僕の父は、乗り心地の頗る悪いミニ・クーパーに乗っている。段差ひとつ上るにも、車の底を擦らないか気をつかう、そんな車だ。この間、レジ袋に入ったビール瓶の底を窓ガラスにぶつけたら、粉々になったらしい。何度も交通事故を起こしているし、家族は誰もその車に乗りたがらない。それでも彼はミニに乗る。僕はそんな彼を嫌いになれない。あの小さな車で、チェロや声楽のCDを大音量で流し、やんちゃに道を疾走する。あちこち出掛けては、ミニを駐車させ、毎年恒例の「ミニ・カレンダー」に使うための写真を撮る。彼は生まれながらの芸術家だと思う。理屈や権威ではなくクオリアでものを評価する。
そんな父と、天下一品に行った。話題はゲーテのファウスト、マインドフルネス、母が実家に帰ったこと、父が借りている部屋のこと、「悪霊に憑かれていた」僕の日々のこと、医学部について。父がかつてMicrosoftのソフトで作ったカルペ・システムについて。彼は優秀な人なのだと思う。僕は口ばかり大きい。勉強をがんばろう。
レーズンを食べる瞑想を教えたいと、業務用スーパーに向かった。父はぽいぽいと菓子をカゴに入れていく。「勉強のお供に」とのことで、あたたかい気持ちになった。父は野生動物のように見えることもある。男の生き様という感じ。
瞑想について。まず、レーズンを一粒、1分間五感を使って観察する。次に、口に入れて噛まずに感触を確かめる。そして最後に、1分かけて噛み砕き、味わい、飲み込む。食べるということ、歩くということ、車の運転、いすれもこの精神で行うこと。Fを思い出した。Fはそれを実践していると思う。落ち着いている。あるいは感じている。怒りなら怒りを、悲しみなら悲しみを。
「カルト」さんのプロフィール文を読んだ。バンドマンという生き方がある。図書館とプールに通い、猫と戯れ、シコシコと好きなものをつくる。そんな生活に憧れる。それを新たな夢としてもいいし、受験勉強に勤しんでもいい。今は生活をミニマムに満たしながら、ゆっくりと人生を考えよう。