に「しかし,国家権
力が「公共の福祉」の名をかりて,大切な人権を簡単に制限しないように注意す
る必要があります。どのような人権が,何のために,どの程度制限されるか,そ
れぞれの場合ごとに検討することが大切です」と記載し(67頁),人権の制限
が例外的であることを説明しています。
他社の教科書が,基本的人権の項目の冒頭では,それが個人の尊重(憲法13
条)から派生する大切な権利であることを強調し,「公共の福祉」や「国民の義
務」については,人権規定についての個別の詳細な説明の最後に,しかも,法律
や行政施策の中での人権と人権の衝突の調和の問題として記載されていること
23
と比較すれば,育鵬社版が,基本的人権を軽視した上,「公共の福祉」の内容に
ついて誤った認識を持たせるものであることは明白です。他社の教科書には,公
共の福祉に名を借りて簡単に人権が制限されることのないよう注意喚起する記
載がありますが,育鵬社版の教科書にはそのような記載もありません。
育鵬社版では,公共の福祉により権利を制限する法律が列挙されています。そ
の中には,「選挙運動に関する制限」や「デモに対する規制」「公務員のストライ
キの禁止」など,民主主義を実現する上で重要な権利の制限であり,憲法違反の
疑いがあるものが記載されていたり,「破壊活動防止法」「団体規制法」「通信傍
受法」など,集会結社・表現の自由,プライバシーの権利から憲法違反の疑いの
あるものも何の説明もなく記載されています(47頁)。
さらに,育鵬社版は,国民の義務の項の最後に「憲法の理念に沿って国民生活
を営むためには,この三つの義務に加え,すべての国民が憲法を尊重し,等しく
憲法に保障された権利と自由を享受できるよう心がけなければなりません」と,
あたかも 国民に憲法尊重擁護義務を課すかのような記載をしています(47頁)。
ウ 憲法と法律の違いをきちんと説明しない
育鵬社版は,憲法が他の法律と異なり,憲法上保障されている人権が国家から
の自由が基本にあることを明確に説明していません。
育鵬社版は,「国の憲法や法律,国際社会での条約など,すべて契約に基づく
ルールです」として憲法と法律等を同列に列挙しています(33頁)。
また,育鵬社版は,「国や地方公共団体には,秩序を守るために強い強制力が
あります」とし,そのための法は,「憲法を頂点として」存在するとされ,憲法
の対公権力という側面を法一般の中でえがくことで相対化しています(38頁)。
また,憲法とは何かの説明として「国の理想や基本的なしくみ,政府と国民との
関係などを定めたものです。現代の多くの国の憲法には,歴史・伝統や,国民が
長年にわたり培ってきた考え方や価値観が盛り込まれています。各国は独自の
「価値」を憲法に記述することにより,国民に自覚と誇りをもたせています」と
記述し(39頁),憲法が人権保障を目的とするものであり,そのために政治権
力の濫用を抑制するという本質についての記述は劣後しています。
エ 日本における立憲主義・人権保障の歴史の認識を誤らせる
育鵬社版は,日本における人権を説明するにあたって,「古くから大御宝と称
された民を大切にする伝統」(45頁)を持ちだし,日本における立憲主義ない
し人権保障の歴史があたかも古代から継続しているかのような錯覚を起こさせ
ます。また,大日本帝国憲法について,「内外ともに高く評価され」た(40頁)
と肯定的側面のみを強調し, 法律の留保についても「大日本帝国憲法では国民
には法律の範囲内で権利と自由が保障され,その制限には議会の制定する法律を
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必要とするとされました(法律の留保)」と説明して(45頁),実際には大日本
帝国憲法下で法律の留保により言論弾圧など様々な権利侵害が行われたことや
軍部の暴走を招いたことは一切記載していません。
他社の教科書は,立憲主義ないし基本的人権の項目で,「大御宝(おおみたか
ら,「天皇の民」の意味)」などという文言を記載していませんし,大日本帝国憲
法下で,言論の弾圧や軍部の暴走を招いた歴史を説明しています。
このように,育鵬社版は,日本の立憲主義・人権保障の歴史について,一般的
な見解とは異なる認識を持たせるものです。
オ 子どもたちの権利の制限を強調
東京書籍の教科書では,「子どもは成長の過程にあるため,親の保護を受けた
り,飲酒や喫煙の禁止といった特別の制限を受けたり」するものの,「子どもも
一人の人間であり,個人として尊重されながら,成長する権利を持っています」
として,1994年に我が国も批准した「子ども(児童)の権利条約」について
も記述しています(49頁)。
育鵬社版は,「憲法はすべての国民に基本的人権を保障しており,子どもも例
外ではありません」としながらも,「飲酒・喫煙の禁止など,さまざまな権利や
