城塞都市エ・ランテルの墓地に不気味な男の笑い声が響く。
男の名はカジット・デイル・バダンテール。近隣諸国を脅かす邪悪な秘密組織ズーラーノーンの一員にして十二高弟の一人でもある。
彼にはひとつ目的があった。
それは死に別れた母親を蘇生する手段を探すことだ。しかし、すぐに人が扱える程度の信仰系魔法では不可能であることを知った。
そこでカジットは考えた。
蘇生できる魔法が無いのなら生みだせばよいと。そして己の才能がどの程度なのかも自覚していた。母親の亡骸は三十余年が経ち、ボロボロに朽ちてしまっている。そんな状態から復活させる蘇生魔法の研究には何十年とかかるだろう。それも、人間の一生をかけても辿りつけないであろう膨大な時間が必要だ。
そして目を付けたのが、ズーラーノーンの盟主が20年前に執り行った魔法儀式“
その発生した負のエネルギーを己に封じることで
しかし、死の螺旋を引き起こすには一定以上の
盟主から伝え聞いた第七位階魔法
故にカジットは五年もの歳月をかけ、弟子たちと共にエ・ランテルの墓地に隠し神殿を用意し
そして今、城塞都市エ・ランテルは死の螺旋を執り行うのに理想的な状態であった。すなわち、戦争がもたらす死者と負のエネルギーだけではなく、20万近い無力な
「ふははははは! さあ行け! お前たち! このエ・ランテルを死都に変えるのだ!」
カジットの叫びに呼応して解き放たれた
目指すは駐屯区。農民という生贄を喰らい、エ・ランテルの外周を落とす。そしてゆっくりと市街区を平らげるのだ。
カジットはこれから起こる死の螺旋を想像し歓喜に震えた。
「わ、忘れてたっ!!」
ナザリック地下大墳墓第六階層、
カジットの登場にどよめく貴賓席に、クレマンティーヌの声が一際大きく響く。
「あ……」
「クレマンティーヌ、説明を」
「はい。え~と、その、少し前に転職を考えていた時期がありまして……」
「ほう、転職か。初耳だな」
なんとも白々しい言葉だがモモンガはツッコミを我慢して先を促す。
「それで?」
「えー、彼の名はカジット・デイル・バダンテール。元スレイン法国の人間で、今は秘密結社ズーラーノーンの幹部です。彼の伝手で組織を見学させてもらったんですけど、ご覧の通り死霊術系の職場だったので私には合わないかな~と……。それで転職候補から外しました。はい」
クレマンティーヌはこれ以上追及しないでくれと目で訴える。
「なるほど。まあ、確かにクレマンティーヌには合わなそうな職場だな」
モモンガが納得してくれたことにホッとするクレマンティーヌだが質問は続く。
「彼は何をしているんだ?」
「た、確か、不死になる儀式の準備をしていたはずですので、恐らくそれかと」
クレマンティーヌの言葉にモモンガは身を乗り出すように
「不死になる? するとこの世界にも転生する手段があるのか。興味深いな」
この世界の転生手段に興味を持ったモモンガが思案を始めたので、今度はやまいこが質問をする。
「因みにその儀式の詳細は?」
「儀式の名は“死の螺旋”。以前、カッツェ平原でなぜ
「ああ、あの
「はい。ですので儀式というよりは“現象”に近いかと。カジットの目的は死の螺旋で発生する膨大な量の負のエネルギーなので、恐らくエ・ランテルを滅ぼすつもりです」
それを聞きモモンガが再び口を開く。
「彼の転生に興味はあるが、エ・ランテルを滅ぼされるのは困るな。とはいえ、これでは帝国の都市攻めも危うい」
「ねえ、モモンガさん。これ、名声を高めるチャンスじゃない?」
やまいこの言葉にモモンガは心得たと頷く。現状、
都市の崩壊は困る。砦戦の観戦も期待できない。であるならば、この状況をせめて自分たちの為に利用しなければ勿体ない。
「よし、冒険者としてエ・ランテルの防衛に手を貸して名声を得ようじゃないか。と、その前に、せっかくなのでカジットとやらをヘッドハンティングしてみるか。何かの役に立つかもしれないしな」
「モモンガ様。横からの発言、お許しください」
カジットの勧誘に言及するとモモンガの横から声がかかる。
「どうした、デミウルゴス」
「はい。もしよろしければ私の愚案を聞いていただければと思いまして」
