このコンテンツは、将来ピック先輩の自作教室に移す予定です。
「DL-80をいつも使用しているのですが、エイリアスノイズが乗るんです。何とかならないでしょうか。」
ずいぶん前に、こんなメールが届いた。エイリアスノイズ?私のところに来るメールは、大半がローカルな造語を使用する質問も来て、そもそもその言葉の意味を聞くことから始まることも多い。エイリアスは分かるけど…そのノイズってなんだろう?と聞いてみたところ、「1弦を弾いたときにでる、ぶつっというノイズ」なんだそうな。
ほとんどの人が誤解しているが、DL-80やDM-2等のいわば「アナログディレイ」と呼ばれる代物は、アナログではない。半分アナログ、半分デジタルという変な代物。この辺の話は、アナログ・デジタル変換の基礎知識が必要になる。なので、知識がある人はすぐに分かるが、本当にそうなのかは確認してみないといけない。
大半のアナログディレイと呼ばれるエフェクタで使用されている、ディレイの元となる信号遅延を作るICがあり、それはBBDと呼ばれる。ディレイの他に、電子リバーブやコーラス等も信号遅延が必要なエフェクタには、BBDが使われている。
自作をしている人なら、BBDという名前を聞くことが多いはず。ディレイやコーラスとかで使われるMN3005とかのICを思い出す方もいるかと思う。BBDとは、MN3005等で使われている仕組みの総称のこと。実は、アナログで遅延を作るとなると、テープレコーダーや蓄音機のような仕組みが必要になる。足下でつかうペダルとしては、簡単に作れるモノではないし、特にテープで構成すると、エンドレスを実現するために、特殊な構造のテープが必要になる。言い換えると、遅延というのは信号を何かの媒体に記録と再生をさせて時間操作を行う。テープの場合は磁気になる。常に連続信号しか扱えないアナログ技術だけで信号を録音するというのは結構やっかいである。
じゃあ、BBDではどうしているかというと、これも音の信号を記憶している。どこに記録するかというと、コンデンサ。入力信号の電位をコンデンサに蓄えていき、バケツリレーのような感じで電位をコンデンサからコンデンサに移していく。バケツリレーのイメージはこんな感じ。
左のバケツに水をくみ、右のバケツに移していくと、一番右のバケツには移している時間だけ遅れが出る。これを利用して信号の遅延を作り出している。
このバケツの数が多いほど、ディレイタイムの最長時間が長くなる。どういう事かというと、バケツ同士は直列につながっていて、入力から出力まで必ず全部のバケツを通る。なので、バケツの数が多いと、最初のバケツから最後のバケツまで水を移す回数が多くなるので、時間がかかるというわけ。
例えば、4個のバケツと8個のバケツであれば、左から右のバケツまで水を移すのに、8個のバケツの方が倍の時間がかかる。
BBDでは、このバケツの事をステージと呼んでいる。BBDを購入するとき、商品名に「4096ステージ」とか書かれてるが、これはバケツの数と思ってもらえばいい。512ステージのMN3004と、1024ステージのMN3005では、2倍のステージ数の違いがあるので、ディレイの時間も倍違う。
さて、単純な仕組みとステージ数の違いは分かったわけだけど、この状態だと、ステージ数が固定ならディレイタイムも固定になってしまう。バケツの数を自由に変えられる構造になっていないので、自由にディレイタイムを変更するには、バケツからバケツに水を移す時間を変える必要が出てくる。
上記の違いのように、バケツからバケツに水を早く移せば、入り口から出口までの時間が短くなる。早くなると言うことは、ディレイタイムが短くなる。
さて、ここで一つ問題が。バケツからバケツに水を移す作業の時間間隔は、POTの抵抗値を時間間隔に変換して、ICに対して指示をしてやらなければならない。そもそも、時間間隔ってどうやって与えればいいのかというと、クロックと呼ばれる信号を使う。通常は正方波形をしていて、絶えず一定電圧と0Vを行き来している。クロックと聞いて思いつくのが、パソコンとかのCPUクロックだと思う。アレと同じで、時間の基準になるクロックをBBDに与えてやらないと動作しない。
電源が9Vの場合は、上記の絵が高い位置にいる場合は9V、低い位置にいる場合は0Vという具合だ。このクロックが速くなると、バケツからバケツに移す時間が速くなるので、ディレイタイムが短くなる。
じゃあ、これをどうやって作ればいいかというと、エフェクタでよく使われている方法は、MN3101等のクロックジェネレータと呼ばれるICを使う。BBDの内部では、コンデンサからコンデンサに電荷を移す門の役割を担っているのがMOSFETという種類のトランジスタで、このMOSFETのゲートにクロックがつながっていて、上がったり下がったりしている時間が、バケツからバケツへの水を移す時間になる。ちなみに、MN3101は抵抗とコンデンサでクロックの速さを変更できる。
MN3005のBBDが、MN3101とセットで使われるのはこういう理由からである。
BBDの仕組みは上記で終わり。
BBDは分かったけど、そもそも、BBDの何がデジタルなのか?
