残念ながら、職場にはちょっと迷惑な人たちがいます。嫌なことを言ってくる人や、噂をバラまいたりする人、ひどいとパワハラやセクハラ、いじめなど…。当然、仕事のパフォーマンスにも影響が出るし、時には仕事が嫌になったり、心の病になってしまったりと、とても厄介な問題です。
そこで今回、脳科学や心理学のスペシャリスト・中野信子さんに、そうしたハラスメントへの対処法を科学的な観点から聞きました。「感情に身を任せず、合理的に対処する」。これを読めばきっとあなたの明日の仕事が、少なからず明るくなるはずです。
リベンジされそうな人は標的にならない
編集部
職場での人間関係に悩む人は多いです。人が傷つくことを言ってきたり、自分の意見ばかり押し通そうとしたり、ひどいとパワハラやセクハラ、いじめなども…。ぜひ対処法を教えてください。
中野さん
まず覚えておきたいのが、がんばって自分を変えようとか、あるいは相手を変えてやろうというのは、そうそうできることではないということです。だから「自分が変わらなくちゃ…」と思い悩む必要もありません。
編集部
そうなんですね。では、どんなことができるのでしょう?
中野さん
一番の上策は、逃げることです。
編集部
逃げる?
中野さん
はい。ただし逃げると言っても、必ずしも会社を辞めなくてはいけないわけではありません。もっとライトな回避法もあります。たとえば、同じ部署内でもその人となるべく絡まないような業務に就くとか、なるべくその人と接点が少なくなるように勤務時間や勤務形態を工夫するなどです。
編集部
なるほど。
中野さん
あるいは思い切って部署異動を希望するとか、異動しないにしてもどこかに出向を願い出るという方法もあります。環境を変えてでも「生き延びる」というのが何よりもの優先事項です。
編集部
たしかに、回避するというのが一番手っ取り早そうですね。ただ、会社にいるとなかなか自分の思う通りにできないことも多いです。うまく逃げられない場合はどうすれば…。
中野さん
その場合は、相手にリベンジのリスクをさりげなく感じさせましょう。要は、自分に何かすると、仕返しにあう可能性がありますよというのをチラッと示すのです。たとえば自分には強い後ろ盾があることをサラッと伝えるとか。
編集部
後ろ盾?
中野さん
たとえば親戚が大手企業の◯◯の重役をしているとか、妻の父親が議員をしているとかですね。あるいは同級生に有名な弁護士がいるとか。そういう関係性を積極的に使い、相手にさりげなく伝えるのです。
編集部
たしかに、それならちょっと相手が警戒しそうです。
中野さん
やっぱりハラスメントをする人は、「こいつなら大丈夫そうだ」というのを無意識に計算して標的を選んでいます。極端な例ですが、イヴァンカ・トランプさん(トランプ大統領の娘)にハラスメントをしようとはそうそう思いませんよね。
編集部
絶対に思いません(笑)。
男性はセクシーな女性を見ると共感性を失う
中野さん
セクハラとは違いますが、痴漢にあいやすい人の類型というのがあります。痴漢をする人が全面的に悪いというのが前提ですが、やっぱりおとなしそうな人、文句を言ってこなそうな人が圧倒的に標的にされやすく、強そうな人は標的にされにくいというのが類型にはっきり表れています。
編集部
なるほど。おとなしそうな人、というのはわかる気がします。
中野さん
それは女性として魅力的かどうかではありません。痴漢をする人が、自分が不利益を被りそうかどうかでターゲットを選んでいるのです。だからハラスメントに関しても、自分になにかするとあなたにもデメリットがありますよという情報をアピールすることが大事になってきます。
編集部
ちなみに、ハラスメントをする人には、ハラスメントをしている自覚はあるのでしょうか。
中野さん
自覚していないケースも多いでしょう。特にセクハラの場合、残念ながら「相手が誘ってきたから」と思ってやっている人も少なくありません。こんな脳科学の実験結果があります。服を着た女性と、ビキニを着た女性の両方を被験者の男性群に見せたところ、脳の反応がまったく違ったんです。
編集部
え、どう違ったのでしょう!?
中野さん
服を着た女性を見た時は、多くの男性の脳で「相手に共感する領域」が活性化しました。要はその女性が泣いたり笑ったりした時に、感情を共有しやすい状態です。一方、ビキニの女性を見た際は、多くの男性の脳で、まるで物を見るような反応が見られました。要はその女性の感情に共感しにくい状態になったのです。
編集部
そうなんですね。
中野さん
これは男性にはなかなかコントロールしづらい脳の反応です。もちろん、だからセクハラされる女性の方も悪いと言うつもりは、まったくありません。ただ、男性は女性性が前面に出た女性を見るとそういう反応を引き起こしがちであること、誘われていると勘違いしがちであることを女性は知っておいてもいいのかなと思います。
編集部
知っておけば、対処もしやすくなると?
