hylomの日記: 退職(およびスラド編集長からの退任)のご挨拶 1
突然ではありますが、このたびスラドおよびOSDN(OSDN.net/OSDN.jp)の運営会社である株式会社アピリッツを退職することになりました。書類上は7月中旬まで同社に在籍していることになっておりますが、いわゆる「有休消化」という扱いで、6月30日が最終出社日となっています。ここスラドには「編集長」という立場で関わってきましたが、退職に伴ってその肩書きもなくなります。読者の皆様、長らくスラドをご愛読いただきありがとうございました。
今後は、OSDN部の部長であるkazekiriこと佐渡さんがスラドの最高責任者という形になり、平常の編集者業に関してはnagazouさんとheadlessさんが担当する形になります。書類上の退社日が過ぎたあとについては、編集者権限は残るものの特権ユーザーではなくなり、毎日の編集作業に関しても基本的には手を引いてボランティアベースでの関わりとなります。
ということで、以下はいわゆる退職エントリとなります。
hylomってナニモノ?
松島浩道(Hiromichi Matsushima)と申します。OSDN(現・アピリッツOSDN部)には2008年5月に入社したので、12年ほど在籍していたことになります。スラドでは掲載する記事の選抜や編集をしたり、タレコミをしたり、さまざまなユーザーからの問い合わせに対応したり、削除依頼申請の窓口をやったりしていました。また、オープンソースソフトウェアの開発・ダウンロードサイトであるOSDNでも編集長という肩書きでOSDN Magazineの記事企画や執筆、さまざまなコンテンツ制作などをやっていました。そのほかの業務内容としては次のような感じです。
- さくらインターネットが運営する「さくらのナレッジ」というサイトから依頼を受けての技術記事の執筆
- スラドの新システムの設計と実装
- IT・テック系の広告記事の企画・執筆
ちなみに、OSDN(現・アピリッツOSDN部)入社前はSBクリエイティブという会社でPC/IT系雑誌の編集をやっていましたので、編集者歴としては15年ほどとなります。
皆様の興味は、ぶっちゃけ「なぜ退職したの?」という話になるとは思います。明確に何か1つの理由があるのではなく、いくつかの理由が重なって退職に至ったわけですが、それを説明する前に、まずはそのきっかけとなった、現在のスラドとネット広告の現状についてお話ししたいと思います。
現在のスラドとネット広告の現状
スラド(およびOSDN)は、(少なくとも私が入社したころからは)広告収益による運営を目指しています。実際2010年代中頃までは、広告収益だけでサイトの運営と成長に必要な十分な収益を得られていたと認識しています。しかし、ここ5年ほどは広告収益に関しては下り坂で、SEO支援などの「サイドビジネス」でそれを補う構造になっていました。
広告収益の減少に関してはとても理解しやすい2つの理由があります。1つは広告単価の減少、もう1つはサイトのページ閲覧数の減少です。
今から10年前の2010年ごろは、ネット広告プラットフォームに多様性のある時代でした。広告配信ネットワークサービスを手がける企業はたくさんありましたし、広告代理店もネット広告の営業に熱心で、掲載先サイトを紹介する分厚い「媒体資料集」を配って広告営業を行なっていました。当時はスラドもその媒体資料集に掲載してもらい、それなりの頻度で広告代理店経由での広告掲載を受注したり、また複数の広告配信ネットワークを組み合わせて収益性の向上を目指すといった試みも行なっていました。OSDNやスラドは比較的小規模なサイトではありますが、その結果として一定の収益性を保つことができていました。
しかし、2020年現在、スラドやOSDNが過去に採用していた、もしくは利用を検討したことのある広告配信ネットワークのうち、少なくない数のサービスが消滅しています。今では広告代理店経由での受注もほとんどありません。その代わりに幅を聞かせているのがGoogleの広告ネットワークです。現在、少なくとも一般消費者向けのサイトにおいては、Google以外の広告ネットワークをメインの広告枠として使うことは考えにくい状況にあります。スラドに広告を出したいという広告主も、現在ではそのほとんどがGoogleの広告配信ネットワークに対し、サイト指定で広告を出すという状況になっています。そして、Googleの広告配信ネットワークにおいては、近年そこで配信される広告の単価は下落傾向にあります。
