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転生したら悪役令嬢だったので引きニートになります(旧:悪役令嬢は引き籠りたい) 作者:フロクor藤森フクロウ
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苦渋の決断

 6/24に気づいたのですが累計1500万PVと34000ブクマありがとうございます。


 久々にあの方登場……


 声がかすれ、震える。

 カラカラに乾ききった言葉は、思いのほか静寂に響いた。

 目が奪われる。感情がせめぎ合う。お父様の死がよみがえる哀しみ、顔を再び見ることができた喜び――そして、お父様がこの男の手にあるという絶望。


「……お父様」


「ええ、そうです。殿下。貴女のお父様であらせられます。

 葬式にご出席できなかったとお聞きしまして、その後も会いたいと大層お嘆きだったそうですね」


 怒りで目の前の色が真っ赤を通り越して、真っ黒になりそうだった。

 まさか、葬式後にお父様の墓を暴いたというの!? 正気の沙汰ではない! 冒涜にも程がある!


「なんて無礼な! お父様を離しなさい! いえ、返しなさい!」


「おっと、手を触れないでください! うっかり手が滑ってこのオーエン、瓶を落としてしまいそうです」


「……卑怯者」


 憎しみや怒りで人を殺せるなら、わたくしは真っ先にこの男を殺しただろう。

 こぶしを握り締め、喉から絞り出すような声で罵るがマクシミリアン侯爵の笑みは深まるばかりだ。

 両手にしっかりとお父様の首が入った容器を持っている。力づくで奪い取るのは難しいでしょう。マクシミリアン侯爵はにたにたと勝利を確信したように、不愉快な表情を浮かべている。そして、容器を後ろの男に預けると、勿体ぶるように手を差し出した。


