「海竜社の下村のぶ子社長は、編集、経理、営業、小説、織もの、生花、料理・・・・・・と、あらゆるものをこなした怪物社長、原田常治(講談社出身)に育てられた編集者である。」
書籍『ベストセラー感覚』塩沢実信著より
https://twitter.com/YuzoNito/status/3231558680969216?ref_src=twsrc%5Etfw
なんでも器用にこなす敏腕社長だったようだ。
今でこそ、ネットで調べればだいたいの神社の伝承を知ることができるし、グーグルマップで神社の説明板の写真も見ることができる。
それに、国土地理院の地図なら、地形も詳細に把握できるので、もはやいちいち現地調査する必要がない時代になった。
だが、原田氏が生きていた70年代には、それがなかったわけで、高齢での無理が祟ったのか、『上代日本正史』の出版の同年に亡くなった。
当時は宅地開発の途上だったので、まだ往古の風景や地形、今は失われた神社の伝承が残っていたので、むしろ最後のチャンスだったのか。
どれだけ成果が挙げられるかは分からないが、私も原田氏のように、各地を現場検証したい。
やはり今、情報社会を謳歌していても、現地で得られる情報量のほうが圧倒的に多いし、私もそれは強く実感している。
原田氏も、現地で多くのインスピレーションを感じとって、それを研究に活かしたはずだ。
私はまだ、ミカボシが拠点としていた茨城県の大甕神社にも行ったことがないので、原田氏の行動力を見習って現地調査してみたい。
「一般的に謎とされているが、先入観を外してよく考えればすぐ分かるようなことだった」
みたいなパターンが、原田氏の謎解きのなかでよくあるが、それは私も共感するところだ。
世の中のミカボシ研究がいかに的外れか、よく考えれば分かることなのに、なんで誰も真相に辿り着いていないのか、わざとか?などなど。
私は原田氏のおかげで、知らぬ間に歴史捜査の視点というか、感覚が身についたのだろうか。
本書の内容は、やや荒削りな部分が目立つが、それも明治生まれの〝古代史刑事〟の生き様が語りかけてくるようで、趣がある。
全日本人必読の名著である。
『古代日本正史』にある図表をスキャンして、画像補正したものが以下である。
消された物部氏「天津甕星」の謎
『消された物部氏「天津甕星」の謎』天照大神に反逆した「明けの明星」が明かす古代「物部王朝」分裂の秘密
学習研究社(2004/10/07)
世に出回っている本のなかで唯一、ミカボシの名を冠している。
あのオカルト雑誌『ムー』の系列のシリーズ、ムー・スーパーミステリー・ブックスから出版されている本である。
著者:船場俊昭(1977 -)
神話研究家だと思うが、この本以外に出版した経歴がなく、詳細は不明の人物である。
私も船場氏と同業者になる可能性があるので、あまり悪いことは言えないが…。
正直、この本より私の記事のほうが、はるかにミカボシについて深く探究できている。
もちろん、この本で得られた知識も私の研究に貢献はしている。
だが、この本は資料集としては優秀なのだが、肝心のミカボシに関する考察が少ない。
どうも文章が「大人たちに整えられた大学生の卒業論文」という印象を受ける。
書かれたのが、船橋氏が今の私と同じくらいの年齢の時だったので無理もないが。
文章は読みやすいが、あまり内容にまとまりがあるとはいえない。
もしや、出版が急に決まったので、ミカボシの小説を書くための研究ノートをそのまま書籍に流用したのか?とさえ思った。
本の題名にもあるように、船場氏はミカボシが物部氏だったと主張しているが、私の研究から言わせれば、それはありえない。
ミカボシは、中島尾張氏(中島連)の祖だ。
