掛谷英紀(筑波大学准教授)
2015年4月25日、26日に開催されたニコニコ超会議ニコニコ学会βにおいて、筆者の研究室はNHKだけ映らないアンテナ装置について発表を行った。この装置の出展については、事前のニコニコ学会βウェブサイト上の告知で大きな話題となり、同発表は「研究してみたマッドネス大賞」を受賞した。
ネッチケー」をテレビに取り付ける筑波大の掛谷英紀
准教授=茨城県つくば市の筑波大
(下)左が関東地域で使用できる地上波用、右が衛星
用のイラネッチケー
放送法64条には「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない」とある。ここでいう協会とは日本放送協会、すなわちNHKのことである。よって、条文を文字通り解釈すれば、たとえテレビ受信機があっても、NHKの放送が受信できなければ、NHKとの契約は不要であると考えられる。
スカイツリーから発信される電波では、NHKEテレは物理チャンネル26チャンネル、NHK総合は物理チャンネル27チャンネルを使って放送がなされている。ニコニコ超会議で発表したアンテナは、この中間である554MHzにピークを持つLC共振型ノッチフィルタをアンテナのマッチング回路と同じ基板に導入したものである。この基板を取り除くと、全ての信号が伝わらなくなるため、どのテレビ局の放送も見ることができない。この基板を取り付けると、NHKのみ見ることができない。旧郵政省(現総務省)は「復元可能な程度にNHKの放送を受信できないよう改造された受信機については、受信契約の対象とする」との見解を示しているが、このアンテナは復元不可能な程度にNHKの放送を受信できない受信機とみなすことができると考えられる。
ここで、一つ疑問が湧くかもしれない。それは、なぜNHKだけ映らないテレビではなくて、アンテナなのかである。もちろん、テレビ側でNHKを映らなくしてしまう方が話は分かりやすい。しかし、残念ながらそれは技術的には容易であっても法的には難しい。というのは、NHKは放送技術研究所という研究機関を所有しており、そこでテレビ放送に関する大量の特許が取得されているからである。特許データベースJ-PlatPatで検索すると、デジタル放送に関するNHKの特許は出願で1000件以上、権利化されたもので100件以上である。NHKによるものだけでなく、各家電メーカー所有のものも含めて、テレビに関する特許はARIB必須特許ライセンスとしてアルダージ株式会社によって管理されている。この特許プールがNHKの特許を含む以上、NHKが映らないテレビは、特許使用が認められない可能性が高い。もちろん、特許の存続期間は20年と限られるが、次の4Kテレビの時代に向けて、UHDTV必須特許ライセンスが準備されている。よって、テレビ製造において、NHKの知的財産権の網を免れることは今後も難しい。一方、アンテナ技術は非常に古く、知的財産権の制約が少ない。それがアンテナに着目した理由である。
NHKだけ映らないアンテナは、今のところ販売には至っていないが、同じ原理でNHKの放送のみを受信できなくするアンテナ線フィルタは2014年7月よりAmazonで販売されている。フィルタの場合、取り外しができるため復元可能な程度の改造に当たる可能性はある。しかし、住人がアクセスできないアンテナ配線中にこのフィルタを埋め込んだ場合、復元不可能な改造と見なせる可能性はある。実際、山口ケーブルテレビジョンでは、NHKの衛星放送のみを受信できなくするカットフィルタを壁内や天井裏の配線中に取り付けることで、NHKの了解のもとBS料金を免除するサービスを行っている。また、2015年6月には、船橋市議の立花孝志氏が、このフィルタを室内配線中に取付けるとともに、このフィルタを絶対に外さないという誓約書を提出の上、NHKとの契約が不要であることを確認するための債務不存在確認訴訟を提訴しており、現在東京地裁にて係争中である。
NHKのみ受信できなくするフィルタは、2013年度、筆者の研究室配属の4年生の卒業研究として開発した。原理自体は非常に単純で、電気電子工学を専攻する大学2年生であれば理解できるレベルのものである。同様の装置は、2007年に出版されたラジオライフの「本気の電子工作2」でも紹介されている。ただし、当時はアナログ放送であったため、NHKに周波数が近接する放送にノイズが出る問題があった。デジタル放送化された現在、NHK以外の放送にノイズを発生させず、NHKの放送のみを完全に遮断することが容易に実現できるようになっている。