ケダモノシティ
たいらひろし
プロローグ
~晩冬~
春が訪れて、ドライアドの乙女は三カ月間の眠りから目覚めた。
視界に映る古ぼけた天井には黄緑色に発光する光苔が密生している。夜間に室内を照らす光源となってくれる植物であるが、陽のさす日中は普通の苔植物と相違ない。室内を飛び交う数十匹の蜂は、この部屋に侵入した者を迎撃する彼女のボディガードだ。平時には羽を休めて巣で待機している彼らも、主の目覚めを喜び賑やかな羽音を立てて宙を舞っている。
木製のベッドに横たえた身体を起こそうとすると若干関節が傷んだ。冬眠から目覚めてしばらくはいつもこうなのだ。すぐに慣れるだろう。スプリングの傷んだベッドから降りて軽く伸びをすると、四半年ぶりに動かす体から小枝が折れるような軽快な音が響いた。目覚めから最初の一週間は身体を慣らすためのリハビリから入らなくてはなるまい。
寝巻き姿のまま木造の床を裸足で窓辺に歩み寄る。
外の世界から、子供たちの元気な声がきこえる。三ヶ月ほど眠っていたけれど、この街は今日も平和らしい。
カーテンを開き、窓を開け放った。
三月中旬の日差しが彼女の大きな緑色の瞳に差しこんできた。暖かい陽光を浴びた緑色の髪が生き生きと光沢を放ち、まぶたの奥の眠気が洗い流されていくようだった。
植物精霊(ドライアド)の娘は全身を風にさらして、自分を取り巻く世界へとほがらかに挨拶をした。
「おはよう」