というかそもそも、船場氏はなんでもかんでも物部氏にしてしまう傾向がややある。
なぜだか、フツヌシもタケミカヅチも物部氏にされていたし…。
コジツケも多いし、ハッキリ言って無茶苦茶な内容だらけだが、それすらを楽しむのがきっと正しい読み方なのだろう。
ちなみに、決してイヤミではないが、私はこの本を読んでとても勇気づけられたことがある。
「こんなに大雑把な内容でも本が出せるのか、ならば私もいつか日本建国史とミカボシの本を書いて出版しようじゃないか」そう思った。
ミカボシのことを知りたかったら、私の記事を読むだけで十分だが、きっとこの本から始まるきっかけが、あなたにもあるかもしれない。
Wiki風テンプレート
ウィキペディアには、このような記事の情報を整理した図表(テンプレート)がある。
これの日本建国史バージョンがあれば、劇的にわかりやすいのでは?という発想から、手探りながらhtmlのコードを組んで作ってみた。
私はウィキペディア編集が趣味だが、さすがに日本建国史をねじ込むわけにはいかないので、このブログの過去記事に載せることにした。
今からたくさんのリンクを載せるが、そこには私が昨年からちまちま作っていた作品たちが、今か今かとお披露目の時を待っている。
氏族
(サンプル)
日本建国史 氏族 出雲族
日本建国史 氏族 大和出雲族
日本建国史 氏族 日向族
日本建国史 氏族 忌部氏
王朝
(サンプル)
日本建国史 王朝 出雲王朝
日本建国史 王朝 日向王朝
日本建国史 王朝 出雲・日向連盟
日本建国史 王朝 第一次 大和連合王朝
日本建国史 王朝 九州王朝
日本建国史 王朝 信濃王朝
日本建国史 王朝 第二次 大和連合王朝
日本建国史 王朝 常陸王朝
日本建国史 王朝 球磨国(狗奴国)
人物
(サンプル)
●出雲族
日本建国史 人物 フツ
日本建国史 人物 スサノオ
日本建国史 人物 クシイナダ姫
日本建国史 人物 スセリ姫
日本建国史 人物 タケミナカタ
●出雲日向族
日本建国史 人物 オオクニヌシ
●日向族
日本建国史 人物 イザナギ
日本建国史 人物 イザナミ
日本建国史 人物 アマテラス
日本建国史 人物 タギリ姫
日本建国史 人物 クマノクスビ
日本建国史 人物 タカヒコネ
日本建国史 人物 コトシロヌシ
日本建国史 人物 イワレヒコ
●大和出雲族
日本建国史 人物 ニギハヤヒ
日本建国史 人物 ウマシマジ
日本建国史 人物 タカクラジ
日本建国史 人物 イスケヨリ姫
日本建国史 人物 アマツミカボシ
●大和日向族
日本建国史 人物 ナガスネヒコ
日本建国史 人物 ミカシキヤ姫
●忌部氏・レビ族
日本建国史 人物 タカミムスビ
日本建国史 人物 フトダマ
日本建国史 人物 フツヌシ
日本建国史 人物 タケハヅチ
●不明
日本建国史 人物 タケミカヅチ
年表
前までの年表は、エクセルで作って画像化して載せていたが、明らかになった出来事が増え、量も膨大になったので限界を迎えた。
なので、年表もhtmlのコードで作った。
日本建国史 年表
王朝対照年表
日本建国史 対照年表
このブログに載っている王朝の呼称は、すべて私が勝手に命名したもので、実際にこのような名称の勢力があった訳ではない。
おそらく、出雲や日高見国については、当時もそう呼ばれていたはずだが、なぜ私はいちいち独自の呼称を命名しているのか。
例えば、日向族は自たちのことをヘブライ語で神の民を意味する「ヤマト」(ヤ・ウマト)と称していたはずだ。
九州王朝の首都である西都原も、そう呼ばれていたはずで、それが「邪馬台国」として中国で記録されている。
そして、第一次連合の時代、まだ今の奈良県は大和ではなく、ナガスネヒコ時代から変わらず「トミ」(登美)という地名だった。
