このようにパンデミックの国内発生早期に患者情報の効率的な集約に困難が生じることは、感染症危機管理業界では既知であった。というのも、2009年の新型インフルエンザパンデミックにおいて、同じ問題が生じていたからである。2003年に生じたSARS(重症急性呼吸器症候群)においても、同様であったと伝え聞いている。
そこで、来るべき「有事」に向けて解決のためのシミュレーションが繰り返し試みられ、簡素な仕組みによりまずは関係機関間の情報共有に要する現場負担を下げることが求められると認識されていた。
行政機関においては、地道で解決に時間を要する問題に予算はつき難く、社会の耳目を集める問題には予算がつきやすい。その結果、今までも、何らかの問題が発覚するたびに、発生した問題へと過剰に特化した対策が導入されがちであった。
しかし、そうして導入されたシステムには柔軟性がなく業務に合致しない等の問題が生じうる。そのため、しばらく後に利用率の低さを問題視され、廃止されるような事態が繰り返されてきた。その愚を繰り返してはならない。
医療機関と公衆衛生行政の間における情報共有には、感染症の患者発生届を含めてさまざまな非効率が存在する。医療現場と公衆衛生行政双方の負担を軽減していくために、この非効率は解消されるべきである。そのためには、時間にも予算にも人材にも限りがある以上、即効性のある短期的な負担軽減策と、根本的な課題の整理に基づく中長期的な対策とをバランス良く実施していく必要がある。
ウェブでの報告を望む医療機関にとっては、ウェブからの報告窓口が存在していても良い。しかし、それは問題の根本的な解決とはならない。「ファックスは後進的だ」と前提した拙速な対策は、「ウェブ化により問題が解決した」という歪んだ認知を通じて公衆衛生行政に存在するさまざまな問題の解決をむしろ遠ざける可能性がある。この一件は、冷静な検証と客観的な報道を通じて、今まで発言権を与えられて来なかった医療機関と公衆衛生行政双方の現場の声を政策へと届ける契機となることが望ましい。