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この作品 「臥信の蓬山随行記」 は「静之」「巖趙」等のタグがつけられた作品です。

タイトル通り、臥信が驍宗様の昇山に随従として付いて行った時の記録。ずっと蓬山にい...

hana

臥信の蓬山随行記

hana

2020年6月21日 22:01
タイトル通り、臥信が驍宗様の昇山に随従として付いて行った時の記録。
ずっと蓬山にいたはずなのに、「風の海 迷宮の岸」ではいっさい登場しない驍宗様の随従達は、その間いったい何をしていたのか。
また同原作は泰麒の視点、泰麒側の事情を描いた物語ですが、はたして随従の目から見た蓬山の状況や顛末はどういうものだったのか、というお話です。

「原作通り」ですので、泰麒と李斎はほぼ登場しません。なぜなら臥信は彼らとは接点を持っていないはずだからです。
できれば、拙作「泰王、呀嶺へ還る」と合わせてお読み頂けると大変嬉しく思います。

それにしてもアンタいったいどれだけ臥信書けば気が済むのよ、という感じではありますが、臥信を書くのは(少なくとも公開するのは)これが最後。
ありがとう臥信。あなたとの旅はいつだって最高に楽しかった。
(2020年夏至の日)
臥信の蓬山随行記





この文書は絶対に主上、及び台輔の目に触れることのないよう厳重に注意の上閲覧のこと。尚、この禁を破りたる者は、向こう一ヶ月間主上の剣稽古のお相手当番を務めるべし。
封印 正頼





