意外と歴史は長い!『日本のバレンタイン・デー』は二・二六事件より前に始まっていた

バレンタインデーに女性が男性にチョコレートを贈る習慣は日本独自のもののようですが、その始まりは何と1932年!?

更新日: 2014年01月31日

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mahalo_greenさん

<1932年 モロゾフがバレンタインチョコレートを販売する>

神戸を代表する洋菓子メーカーであるモロゾフ。創業翌年の1932年2月に販売したバレンタインチョコレートが、日本のバレンタインの起源と言われています。

モロゾフは1931年8月8日に設立され、創業翌年の1932年には日本で初めてのバレンタインチョコレートを発売しました。この事実は、資料室を整理していた際に偶然創業時のカタログが発見されて判明したことです。

当時のカタログには、ハート型のチョコレート容器にファンシーチョコレートを入れた「スイートハート」、バスケットに花束のようなチョコレートを詰めた「ブーケダムール」が紹介されています。

この頃の日本の出来事…<1932年 五・一五事件>

武装した大日本帝国海軍の青年将校たちが総理大臣官邸に乱入し、内閣総理大臣犬養毅を殺害した。

<1936年 モロゾフがジャパンタイムズにバレンタイン広告を掲載>

「モロゾフ」(神戸)は1936年(昭和11年)2月12日に、神戸で発行されていた外国人向け英字新聞にバレンタインデー向けチョコレートの広告を出している。

この頃の日本の出来事…<1936年 二・二六事件>

日本の陸軍皇道派の影響を受けた青年将校らが1483名の兵を率い、「昭和維新断行・尊皇討奸」を掲げて起こしたクーデター未遂事件

将校は近衛歩兵第3連隊、歩兵第1連隊、歩兵第3連隊、野戦重砲兵第7連隊らの部隊を指揮して、岡田啓介内閣総理大臣、鈴木貫太郎侍従長、斎藤實内大臣、高橋是清大蔵大臣、渡辺錠太郎陸軍教育総監、牧野伸顕前内大臣を襲撃、総理大臣官邸、警視庁、陸軍省、参謀本部、東京朝日新聞を占拠した。

<1941年~45年 太平洋戦争>

<1953年 テレビの本放送開始>

<1958年 メリーチョコレートが伊勢丹でバレンタインセール>

1958年(昭和33年)2月メリーチョコレート会社は新宿・伊勢丹の売り場に「バレンタインセール」と手書きの看板を出した。

しかし「3日間で売れたのは30円板チョコ5枚と4円のカード5枚だけであった」とか。
しかし、それにもめげず翌年にはハート型のチョコを出し、女性から男性へと言う殺し文句も打ち出したそうです。

メリーチョコレートの会社を起した原堅太郎社長は元モロゾフの社員で、やめて東京へ出てきて昭和25年に東京都渋谷区青葉町において高級チョコレート並びにキャンデーの製造販売を始め、その後27年に株式会社メリーチョコレートカムパニーを設立。

この頃の日本の出来事…<1958年 東京タワー竣工>

<1960年 森永製菓がバレンタインの新聞広告を掲載>

森永製菓では1960年(昭和35年)にバレンタイン企画を新聞広告などのマスコミを通して行ない、チョコレートの販売を促進しました。

各社がハート型チョコレートを発売したのもこの時期です。

この段階ではハートのついたカードや手紙に "チョコレートをそえて贈る日" であり、チョコレートをメインに贈るというものではありません。それに女性から男性にと限定されておらず、ただ "愛の日" というだけです。

1950年代後半からこの習慣が紹介されることが増え、女性から男性にチョコレートを贈るという日本独特の形で根付いていった。

この頃の日本の出来事…<1964年 東京オリンピック開催>

◆欧米のバレンタインデーは?

欧米では、バレンタインデーには男女間だけでなく家族や友人にカードやプレゼントを贈ります。

アメリカで最も一般的なバレンタインデーの買い物と言えば、グリーティングカードが挙げられる。

調査によると、アメリカの消費者の55%が1枚以上のカードを送る予定だ。

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