"いうまでもなく、ジャーナリストの最大の責務は「権力の監視・批判」。その責務を果たすために、ジャーナリストは徹底した取材に基づく事実を積み重ね、真実を伝える。ならば、安倍政権の応援団(メディア)と化したかのような『産経』は果たして報道機関といえるのか。むしろ、権力の一員としての機能を果たしているのではないか"
『週刊金曜日』編『検証 産経新聞報道』「はじめに」より


検察庁法改正案と三権分立


2020年5月は「検察庁法改正案」への批判に日本中が荒れた月でした

安倍政権が国家公務員の定年延長法案に、検察官の定年延長法案を突如としてぶっこんできたことへの抗議が吹き荒れたのです

この件の解説は青木理さんにやってもらいましょう


検察庁法改正案が通れば、内閣や法務大臣の裁量で、検察官の63歳の役職定年の延長と65歳以降の勤務延長を行うことが可能となります

時の政権が検察官人事に強く介入できる仕組みが出来上がるわけで、「三権分立の危機だ!」となった人々が抗議の声を上げたわけです。ブログでは特に取り上げることはなかったですが、僕もリアルやTwitter上で声を上げた人間のひとりでした

※「束ね法案」の問題や黒川検事長の問題、法解釈を口頭決裁で行った問題、メディアの取材姿勢の問題など語るべきことは色々ありますが、今日の本筋ではないので割愛させてもらいます※

世論に押される形で、法案は廃案となったのは良かったのですが……

抗議の声に対し、安倍応援団のなかから、こんな反発の声が聞こえてきました

安倍応援団「検察庁法改正案は、三権分立に反していない」

ええっΣ(Д゚;/)/

※ここからしばらく検察庁法改正案にまつわる話が続きます。産経新聞に関連した開示請求についてはだいぶ下のほうにあるので、お急ぎの方はダーっと下まで行ってください※


安倍応援団の言い分1


三権分立に関する云々について、安倍応援団の言い分には大きく分けて2つのタイプがありました

ひとつは「検察官は行政官だから三権分立には反しない」「検察は行政機関だから三権分立には反しない」というもの

これは安倍晋三首相も使っていたレトリックですね

もちろん、これは絶妙にポイントをずらした論法です

検察官はたしかに行政官です。また、検察庁はたしかに行政機関に位置付けられています。その点においては、安倍晋三さんや彼の応援団は嘘をついているわけではありません

しかし、刑事司法における公訴権をほぼほぼ独占している点から、検察官は司法官としての役割もおっています。このことから、検察官は「準司法官」とも呼ばれるわけですね

つまり検察官においては、「行政官」と「司法官」は「こちらが立てばあちらが立たず」の関係ではないのです

そうした表面上の呼び名は置いておくにしても、【公訴権を独占する検察庁を内閣が恣意的に操れる状態】になることが、司法権と行政権のパワーバランスを崩すものであるのは明白ですね

もちろん、そんな超基本的なことは安倍政権だって百も承知でして、森まさこ法務大臣は2020年2月21日に以下のような発言をしています

"検察官は,司法権の行使と密接不可分にあります。そういう意味で準司法官とも称されるわけですが……"
"その中で検察官の準司法官,つまり司法の独立に密接不可分であるというその立場を害しないということは,非常に大事なことであり,私も重要だと認識しております"

森まさこ法務大臣の発言は、検察官がたんなる行政官でないーー司法権に関わる職業だと安倍政権も了解していることを意味しています(まあ、当たり前ですね)

まあ、つまり、僕がなにを言いたいのかと言えば、

①検察官は行政官である
②検察官は司法権に関わる役職
③検察庁法改正案は三権分立に反するものである

の3つが、なんら矛盾を孕むことなく並立し得るということです

①と②の2つが両立するのに①のみを強調し、「だから③は当たらない」と否定する安倍晋三さんとその応援団の言動は、欺瞞としか言い様がありません

③についてのみ言及し「これこれこういう理由で【公訴権を独占する検察庁を内閣が恣意的に操れる状態】にはならないから、三権分立に反しない」というのなら、まだ議論としてアリなのですが……

とはいえ、議論として成り立っていなくとも、馬鹿を騙すのには十分です(というか、さすがにこの理屈では馬鹿以外は騙せない)

このため、安倍応援団のうち【馬鹿向け】に特化した悪人たちは、こぞってこの理屈を採用しました

そのなかから一例を紹介して、この項は終わりとしましょう

登場するのは、『正論』編集長の田北真樹子さんと、彼女の発言を引用したDappiさんです



安倍応援団の言い分2


以上のことから、安倍応援団が誠実に三権分立について云々するには、「これこれこういう理由で【公訴権を独占する検察庁を内閣が恣意的に操れる状態】にはならないから、三権分立に反しない」以外にあり得ないことがわかりましたね