 まず初めに、驍宗様の御昇山にあたって、御協力・御餞別を賜りました方々への御礼を申し述べたいと思います。
 霜元は、自身の領地の名産である見事な錦織を袍一着分用意してくれました。しかし皆様ご存知のように、御昇山を控えた今、驍宗様はいたって不機嫌で気が立っていらっしゃいますので、昇山後の御衣装の御相談など到底無理な話です。この錦織は当方で勝手に袍に仕立てさせて、蓬山へ持ち込むことに致しました。
 英章は高名な丸英印の馬油最高級品の一斗入りの甕を人数分用意してくれました。残念ながら黄海を渡る旅で一斗甕を持ち運べるわけはなく、頂いた馬油は小分けにして各自が携帯させて頂くことにしました。
 正頼は、いつも私たちが黄海に行くときに愛用している頭陀袋がボロボロすぎてみっともないと言って、新品の頭陀袋を用意してくれました。驍宗様にも、全員分ありますので、と、なんとか説得して無理にでも新品をお持ち頂く予定です。
 阿選殿は友尚と連名で、鴻基では高級品である干魚を持たせてくれました。ひとつひとつがきちんと油紙に包んである気遣いはさすがでした。干魚は道中の単調な食事に変化をつけてくれるでしょうし、同時に塩分も摂取できるのでとても助かると思います。
 呀嶺からは、全員が道中ずっと腹を下し続けても大丈夫なくらいの量の丹薬が届きましたが、こちらもありがたく必要な量だけを小分けして、各々で携帯させて頂きます。
 江州の方面からは、素晴らしく軽量で丈夫な素絹布を大量に頂戴致しました。この帛は冬官府の方に油の塗布加工を依頼し、蓬山での驍宗様の天幕としてありがたく使用させて頂く予定です。
 琅燦からは、いくらでも文言を記録できるという雀を持たされました。
 今、私はその雀に向かって喋っています。
 琅燦曰く、これなら臥信がいくら喋っても大丈夫だということですが、大きなお世話です。小さな雀なので目立たなくてよかろう、という彼女の知恵と技術には敬服するしかないとは思いますけれども、琅燦は驍宗様の御昇山の道中とあらましを自分が知りたいがためだけに、こんなものを作ったんですよ。
 しかもこの雀、どうしても私の頭上にいるのがお気に入りのようで、そこから動いてくれません。これじゃまるで私は頭に雀をのせて、ずっと独りごとを言っている変な人みたいじゃないですか、と文句を言ったら、琅燦には「それはいつもの臥信と変わらない」と言われました。
 あんまりだと思います。
 琅燦に相談したことはもう一つありました。
 これが私たちが驍宗様に随行するにあたっての最大の懸念事でもあり、他ならぬ私と巌趙が随従としてついて行く意味でもあったのですが、つまり、ひとたび昇山してしまったら誰でも王に選ばれてしまう可能性があるということを否定できない、という問題です。
 まさか、霜元や英章には「麒麟の前に出るな、挨拶するな」などと強制できないですからね。いえ、彼らも当然気遣いをしてくれるのは承知していますが、万が一ということがありますから。
 私と巌趙は念のため、極力麒麟の前には姿を見せないように注意するつもりですし、麒麟の選定を受けるつもりなど毛頭ない……というより、そんなことはあってはならないのですが、過去の例を見ても、麒麟がいったいどういう人物を王に選んでしまうのかは謎に包まれているわけです。私はともかく、巌趙が王になったりしたら戴は終わりです。
 そんな悲劇は絶対にあってはならない。
 もし麒麟が自分の前に突然平伏して、何かを誓い始めるなんていう事態に遭遇してしまったら? 
 琅燦曰く「許す」という以外の方策はないとのこと。しかも麒麟によっては「許す」という返事を得るまで、地の果てまで追っかけてくるって言うじゃないですか。
 恐ろしい話です。冗談じゃありません。
 つまり麒麟の選定を受けてしまったら、仕方なくいったん王として即位してから、頑張って可能な限りはやく失道するか、「許す」と言わされる前にその場で死ぬか、という選択肢しかないらしい。選ばれてしまったら一巻の終わりだなんて、不条理もいいところです。何故こっちには「お断りします」という選択肢がないのでしょう。
 しかも私たちは仙ですから、自死しようにも自分で自分の腹や首をかっさばいたところで、あっさり即死できるとは限らないのが辛いところなわけです。
 琅燦には、「万が一臥信と巌趙のどっちかにそんなことが起こったら、お互いバッサリ首を刎ねるよう申し合わせておけばいいんじゃないの、さすがに首を胴体から切り離したらあんたたちでも割とすぐ死ぬでしょ」と言われましたが、なんだかそれもちょっと酷な話だと思うんですよ。
 しかも麒麟というのは、たいそう血の汚れを忌むものだというのは周知の事実です。
 誓約した途端、相手の首が血しぶきと共に飛んでいくのを見させられるという事態は、麒麟として健康上の問題はないのか、仮にも先方は泰麒だし、と確認すると、琅燦は、それはそれで麒麟の対流血量耐性を見極める意味では興味深いと思う、と言いました。あと、巌趙なら首が飛んでも胴体が首を拾って元通りにつけかねない気がするから、もし本当に首を刎ねてみたら、実際どういう感じだったか結果を詳しく教えてくれ、とのことでした。
 私たちはそうしたことをしばらく議論した結果、仙でも即死できる丹薬を用意してもらうよう琅燦を説得し、従って巌趙と私は、その劇薬をいつでも飲み込めるように携帯することになりました。
 本当にこれで即死できるのかどうかは未知数ですが、こればかりはちょっと試してみるというわけにはいかないので、琅燦を信じるしかありません。いや、胃酸に触れた途端体内で大爆発して、肉体は細切れになって飛び散る仕様にしてあるから多分確実に逝けると思う、と琅燦が主張しています。
 琅燦、何が何でも驍宗様に登極して頂かねばならぬという気持ちはお互い様ですけど、お願いだからもう少し穏便に、あまり蓬山をお騒がせせずに邪魔者が死ねる方法を考えて下さい。
 いやはや、昇山のお供というのも、けっこうな覚悟がいるものです。