しかし、神武天皇が即位して第二次連合が発足したことで、日向の人間が多く流入し、初めて「ヤマト」(大和)と改称されたのだろう。
要するに、実際の呼称そのままだとややこしくなるので、便宜上の命名をしている訳だ。
当然、日本という国号がついたのもずっと後の時代のことである。
あと、もうひとつややこしい話をしよう。
勢力には「〇〇王朝」とついているが、これは国号ではなく、王朝などの政権の名前である。
例を示せば「出雲王朝」というのは、国の名前ではなく、王朝、すなわち王家の系列の名前のことなのである。
国としての出雲は「出雲王国」と呼称するべきだと思うが、なんだかムツゴロウ王国みたいで現実味がないので、王朝と言っている(笑)
それに、古代史界ではよく、想定される勢力のことを「〇〇王国」ではなく、「〇〇王朝」と呼ぶことが慣例なのも理由である。
厳密に国ごとに分けると以下のようになる。
○日向王国
・日向王朝(イザナギ朝)
・出雲・日向連盟(スサノオ政権)
○出雲王国
・出雲王朝(スサノオ朝)
・出雲・日向連盟(スサノオ政権)
○日本国
・第一次 大和連合王朝(ニギハヤヒ朝)
・第二次 大和連合王朝(神武朝)
○九州王国
・九州王朝(アマテラス朝)
○信濃王国
・信濃王朝(タケミナカタ朝)
○常陸王国
・常陸王朝(ミカボシ朝)
主要人物系図
こんなバラエティ豊かな家系図もそうない。
人物名の下にあるカラーコードを見れば、その人物がどこの王朝に属していたかがわかる。
相続者には黒色、君主(王・天皇)には黄色のタグをつけているので身分もわかる。
さながらカードゲーム図鑑だが、これくらいの遊び心が歴史究明には欠かせない。
勢力図
歴史を紐解くうえで、昔はあそこは海だった、ここは昔から平野だった、などといった地理を把握しておくことが必須だ。
ということで、国土地理院のサイトにある地図サービスで、古代の日本の地形を再現した。
よく見ると、東京も大阪も海の底だし、新潟や茨城も沼地だらけで、奈良や京都の真ん中には今はなき湖があり、平野は青々としている。
具体的には、海抜を数メートル上げることで、各地の埋立地を水没させ、今はもう干拓された湖の水位を上昇させ、時計の針を戻した。
「自分で作る色別標高図」というサービスだ。
このデータを元にして、埋立地やダム、または人工河川などの古代にないものを、画像加工でしらみ潰しに消していく。
さらに地形図に境界線を加えた。
これはもっと後の時代の令制国による行政区分なので、厳密にはここまで綺麗に区分けされていないと思うが、目安にはなる。
副業がグラフィック・デザイナーであることを活かして、IllustratorやPhotoshopという有料ソフトでだいたいの図表を制作している。
本来、どれも普通なら無料で公開できるような代物ではないことを理解いただきたい(笑)
草創期
西暦157年頃〜168年頃
連盟期
西暦173年頃
西暦177年頃〜180年頃
西暦181年頃
西暦185年頃
西暦214年頃
対立期
西暦215年頃
西暦220年頃〜220年代後半
連合期
西暦230年頃
西暦237年頃〜240年頃
西暦241年頃
進出期
西暦242年頃〜240年代後半
西暦246年頃
西暦247年頃
西暦248年頃
統一期
西暦295年頃
最後に
これまで見せたテンプレートや図表の一覧は、以下にまとめた。
日本建国史 一覧
肖像画と図表の高画質版はseesaaブログに。
【反逆のロックスター「ミカボシ」の謎】高画質図表
最後に、日本建国史シリーズをずっと応援してくれている、Hidari_uma(釣りバカ)氏のサイトも必見である。
Hidari_umaの雑記帳: 日本建国史の真実
——了——