また、ページ閲覧数の減少の大きな要因はGoogle経由での訪問者数の減少です。直近の数字ではサイト閲覧者数のうち半分ほどがGoogle経由での訪問者です。各種SNSやブックマーク等で直接サイトを閲覧してくださるユーザーの数は(その増え方に増減はあるものの)ずっと増加傾向ではあるのですが、それでも未だにサイト訪問者数の過半数がGoogle経由での訪問者であり、そしてこの数字はGoogleのアルゴリズム変更によって大きく変動します。特に、近年GoogleはいわゆるSEO業者対策として「低品質なコンテンツ」への誘導を抑え、「権威のあるコンテンツ」への誘導を高める方針を見せていますが、これらはコミュニティベースで無権威なスラドに対しては大きな向かい風でした。
しかし、広告収益が減少したとはいえ、広告収益で運営するネットメディアというものは現在でも規模の追求さえしなければ十分運営できるとは考えています。昨今ではサーバーやネットワークインフラといった固定費の削減がしやすくなっており、数人規模のチームでの運営であればなんとかやっていけると思います。しかし、その場合でもまた別の問題が存在します。「Googleは財布を預けるに当たって十分信頼に足る存在なのか?」という懸念です。
Googleへの不信
たとえば、GoogleはスラドやOSDN上のコンテンツに対したびたび「不適切なコンテンツである」との警告を出し、修正しないと広告をすべてブロックすると要求してきます。たとえば過去に性的だとして不適切扱いされたものとしては、『TENGA、精子をスマートフォンで観察できる「TENGA MEN'S LOUPE」を発売』や、『美術館で展示されていた黒い穴、黒すぎて気づかなかった男性が誤って落下』といった記事があります。しかし、どちらも記事内容に性的な要素はありません。前者はまだ「精子」などの単語がフィルタに引っかかったのではないかと推測できますが、後者に関してはどこに問題があるのかまったく理解できません。かつては、こういったコンテンツ内容に関する警告に対しては、そのページだけ広告を消すという対応を行なっていました。しかし、最近ではこういった明らかに問題がないページに対し警告が出るケースが増えていることから、基本的にはすべて異議申し立てを行なうことにしています。異議申し立てについてはそのほとんどがそのまま受理されていますが、なぜブロックされたのかの説明は一切ありません。
Googleはこういったコンテンツの審査に対しAIを活用していると言われており、その結果としてこういった誤検出が発生することは理解しています。しかし、こういったAIの誤りによって、突然すべての広告がその収益とともに消え去ってしまうという懸念は常に感じています(なお、こうした警告は日本時間では深夜に通知されるため、弊社広告担当者は一時夜から朝にかけてよく怯えていたそうです)。
また、Googleの広告配信ネットワークではほぼリアルタイムに広告掲出回数やクリック数といった成果を確認できますが、これまで表示されていた成果の数字が突然「なかったこと」にされるといったこともたびたび発生しています。Google側は不正なアクセスを集計から外したとしていますが、何が不正なアクセスなのかという説明はありませんし、掲出回数に関しても、別のデータを元に集計した数字から乖離することは珍しくありません。これらに関しては、Googleの言っている数字をそのまま受け入れるしかない状況なのです。
検索によるトラフィック誘導に関しても、アルゴリズム変更によってGoogle経由のアクセス数が突然1、2割減るといったことが頻繁にあります。その後アクセス数が戻ることもあったり、逆に突然アクセス数が増えることもあります。もちろん、秀逸・有益なコンテンツはより発見されやすくなるべきだという原則に関しては賛同します。しかし、Google検索の結果は現実にはさまざまな方法で操作が可能であり、そういった手法への対処のための突然のアルゴリズム変更や「Googleの基準」の変更の巻き添えを受けてコロコロと変わるGoogleによる誘導数に一喜一憂する、といった状況には大きな不満がありました。