 我々のそんな悲壮な覚悟を知る由もない驍宗様は、そもそも「一人で行く」と主張されており、お供をお連れ下さいと説得するのは大変だったのです。
「子供じゃあるまいし、随従なんぞぞろぞろ連れて行く必要がどこにある」
 いかにも驍宗様らしいとしか言えない、可愛げのない物言いです。本当にいつも、こっちがどれだけ心配してるかなんて、まったくお構いなしなんですから。
 個人的に黄海に狩に行くのとは違うのです、他の昇山者の目もあることだし、やはり仮にも禁軍左将軍というお立場の体裁というのを考えて下さい、と言うと「狩に行くのではないからこそ、なおさら私一人が行けば事足りるではないか。行って帰って来るだけだろう」などと仰る始末。
 そういうわけにもいかないのです、蓬山では天幕を設営して滞在する必要がありますし、お召し替えも必要です、それだけの荷物はお一人ではお持ちになれませんし、第一計都にどれだけ積む気ですか、計都がかわいそうじゃないですか、と申し上げると、「私は野宿するからいい」などとほざきやがるんですよ、あの方は。
 いくら本人がよくても、蓬山で一人で着の身着のまま野宿する浮浪者もとい禁軍将軍……みたいな人が本当に戴の王でいいのか、と、周りの昇山者に白い目で見られることは間違いない。というより、そんな変な人が麒麟に選んで頂けるのでしょうか。小汚い変質者だと思われて、入山を拒否されるという事態にはならないのでしょうか。
 結局私が「あなた真剣に王になる気があるんですか」と絶叫し、断られても巻かれても私と巌趙は何が何でもついて行きます、と主張したため、「じゃあ勝手にしろ」ということになりました。 
 ええ、勝手にさせて頂きますとも。
 先ほど申し上げたように天幕は手配が済んでおりますので、あとは琅燦に相談しつつ、滞在時に必要と思われる品々を整えていきました。
 琅燦曰く、蓬山に到着して昇山者として認められれば、先方から食糧と水の配給はもらえるはずだとのこと。蓬山滞在用の食糧を持って行かなくていいのは助かります。
 向こうでの滞在時に必要と思われる最低限の寝具類や鍋釜などについては、戴から持ち出すと荷物になるので、令坤門で用意してもらえるよう、現地の剛氏にあらかじめ連絡して手配をお願いしておくことにしました。
 しかし、驍宗様の見てくれを優先するにしても、私たちだっていくらなんでも着の身着のままというわけにはいきませんから、最低限の着替えや手回りの品々はどうしても戴から携帯していかねばなりません。驍宗様は、絶対に妖獣狩りに行く、と言うでしょうから、そのための用意も削れない。一日で黄海を巡って帰ってくるのとは違い、どうにも荷がかさばってしまうのは頭が痛いところです。
 そして琅燦の言うことには、蓬山の女仙達に手土産という名の賄賂を持って行くのが普通らしいのです。しかし、そんなことを驍宗様に相談したって「たかが女仙ごときの機嫌を取る必要がどこにある」としか言わないに決まっているので、そうした品々は私が勝手に用意しました。いちおう戴名産である玉を使用した簪、耳飾り、指輪など女性が好みそうな装飾品の類いです。請求書は、驍宗様がご登極なさってから、しかるべきところに回させて頂きたいと思っています。
 こうやってあれこれと荷を準備しておりますと、とうてい巌趙と私の二人で運べる量ではない、ということになります。無理矢理積んだら、どうにもこうにも騎獣に負担がかかりすぎる。荷駄用の大青牛や旄馬のような騎獣もいるわけですが、そうした騎獣は敏捷さには欠けるので移動に時間を要します。あのせっかちで忍耐というものを知らない主公が、のんびりした道中を了承するとは到底思えない。元々そんな荷物はいらんと言っておる、と駄々をこね出すのが見え見えです。
 巌趙にどうしましょうか、と相談したところ、巌趙は哀しそうに首を横に振りました。すでに心当たりの麾下に声をかけてみたが、皆が皆おそれ多いと言って逃げていくのだそうです。
