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絵画の中の賀茂斎院 ~描かれた式子内親王~

 2020/06/30(Tue)
 先日ちょっとまた色々賀茂斎院サイトを更新しましたが、そこで「斎院関連資料」のページに「斎院関連史料等の画像」という項目を新たに設けました。
 名前を見ると仰々しいですが、簡単に言ってしまえば斎院関連の画像リンク集でして、何のことはない、今まで千尋のPCの中にぽつぽつ存在していた斎院関連のブックマークがベースです(笑)。これまでも時折検索で面白そうなものがあるとブクマしていたのですが、これはこれで賀茂斎院情報としてそれなりに有益だろうと感じたので、いっそきちんと整理して公開しようと思って作ってみました。

 ともあれ今回一覧として整理してみた結果、圧倒的に多かったのは予想通りというべきか、やはり31代斎院式子内親王でした。
 元々賀茂斎院としてよりも歌人として名高く、現代でも人気の式子内親王ですが、この人はそれに加えて小倉百人一首の歌人という強み(しかも持統天皇と合わせて二人だけの皇族女性)も加わって、数多くの絵巻や画帖等に描かれています。またここ10年程の間に式子内親王に関する書籍も色々出版されていますが、表紙を見るとWEBで見かけた覚えのある絵がちらほら使われていて、大体は出典がわかるのですよね。
 しかし今回、様々な絵の中の式子内親王を改めて一通り見た時、あれ、と気になった点がありました。

 そもそも、歌人を絵画に表したものはしばしば「歌仙絵」と称され、中でも代表的な作品が去年京都国立博物館で大回顧展が開催された「佐竹本三十六歌仙絵巻」です。もちろん千尋も喜び勇んで見に行きましたし、一部入れ替えこそあったものの、36人中実に30人(!!)の歌仙が集結した会場は、まったく圧巻と言う他なかったです。絵巻切断(正確には分割?)からちょうど百年という時代に巡り合わせた幸運に心底感謝したものですが、ただひとつ、よりによって斎宮女御がなかったのは大変残念でした(もっともそれ以前の美術展で既に3回ほど見てはいるのですが、やはりこの機会にもう一度見たかったです)。
 ともあれ、そうした歌仙の中でも特に有名な柿本人麻呂や小野小町等は、絵画化するにあたって色々と「お約束」が決まっており、装束やポーズ等がある程度パターン化されています。例えば小野小町なら、後ろ姿にして顔を見せない(あまりに美貌過ぎて描けなかった、または敢えて見せないことで想像の余地を残した等諸説あり)とか、または十二単ではなく細長を着ている(これは原因不明。どなたかご存知でしたら教えてください)とか、そういう感じですね。

 で、式子内親王の場合はと言いますと、(少なくとも平安時代の有職故実に則って描かれた場合)ほぼ全ての絵に共通していると言えるのが「几帳と畳」です。
 三十六歌仙の斎宮女御や百人一首の持統天皇も同じですが、この「几帳と畳」は天皇もしくは皇族という大変高貴な人物(特に几帳なら女性)であることを表す目印で、このようなものを持物(じぶつ)と呼びます。西洋美術では英語で「アトリビュート」と言いますが、勿論日本美術でもこうした持物はあり、仏像がいい例です。手に塔を載せていれば毘沙門天とか、獅子に乗っていれば文殊菩薩だとか、間違いなくその人(仏像なら仏様)だと特定できる手がかりになるので、大変重要です。
 というわけで、式子内親王の場合も個人特定とまではいかないものの、几帳と畳は最低限欠かせない必須のアイテムなのです。しかもただの几帳と畳ではなく、几帳は「美麗几帳」と呼ばれる豪華な織物を用いた贅沢品、また畳も繧繝縁(うんげんべり)と呼ばれる最高級の格式の品(雛人形でお内裏様が座っているあの畳です)で、見る人が見ればそれだけで一目瞭然なんですね。

 ところが今回、式子内親王の絵を見渡してみて、もう一つ面白い共通点があることに気が付きました。
 上記のように、几帳と畳さえあればそれが高貴な女性であることがわかるわけで、逆に言えば畳はともかく几帳なんてどこにどう置いてもよさそうなものです。と言っても、そもそも几帳は貴婦人がその姿を隠すために用いるものなので、当然本人よりも手前に置かなければならず、従って背景に置くというのは適当ではありません(もっとも尾形光琳の「秋好中宮」(MOA美術館所蔵)はまさに背景が美麗几帳ですが、女性ばかりの場面を描いたものなので問題ないと考えたのかもしれません)。ちなみにこれがさらに進化?すると、これまた光琳の「三十六歌仙屏風」のように几帳だけを描いて本人の姿はまったく見えない(笑)という、まるで留守文様のような図柄になったりもします。
 しかし式子内親王の場合、何故か圧倒的に多かったのが「左側に几帳を置き、几帳の右端から後姿を半分ほど覗かせている」という構図だったのです。

