「外出禁止」中、テラスだけ開店許可が出たパリのレストラン。かなり離れた小学校前までテラスを拡張=6月13日夕食時、パリ8区(筆者撮影)

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 マクロン仏大統領は6月14日、エリゼ宮からの4回目のラジオ・TV演説を行い、「フランス全土(新型コロナウイルスがまだ多い海外県のマヨットと仏領ギヤナを除く)が明日(15日)から『緑地帯(感染者などが少ない安全地域)』になる」と述べ、3月中旬から続いていた「外出禁止」の終結を表明した。約3万人の死者(6月15日現在)を出したものの、「フランスは持ちこたえた」として、“コロナ戦争”に対する勝利宣言もした。

 今回のコロナ禍を見て興味深いのは、フランスの様々な「弱者」と「強者」が浮き彫りになった点だ。まだワクチンも特効薬もなく、大統領の勝利宣言はいささか性急の感はあるが、「外出禁止」の解除を機にコロナがフランスに突き付けた問題について考えてみたい。


「外出禁止」中、テラスだけ開店許可が出たパリのレストラン。かなり離れた小学校前までテラスを拡張=6月13日夕食時、パリ8区(筆者撮影)

移民や低所得者が多い「赤地帯」

 フランス政府は、「外出禁止」解除に向けて、5月11日にフランス全土を新型コロナウイルスのリスクが高い「赤地帯」と比較的安全な「緑地帯」に分けた。「赤地帯」に指定されたイル・ドフランス地方(パリとパリ周辺の7県)や東部地方(ストラスブールなど)、パリ近郊のオー・ド・フランス地方、仏中部のブルターニュ地方の4地方は、実は移民や低所得者が多い「弱者地帯」でもある。

 イル・ド・フランス地方に属するパリ郊外では2005年に移民2、3世による暴動事件が続き、「パリ燃ゆ」と世界中に注目された。警官と移民系の若者による大小の対立は一種の年中行事だ。また、ストラスブールではこの10年来、年末になると数百台の車が放火されるのが“慣例”だ。

 コロナウイルスは密集地帯で感染率が高い。フランスのコロナによる初の死者の公表は2月26日だったが、亡くなった60歳の男性教師はオー・ド・フランス地方のロワーズ県の在住者だ。同日に死亡した2番目の死者は中国からの男性観光客(80)で感染経路が明瞭だったが、男性教師は感染経路がまったく不明だったので、コロナへの恐怖と不安が一気に増大した。

 マクロン大統領が「外出禁止」の終結を告げた6月14日にも、ロワーズ県では死者1人が報告され、同県がまたしても脚光を浴びた。ちなみに、米国での警官による黒人暴行死事件に対し、フランスでは2016年に黒人の若者が留置所で死去した事件と結びつけられて抗議デモが展開されているが、この若者の在住地も死去した留置所もオー・ド・フランス地方だ。

「老人」と「若者」で命をめぐる差異が明確に

 コロナによる死者が急増中の4月末、統計社会学者のエマニュエル・トッドが週刊誌「レクスプレス」とのインタビューで「外出禁止」政策を批判して、「老人救済のために若者と(経済)活動を犠牲にするな」と過激な発言をした。

 フランスのコロナによる死者の90%は65歳以上、死者の平均年齢は82歳だ(保健連帯省)。50歳以下の死者は約300人との数字もある(同)。トッド自身は70歳(1951年5月16日生まれ)の“老人”なので、この発言は大目にみられたが、もう少し若かったら、大非難を浴びるところだった。

 この統計を知ってか知らずか、「外出禁止」(自宅から1キロ、1時間以内の外出は許可。地域によりマラソン時間も設定されたが、パリでは午前10時前、午後7時以降)の間も、せっせとマラソンに励む、屈強な若者が多かった。彼らはコロナに罹(かか)っても、ほとんどは無事に生還できるわけで、「コロナ恐れずに足りず」と思っていたのだろう。

 「老人」と「若者」、「弱者」と「強者」の“命”をめぐる差異が、これほど明確に数字で示された事例は、国民総動員の第2次世界大戦中ぐらいではないか。その意味でもコロナとの闘いは戦争なのだ。

勤務状況で差がある感染リスク

 「外出禁止」によって、勤務状況に関する「弱者」と「強者」もはっきりした。「外出禁止」中、官庁や大半の企業ではテレワークが採用され、自宅勤務か週に1、2回程度の出勤が多かった。出勤時も自家用車を使用し、地下鉄やバス、電車など公共交通網を利用する者は少なかった。

 一方、自宅でのテレワークが不可能な、工場で働く労働者や開店許可だったスーパー(大規模を除く)を含む食料品店や薬局の店員などは、電車や地下鉄、バスなどでの通勤を余儀なくさせられた。公共交通機関では、「社会的距離」を確保するため、座席は1メートル間隔に設定、マスク着用も義務付けられたが、感染リスクは「テレワーク組」より高かったはずた。ラッシュ時の出勤には会社が発行する「許可書」も必要で、規則に違反すると罰金を科せられなど、負担も多かった。

 そもそもフランスは、ホワイトカラーと労働者の差が歴然と存在する階級社会だ。「テレワーク組」と「出勤組」の差はそれに重なる。ただ、今回のコロナ禍では、格差を超える事態も生じた。すなわち、「外出禁止」による景気後退に伴う「一時的」を含む「解雇」だ。

