永井 良三 | 日本医師会COVID-19有識者会議 座長自治医科大学 学長 |
COI: | なし |
医療は、一例一例の症例を深く理解することから始まる。診断や重症度の判定は、症例の背景を把握し、症状や客観的所見などの徴候を、医学の体系と照らし合わせておこなう。COVID-19は人類がはじめて経験する疾患であり、有効な診断法や治療法が確立されていない。それだけに多くの症例について、詳細な記述が必要である。症例報告を収集し、わかりやすく整理したうえで患者の傾向を分析することは、現在、最も急がれる作業である。
すでに日本感染症学会のホームページには「COVID-19症例提示」が掲載されており、貴重な情報が提供されている[1]。しかし非専門家が症例報告の情報を活用するためには、個々の報告の文脈と臨床所見の関係性をわかりやすく表示する必要がある。
自治医科大学では、以前より内科疾患の症例報告の文脈を整理し、コンピュータで解析するシステムを開発してきた。今回、日本感染症学会の了解をいただき、同学会ホームページに掲載されている症例報告の中から約70症例をTree状に整理した。症例の文脈をたどって、生じたイベントの時系列と、医学用語の関係を図示した。これによりCOVID-19症例の可視化と、簡単な分析が可能となった【図表1】。
COVID-19制圧は総力戦である。専門家と非専門家が協力して、試行錯誤を繰り返さなければならない。そのためには、医学知識の構造化とデジタル化による情報共有を欠かせない。今回の症例データベースはそのための第一歩であり、日々の診療だけでなく、新しい診断・治療法開発、さらに次世代AI開発の基盤となる。
より個別的な観察と徴候学に従うことは、「医の原点」である。実際、個々の症例の「臨床経過―医学用語―用語内容」の関係は、言語学の「言葉―記号表現―記号内容」に対応する。このためヒポクラテスは「あらゆる記号研究の父であり先達」といわれる。
今回の症例入力は、自治医科大学畠山修司医師、松村正巳医師、プレシジョン社佐藤寿彦医師が行い、永井が全体の修正と用語の標準化を行った。システムは、自治医科大学が開発したJichi Case Map(平成28年度AMED研究事業「人工知能による総合診療診断支援システムの開発」(研究代表者:永井良三))と、プレシジョン社佐藤医師が開発したアルゴリズム(令和元年度NEDO事業※1「医療情報を横断的に統合した診療支援 AI システムの開発」(開発代表者:佐藤寿彦))を利用した。
※1:Connected Industries推進のための協調領域データ共有・AIシステム開発促進事業
所見を示す用語(発熱、咳嗽、リンパ球低値、すりガラス影など)を入力すると、検索語を含む症例が提示される。AND検索はスペースを空けて入力する。検査名を省略して所見のみでも検索可能である(CRP高値、LDH高値、発熱、浸潤影など)。検索用語例は、検索画面左側の用語リストを参考としていただきたい。症例報告の原文は、症例の左上のサイトで参照できる。
これまでに登録された68症例を整理すると、COVID-19肺炎の症状・身体所見【図表2】、検査所見【図表3】、画像所見【図表4】、合併症【図表5】、接触歴【図表6】の特徴がみえる。症例が増えれば、転帰別の分析も可能である。
図表2 |
COVID-19症例報告に記載されている症状と身体所見 |
発熱、咳嗽、倦怠感、頻脈、咽頭痛などが多い。しかし、味覚・嗅覚障害はまだ報告に記載されていない。(現在整理中の症例報告には記載があるものが散見される) |