 実は私の方も同じようなもので、まずは証博なんか目も合わせてくれない。どころか、私が近づくとさりげなく逆方向へスタスタ行ってしまうのですから、彼の意思は明白です。
 元来がまず、うっかり昇山してしまったら麒麟の選定を受ける可能性があるということ。そんな事態は避けたいのが普通でしょう。故国がいくら厳しい状況にあるとしても、自分が王となって救済できるなどとは思い上がれないのは当たり前です。自分にしてからがそうなので、私は他人を責める気にはなれません。人にはそれぞれ分というものがあるのは、仕方ないことだと思います。
 そして驍宗様のお供という、どう考えても精神的かつ肉体的強行軍間違いなしの苦行。誰だって、そんなことは避けたいと思う気持ちは充分わかります。私は、それについても「お前たち、よくそんなことで禁軍兵士を名乗れるね」(注:英章の物真似)などと言って罵る気にはなれません。本当に我が主公の人望のなさというのはたいしたものだと恐れ入るしかない。
 そんなことを思い悩みながら、私が左軍の将官用の食堂でため息をついていると、背後からなにやら天啓のような声が聞こえるではありませんか。
「驍宗様もいよいよご昇山か。私も黄海に行ってみたいなあ。自分の騎獣が持てるなんて夢のまた夢だけど、いつかは騎獣に乗ってみたいものだ」
 ちらりと背後をうかがうと、どうやら証博の部下の卒長たちが会話している様子。
「確か君、静之と言ったか」
 私は即座に声をかけました。どうやら私は知らず知らずのうちに気配を消していたらしく、向こうはまったく気がついていなかったようなのです。
 静之は、ぎゃー臥信様、と叫んで泡を食ったような顔で逃げようとしましたが、もちろん、この私が逃がすはずがありません。その場で速攻捕獲することに成功したわけです。
 私は静之の腕をしっかりとつかんだまま、ちょうどよかった、驍宗様の御昇山に同行してもらえる者を探していたのだ、と穏やかに言いました。
 そして、青ざめてぶるぶると震えている静之に、もちろん騎獣は貸すし費用も支度も全部こっち持ちだから何も気にしなくてよい、ただ着いてきてくれるだけでいいし、なんなら妖獣狩にも参加できる、君にとっても素晴らしい話だと思う、と、にこやかに説明しました。
 じゃ、そういうことで詳しい話はまた後日、と手を離したとたん脱兎のごとく静之が駆け去って行く頃には、なぜかあたりは蜘蛛の子を散らしたかのように無人になっていました……そう、部下思いのあの男を除いては。
「証博、そこにいるのはバレています。出てきなさい」と私が言うと、柱の陰からひっそりと証博が姿を現しました。
「臥信様、静之という奴は……」
 そう言って首を振る証博に、私は「わかっています」と答えました。
「そう、とても正直で善良な奴なのですが、なにぶん粗忽というか、おっちょこちょいというか、本当に熱い気持ちを持った、ものすごく真面目で良い奴なのですが……」
 証博らしくもなくもごもごと口ごもるので、私は「大丈夫、直接驍宗様のお世話をさせるようなことはしませんから」と言ってやりました。
 しかし証博は、ちょっとほっとしたような顔を見せたものの、また左右に首を振りました。
「実のところ静之は歩兵上がりでして、騎獣に乗ったことがないんです」
 まあ、そういうことであれば、彼の懸念も仕方ないものと思えます。
 私はしばらく考え、静之には独谷を貸そう、と決めました。とりわけ速く強靱という騎獣ではありませんが、勇敢ですし、私の所有する乗騎の中では一番乗り手を気遣ってくれる優しい気性を持っているからです。
 証博は、明日から自分が責任を持って静之に騎獣の扱い方を教える、と言ってくれました。私は「恩に着ます」と礼を言い、帰朝したら必ず奢るから、と約束しました。そしたら証博ったら「いや、その時にはご登極のお祝いに餃子を山ほど作って、静之も一緒にうちで飲みましょうや」って言うんですよ。証博の作る餃子は最高だし、ほんとに頼りになるいい奴なんです。
 ……一緒に蓬山へは行ってくれませんが。


