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日本の新型コロナとの戦い支えた保健所、地域に根差す公衆衛生が効果

  • 地元の状況を把握、患者との信頼関係築き濃厚接触者などの情報入手
  • 日本の保健所は戦前の結核対策にルーツ、国家挙げた予防対策遺産に

新型コロナウイルスに伴う政府の緊急事態宣言が解除され、多くの店舗が営業を再開するなど日常の生活が戻りつつある。欧米のような罰則を伴う外出制限なしに爆発的な感染拡大を食い止めた日本の対策の裏には、日頃から地域に根差して公衆衛生に携わる「保健所」の存在があった。

Commuters In Tokyo As Japan Encourages Employees To Work From Home

マスクを着用して東京の街を歩く人々

Photographer: Akio Kon/Bloomberg

  神奈川県川崎市で保健所業務を統括する保健所感染症対策課の小泉祐子課長は同市での新型コロナ感染のピーク時には、人口約150万人の同市の受付窓口に1日700件を上回る相談が寄せられたこともあったと振り返る。

  特にタレントの志村けんさんが亡くなった3月29日以降、高齢者からの相談件数が急激に増え、「現場では一つの電話に3回線あったが、鳴り止まないと聞いた」といい、切ると次の電話がすぐに鳴るような状況だったという。

  今回の新型コロナへの対策では、陽性と診断された患者の健康状態の確認や濃厚接触者の有無を含めた感染経路の確認作業などは各地の保健所の主導で行われた。小泉氏によると、川崎市内に数カ所ある保健所支所の人員は平均6-8人だが感染拡大局面では土日も含めて毎日稼働し、夜は連日、日が変わるぐらいまで長時間業務が続いた。

  川崎市で確認された新型コロナ累積感染者数は300人弱。6月以降では15人で新規感染者が1人もいない日も増え、他部署からの応援の職員の必要性も薄れてきているという。

  保健所を通じて集められた情報は、政府の感染拡大防止への取り組みでも非常に役に立ったと厚生労働省の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議メンバーの押谷仁氏(東北大大学院教授)は1日の会見で話した。

  日本は早い段階から発症前の患者の行動を追跡したり、換気が悪い密閉空間や多くの人が集まる密集場所、至近距離で会話などを行う密接場面の「3密」を避けたりするよう周知を徹底するなどの対策を進めてきた。押谷氏は英語での会見で、「保健所と保健師たちが質の高い情報を集めてくれたおかげでわれわれはこうしたアプローチを取ることができた」と述べた。

信頼関係

  全国に約470ある保健所では通常、感染症対策以外にも食品衛生管理や公害対策、動物愛護や母子健康相談など地域住民の健康に関わるさまざまな業務をこなす。感染症対策では結核やエイズなどの病気の相談や啓発、指定感染症に関する医師からの届け出の受理などを行う。

  東京大学の坂元晴香特任研究員(国際保健政策学)は、「保健所は感染症が地域でどのように拡大しているのか情報収集することに特化した職員がおり、今回の新型コロナ対策にも非常に貢献した」と話す。地域の特徴などを把握している保健所では「どのような住民が住んでいるのか、どのようなグループが病気にハイリスクなのか把握しているため、啓発や情報配信も効果的にできる」と述べた。

  感染拡大防止の観点から、患者から得られる情報は重要だ。しかし保健所には患者から強制的に情報を聞き出す権限はない。患者本人の了承なしに濃厚接触者や勤務先に保健所が連絡を入れるのは許されておらず、患者から連絡を入れてもらう必要がある。小泉氏によると、誹謗(ひぼう)中傷を恐れて情報を提供したがらない患者もいるという。

  川崎市健康安全研究所所長の岡部信彦氏は、情報を得るためには保健所と患者の信頼関係が重要だと話す。患者に配慮しながらうまく話を聞き出していくテクニックは保健師が現場で実践を通じて身につけるものとし、「実際の1対1の電話のやり取りは慣れている人がやらないと駄目。人数を増やしたからすぐにできる、というわけではない」と語る。

結核との戦い

  日本では1937年に制定された保健所法により保健所が設置された。関西大学の高鳥毛敏雄教授(公衆衛生学)によると、保健所はもともと結核に対抗するためにできた仕組みという。

  結核は当時は確実な治療法がなく、年間10万人規模の死者を出していた。ワクチンもなかったため国家総動員体制で感染予防に取り組んだ。保健所はその司令塔や実働部隊と位置付けられ、健康診断でレントゲン写真を撮影するのもその名残だという。

  一方、新型コロナの感染爆発が起きた米国や英国の公衆衛生は19世紀のコレラ対策をベースに作られた。コレラの対策は上下水道や飲食物など衛生面の管理が主で都市計画の中で実施され、保健所に相当する施設は存在しないという。

  過去に韓国がMERS(中東呼吸器症候群)、台湾やベトナムはSARS(重症急性呼吸器症候群)で大きな被害を受けた経験があるのに対し、高鳥毛教授は「日本は結核と戦ってきた歴史がある」と指摘。ワクチンや治療薬へ注目が集まる中、「社会的システムで感染症と戦うということが成功している」と説明する。

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