大盤振る舞いとは、盛大にごちそうしたり、気前よくものを与えたりすることを指します。
もとは「椀飯振舞」と書き、漢字の通りお椀に入った飯を振る舞うというところからきています。
まぁ、それはさておき、
私は大盤振る舞いがしたい!
なにやら巷ではパパ活というものが流行ってて、いい歳をしたおじさんから可愛い女の子がご飯を奢ってもらったり、お金を貰うという、謎の副業みたいなのがあるらしい。
しかーし!私はそういう「才のある女の子たち」をまっっったく羨ましいとは思いません。
なぜならそう、私は奢られるよりも奢る側にいたい。与えられるよりも与える側にいたいからだ!
どどのつまり、簡単に言うと大盤振る舞いがしたい!
それはある種の私の性癖のようなものであり、またプライドのようなものでもある。
そんな、私の今回の記事は「大盤振る舞いしたいよ!」ってことを軸に、パパ活やら、奢る奢られるやらについて書きます。
パパ活
最近よく聞くようになったパパ活。簡単に言うとそれは若い女の子がそこそこお金を持ったおじ様とデートをすることで、報酬を得ると言う仕組みです。
「パパ活は悪だ」とか「意地汚い」とか「品がない」とか言われたりすることがあるけど、私はそうは思いません。(もちろん私はパパ活してないししようとも思わないけど)
この世の中にある仕事は全部需要と供給で成り立っています。
焼き肉を食べたい人がいるから焼き肉屋があり、脱毛したい人がいるから脱毛サロンがある。
パパ活は要は素人キャバクラみたいなもんです。
パパ役は素人の若い子とデートをしたいからお金を払う。
若い女の子は、お金がほしいから自分という商品を提供する。
至って普通なことです。
ただそこのお金のやり取りは個人間であるため、毎年多額の付与があるパパ活女子は贈与税を払う必要があります。そのへんをしっかりやっているなら私自身あまり問題はないと考えてます。なんなら国に貢献してますし。ニートよりもマシかもしれません。
ただそれではなぜ、パパ活は咎められる傾向があるのか?ということですが、「楽にお金を稼いでいるように見える」からです。
羨ましいのです。嫉妬。エンヴィ。
他人は一般的に自分よりも苦労をせず、自分よりも賢くないやつが、生まれ持った美しさだけで、楽にのし上がることを嫌がります。
「俺はこんなに頑張って汗水垂らして働いているのに!」となるのです。
そりゃそうです。自分という境遇と比較してみたら遥かに楽なイージーモードの人生を歩んでいそうな彼女たちを羨むのは当然のことです。
しかし、何も全員がそう思うわけではありません。あくまで割合でいうとそのような人が目立って多いというだけのことです。
パパ活に関しての感想は人それぞれです。
「お金があればそんなことできるのか!」目線
「そういう手法もあるのか!」目線
「すごい私もやりたい!」目線
「あなたの為にならないよ」目線
「なにくそ!楽して儲けやがって」目線
パパ活に関しての感想は最後の目線の人の割合が多いってだけのことです。その人たちが批判をします。
私は「そういう手法もあるのか」目線です。なので、全く批判の気持ちはありません。むしろパパ活女子は需要と供給を分かっていて自分を売りに出す才能に長けていると感心さえします。
しかし、私はそんなことをしたいとは微塵も思いません。理由はかっこ悪いから。
冒頭で述べたとおり私は大盤振る舞いがしたいのです。パパ活で言うなら奢られる女の子ではなく、奢る男性側になりたいです。だってそっちのほうがずっとずっとかっこいいから。
私が思う大盤振る舞いと奢りの違い
奢り。どの会社でも、どの大学でも、上司は部下に奢り、新人に奢り、先輩は後輩に奢り、男性は女性に奢る。そんなことが長年続いていてもはやそれが当たり前のこととして捉えられています。
上司にご飯を誘われれば「多分奢られるんだろうなぁ」とか思ったり、先輩に飯いこうぜ!と言われれば「奢りかな」と期待するし、男性に「お食事行きませんか?」と誘われたら財布は出すフリはするけど「いいよ僕が出すよ」の一言を待ったりします。
それがなんとなく『普通』になっているのが私はいやです。
別に女性が男性に奢ったっていいじゃないか。後輩が先輩に奢ったっていいじゃないか。金で優劣をつけていいのか!と。
しかし、そんなことは言っても実際問題、実力主義の社会。金を持っていれば、持っていない人よりもスゴイとなるし、偉いと思われる。
そして奢りは手軽に人間としての優劣を見せつけるために使われたりもする。
もちろん、奢った側が奢られた側よりも優れているなんてことはなくてもです。
奢るとはちょっとばかし義務感みたいなものがあるのが残念です。
そういう側面が少なからずあるのが「奢る」ですが、大盤振る舞いは少し違います。
優劣とか、お金出したから偉いんだとか、そういうのは一切ない。ただ、「飯を食ってくれ!一緒に楽しもうではないか!」というのか大盤振る舞い。もちろんイメージだけど。こっちのほうが遥かにかっこいい。
だからそう、私は大盤振る舞いがしたいのである!
ほら一緒に楽しもう!食べよう!って。
まぁ、そんなコミュニケーション能力は持ち合わせていないし、そもそも大盤振る舞いをするほどの友人もいないから、その願望は儚く散るわけなんだけど、
できることなら、与えられる人よりも、気前よく与えられる人になりたいなぁと思うわけです。
そんなとこで、今回はおしまい。
またね。