この間誕生日を迎えました。(いぇーい)
まぁ、いわゆる誕生日となるとなんかしらの祝い事をするのが日本では一般的とされていて、「おめでとう」となる。
ちなみに私は誕生日が来てもあまり嬉しくはない。
ただの日常と大差ないからである。
昔は誕生日になったら「おめでとー」とかそういうの、誰かしらなんかしらしてくれて、すごい嬉しくて「早く誕生日こないかなぁ」とか、「まだかなぁ」とか思ってた。
あの時期は懐かしいな。健気でとてもかわいい。
ということで今回は誕生日について書いていきます。
誕生日は嬉しくない
昔は、「誕生日まだかなぁ」って誕生月になると指折り数えていたけど今は、「あれ、気づいたら誕生日過ぎてた」になってる。
表題に「嬉しくない」と書いたけど、それは「やだ」って意味じゃない。マイナスじゃなくて、ゼロ。誕生日に関して何も抱かなくなったということ。
いつから
私が誕生日がどうでも良くなったのは中学生あたりから。その頃は相変わらず「おめでとう」って言ってくれる誰かがいて、嬉しいという気持ちと半分、「本当に祝われるべきなのは私なのだろうか?」と思った。
これはどういうことかというと、中学生あたりで、「誕生日は自分が主役である」という気がしなくなったのである。
もっと深堀すると、「誕生日に本当に祝うべきなのは産まれたほうではなくて、産んだほうでは?」となった。
私は産まれた日のことなど覚えていない。痛かったのか苦しかったのか、なんで泣いていたのか。
なんなら泣いていたのかすら知らない。「泣いていたんだろうな」というのは勝手な妄想で、本当に全く、微塵も産まれたときのことを思い出せないでいる。
だか一方産んだ側は覚えている。その痛みとか、苦しみとか、それらにまさる喜びとか。
だったらだ、全くその日のことを覚えていない人よりも、その日を鮮明に覚えていて、尚かつ喜んでくれた人が、何よりも「ありがとう」ではないか。
だから誕生日は必ずしも産まれた側だけが祝われるのではないと思う。
なんだったら、1:4くらいの割合で(もちろん産んだ側が4)産んだ側、つまり母親が祝われるべきであるとさえ考える。
だから私は、仮に「25歳の誕生日おめでとう」って言われたらちょうど25年前辛い思いして産んでくれたんだなぁと考える。
そこに「自分おめでとう」という感情は一切ない。
そんなこんなで、わりと自分の誕生日とかあまり気にしてなくて、それ故、たまに年齢がわからなくなるときがある。
「何歳?」って聞かれて、「あれ、何歳だっけ?」ってなる。
まぁアホとしか言いようがないのだが、今は大丈夫。ちゃんと年齢を覚えている。
結論
私は多分、世間一般で言う所謂「マザコン」ではないが、母親に対する尊敬の念は世間一般よりも持っているという自負がある。
もちろん、そんなことをいうと「父は?」ってなりそうだから言うが、父に対しても尊敬の念はある。
でも母親というものはそれよりも、なんかちょっと特別な感じがする。
動物においても、母親は必死に子を守る。人間から嫌われている嫌な害虫だって、子は自分の命よりも大事に扱う。
それが多分「本能」で本来あるべき姿なんだと思う。
今まで「うわぁ」って思ってた気持ちの悪いムカデが、自分の体で卵を覆い孵化するまで必死に守ったりする。
そういうのをみるとあながち、「気持ち悪い」で片付けられないなとさえ感じる。
なんといおうか、神秘的だ。
いくら、自然の摂理だとしても、母親が子を大事にするのが「本能」だとしても、やっぱり母というものに対する敬意は払うべきだ。
なんか、すごいこう、色々言ってるけど、私はそれほどできた人間じゃない。
実際、中学から「誕生日で祝うべきなのは母親の方だ」とか思いながらも、「ありがとう」を言えたのはそのずっと先だ。
それもメールでだ。こっ恥ずかしくて、電話でも、直接でも無理だから、自分の誕生日にこっそりと「誕生日で本当に祝うのは産んでくれた人だよ。ありがとうね」って送った。
送ってすぐ電話がきた。私は「電話で言えないからメールで送ったのに」とか思いながら取ったけど、受話器越しの母の声は少しだけ震えていた。
誕生日が嬉しいと感じるのは中学生まで
多分これ。「もうすぐ誕生日だ!ワクワク!」となるのは中学生までだと思う。
それ以降は歳を重ねることが嬉しいのではなく、歳を重ねた結果言われる「おめでとう」が嬉しくなる。
そして、いつか私みたいな不思議で変な考え方の人になると「おめでとう」を素直に受け取れなくなる。
「私なんかが?」「私は主役じゃないよ」って謙遜する。この領域までは来なくていい。
相手は素直な気持ちでお祝いしてくれてるんだから、それを無下にするなんてことはしちゃだめだ。
「おめでとう」とか「すごい」とか、褒められたりお祝いされたらそれを素直に受け取れるだけの器量は持ち合わせておきたい。
今回はそんなとこかな。
それじゃあ、また。