中野さん
そうですね。もちろん女性性をアピールした方が楽だったり有利だったりする状況もあると思います。でもそのぶん、セクハラにあう可能性も残念ながら高くなる。その辺の落とし所をどうするかですよね。試行錯誤にはなると思います。女性性をアピールするのであれば、同時にある程度の強さも見せることが得策なのかなと、個人的には思います。
“牽制球”は相手への優しさでもある!?
編集部
では「相手にリベンジリスクを感じさせる方法」の話に戻りますが、もし自分に強い後ろ盾がない場合は、どうすればいいのでしょう?
中野さん
とにかく「自分になにかすると、こっちも反撃するよ」というのをチラリと見せることですね。
編集部
チラリ…。具体的にはどんなふうに言えばよいでしょうか。
中野さん
たとえば「◯◯さんの言ったこと、全部覚えていますよ」とか、「◯◯さんって、人によって態度が変わりますよね」とか。あるいは「◯◯さんからこういうことを言われると、自分はこんなふうに傷つくんですよね」と率直に言ってもいいかもしれません。
編集部
そういう言い方もあるんですね。
中野さん
セクハラであれば、「そういうこと、□□さんにも言えるんですか?」と、セクハラ発言が恥ずかしくなるように促す手もあります。また「私、奥さんの連絡先知ってますよ。フェイスブックで見つけちゃったんですよね」などと言ってもいいでしょう。もちろん軽く言えそうであれば「そういうの、セクハラですよ」と言うのも有効です。セクハラに限らず、程度がひどければ「警察に相談しにいこうかと思いましたよ」とかでもいいですね。
編集部
やっぱり、ひたすらイエスマンでいるだけでは、解決はしないということですよね。
中野さん
そうですね。相手もこんなことを言われたら、さすがに多少はドキッとすると思います。こうしてたまにドキッとさせるくらいでOKなんです。それだけでも、言葉は悪いですが相手に合わせてヘラヘラ笑っているだけとは大きな違いです。
編集部
はい、そう思います。
中野さん
おくゆかしい人とか、いい人であるほど、そういったアピールはしにくいかもしれません。でも、ぜひ念頭に入れていただきたいことがあります。こうした“牽制球”を投げることは、自分を守ることになるのはもちろん、相手を守ることにもなるということです。
編集部
どういうことでしょうか。
中野さん
もしハラスメントが進行し、それが周囲に明るみになったら、相手も不幸になります。場合によっては人生が大きく変わってしまうでしょう。それを未然に防ぐと考えると、こうした牽制球は相手への優しさでもあるのです。
編集部
たしかに…。そう考えると、あらためてじっと我慢するだけではダメだなと思ってきました。
時には「すべてをリセットする勇気」も必要
中野さん
ただしこうして相手に牙を向ける際には、気をつけなくてはいけないポイントがあります。それは相手の「人格」まで攻撃しないことです。
編集部
それはなぜでしょう?
中野さん
それをしてしまうと、自分の正当性が消えてしまい、相手の立場が上回ってしまうからです。要は自分が一方的な被害者ではなくなってしまい、場合によっては相手が「そっちがそうくるなら、こっちも心おきなく攻撃するよ」ともなりかねません。なのでチクリとやる際は、相手の人格は決して攻撃せず、ポリティカル・コレクトネス(偏見や差別を含まない中立的な表現)に努めましょう。
編集部
そこは注意しないとですね。
でもふと思ったのですが、「出世」という観点でいうと、社内で嫌な目にあっても、ある程度じっと我慢する方が得策なのかなという気もします。
中野さん
そういう場合もあるでしょうが、あらためて我慢することが出世の一番の得策なのかきちんと再考するべきです。
編集部
再考…ですか?
中野さん
たとえば、出世のために我慢していることを相手に知られることで、「あいつは何言っても大丈夫だな」とますます軽んじられるかもしれません。相手にガツンと言うことで、むしろ評価される場合もあるでしょう。あるいは別の上司についていった方がベターな場合もあります。そういったことを今一度、客観的に分析することが重要です。
編集部
なるほど、よくわかりました。それでは最後に伺わせてください。いろいろ試したけどどうしてもダメだった。あるいは状況がひどくて何もする気が起きない。そんな場合はどうすればいいでしょう?
中野さん
そんな時は、思い切って辞めるというのも重要な一手です。繰り返しになりますが、どんな手を使ってでも、まずは生き延びること。それが最優先事項になります。死んでしまったり、病んでしまったりする前に、いったんリセットしてしまいましょう。
中野信子(なかの・のぶこ)
脳科学者、医学博士。認知科学者。東京大学卒業後、東京大学大学院博士課程を経て、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。帰国後、脳や心理学をテーマに研究・執筆活動を精力的に行う。現代社会で生じる身近な事象を科学の視点を通してわかりやすく解説し、多くの支持を集める。著書にベストセラーとなった『サイコパス』や『ヒトは「いじめ」をやめられない』『シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感』などがある。『ワイドスクランブル』をはじめテレビ番組のコメンテーターとしても活躍。
取材・文/田嶋章博(@tajimacho)
撮影/ケニア・ドイ