自由についても制限が加えられています」として,権利の制限を強調します(5
7頁)。
他方で,コラムで少年法を取り上げ,少年法の理念を述べた上で,「しかし,
この未成年者に対する寛容な姿勢が,少年犯罪などを助長しているという指摘が
あります。少年犯罪などの低年齢化や凶悪化も問題となっており,2000(平
成12)年に少年法の一部が改正され,刑事罰を科す年齢が満16歳以上から満
14歳以上へと改められました」と記述しています(57頁)。2000年の少
年法改正は,子どもたちの抱えた問題性より,非行の結果の重大性に着目して重
罰化・必罰化するものであり,国連の子どもの権利委員会から,条約と国際準則
が求める内容に逆行するとの勧告を受けています。このように,育鵬社版は,子
どもの権利についても過度に制限を強調するものとなっています。
(3)小括
育鵬社版の基本的人権の記載は,日本における立憲主義が聖徳太子の頃から存
在していたかのような誤解を与え,日本国憲法で保障されている基本的人権は,
相対的なものであり,「公共の福祉」により制限されるのが原則であるかのよう
なおよそ憲法学の基本的な考え方とはかけ離れた認識を持たせます。他方で,義
務については執拗に強調します。このような教科書で学んだ子どもたちは,1人
1人が基本的人権を持つかけがえのない存在であることも,基本的人権の担い手
が自分自身であることも理解しないであろうし,基本的人権について,歴史的背
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景や内容について,憲法学の常識とは異なる認識を持つことになります。
7 家族・ジェンダー
(1)地理・歴史・公民
育鵬社版公民教科書の「なぜ公民を学ぶのか」にある「地理・歴史・公民の概
念図」(③頁)には,地理の横軸に「家庭」,公民の斜めの軸に「家族」,そして
歴史の縦軸には「子孫」「祖先」という区切りが書かれています。
「個」が尊重されるべき憲法を学ぶ公民において,家制度を連綿と守り続ける
歴史,個ではなく家庭を軸とする地理,家族を一つの指標とする公民が,教科書
の冒頭に記されているのです。後述する「やってみよう 人生をデザインしよう
-シミュレーション」(162頁)にあるように,女性は結婚して子どもを産み
家族を作るべきという視点から書かれていて,多様な生活様式を認めないもので
す。
また,この価値観は,戦前の家制度を彷彿とさせるものでもあります。194
2年に文部省が発行した「戦時家庭教育指導要綱」は,日本国民を天皇を本家と
する一つの家族としてとらえて,天皇や国に奉仕することを求めていました。こ
の轍を踏まないために個人の尊厳の尊重が日本国憲法の根本原理になったはず
なのに,育鵬社の教科書は,戦前回帰をしていると言わざるを得ません。
さらに,この考え方は,自由民主党改正憲法草案第24条1項「家族は社会の
自然かつ基礎的な単位として尊重される。家族は,互いに助け合わなければなら
ない。」に相通じる発想です。同改正草案第13条「全て国民は人として尊重さ
れる」と相まって,「個人の尊重」よりも,「家族の尊重」「家族という集合体」
を重視しているもので,個人の尊厳を尊重する日本国憲法と相容れないものです。
以上の理由から,育鵬社の公民教科書を採択することは,容認できません。
(2)男女共同参画
男女共同参画について,育鵬社版は,「男女の違いを認めた上で互いに尊重し
て助け合う」(57頁)と定義づけていますが,そもそも男女の違いという「男
は男,女は女」という型に当てはめた違いを押し付けるものであって,到底容認
できるものではありません。
男女共同参画について,他社の教科書は,例えば,「家庭,地域,政治など,
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社会のあらゆる場面で男女が責任をもって対等に役割を担う」(教育出版50,
51頁)とあります。また別の教科書では,「男性も女性も対等な立場で活躍で
きる社会を創ること」(東京書籍52頁)となっています。共通するのは,男女
が対等に個人として尊重されるジェンダー平等の視点であり,育鵬社版のように
男女の違いを前提とするジェンダー平等の視点がない教科書を認めることはで
きません。
育鵬社の公民教科書は,明らかに男女差別を助長するものです。このような教
科書を採択することは認められません。
(3)女性の年齢別労働力率の推移
日本では,女性の年齢労働力は,出産,育児の負担により離職する女性が多い
ためM型のカーブを描いています。育鵬社の教科書は,このM型カーブの年次比
較したグラフだけを掲載しています(57頁)。日本のM型カーブは,日本の労
働問題において大きな問題となっています。しかし,他国との比較がなければ問