「ふむ、聞かせてもらおう」
「はっ! 彼の者を勧誘する際に
モモンガは二ヵ月前に勧誘した
そして今回のカジットも
――それに。とモモンガは思う。自分と同じ
「そうだな。彼らの気分転換になるかもしれないし連れだしてみるか。ふむ。気分転換という意味では一般メイドたちもナザリックの外でピクニックをさせるのも有かもしれないな。どう思いますか、やまいこさん」
「良いね。墳墓の入口か神社なら大丈夫じゃないかな。あとは、神都がもう少し落ち着いたら散策させてもいいかもしれない」
確かにスレイン法国内であれば
モモンガは話をまとめるためにポンと手を打つ。
「では、ピクニックの件は追々考えましょう。取りあえずエ・ランテルに行きますか」
「了解」
エ・ランテルの駐屯区は阿鼻叫喚の地獄絵図であった。
帝国との戦いで疲れ切っていた民兵――徴兵された農民たちが、兵舎で泥のように眠っていたところを数え切れない
警鐘が鳴らされるが訓練らしい訓練をまともに受けていない農民たちは咄嗟に行動を起こせない。次々と兵舎の扉が破られ、建物の中から悲鳴があがる。
王国軍にとって不運だったのは、墓地に隣接する兵舎には徴兵した農民を中心に寝泊まりさせていたことだ。下級貴族直属の近衛や、それこそ王国戦士団や精鋭兵団といった王族や有力貴族に仕える兵士たちは墓地とは真逆の位置に配置されていたのだ。
それは軍事施設において合理的な理由で配置されたわけではなく、不浄な土地に近寄りたくないという身分制社会の選り好みが優先された結果だ。
それが今、エ・ランテルに駐屯する王国軍を悪夢のどん底に突き落とす結果となる。
墓地から溢れた
時間が経てばたつほど、王国軍は苦しい立場になるのだ。
カジットは徐々に勢力を増す
そして――
駐屯区を練り歩く
「始まったか。ぐふ、ぐふふふふ! ついに、始まったか!!」
カジットの視線の先には
――死の螺旋の始まりだ。
エ・ランテル市街区。
駐屯区に近い地域では早くも
しかし、それも束の間、
「ルクルット! ニニャを連れて組合まで下がれ!」
“漆黒の剣”のリーダー、ペテルが叫ぶ。
そしてニニャをルクルットに任せたのにも理由があった。
後衛のニニャを守るために懸命に
「くそっ! キリがねぇぞ! お前たちはどうする!?」
「住人のためにもう少し時間を稼ぐ。ダイン、お前もまだ行けるだろ?」
「当然! メイスを振るだけの体力はまだまだあるのである」
ペテルとダインは
「そういう訳だ。お前たちは先にいけ」
「わ、分かりました。では――
「おう、ありがとな」
足手まといになることを恐れたニニャはペテルの判断に従う事を決める。仲間の無事を祈って最後に防御魔法を唱える。途端に足元がおぼつかなくなるがまだ意識は保てている。後退することはできるだろう。
そんなニニャを見てルクルットも腹を決める。
ふらつくニニャに肩を貸すとペテルとダインに声をかける。
「んじゃあ、俺らは先行くからよ。お前らも頃合い見計らって逃げろよ」
「本当に、無茶はしないでください」
「分かってるさ。無茶はしない」
「さあ、行くのである」
ペテルとダインは二人を急き立てる。
そうして去っていく仲間を見送ると、ペテルとダインは互いに頷き合う。
――無茶はしない。もちろん嘘である。
攻撃してきたのが帝国軍であれば住民は戦争法で守られており、冒険者も原則不干渉だ。しかし、いま目の前にいるのは生者を憎む
誰かがここで無茶をしなければ多くの住人の命が失われる可能性があるのだ。
――
生きた人間が側にいれば、
二人は生餌になることを選んだのだ。
とはいえ、ペテルとダインも無駄死にする気は毛頭ない。
放置されている荷台や建物、細い路地を利用して、囲まれないよう慎重に位置取りをしながら戦うつもりだ。地の利は生者にある。狙いはあくまでも時間稼ぎなのだ。
近くでは他の冒険者たちも戦っている。彼らと連携しながら少しずつ下がれば、援軍がくるまでの時間は稼げるはずだ。そして万が一の時はルクルットが言ったように、頃合いを見計らって逃げればよいのである。
