こだわったナレーションの台本 当代一の落語家からうれしい一言

西日本新聞

放送作家・海老原靖芳さん聞き書き連載(44)

 全国の名店を巡った山口瞳さんのエッセー「行きつけの店」をテレビ東京が映像化した番組の現地取材を無事、終えました。当代一の落語家古今亭志ん朝さん、随筆の名手山口瞳さんの収録現場に、構成作家として湯布院での収録に参加した私。志ん朝さんは打ち上げに加わってくれました。至福、格別、極上という言葉が当てはまる、この上ない素晴らしい時間でした。

 亀の井別荘で夕食を共にするお二人の会話を切り取りました。至福のひとときをお裾分けしましょう。

 山口瞳「だいたいね、噺家(はなしか)って(高座に)出るときはね、こうやって(うつむいて)出てくんですよね。終わるとね、こうやって(上を向いて)帰りますよね。そっくり返って」

 志ん朝「それなんですよ! それなんです。それが一番いけないって、よく言われてね。あたしなんかもね、このごろね、あのう、下がるときも、ちょっと、やっぱり…お客さまに見えている間は、ポーズを取ろうと思うようになりました。ええ、あのう…照れ屋なんですよ、噺家って。だから出てくるときにね、なんだかね…それが、その典型がうちのおやじ(古今亭志ん生)ですよ」

 東京に戻ると志ん朝さんのナレーション作りです。ラッシュと呼ばれる作業は「行きつけの店」の文章を引用しつつ、そのシーンに合った一言一言を私が書き加えていきます。

 プロデューサーが用意してくれた志ん朝さんの高座のテープで独特のしゃべりを勉強しました。テープを聞くうち、ふと作業の手が止まりました。面白い。代表作の「火焰(かえん)太鼓」や「井戸の茶碗(ちゃわん)」といった古典落語の実にきれいな江戸言葉。粋でいなせです。当たり前ですが九州人の言葉とは違います。緻密で、艶のある人間描写に情景描写。聞いているだけで江戸の風景がよみがえりそうでした。

 ラッシュでは志ん朝さん独特の「えー、うーんじつは、これはー」を挿入。10文字が入りそうなところを5文字に絞っても、志ん朝さんの間を大事にしました。完成した台本を手にいよいよナレーションの収録。志ん朝さんは高座に上がったときと同じオーラで、忠実に再現してくれました。

 試写の後、山口瞳さんに、素晴らしいアドリブですねと褒められた志ん朝さん。「いえいえ、海老原さんの台本通りしゃべっただけです」。15歳も年下の私に花を持たせてくれました。恐縮。うれしかったですね。 

(聞き手は西日本新聞・山上武雄)

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 海老原靖芳(えびはら・やすよし) 1953年1月生まれ。「ドリフ大爆笑」や「風雲たけし城」「コメディーお江戸でござる」など人気お笑いテレビ番組のコント台本を書いてきた放送作家。現在は故郷の長崎県佐世保市に戻り、子どもたちに落語を教える。

※記事・写真は2019年08月07日時点のものです

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