Web広告ビジネスと収益構造とコスト
こういったGoogle依存とも言える現状から脱出するためにはGoogle以外の収益源を模索するしかありません。しかし、残念なら編集長として私個人レベルではその道筋をつけることはできませんでした。これが、私が退社を決めた理由の1つです。
一方でOSDNという組織としては、こういった状況から脱するための1つの決断が行われました。それが、今年2月に発表した株式会社アピリッツへの事業譲渡です。先日OSDNでは「バナー広告の全面的な廃止」を発表しました。これにより、OSDNはアピリッツにおいて収益源ではなく、オープンソースコミュニティ支援による社会貢献や、それによるアピリッツのブランド・地位向上を果たすための存在という位置付けになりました。
昨今においてはこのようにブランド認知や広報、集客目的で企業がメディアやサービスを運営する例は珍しくなく、むしろIT系分野においてはそういったメディアの方が増えつつあります。ただ、収益を直接稼がない存在となった場合、今度はその存在意義を社内外に対して発信していく必要があり、収益とは別の指標を使った成果も求められることとなります。しかし、現状のスラドはアピリッツに対しどのような貢献ができるのかを明確に定義できていない状況です。
たとえば人材紹介ビジネスを手がける企業が運営するメディアであれば、そのメディアによって自社サイトに人材を誘導でき、そのうちどの程度の割合が人材紹介に繋がった、といった分かりやすい貢献を示すことができるでしょう。人材紹介は成約すれば1件あたり少なくとも百万円以上、案件によっては数百万円の売り上げも期待できる大きなビジネスですから、それによって十分に運営コストを賄うこともできると思われます。しかし、アピリッツの主業はソフトウェア開発業であり、そういった誘導による貢献は難しいと言わざるを得ません。
スラドにおいては現在も広告掲出を続けており、広告収入についてもまだ諦めているわけではありません。しかし、Googleの方針1つでその収益性は大きく変動する状況にあるわけで、そういった事業にリソースを投入することは難しい状況です。
このように、現在スラドは今後どのようなビジネスをしていくのか、不明瞭な状況下にあります。とはいえ現時点ではアピリッツ内にスラドのサービスを終了させようという圧力は存在せず、むしろスラドをどうやって存続させるか、複数の部門や担当者が頭を悩ませながら前向きに検討している状況です。ただ、その際に費用対効果についてはやはり大きな課題となります。
アピリッツは受託開発案件を多く抱えており、それらの売り上げはスラドと比べれば文字通り桁違いです。また、スラドに関しては収益性の面でも先が読めない状況にあります。そうなると、そこに専任の人員を割り当てておくことすら厳しいかもしれません。そう考えると、将来的にスラドの担当者はすべて社内でほかの業務も掛け持ちする兼任担当となる形が落とし所になるでしょう。しかし、もし私がそのような立場になった場合、アピリッツ内で一体私は何ができるのか、ということが問題となります。もちろんプログラミングやアプリの設計をすることはできますが、アピリッツ社内において私と同じような年齢、職歴を持つエンジニアに対しては、一般的にはプロジェクトの管理などの業務が期待されることでしょう。しかし、残念ながら私は商業的なソフトウェア開発のマネジメントに関してはまったくの未経験者であり、即戦力として給料に見合った働きができるとは思えません。それ以外のスキルを考えた場合でも、もちろん個々人が所有するスキルは異なるために単純な比較はできませんが、ソフトウェアの受託開発を主業とするアピリッツでは、社内の同クラスのエンジニアと比べた場合に私の持つスキルを同じようにマネタイズすることは難しいのではないか、との結論に至りました。これが、退職のもう1つの理由です。
もちろんこれに関しては私が個人で導き出した結論であり、社内で私個人に向けた圧力などがあった訳ではありません(社内で「編集」との肩書きが付いた社員は私だけなので、どうすれば良いのか対処に困っていた可能性はないとは言い切れませんが……)。