題の所在に気が付けません。
例えば,東京書籍の教科書の52頁には,スウェーデン,ドイツ,アメリカと
の比較が載っています。これを見れば,日本が問題なことは一目瞭然です。他社
の教科書でも同様です(教育出版145頁,帝国書院138頁,日本文教出版1
50頁)。育鵬社版には,あえて日本の年次比較のグラフを掲載することで,少
しずつましになっていると思わせようという意図的なものを感じます。
そのような意図の見え隠れする教科書を採択することは認められません
(4)人生設計
育鵬社版の「やってみよう 人生をデザインしよう-シミュレーション」(1
62頁)では,自分の人生設計をグラフに書き込むようになっていますが,その
中で,結婚については,「いつ頃,結婚する?」,出産については「子どもはいつ
頃,何人欲しい」と設問がされています。当然に結婚して子供を産むことを前提
としており,多様性を認める社会と相容れない記述になっています。
この点,他社の教科書では,「技能をみがく ライフプランからお金について
考えてみよう」(帝国書院133頁)において,設問の中に,「1)結婚をしたい
か,したくないか,2)子どもは欲しいか,欲しくないか。欲しい場合は何人欲
しいか。」と,結婚をしない,子どもを持たないという選択肢が与えられている
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のです。家族形態が多様化している現代において,これらの選択肢が必要である
ことはいうまでもありません。現在,web 上には無料で使用できるライフプラン
シミュレーション(金融庁,松井証券など)が多数公開されていますが,当然な
がら配偶者の有無も子どもの有無・その数も選択可能です。
結婚しない,子どもを持たないという選択を生徒に与えない育鵬社の教科書は,
多様性を認めないものであり,女性は子どもを産み育てるべきという価値観に貫
かれています。このような教科書の採択は認めることはできません。
(5)夫婦別姓
育鵬社版では,憲法24条の説明の欄外に,「夫婦同姓は合憲」という新聞記事
が掲載されています(56頁)。これは本文とは全然関係ない記事なのですが,
あたかも,夫婦別姓制度が違憲であるかのような体裁になっています。事実婚の
両親を持つ子どももいる中で,その両親のライフスタイルを否定するような記事
をわざわざ掲載することは,子どもの心を傷つけるものであり,かかる記載は認
められません。
この点,他社の教科書では,「公民+ 夫婦別姓の議論」というページを設け
(帝国書院46頁),夫婦別姓制度について賛成,反対両方の意見を載せ,法律
婚を望むカップルに事実婚を強要することに合理性があるかどうか,議論がある
ことを示して考えさせています。
選択的夫婦別姓制度について議論があることに一切触れず,単に夫婦同姓は合
憲という記事のみを掲載する育鵬社の教科書は,一方の意見のみを取り上げた構
成になっており,不公平な記載であり,到底容認できません。
(6)家族の役割
育鵬社版は,「家族の一員としての私たち」という章立てをして,家族の役割,
家族に関する法律,家族形態の変化,家族の価値,と何項目も費やして,家族が
いかに大切な社会の基本的単位であるかを述べています(26頁)。そこには,「私
たちは,まず家族の中で育てられ,人格をはぐくみ,慣習や文化を受け継ぎ,社
会で生きるためのルールやマナーを身につけます。やがて新しい家族を作り,子
育てをします。年老いた親を支え,介護することも大切な役割です。」と記載さ
れているのですが,これは介護も育児も自己負担で行わせることを前提としてお
り,その結果として女性が家族の犠牲になることを当然のこことしていると言わ
ざるを得ません。
また,「やがて新しい家族をつく」るかつくらないかの自由もなく,当然に「子
育てをします」と子どもを持たない選択を認めない記述になっています。前述し
た本項(4)と同じく,特定のライフスタイルを子どもたちに押し付けるもので
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す。この記述では家族のいない子どもは置き去りになってしまいます。
加えて,家族の大切さを一方的に強調されることで,虐待を受けている子ども
は,逃げ場を失ってしまいます。
生き方の多様性を認めない育鵬社の教科書は,子どもたちに特定の価値観を強
制するものであり,到底容認できません。
8 外国人の人権保障に消極的
(1)外国人の人権保障や差別は重要な課題
今,日本では多くの外国籍の人が生活しています。2019年6月末の政府の
発表では,中長期在留者と特別永住者を合わせた在留外国人は280万人を超え
ています。
人権は生まれながらに有する権利である以上,外国人にも人権が保障されるの
は当然です。しかしながら,外国人の人権をめぐっては,権利保障が十分ではな