ペテルとダインを残し、ニニャとルクルットは後ろ髪を引かれる思いで走る。
前線は押され気味だが、行政区へと続く大通りには
冒険者組合のある広場に辿りつくと、事態を飲み込めず戸惑う住民たちと緊急招集された様々なランクの冒険者たちが集っていた。住民たちが不安そうな眼差しを向ける中、冒険者たちは組合長の指示待ちのようで各々装備を点検している。すぐに出動する気配はない。
冒険者たちには動けない理由があった。
帝国軍が攻めてきたのか、それとも
万が一にも冒険者たちが徒党を組み、帝国軍とぶつかるようなことがあれば一大事。そのまま帝国側の勝利で戦争が終わった場合、鮮血帝が冒険者組合を許すはずがない。必ず報復処置をとるだろう。
戦闘に長けた冒険者組合でも、さすがに国を相手に喧嘩はできない。
ニニャとルクルットは人混みをかきわけ冒険者組合の建物へ向かう。自分たちが見たことを報告しなければならないからだ。
「おい、お前たち! 先発組だな。状況を報告してくれ」
建物の入り口から緊迫した声がかかる。歴戦の強者を思わせる風貌の男、エ・ランテルの冒険者組合長、プルトン・アインザックである。
立場柄、事務作業の多い平時とは違い、今は鎧を着こんでいる。とっくに冒険者を引退した身だが、この男はエ・ランテルの危機に座して待つ気はないようだ。
疲労しているニニャを休ませながらルクルットが応える。
「組合長、墓地への門が
ルクルットの報告に周りの冒険者たちも集まる。
「帝国軍ではないのだな……。それで、
「百や二百なんてもんじゃない、数千はいる。早く対処しないとやばいぜ」
ルクルットの言葉にアインザックは即断する。
「聞け、冒険者たちよ! 敵が
『おおぉおぉぉ!!――
――ドドォーーーン!
アインザック組合長の指示に応えた冒険者たちの
ニニャは見た。
休憩のため道端に腰を下ろし、半ば見上げる形でアインザック組合長の言葉を聞いていた為、空から降ってきたそれを見てしまった。
難度にしておよそ48。無数の人骨で
――
大きな衝撃音と共に舞い上げた砂煙が晴れると、そこには踏みつけた人間の返り血を浴びた全高三メートルほどの
そして、多くの冒険者たちが体勢を立て直し反撃に転じようとする直前、
その白い骨の尻尾が凄い勢いで向かってくるのを、まるで他人事のように、ニニャはただ見ることしかできなかった。
王国戦士団が異変に気づいてエ・ランテル内を奔走し始めた頃、エ・ランテルを包囲する帝国軍にも異変が起こっていた。エ・ランテルの北側と西側を包囲していた師団から、東側の陣地に設置された帝国軍本部に続々と戦闘報告が届き始めたのだ。
ジルクニフは本部に足を運ぶ。何かが起こっても余程のことがない限り部下たちに任せても構わないと考えるジルクニフだが、“敵は
「何事だ」
「は! 現在、エ・ランテルの北と西で
その報告にジルクニフは眉をひそめる。
「エ・ランテルの西に墓地があった筈だが、数千だと?」
「自然発生したとは思えませんな」
「爺もそう思うか」
遅れて現れたフールーダが皇帝の疑問に答える。
「カッツェ平原ならいざしらず、人の手の入った墓地で一度に数千も自然発生することはありえませぬ。長年墓地を維持してきた都市が定期的な駆除を怠るとも思えない。十中八九、人為的なものでしょう」
「戦争の混乱に乗じて邪教の類が暗躍する、か」
ジルクニフは帝国に潜む邪教徒の存在を思い出し顔をしかめる。
「如何致しますか?」
「如何もなにも、戦争相手の我々が援軍に駆けつけても混乱するだけだろう。こちらに被害が無ければそれでいい。――が、王国軍に使いを出せ。“手に負えないようなら助けてやるぞ”、とな」
「陛下もお人が悪い」
フールーダは言葉でこそ窘めているが顔には笑みをたたえていた。
そこへ顔に無数の傷跡を刻んだ筋骨隆々の男が荒々し気に登場する。この東側の陣地を任されている帝国軍第三軍を指揮するベリベラッド将軍だ。
「陛下! パラダイン老! 一大事ですぞ! 第二軍から報告、四騎士のナザミ・エネックが戦死!
「何だとっ!?」
将軍の言葉に真っ先に反応したのは皇帝だ。
ジルクニフは叫ぶ。
「第二軍は北だったな!