参考リンク:『新三十六歌仙図 式子内親王』(和泉市久保惣記念美術館)
http://www.ikm-art.jp/degitalmuseum/num/001/0010677000.html

 はて、一体どうしてこんな構図まで揃って同じになったんだろう?としばし考え込んだのですが、リストアップした絵をさらに見ていくうち、はたと思い当たったことがありました。

 そもそも、最初に式子内親王が絵画として登場したと思われるのは藤原定家が百人一首を考案したよりもさらに前(といってもほぼ同時代ですが)、後鳥羽院が自ら撰したという「時代不同歌合」です。これはその名の通り、古今の歌人を時代に関係なく歌合のように番えたもので、有名なところですと「在原業平と西行法師」とか「僧正遍照と大僧正慈円」といった具合で、まさに時代を越えた夢の対決を歌合せにしたわけですね。
 そしてその中に式子内親王も登場するのですが、右方の式子内親王が番えた左方の相手は勿論、かの斎宮女御(徽子女王)です。
 片や平安中期の伊勢斎宮、片や平安後期の賀茂斎院という二人の斎王、さらに実力からいってもいずれ劣らぬ優れた歌人同士であり、まさに好一対の組み合わせでしょう。そしてこの「時代不同歌合」でも、式子は必ず左の几帳から後姿を覗かせています。

 というのも、左方(=鑑賞者から見て右側)に位置する斎宮女御は、「右側に置いた几帳の左端から」頭の上半分(正確には目から上)だけを覗かせて横たわっている構図なのです。

参考リンク:斎宮歴史博物館所蔵「時代不同歌合絵巻断簡」
https://www.bunka.pref.mie.lg.jp/saiku/da/detail?id=494498

 面白いことに、最も古い歌仙絵のひとつと言われる「佐竹本三十六歌仙絵巻」の斎宮女御の「右側に斜めに几帳を置き、畳の上に座して顔を伏せている」という構図は何故かメジャーではなく、上記のような時代不同歌合の「右に置いた几帳から、目から上だけを出して横たわる(または眠っている)」構図が、斎宮女御を描くにあたっての「お約束」として定着したようなのです(斎王研究者の榎本寛之氏は『伊勢斎宮と斎王』でこの構図を「夢で歌の啓示を受けているところ」ではないかとしています)。そしてそれと対になる形で描かれた式子内親王は、構図も斎宮女御とは反対に「左に置いた几帳から、後姿(あるいは少し振り返った姿)を覗かせる」という形に描かれ、それが後に百人一首の中で描かれた時にもそのまま継承されていったらしいのですね。つまり最初に斎宮女御と対で描かれたからこそ、式子内親王の絵姿はあの構図になったということではないでしょうか。

 とはいえ、百人一首では番える相手であった斎宮女御は存在しなかったためもあってか、後には左右逆転した構図の絵や、それどころか佐竹本の斎宮女御の構図をほぼそのまま踏襲した絵(狩野探幽作「百人一首画帖」)等も描かれています(ちなみに探幽は小野小町も佐竹本の構図ではなく細長を採用しており、一方後姿の構図は何故か紫式部です)。
 なお探幽は「新三十六歌仙」を題材にした作品で、少し振り返った見返り美人風な構図の式子内親王も描いています。元々探幽の画風は大変典雅で上品ですが、この絵は衣装も几帳も大変丹念に描かれたとても美しいものなので、興味のある方はぜひリンクからアップでご覧ください。

参考リンク:
・『新三十六歌仙図帖(狩野探幽)/式子内親王』(東京国立博物館画像検索)
https://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0009412
・『女房三十六歌仙図画帖』[式子内親王・伊勢](斎宮歴史博物館)
https://www.bunka.pref.mie.lg.jp/saiku/da/detail?id=494440
・『光琳かるた』(京都大石天狗堂)
https://www.tengudo.jp/korin/


 最後に、近年出版された式子内親王関連図書をご紹介します。


・『式子内親王:たえだえかかる雪の玉水』


・『式子内親王私抄:清冽・ほのかな美の世界』
(表紙:フェリス女学院大学図書館所蔵『新三十六歌仙画帖』式子内親王)
https://www.library.ferris.ac.jp/lib-sin36/sin36list.html


・『異端の皇女と女房歌人 式子内親王たちの新古今集』(角川選書)
(表紙:狩野探幽「百人一首画帖」式子内親王)


 なお以前にも書きましたが、千尋はもう随分昔、一度だけ探幽展で「百人一首画帖」を見たことがあります。しかしその時は残念ながら式子内親王は見られなかったので、ぜひいつか実物にお目にかかりたいと思っているのですが、個人蔵なためかその後なかなか美術展に出てきてくれたことがないんですよね…

関連過去ログ:
・「絢爛たる謎」(2011/7/6)
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