政府支援の恩恵を大々的に受ける大企業

 3カ月間の「外出禁止」の結果、フランスの2020年度の国内総生産はマイナス5%と予測されている(経済省)。ちなみに欧州連合(EU)はマイナス6%の予測だ。マクロン大統領は演説で「強い経済の再建のために、総額5000億ユーロ(1ユーロ=約120円)を動員する」と巨額の支援金を発表したが、支援の恩恵を大々的に受けるのは大企業など「強者」の方だ。

 航空分野に対しては、150億ユーロの支援はすでに発表済みだ(ナショナル・フラッグのエール・フランスへの70億ユーロの支援を含む)。この分野では直接、間接を含めて約30万人が働いており、「外出禁止」によって約10万人が失業の憂き目を見る可能性が指摘されている。「中国や米国に対抗するためには、あらゆる代価を支払う必要がある」(ルメール経済相)が支援の理由だ。

 自動車大手ルノーも3カ月間の一部操業停止や販売不振などで、「4カ所の工場閉鎖」の危機が伝えられるが、「リストラは回避する。50億ユーロの銀行貸付の用意あり」(フィリップ首相)の救済策が発表された。政府は元国営企業のルノーの株をまだ15%保持しているほか、「自動車産業はフランスの基幹産業であり、ルノーはフランスの看板企業だ」(同)と、支援の妥当性が強調されている。

弱者への支援金額に不満の声も

 一方、個人経営のレストランなどの中には、「外出禁止」解除後も開店のメドがたたないと訴える「弱者」が少なくない。「(社会的距離確保のために)テーブルを1メートルはなすとと、18席が9席になる。とても採算が合わない。店を閉じるほうが経済的被害が少なくてすむ」(パリ市内のレストランの所有者)と、苦渋の決断をした店主もいる。

 筆者がときたま利用する近所の美容院も、「シャンプー、ブロー」が2ユーロ値上げし、ヘアカットは3~5ユーロの値上げ。「3カ月間の閉鎖期間中は収入ゼロ。2人の従業員には一時的解雇の失業手当の分担金を収め、開店後も店内の消毒などいろいろ経費がかかる」と店主は困惑顔だ。

 もちろん政府は弱者への支援も発表している。日本では一人あたり10万円の特別定額給付金が給付されるが、フランスの場合、低額所得者の約410万所帯には一律150ユーロ、子供一人に付き100ユーロの支給を決めた。子供が二人いれば350ユーロだ。コロナで24時間不眠不休で奮闘した医療関係者には1500ユーロ、食料品店などの店員にも1000ユーロの特別支給金を決めた。

 職業に貴賤なしというわけだが、金額が妥当かどうか。感染の危険を冒して治療に当たった医療関係者からは、不満の声も出ている。


5月末からは公園も開放され,久しぶりに外出を楽しんだフランス人。孔雀も自慢の羽を思い切り拡げて自由を満喫していた=6月1日、パリ郊外のバガテル公園で(筆者撮影)

最後の頼りは「欧州」か

 こうした支援金の財源に関して、政府は当初、「増税はしない」(フィリップ首相)と明言していたが、最近は黙して語らず。マクロン政権発足時に廃止が決まった「富裕税」の復活がささやかれている。インフレ、つまり物価高騰も免れそうもない。

 EUは仏独主導で5000億ユーロの支援金を発表した。コロナ禍により、国境が閉鎖され、「反グローバル化」「反欧州」を主張してきた極右政党などが、「それみたことか」と快哉したのもつかの間、EU域内の国境は6月15日から開放され、7月1日からは域外へも開放される。マクロン大統領も「欧州と共に再建する」と述べており、最後の頼りは「欧州」になりそうだ。

 日本ではEUを「連邦」扱いする間違った解釈が一部で流布しているが、EUは独立した国家の連合体だ。シェンゲン協定(域内での出入国審査廃止)では、必要に応じた国境閉鎖も認められている。

「弱者」に残る精神的後遺症

 コロナウイルスウヨウヨのパリなどの大都会で狭いアパート生活を強いられた「弱者」と、空気の良い地方の庭付き一軒家のセカンド・ハウスに移住した「強者」という二分も顕在化した。フランスは国土の約50%が農地で、土地代が比較的安いため、セカンド・ハウスは日本ほど高値の花ではないとはいえ、庶民にとっては依然として「夢」だ。

 一方で、今回の「外出禁止」を契機にパリを脱出し、セカンド・ハウスではなく主要住居を地方に求めた者もいる。仕事はテレワークですますというわけだ。不動産屋にはパリのアパートの売りが殺到し、値引きが進んでいるとの情報もある。

 「外出禁止」中、全員が「コロナ禍」という共同体験をし、連帯の精神も強まった。「外出禁止」の解除で共同体も解体され、今後は各自が各自の道を歩むことになるが、以前とまったく同じではなさそうだ。歴然となった「弱者」と「強者」の二分化により、「弱者」の焼き印を押された人の精神的後遺症は残りそうだ。「一生懸命働き、まじめに暮らしてきたのに、なぜ? 神様は公平でない」(ロワーズ県在住の女性)というわけだ。

 今回、コロナがフランスに突き付けたさまざまな難問は、ワクチンが開発された後も簡単には解消されそうもない。(一部敬称略)


Maria Vonotna/shutterstock.com