もはや先ほどまでの余裕は見受けられないがそれも仕方がない。
四騎士の一人が戦死しただけでなく、かつてカッツェ平原に現れた規格外のモンスターと同じ名前が報告に挙がったからだ。
「はっ! 初めは
一体で帝国を危機的状況に追い込める伝説級の
フールーダの思案する声が漏れる。
「まさか、いや、数千の
「爺。爺の力をもってしても簡単には退けないという認識でいいんだな?」
「はい。まずは第二軍に伝令を。相手にせず距離を取れ、と。
「よし! では――」
「――報告!!
その場の全員から表情が抜け落ちる。
「馬鹿な、二体目だと」
「爺――」
「――
フールーダに呼びかけようとした皇帝は、逆に強い語気で愛称を呼ばれ息を飲む。鮮血帝と恐れられる彼を“ジル”と呼べる相手はそうはいない。その一人が今目の前にいる逸脱者フールーダ・パラダインだ。
帝国の建国以来歴代の皇帝に仕え、帝国においてその教養と知識に並ぶ者なき英雄。普段であれば聖者のような、または保護者のような雰囲気の彼が、今は英雄の
「ジル。私は弟子たちと共にできるかぎり友軍の撤退を支援する。それと、ベリベラッド将軍。お主とその軍団の命、私にくれ」
「はっ! 帝国のお役に立てるのなら、喜んで!」
一方的な“命をくれ”の言葉に、ベリベラッドは迷いなく了承する。傷だらけの彼は見た目通りの武人であり、そして帝国が誇る将軍だ。緊急を要するこの場において、状況を把握している将軍は自分だけだと理解しているのだ。
ベリベラッドの覚悟を認めたフールーダは改めてジルクニフに向き直る。
「そういう訳だ、ジルや。すまないが第三軍を貰い受ける。ジルは第三軍を除く全軍を即時撤退させ、帝国の守りを固めなさい。これはもはや人間同士の戦争ではなくなった。聡いジルなら分かるな? 初動が肝心だ。今やらねばならぬことは可能な限り軍の被害を抑え、お主が無事に帝国に戻ることだ」
ジルクニフを見据えるフールーダの目には有無を言わさぬ迫力がある。
が、元よりジルクニフに反論する気は無い。
二体目の
人類対
故にジルクニフは決断する。
ベリベラッド将軍の第三軍を犠牲に、残りの五軍を逃がす。いや、既に
「ふん、言われるまでもない。できればフィオーラ王国が絡む前にエ・ランテルを奪いたかったがな。はぁ、止めだやめ。死都になるかもしれない場所に長居は無用。全軍撤退だ」
ジルクニフは一呼吸置くとフールーダとベリベラッドを見据える。
「――必ず戻れ。お前たちが命をかけるべきは帝国。エ・ランテルではないぞ」
『御意』
直後、帝国軍は撤退に向けて慌ただしくなる。
フールーダもすぐさま弟子たちを集めると、
エ・ランテルで
結果、初動が遅れ、多大な被害を受けた。
発生した
「このままゆっくり前進だっ! 一匹も見逃すなよ!」
『はっ!!』
その民兵たちの様子にガゼフはひとつ安堵する。平静を取り戻せば連携が取れる。たとえ農民だろうと見様見真似で隊列を組めば低位の
ただ、逆に気がかりなこともある。
居住区から散発的に戦闘音が聞こえてくるのだ。
駆け付けたい気持ちに駆られるが、今は駐屯地に集中しなければならないとガゼフは我慢する。居住区には魔物退治の専門家がいる。平均的な王国兵士よりも強く、場数を踏んでいる彼らを信じるしかない。
「戦士長! 北門から帝国兵!!」
「なにっ!?」
王国戦士団が北門に差し掛かった時、突然北門から帝国兵が現れる。
混乱に乗じて帝国軍が攻めてきたのかと思ったが、ガゼフは直ぐに違和感を覚える。突撃にしては数が少なすぎる。そして武器を手に持ってはいるが兵士然とした所作が感じられない。ただひたすらに、全速力で走っているだけだ。
ガゼフのその疑問は、帝国兵を追うように北門から姿を現した
「オオオオァァァァアアアア!!」
北門に現れたそれが咆哮する。
大気を震わせ聞く者を萎縮させるその叫び声は、この場の全員の注意を引き付けるに十分なほど大きく、邪悪だった。
「あ、あれは何だ……」
見たことのない
