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 細菌の名前と病名は必ずしも一致しません。たとえば、「侵襲性肺炎球菌感染症」という病気は、その名の通り肺炎球菌が起こす病気ですが、必ずしも肺炎を伴うとは限りません。肺炎球菌が血液や髄液に感染している状態を、肺炎の有無に関わらず侵襲性肺炎球菌感染症と呼びます。肺炎の患者さんから発見された球形の菌だから肺炎球菌と名前が付いたのですが、別に肺以外の組織に感染しないことは意味しません。中耳炎副鼻腔(ふくびくう)炎の原因にもなります。

 他に、A型肝炎ウイルス肝炎以外にも、腎不全再生不良性貧血、血管炎、ギラン・バレー症候群といった病気を引き起こします。新型コロナウイルスの正式名称はSARS-CoV-2で、ウイルス名にSARS、日本語で「重症急性呼吸器症候群」という言葉が含まれていますが、別に感染したら必ず重症になるわけでもないし、皮膚症状や血栓症といった呼吸器以外の組織にも症状を引き起こします。病名も、当初は「新型肺炎」と呼ばれていましたが、今では「新型コロナウイルス感染症」と呼ばれるようになっています。

 ある病原体がさまざまな組織の症状の原因になるだけではなく、ある組織の病気がさまざまな病原体から引き起こされます。肺炎がわかりやすいですね。肺炎球菌新型コロナウイルスだけでなく、マイコプラズマインフルエンザウイルス、黄色ブドウ球菌といったさまざまな病原体が肺炎の原因になります。病原体と病気の関係は1対1ではなく複雑です。同じ肺炎でも原因の病原体が異なれば治療法も異なります。

 肺炎の原因となる病原体は多種多様ですが、その中でも肺炎球菌はもっとも多いとされています。細菌ですから抗菌薬が効きますが、糖尿病などの慢性疾患があったり高齢であったりすると、治療が長引きます。また、肺炎球菌が血液や髄液中に感染する侵襲性肺炎球菌感染症は後遺症が残ったり、亡くなったりすることもある重篤な疾患です。診断すると法律で届け出が義務付けられています。

 肺炎球菌の感染経路は主に飛沫(ひまつ)感染ですが、無症状のまま保菌している人も多く、感染経路を遮断することで予防するのは難しいです。幸いなことにワクチンがあり、肺炎にも侵襲性肺炎球菌感染症にも予防効果があります。当たり前ですが肺炎球菌以外の原因による肺炎は肺炎球菌ワクチンでは予防できません。肺炎球菌ワクチンの定期接種の対象者は生後2カ月から5歳までの小児と、65歳以上の高齢者です。新型コロナにも注意が必要ですが、他にも病気はたくさんあります。予防できる病気はしかるべき手段で予防しておきましょう。

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酒井健司

酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。