 さて、そうこうしているうちに、どんどん夏至の日は近づいてきます。
 騎獣を伴わない昇山者なら、戴から令坤門まで移動するには、たっぷり一ヶ月以上の日にちを要するところでしょう。騎獣を使ったところで、急いでもおよそ二週間はかかるもの。
 その距離を我が主公は普通、つまり個人的に黄海に狩りに行く場合、一週間の強行軍でねじふせるわけです。ご想像がつくと思いますが、眠いとかお腹が空いたとか便意を催したとかいう人間の都合は丸無視した行程です。そこには「騎獣にお休み頂く」という目的の休憩しかありません。
 今回ばかりは、万が一至日に間に合わなかったら目も当てられない仕儀となります故、そこはなんとか十日間の旅程を見て下さい、と懇願し、だから足手まといはいらないと言っている、と突っぱねられ、今さら後に引けるもんですかと押し問答をし、霜元や英章からも説得(説教)してもらい、正頼の泣き落とし技にもお世話になって、ようやく鴻基を出立するという日がやってまいりました。
 通常黄海にお供するときには、計都と速度を合わせるため、私も巌趙も自分の騶虞を用います。しかし、今回ばかりは、従者としての体裁を整えさせて頂きたい。
 私と巌趙は、荷の量も考えて吉量──私と巌趙の吉量はとりわけ大柄で頑丈なのです──に騎乗していくことにしたわけですが、左右に振り分けた荷を搭載して並んだ吉量と独谷を見る驍宗様の納得のいかない顔と言ったら。騶虞ほどは速度が出ないのに文句があるわけです。
「どの子も素晴らしい騎獣です。騎獣に優劣はございません」
 私は胸を張って言いました。巌趙も、然り然り、と側で頷いています。
 どのような騎獣であっても慈しみを持って大切にせよ、というのは驍宗様本人が常々仰る言葉でもあり、左軍の信条と言ってもいい精神なのですから、普段そうのたまっている当の本人が文句を言えるはずがないのです。
 驍宗様はとりあえず了承はすることにしたらしく、白玖(はく・臥信の吉量)、箕和(みわ・巌趙の吉量)、小輻(さや・静之が借りた独谷)に声をかけてそれぞれを撫でてから、ようやく静之(せいし・人間)の姿に気がついたようでした。
 私が誂えてやった静之の空行師仕様の軽い甲冑は新品ぴかぴか、いかにもまだ身には付いておらず、残念ながら借り物のようにしか見えません。そのぎくしゃくした様子の小柄な体に大きな荷物を背負い、さらに左右に大きな袋を提げた静之は、驍宗様にじっと見下ろされて、ただでさえ丸い目をまん丸に見開いたまま、緊張のあまり完全に固まってしまっています。
 しまった、せめて事前に紹介をしておくべきだった、いや、紹介なんかしたらまた随従がいるのいらないのという押し問答にしかならなかった、いったいどうすればよかったんだと、私は若干焦りながら、静之と驍宗様の間に割って入りました。
「この静之と申す優秀な卒長は! ぜひ驍宗様の妖獣狩りにお供したいと熱心に申しておりまして!」
 とっさに口走ってしまってから、自分でもそんな紹介の仕方があるか、とは思ったのですが、なぜかこの口上に驍宗様は納得したようで、「静之と申すのか。よろしく頼む」と、自分からかちかちに固まっている静之の丸い手をとって握手され、さらに「そんなに荷物を持っていたら大変だろう」と言って、静之の肩の荷物を外して自ら持っておやりになったのです。そして、あろうことか、もう一つはお前が持ってやりなさい、と私に渡してよこすのです。
 いったいどういうことですか。
 ほら、巌趙だって呆気にとられた顔をしています。
 まったくもって巌趙や私が、驍宗様からそのような優しいお心遣いを頂いたことなんか金輪際ないわけですけれども、そうしたことはさっ引いても、驍宗様のお気持ちというのは謎でしかない。
 どういうわけか静之は驍宗様にとって邪魔者ではなく庇護せねばならない対象として認識されたようで、道中に度々「疲れはないか」などのお気遣いがあったのは幸いでした。
 しかし疲れるも何も、ふつうは戴を出て船を乗るまでに途中で一泊をするところを、途中休憩なしで雲海の上を虚海まで一気に飛ぶという驍宗様のやり方に変更はありません。(ちなみに飛行中は、雀は私の懐内におさまっておりました)
 疲労のあまりうとうとしてしまっては独谷から落っこちる静之を、独谷自身が慌てて拾いあげたり、または私か巌趙が落下している最中に受け止めて戻す、ついには驍宗様まで静之を拾うのに参加したりしながら、ようやく虚海を渡る船に乗り込むことができたのです。実のところ我々が一緒でなければ、静之は何度死んでいたかわからない。いや、そもそも我々の都合で連れてきているのだから、うっかりこんなところで死なせるわけにはいかないのです。