だけど、賛成の立場の人が誠実に議論するなど、こんな無茶苦茶な法案でできるはずもありません

そこで安倍応援団が持ち出したのが「法案を読めばわかる」という便利すぎるマジックワードです

……まあ、これも馬鹿向けっちゃー、馬鹿向けなんですが「検察官は行政官!」よりかはまだマシな層に向けられてる感じはしますね

この言説の代表者は、田中秀臣さんや高橋洋一さんでした



田中秀臣さんや高橋洋一さんに影響を受けた人たちが、したり顔で「一次ソース読めよw」と言っていたのが印象的ですね(たぶんこの人たちは法案を読んでないでしょうが)

彼らは「検察庁法改正案は公務員の定年延長法案の一環に過ぎないのに、野党やマスコミは三権分立の危機を煽っている!これは陰謀論だ!」との主張を展開しました

だがしかし、これこそマスコミや野党を黒幕とした陰謀論ですね

彼らの言説は国家公務員の定年延長案に、安倍政権がいきなり、突如として、検察官も一緒に俎にのせたことを無視しています

国家公務員の定年についても決められている国家公務員法は「一般法」。一方で、検察官の定年については「特別法」である検察庁法によって決められています。これまで述べてきたように、検察官は司法権にも関わる特別な存在だからです。そして「一般法」と「特別法」とで矛盾が出た場合は、「特別法」が優先されます

「特別法」で定められている検察官の定年を、無理矢理に「一般法」である国家公務員法の一部改定案に、安倍政権がいきなり、突如として、ぶっこんできたのはなぜかーーという話です

なぜなら安倍政権お気に入りの黒川弘務検事長を検事総長にしたいからだーーというリベラル界隈で流布されていた話は、たしかに推測が入っていました

しかし、それまでの経緯(黒川弘務検事長の定年延長を、口頭決裁で法解釈を変更して実行した)を踏まえるならば、かなり納得のできる推測ではありました

黒川弘務さんの話を置いておくにしても、「法案を読めば国家公務員の定年延長するためのものとわかる」という言説には首をかしげざるをえません

だって【国家公務員の定年延長法案】に検察官を無理矢理ぶっこんだんですから、それは当たり前の話でしょうが

僕ははじめて彼らの言葉に触れたとき「なに前提を語って反論したつもりになってるんだ?」と( ゚д゚)ポカーンとしてしまいました

法案に反対している人々が「検察官を他の国家公務員と同じ制度設計で定年延長にしたらマズイよね。検察官は司法権とも関わってくるし、時の権力者から独立してなくちゃ」と話し合っているところへ、わざわざしゃしゃり出てきて「他の国家公務員と同じにするだけだから問題ない!」と反論するの……いくらなんでもピントがズレすぎですよね

そして、ここでもまた、両立できるはずのものを「こちらが立てばあちらが立たず」として論じるトリックがつかわれているわけです

①検察庁法改正案は国家公務員の定年を一律に延長する法案の一部
②検察庁法改正案は【公訴権を独占する検察庁を内閣が恣意的に操れる状態】にするものである

この2つは両立できないのでしょうか? いいえ、できますね。両立し得ないとするには、なにか特別な条件が必要になってきます

本来であれば、田中秀臣さんや高橋洋一さんは、①と②が「こちらが立てばあちらが立たず」の状態にあることーー特別な条件があることーーをまずは証明しなければならなかったのです

でも、彼らはそれをしなかった。なぜなら両立できることを知っているからです(本気で両立できないと思っているなら馬鹿ですが、彼らの知能はそこまで低くないと思います)

これも②単体を「違う!そうじゃない!」とするならまだ議論になったのですが、「①だから②ではない」とするのは議論として成り立っていません。なぜなら①と②は両立し得るからです

……そして、いくら彼らド素人の安倍応援団が「法案を読めばわかる!」と強弁しようとも、日弁連や元検事ら法律のプロフェッショナルがこの法案に「権力分立」の観点から反対している時点で、勝負は決まりなはずなんですよねー


本当に一次ソースを読んでいいの?


前項では、論理によって安倍応援団の主張2が成り立たないことを証明しました

それだけでは納得できない人のために、ここでは実際の法案を見ていこうと思います
(……どんどん当初の予定=記事タイトルから脱線してしまう( ;∀;))

……が、その前に

ウヨさんたちにはーーもしかすると一部のリベラルさん
にもーー、耳の痛い話をしなくてはなりません

それは【訓練を積んでいない者が一次ソースを読解できると思うな】という話です

とりあえず次の写真を見てください

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これは日本軍が南京入城したときの写真です

馬鹿を騙したい悪人や本物の馬鹿は、こうした写真を一次ソースとし「南京で日本軍が歓迎されてる!南京大虐殺なんてなかったんや!」と主張します

歴史学者は、こうした写真を見て「これこれこういう理由から日本軍はこんなプロパガンダ写真を撮っていた」と主張します。そしてマトモな知識のある一般人は「日本軍はこんなプロパガンダ写真を撮っていた」と主張します