幸いなことに、アピリッツという「後ろ盾」ができたことで人材の選択肢は増えており、また資金面においても突然運営資金が枯渇する、といった状況はあまり考えられなくなりました。そのため、私が抜けた後の運営に関しても、そんなにひどいことにはならないだろうとの見通しが立てられたことも退職理由の1つです。現在アピリッツ社内ではスラドの開発担当エンジニアの社内公募が行われており、ここでエンジニアをチーム内に引き入れることができれば、ここ数年私が片手間でやっていた新システムへの移行作業に関しても大きく進むことでしょう。また、編集作業に関しても社内でいくつかのアイデアが出ています。スラドにおいては、社内においてうまく立ち位置を見つけることができれば今後も持続的に運営・発展が続けられるのではないかと思っています。
スラド・OSDNの思い出
長くなりましたが、以上が私が退職を決めた理由となります。心残りとしては、やはり新システムへの移行を完全には片付けることができなかったことでしょうか。スラドの運営だけでなく記事執筆活動なども並行してやっていたこともあって進捗は芳しくない状況でしたが、ここ3か月ほどで既知の課題はほぼ潰した状況になっていますので、後任の開発・運営担当者さえ見つかればすんなり移行作業は進むのではないかとも思っています。なお、スラドのシステム開発においてはデータベース設計が悪いと開発のどの段階でもそれが原因のトラブルに繋がるということを十二分に体験でき、ソフトウェア開発者としては非常に大きな勉強ができました。
スラドやOSDNの運営に携わってきた中で、印象的な出来事も多くありました。定期的に話題になる水関係の装置について取り上げた記事に対し弁護士名義でお手紙がやってきたり、商標関連の話題を取り上げたら直接伺って話をしたいという連絡が来たためにオフィスに刺又が配備されたり、コメントでのユーザー間のトラブルに介入したところ死ねと書かれたメールが私宛に送られて来たり、巫女エンジニアの話題を取り上げたところ某研究員の方から「あれは絶対創作ですよ」と詰められたりと、一般的には面倒そうなものが多かったような気もしますが、毎日のサイト更新という基本的に平坦になりがちな業務において良いアクセントになっていたような気もします。なぜかInteropにOSDNが出展して特に何を展示することもなく単にブース内に座って日常業務をするという、なかなかない体験もさせていただきました。
後任の方はまずデータベース構造を理解するのが相当に大変でしょうが、このシステムを触れるようになれば概ねどのようなPerlのシステムでも触れるようになると思いますので、(社内の人がこれを読んでくれているかは分かりませんが)ぜひアピリッツ社内の公募に応募していただければと思います(今更Perlかよという感じもありますが)。また、アピリッツでスラドのシステム開発をやりたい、スラドやOSDNの運営に携わりたいという方がいらっしゃいましたら、常時アピリッツは中途採用を受け付けておりますので、スラド右サイドバーに表示されている人材募集バナー経由で応募していただければ幸いです(そのバナー経由で応募すると、スラド経由での求人応募といういうことになり、社内的にスラドの評価に繋がります)。
私のこれからですが、7月前半は早めの夏休みというていでお休みさせていただくことになっています。また、その後の転職先もすでに決定しておりますが、そちらは編集職ではありません。15年続けてきた編集者という職種を離れることには不安もあり、メディア系の企業の選考もいくつか受けておりましたが、私のスキルについて評価をいただき、給与面でも現状と比べて遜色ない金額を提示されたことからそちらのお世話になることに決めました。そちらについてはまたどこかで告知するかもしれませんし、しないかもしれません(なお転職先はGoogleではありません)。ともあれ、今後ともスラドとOSDN、そしてアピリッツをよろしくお願いいたします。
お疲れ様でした (スコア:0)
辞められてしまうのですか、残念。ともあれお疲れ様でした。
SBクリエイティブ、昔軽く取り引き(個人で記事納入)してました。もしかしてすれ違ってたりして。
新天地でのご活躍お祈りしております。
夏休み楽しんで下さい!