巨大な騎士は右手に血塗れの波打つ刀身の剣、左手にはその巨体を覆い隠すほどの大盾。身体には帝国兵のものか何本もの剣や槍がささっており、ボロボロの漆黒のマントがまるで闇を纏っているかのようにたなびいている。
一目見て、この
ガゼフはリ・エスティーゼ王国から宝具を賜っている。
金属を紙のように切り裂く
そして十三英雄の一人から託された戦士の技量を高める指輪。
ガゼフがこれらを装備すれば間違いなく近隣最強の存在だと皆は言う。
驕る訳ではないが、ガゼフ本人も誰にも負けない自信と、それを裏付けるだけの鍛錬を積んできたつもりだ。
それでも、だ。目の前の強大な存在を相手に、死力を尽くして戦っても勝てるかどうか分からなかった。
巨大な黒い塊が一足飛びに隊列へ向かって身体を滑らせる。
その巨体から想像もできないほど軽やかに、そして素早い動きに王国軍の兵士たちは反応できなかった。
漆黒の闇が躍る。
一閃。
波打つ剣が一度振るわれただけで王国兵士三名の命が刈り取られた。
再び一閃。
兵士たちが崩れ落ちる。
大盾による打撃。
兵士が飛ぶ。
そして、最初に命を刈り取られた兵士が
「馬鹿なっ!? 殺された直後に
この強敵はガゼフが独りで受け持つべきだ。
そして倒せなくとも可能であればエ・ランテルの外に追い出さなければならない。
そう思いながらガゼフは剣を構え、北門を確認する。
「な、なにをしている」
そこに、予想し得なかったものを見る。
帝国兵が物資を満載した荷馬車で北門を封鎖していたのだ。
「何をしているっ!!」
いや、答えなくても分かる。理解してしまった。
彼らは逃げていたのではなかった。
死の騎士を誘いこんでいたのだ。
ガゼフの心は激しい怒りに染まる。そこへ追い打ちをかけるかのように空から火の玉が降り注ぎ、荷馬車共々北門を吹き飛ばす。可燃性の何か――カッツェ平原で本陣を燃やした錬金油と思われる積み荷が炸裂し、北門を一瞬で火の海に沈める。
元々戦争を想定して作られた頑丈な門なので完全には崩れてはいない。しかし衰えることのない炎と荷馬車などの瓦礫のせいで常人が無傷で通過することは不可能になった。
反射的に上空へ目を向けると、カッツェ平原の時とは異なり目視できる高さに犯人がいた。帝国が誇る偉大な
「フールゥーダアァァアーー!!」
咄嗟に近場の兵士から槍を奪うと、ガゼフはフールーダに向け投擲する。
しかし、槍が届くことはなかった。槍の投擲に気づいた他の
「オオオオァァァァアアアア!!」
ガゼフの叫び声に呼応するかのように死の騎士が咆哮する。
ガゼフを敵として認識したようで一直線に向かってくる。
「糞っ!」
接敵するや否や振るわれた剣を武技で弾き反す。
もはやフールーダを気にかけている余裕はない。
ガゼフは意識を切り替え目の前の強敵に集中する。
今から始まる戦いは間違いなく死闘となる。
一瞬の油断が死に直結するだろう。
ガゼフは覚悟を決めると死の騎士を目掛け剣を振るう。
「パラダイン様! 各門の封鎖が完了したようです!」
「良し。各隊に
「は!」
フールーダは眼下に燃えるエ・ランテルを一瞥する。
己が指示した作戦に対して罪悪感はない。第二軍を襲っていた
申し訳なく思うとすれば、
「行くぞ」
フールーダは空中で踵を反すと帝国へ向け飛び立つ。
それに、ついでと言ってはなんだが
ガゼフが
フールーダは飛びながら上空を見やる。
目には映らないが不可視化した
――後は彼らに任せればいい。
「高度を下げて明かりをつけろ」
フールーダは弟子たちに低空を飛んで撤退する地上の味方を誘導するように指示をだす。
帝国軍人は誰であれ貴重な人材だ。今後、ガゼフにしろ
独自設定
・ズーラーノーンの盟主が執り行った“死の螺旋”が具体的に何を目的にしたものなのかは不明。取りあえずカジッちゃんが不死化のヒントを得る儀式。
・カジッちゃんが第七位階魔法の
・駐屯区の内訳。貴族とか身内を墓地の側に起きたがらなそうだったので。
・死の螺旋によって生まれる