かったり,劣悪な労働環境に置かれたり,ヘイトスピーチに代表されるような差
別や偏見にさらされたりという深刻な問題が生じています。地域社会で外国人の
存在が当たり前となり,学校にも多くの外国籍の生徒が通学している現状におい
て,このような問題をきちんと認識しどう改善していくのか考えることは公民教
育の重要なテーマです。
(2)育鵬社版の記載は外国人の人権保障に消極的
多くの公民教科書は外国人の差別の問題や人権保障の不十分さを指摘し,改善
の方向を生徒に考えさせる記載となっています。ところが,育鵬社版は,「外国
人差別」の単元で「外国人にも人権は保障されますが,権利の性質上,参政権の
ように日本国民のみにあたえられた権利は,外国人には保障されません。・・・
ただし,外国出身であっても日本国籍を取得すれば,日本国民として選挙権をは
じめすべての権利が保障されます」(59頁)と記載されています。また,社会
権の単元では,外国人の社会保障について「国民が国に福祉的給付を求める権利
であるため,外国人にただちに保障されるものではありません」とわざわざ記載
しています。外国人が,税金や社会保険料を納付していることには触れられてい
ません(63頁)。これでは,外国人に人権保障がなされない点があったとして
も,仕方がないとか,日本国籍を取得すれば問題ないなどと生徒が捉えてしまう
おそれがあります。外国籍の生徒に対し,「お前には保障されていない人権があ
る」,「なんで日本国籍を取らないのか」などと心無い発言をする生徒も生じかね
ません。
なお,上記のとおり,育鵬社版は参政権が外国人にすべて保障されないと記述
し,参政権に請願権も含めています(65頁)。しかし,外国人にも請願権は当
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然に保障されるので,この記述は誤りです。
(3)他の教科書との比較
他の教科書では,外国人の人権保障について以下のように記述しています。「憲
法による人権の保障は,特に,外国人や障がいのある人など,社会の中で弱い立
場に置かれる可能性がある人々にとって,より大切です。弱い立場の人々が,差
別や不利益の解決を国や社会に対して求める場合に,憲法の規定が主張の支えに
なるからです」(東京書籍49頁),在日韓国・朝鮮人への差別の撤廃についての
単元で,日本の植民地支配にも言及し,「こうした歴史的事情に配慮して,在日
韓国・朝鮮人の人権を保障していくことが求められています」(同51頁)。他に
も,外国人について「たがいに認め合ってくらす差別のない社会をつくる必要が
あります。そのためには,日本語教育や外国人の子どもへの教育を充実させ,ま
た,労働環境や社会保障の仕組みを改善するなど,外国人が暮らしやすい環境づ
くりが不可欠です」(日本文教出版49頁),外国人に対する差別として,ヘイト
スピーチや日本で働く外国人の権利保障の不十分さが問題との記載をしていま
す(帝国書院47,48頁)
外国人の参政権についても,育鵬社以外の教科書は,単にそれが保障されるか
否かにとどまらず,ともに地域で生活する外国人の声をいかに反映させるか積極
的に考えさせる内容となっています。例えば,「現在,外国人には,地方参政権
が認められていませんが,各地方公共団体が,外国人の声をどうくみ取っていく
のかは重要な課題です」(帝国書院48頁),外国人の意見を政治に反映させる仕
組みとして川崎市の「外国人代表者会議」の取り組みを取り上げた教科書もあり
ます(教育出版121頁)。
このように,外国人の人権保障の不十分さ差別の問題を具体的に検討し考察す
ることこそ,多文化共生社会,すなわち「考え方や価値観の異なる人々が,互い
の文化の違いを認め合い,対等な関係を築きながら,社会の中でともに生活する
こと」(東京書籍23頁)につながるのではないでしょうか。
育鵬社版には,「人は一つの国家にきっちりと帰属しないと『人間』にもなら
ないし,他国を理解することもできないんです」とまで記載されています(11
頁)。育鵬社版は,互いの価値観や文化の違いを認め,対等な関係を築こうとい
う立場に立っていないと評価せざるを得ません。
9 メディアリテラシー
(1)メディアリテラシーとは何か
情報技術の進展は,民主主義の在り方を大きく変えつつあるといわれます。イ
ンターネットやSNSを利用することで,瞬時に様々な情報を手に入れたり,共
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有できたりする一方で,フェイクニュースやデマなどの不正確な情報も溢れかえ
っています。ポスト真実(トゥルース)とも呼ばれるこの時代に,子どもたちが
主権者として育ちゆき,平和で民主的な社会を担っていく上で,メディアリテラ