 おそらく静之自身は、相当緊張していた上にもうろうとしていて、どんな空旅だったかあまり記憶にないのではないかと思います。しかも哀れなことに、彼は初めて乗る船で盛大に船酔いしてしまったので、私は静之に強力な睡眠薬を飲ませて昏睡させたのでした。
 雁の港についたときには、静之はすっきりした顔で「なんだか不思議な夢を見ていたような気がします」と言ってにこにこしていましたが、まあ、それでよいでしょう。
 その後の令坤門への道中も、驍宗様と我々だけならいつも通りの殺伐とした、かつ殺風景なものにしかならなかっただろうというのは想像に難くない。
 しかし、旅に不慣れな静之がいてくれたおかげで、驍宗様自身も、ぴりぴりした気分が紛れたのではないかと思うのです。
 驍宗様が気が立っておられるのは、仕方がないと言ったところではありました。
 今回は驍宗様が昇山されるというので、白圭宮どころか、そもそも瑞州から昇山するという人のことを聞かなかった、つまり、驍宗様が昇山されるなら自分が行くのは無駄だ、と白圭宮中が思っていたということです。
 可能性があるとすれば阿選殿くらいでしたが、驍宗様が直々に確認したところ、今回阿選殿は昇山なさらないとのこと。「王の不在時に禁軍将軍が二人も欠けるわけにはいかないだろう」とは、いろんな意味で阿選殿らしい物言いです。個人的には阿選殿も同時に昇山なさってもよかったのではないかと思うのですが、まあ、結果的にそういうことにはなりませんでした。
 世間からの「当然王だろう」という多大な期待。または「王に選ばれなかったらいい気味だ」という冷ややかな好奇の視線。
 様々な事情もあって「時機がきたら必ず昇山せねばならぬ」という宿命のようなものを、その生涯をかけて背負われてきた方です。驍宗様自身も自負するところは当然あり、この時に向けてしっかりと準備はなさってきた。だからといって、いざ昇山して麒麟の選定を受けるとなった時に「自分が王に選ばれて当たり前」などと自惚れて、道中鼻歌を歌いながら乗り込めるような方ではない。
 真に自負するというのは、根拠もなく思い上がることではありません。結果を出すことに対して責任を負うべく、自らを恃むことを自負と言うのです。そして、その負う荷が重ければ重いほど、その是非を問う舞台に立つという時に緊張しないほうがおかしい。
 私や巌趙も、なんとかお力になりたいと思ってはいるものの、その荷を代わりに負うて差し上げることはかなわない。文字通り、物理的に荷物を持って差し上げるくらいしかできないのです。しかもお酒や遊興で気分を紛らわせる方ではないので、こっちは黙ってお側についているしかない。
 随従とは言っても、驍宗様はご自分のことは何でもご自分でなさいますので、私たちは単なる荷物持ちのようなもの。ちなみに、静之は私の従者という名目で連れてきておりますけども、私自身も別に深窓のご令嬢というわけではありませんので、実際のところお世話は無用です。
 静之はずっと「自分は何の役にも立っていないのではないでしょうか」とおろおろしていましたが、本当に静之はいてくれるだけでよかった。やはりあの時食堂で聞いたのは天啓だった、と私は何度も思ったものです。
 世話をしようと一生懸命なあまり、うっかり計都に近づいて、計都に楽しくおもちゃにされているところを助け出さねばならなかったり、柳ではポン引きにつかまって、怪しげなところに連れ込まれそうになっているのを救出せねばならなかったり、範では露店でまがい物の装飾品をつかまされそうになっていたり、いちいち「美味しそうなものを売っていました」と皆の分を買ってきてくれたり、初めての外国で見るもの聞くもの全てが珍しくて目を丸くしていたり。まったく、我々は静之から目を離す暇がなかった。 
 驍宗様から「土地の名物のものでも食べてみるか」などという、天変地異が起こりそうなくらい珍しくご機嫌のよいお申し出があったりしたのは、そんな静之がいてくれたおかげに他なりません。いつもならありまくりな強引な予定変更は一切なしで、予定した宿全てにきちんと宿泊するのをご了承頂けたのも、不慣れな静之を気遣ってのことでしょう。
 我々にとっては、まさに静之様々というところ。王を伴う蓬山への旅を「鳳翼にのる」とか言うそうですが、こちらには福の神がついているんだぞ、ってなもんです。あ、でも鳳雛というのは驍宗様のことですね。失敬失敬。
 自分を気遣ってくれるそんな鳳雛に、静之がいよいよ心酔したのも道理。また、日ごとに静之が独谷に慣れて乗りこなしていく様を見るのも、我々にとっては我が子の成長を見るような気分でした。
 そんな鳳雛と福の神のおかげさまを持ちまして、いつもよりは数段穏やかな強行軍を終え、私たちは無事に令坤門に到着をしたわけです。



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