「殿下、私とお話をする気になりましたかな?」


「……ええ、判りましたわ。要求は何?」


「おやおや、そんなに急かさなくとも」


「まどろっこしいことは嫌いなの。要求は何? お金? 爵位? それともわたくしの夫となる権利?」


「話が早くて助かります。我が息子、ヴァンを殿下の婚約者候補として推していただきたい。

 どうもファウストラ家が推す小倅が少々厄介でしてな。殿下がお望みとあらば、ラティッチェも我が息子も安泰です」


 わたくしが手袋をしていたら、この男の顔に叩きつけたい。愉悦に脂下がった卑怯者。

 本を読むのに邪魔だから、今日はしてこなかったのが悔やまれます。

 何故ラティッチェが出てくるのですか。お前などの息子に、ラティッチェを預けられるわけがない。


「では、ご理解いただけたのならさっそくこの契約書にサインを。

 ほかにもいくつか飲んでいただきたい条件がございますので、ちゃんと目を通してください」


「……見せなさい」


 古い羊皮紙を思わせる、少し黄色がかった用紙。余りの怒りと不愉快さに、胃から酸がこみ上げてきそうな思いの中、目を通す。

 サインをさせたがる契約というのは、大抵こちらに不利な条件や相手に一方的に有利なものがあると考えていい。

 書いてあることはこうだった。

・マクシミリアン侯爵の息子、ヴァン・フォン・マクシミリアンを婚約者候補とすること。

・ヴァンを王配にし、その父オーエンを宰相もしくは摂政として置くこと。

・月に一度はヴァンに贈り物をし、ヴァンと個人的なお茶会をすること。

・婚約者となったら週に一度は二人きりで会うこと。

・婚約期間中、行事の同伴者はヴァンを優先すること。

・結婚後、ヴァン以外の人間を床入りさせないこと。

・産まれた子供は王太子またはティッチェの継嗣とする。


 まだある……この時点で頭痛がしそうですわ。

 ……明らかに、わたくしの権利を超えたものもある。

 どうしようもないわ。こんなことを要求されても、確約できない。

 この紙……魔力を感じるわ。僅かですけれど普通の契約書ではない。よくよく見れば、模様の様に縁を模っているのは魔法陣だ。


「無理よ。わたくしの立場では必ず貴方の息子を婚約者や夫にすることができるとは限らないわ。これは王家と、そして元老会の決めることだわ。

 貴方も高位貴族ならそれを判っているでしょう」


 高位貴族といわれたことに気を良くしたのか、不愉快な男は不承不承に頷いた。

 わたくしの一存で決められるものではないのだ。色々なところで権謀術数が始まっているのです。


「もし婚約者になれたとしても、最終的に夫としての誰が立つのかが分からない。

 子供が生まれるなんて言うのも……そもそも、授かるかなんてわからないわ。

 できない約束をするというものは、ハイリスクすぎますわ。

 なにより、あまりに多すぎます。

 ……この用紙魔力を感じるのですけど、条件を破ったらなにかあるのではなくて?」


「アルベルティーナ殿下、そのように怖い顔をなさらないでください。

 もし破ったら、ラティッチェ公の亡骸が無事に戻るか分からなくなるだけですよ。

 特殊な魔法を組み込んだスクロールです。殿下がちゃんと約束を守ってくだされば、何ともありません」


「答えになっていませんわ。できないことをやれというのが間違っているのです。

 こういったことの権限はわたくしに決める権利がないといっているの。

 不確定要素が多すぎるし、越権事項が多すぎる……破綻しきっていると分かる契約なんて結べないわ。

 お父様が無事で帰ってこないと知っていて、署名するわけがないでしょう。

 わたくしに態々お父様を傷つけ、失わせるための契約をしろというのが間違っているのよ。分からないの?」


 マクシミリアン侯爵の顔が歪んだ。

 不愉快そうに怒りが滲むが、同時に焦っているようでもあった。苛立たしい顔だが、この男の感情からこちらに優位に薦めなくてはならない。

 間違いなく、わたくしに不利な契約を結ばされると分かり切っているのならば、少しでの条件を減らしてしまった方がいい。

 この男は、上位貴族――それも本家の当主という、はるか上の立場の墓を漁ったのだ。当然、厳罰に処されるべきである。

 だが、もしこの場で男が凶行に走れば、お父様の亡骸はさらなる辱めを受けることtなる。

 互いにラティッチェ公爵の墓が荒らされたということは進んで公表したくない。

 ぐぎぎ、と子供の様に歯をむき出しにするオーエン・フォン・マクシミリアン。

 これが分家とは……お父様がわたくしに会わせないはずだわ。

 情けない。ノーブレス・オブリージュを履き違えた典型といえるわね。特権階級の権利だけ振りかざし、それに伴う倫理観や自律精神を持っていない。誇りを驕りと履き違えている。

 譲らないわたくしと、頭に血の上り始めている侯爵の間に入ったのは魔法使いだった。


「オーエン様、やはりその条件は……」


「ええい! うるさい! 役立たずめ! もっと巧く書けなかったのか!」


「け、契約書の不明確さは、こちらにとって不利になり得ます。こちらを」


 どうやら、魔法使いのほうもこの契約書が色々と問題あると思ったようだ。

 次に出した契約書は、ヴァンを婚約者候補として推すこと、月に一度は贈り物をして離宮に招くこと、婚約期間中は週に一度は二人きりで会うこと――比較的マシだった。

 だが、やはりというかこのことは他言にしてはならないと在った。相談することも、密告することもできないということですわ。

 誰かが、気づいてたどり着くかこの男がぼろを出すかしてくれないといけないのね。


「喪が明け、公務が入ることとなれば遠出するかもしれません。場所によっては、ヴァンを連れていけませんし、傷病に伏す可能性だってあります。

わたくしの望む、望まないに関わらず契約不履行が起こってしまうことになりますわ」


「夫となる男を拒絶するというのですか!? 殿下、それはあまりに冷たいですぞ!」


 未婚の王太女がそう易々と寝乱れたまま、私室のかつ寝室に男性を招く方がおかしいですわ。醜聞になりますし、そんな男も不躾だと批判の的ですわ。

 あまりに依怙贔屓が過ぎれば、マクシミリアン侯爵家は嫉みに晒されます。痛いお腹や裏を探られますわよ?


「あくまで平均です。オーエン様、その場合はなにか手紙や贈り物をすることで手を打っては?」


「……仕方あるまい。アルベルティーナ殿下のご配慮に期待しますぞ」


 不遜ですこと……自分が何をしているのかお分かりなの? 不相応なものを請求されそうですわ。

 仕方ないといわんばかりのマクシミリアン侯爵ですが、その手にお父様があるといえばこれ以上の交渉は危ういかもしれません。

 この方、かなり頭の血の巡りがよろしくなさそうですわ。突飛な事を、後先考えずにやらかしそうですもの。普通に考え、まともな人間が墓荒らしなどしないでしょう。

 渡された契約書の細かい文字や裏までしっかり確認した。

 知っていましてよ。サインさせたがる書類というものは、大抵小さく分かりにくいところに、そちらにとっての都合のいいことを入れることが多いのですわ。


「裏にあるラティッチェの権限についてとはどういうことですの? わたくし、このような話、存じておりませんわ」


「殿下! 殿下は知らないのです! あのキシュタリアめが殿下の目を盗んで、ラティッチェ公爵家で当主面をしてのさばっているのです!」


 わたくしが許可を出しているということを、この男は都合よく忘れてらっしゃるのね。

 そもそも、分家の当主と本家の公爵子息では違いましてよ。ましてや、キシュタリアは次期公爵として期待され、一粒種といえるほどしっかり教育された令息ですもの。


「……法律的には問題ないはずですわ。それこそ、勝手をすれば火傷をするのは貴方のほうです」


「私は殿下とラティッチェの為をもっての諫言ですぞ! あの下賤な小倅がラティッチェを名乗るなど……!」


「わたくし、もう疲れましたの。失礼してよろしくて?」


 腕をつかんできたので、とっさに振り払います。

 掴んだところから、腕が腐るんじゃないかというほどの悪寒が走ります。


「アルベルティーナ殿下!」


「離宮への招待状については、追って送ります。いきなりのことで、準備や根回しが必要なの。貴方も貴族なら、当然……解るわね?」


 わたくしの言葉に、ぱっと顔を喜色満面にして頷く。

 悔しい。わたくしがあの男と交わした契約があるから反抗できないと分かっている。

 業腹ですが、お父様という人質がいる以上、わたくしは露骨なことなどできない。確定的なほどに追い詰めるか――あの男が満足するまで、付き合うか。

 あの男が、あの契約だけで済ませる気などしない。

 きっと、婚約者に内定したら新しい契約書を持ってきて、厚顔無恥にも要求をしてくるのでしょう。

 あの男から逃げるように、わたくしは足を動かす。

 手に持った、借りるつもりもなかった本をお守りの様に握りしめて。




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