ようは【それが何の一次ソースか】を正確につかむ必要がある、ということです。上の写真は【日本軍のプロパガンダの一次ソース】ですね

しかし、【それが何の一次ソースか】をつかむのは素人の一般人にとっては至難の技でして……だから専門家のガイドが必要となるわけです

無論、これは歴史学に限った話ではなく、法学についても同じです

今回は日弁連のガイドに従って、法案の問題点を見ていきましょう


日弁連のガイドに従って


日弁連のホームページには、検察庁法改正案に反対する会長声明が掲載されています

"検察庁法改正法案によれば、内閣ないし法務大臣が、第9条第3項ないし第6項、第10条第2項、第22条第2項、第3項、第5項ないし第8項に基づき、裁量で63歳の役職定年の延長、65歳以降の勤務延長を行い、検察官人事に強く介入できることとなる"

では、実際に内閣官房ホームページから法律案「国家公務員法等の一部を改正する法律案」をダウンロードしてみましょう

一番見やすいのは新旧対照表ですかね(PDFファイルへのリンクです)


第9条第3項ないし第6項、第10条第2項(新旧対照表93・94ページ)

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法務大臣は、役職定年の63歳に達した検事正が相手でも、【職務遂行上の特別の事情】や【公務の運営に著しい支障】があるときは、引き続きその人を検事正のままにしといていいよ!(第9条第3項)

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その際の期限の設定や延長は準則で定めるね!(第9条第6項)

あと、この規則は上席検察官にも適用されるからヨロシク!(第10条第2項)


第22条第2項、第3項、第5項ないし第8項(新旧対照表95・96・97・98・99ページ)

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検事の定年は基本的に65歳だけど、それが適用されない人もいるよ!(第22条第2項)

定年延長の期限は最大3年だよ!(第22条第3項)

次長検事や検事長も63歳が役職定年だね!でも内閣は【職務遂行上の特別の事情】や【公務の運営に著しい支障】があるときは、引き続きその人に次長検事・検事長をやらせていいよ!(第22条第5項)

検事に任命したり、そいつを定年延長させる期限を決めるのは、法務大臣や内閣だよ!(第22条第8項)


……と、実際に法案を読んでみたら、以上のような感じになりました。僕も法律のド素人で、法律文を読むのに慣れていませんが、だいたいのところは合っているでしょう

はてさて、明らかに内閣が検察庁に影響を及ぼせるような制度設計になっていますよね

どーこが問題ないのだか

まさしく日弁連の言っていたとおりじゃないですか

"当連合会は、検察官の65歳までの定年延長や役職定年の設定自体について反対するものではないが、内閣ないし法務大臣の裁量により役職延長や勤務延長が行われることにより、不偏不党を貫いた職務遂行が求められる検察の独立性が侵害されることを強く危惧する"
(前述した日弁連声明より)


……ちなみに高橋洋一さんは、今回の件に関して、まずは法案の概要を読むようすすめていますhttps://twitter.com/YoichiTakahashi/status/1259378268005781505?s=19

ですが、「束ね法案」の検察官に関係する部分だけが問題化しているときに全体像を把握するのは無意味ですね

もっとも"検察官は刑法上特別公務員"と言って恥じない彼に、まっとうな法律の話を期待するのが間違えていますが……


産経新聞の捏造


前述したように、日弁連や元検事などの法律のプロフェッショナルが検察庁法改正案に反対の声をあげました

法律に詳しくない安倍応援団がいくら「問題ない」と連呼しようとも、法案が三権分立に反していることは明らかです

そこで一計を案じたのが産経新聞です

産経新聞は、これまた法律のプロフェッショナルである法務省をぶつけてきたのです

"法務省は13日、検察官の定年を引き上げる検察庁法改正案をめぐり、ツイッター上などで広がっている批判に対する見解をまとめた"
"法改正が三権分立に反するとの指摘に対しては「検察権行使に圧力を加えるものではなく、三権分立に反しない」と説明した"

この記事は2020年5月13日にネット配信され、14日朝刊に掲載されたものです

これによりプロフェッショナルとプロフェッショナルの意見が対立したことになります

僕のような素人には、どう判断をつければいいかわかりません!

……しかし、日本共産党の山添拓議員が法務省に問い合わせしたところ「法務省の見解をまとめたものはない」と連絡を受けたとのこと

ええっΣ(´□`;)

山添拓議員の話が本当なら、産経新聞が記事は捏造だということになります

山添拓議員の話を疑うわけではないのですが、さすがに産経といえども、ここまであからさまな捏造をするとも考えにくい

そこで法務省に以下の文面で開示請求をかけてみました

"産経新聞が2020年5月13日にネット配信し、14日朝刊に掲載した「「三権分立に反しない」 法務省、ネット批判に反論 検察官定年延長」という記事について。法改正案が"三権分立に反しない"と産経新聞その他に説明した事項がわかる一切の文書"

これなら法務省が"見解をまとめた"資料だろうが、産経新聞にレクチャーした資料だろうが、もし存在するなら開示されるはずです

果たして結果は……?

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不開示。そんな文書は存在していませんーーとのことです

これで産経新聞の捏造は確定しました

な、なんてこったー。あの超一流紙の産経新聞さんが捏造していたなんてー。ショックだわー(棒読み)