さらに言うと、デジタルとは何だろうか。じゃあ、アナログは?この辺は定義が曖昧な部分があるけど、工学的にデジタルというのは量子化された離散的な数を意味する。とくに、連続した処理の話になると、CDなどのサンプリングという話が出てくる。
サンプリングって何?デジタルって数値の事じゃないの?って、確かにデジタルデータは数値で表せるけど、数値自体の事じゃありません。数値のことだとしたら、アナログ量も数字で示すわけでしょう?じゃあ、物理や化学、数学の数式とか、長さや重さの数値は、全部デジタルなの?と言うことになる。
サンプリングというのは、連続時間を離散化し、一定時間毎に電位を抽出して数値化(量子化)すること。いいかえると、時間や電位に対して連続な変化をアナログ、一定区間毎に区切って量子化したデータをデジタルと言っている。ちなみに、離散とは、連続していないとびとびのと言う意味。
sin波形を例に取ると、アナログだと次のように連続した線になる。
横軸は時間。時間は連続して経過するので、不連続点が無く、綺麗につながる。
デジタルの場合は時間を連続した状態と見なさず、一定時間毎に過ぎると考える。一定時間毎に時間が動いているような感じ。そのため、同じsin波形でも一定時間毎にしかsinの値が取得できないので、時間軸に置くと波形がどうしてもギザギザになる。
アナログに比べて、デジタルは劣化すると言われているのはこういうためである。けど、時代はデジタル。劣化するのは良くないのに、劣化した信号を使っているのはデジタルにしたほうが大きな恩恵を得られるからで、それは皆さんもお世話になってるかと思う。
ちなに、CDは44.1kHzと周波数をよく聞くと思うが、この周波数こそまさに、1秒間に44100回の間隔で離散化していますという意味になる。
さて、BBDのバケツリレーの話を思いだしてもらうと、BBDはクロック(一定時間)を基準にしてバケツからバケツに水を移していく。本来の信号は連続しているのに、そのときの水の量をバケツに移して、一定時間経ったら次のバケツに移すという仕組みから、信号が一定時間毎に区切られることになるため、離散化していると言える。
つまり、BBDの出力から出てくるのは連続した信号ではなくて、ギザギザした離散化された信号になってしまう。論より証拠。実際にDL-80のBBD ICの端子をオシロスコープで見てみよう。エフェクタには、1kHzの正弦波を入力している。
まず、BBDの入力端子の信号。
多少歪みは見られれるものの、きれいな正弦波になっている。エフェクタの入力(INPUT)から、バッファやフィルタを通って、BBDの入力端子につながっている。
ところが、BBDの出力端子の波形になると…。
【ディレイタイムが最長の場合】
【ディレイタイムを短くした場合】
原型がなんだったのかわからないぐらい崩れてしまっているが、よく見ると、一定時間ごとに区切られている横にずれているのがわかると思う。ちなみに、ディレイタイムが短くする=クロックが速くなるため、横軸の間隔が短くなっている。
注意していただきたいのは、上記の波形はBBDのOUT1だけを見た波形であり、OUT2と合成されて初めてBBDで離散化された信号になる。
(なぜOUT1とOUT2を合成するのかという説明は、データシートを参照)
そのため、実際に使用する合成された出力の信号はこんな感じ。
【ディレイタイムが最長の場合】
【ディレイタイムを短くした場合】
多少改善はされたものの、かなりひずんでいる。多少の歪みは、BBDデバイス内のバケツの水漏(コンデンサの性質上、どうしても漏れます)やオシロプローブ挿入でインピーダンスが下がっての漏れもあるかもしれませんが。
けど、実際にエフェクタから出てくるのはこんなギザギザした信号ではなくて、なめらかに連続した信号になっている。解説は省略するが、LPF(Low Pass Filter)を通すと、この波形のギザギザ感が取れてなめらかな信号になる。BBDの出力には必ずフィルターの回路が入っていて不要な高周波を取っている。
【ディレイタイムが最長の場合】
【ディレイタイムを短くした場合】
ディレイタイムが長い場合は、三角波のようになってしまっているが、ディレイタイムが短いと正弦波とわかる。
これで、BBDが離散化している様子がわかったと思う。
さらに、BBDがデジタルと違う点は、信号の電位は連続しているという点。つまり、時間軸に対しては離散化しているが、信号に対してはコンデンサを使って保持しているのでアナログ量になる。
後半へ続く