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この作品 「ツメアワセ」 は「ワートリ【腐】」「いこおき」等のタグがつけられた作品です。

Twitterログだよー!!

糸村

ツメアワセ

糸村

2020年3月9日 22:30
Twitterログだよー!!
『爪先の夜空』
 家に帰ると、恋人の爪に夜空が出来ていた。
「えらいピカピカになっとるやんけ。どうしたん? それ」
「雑貨屋巡ってたら見つけたんですよ。シャレかってぐらいどぎつく光ってたんでつい買ってもうて」
 そう言って、ラメなどでこれでもかと輝いている紺色のマニキュアの瓶を掲げた。
「イコさんにも塗ったらきっとおもろいと思て」
「俺に塗るの確定事項なん?」
「……ダメですか?」
 コテンと首を傾げてみせ、玩具を取り上げられそうになっている子供のような瞳で見つめられた。そんな顔と仕草をされては頷く以外の選択肢がない。
 くるくると蓋を開け、瓶の淵の方で余分なものを落とすように刷毛を弄り、自分の手を掴んで爪先の方を軽く塗り、続けて、真ん中、左右の順で全体に塗り広げていく。
「器用なもんやなあ」
「慣れですよ、慣れ」
「そんな慣れがあるんか」
「探せばあるもんですよ」
 軽くやり取りを交わしながら、するすると手早くマニキュアで爪が彩られていく。もう片手が終わりそうだ。塗っている隠岐の爪もまた、満天の星空となっており、手が軽く動かされ角度が変わる度に、光が反射して微妙に色が変わる。何だか不思議な心地だ。こんな小さな瓶に収まった液体で爪の上に様々な世界を表現できるだなんて。それをそのまま目の前にいる彼に伝えると、「大袈裟ですねえ」とへらりと笑われた。そんな会話をしているうちに、俺の爪にも夜空があしらわれていた。
「はい、出来ましたよ」
「おお……、すごい光っとるな。星みたいや」
 思わず明かりの近くで手を翳してみると、案の定というか予想より遥かにマニキュアが光り輝いている。眩しくて思わず目を細めてしまう。
「ロマンチックな例えしますねえ。おれは夜景ぽいなとは思いましたけど」
「それもありやな」
「イコさんの爪に派手なマニキュア乗ってるの想像以上におもろいわ」
 そう言ってきゃらきゃらと隠岐は楽しげに笑いだした。そしてしばらくした後、何故かいきなり表情が消え去り、それからすぐに軽く青ざめてみせた。
「そんな顔してどうしたん?」
「……除光液買うの忘れてました」
「確か、ネイル落とすやつやったか?」
「そうです。浮かれてて頭からすっぽ抜けてましたわ。ちょっと買いに行ってきます」
「塗ったばっかやし、まだ行かんでもええやろ」
「せやけど……」
 本当は腕を掴みたかったが、マニキュアが乾ききっていなかったのでやめておいた。少し泣きそうな顔をして立ち上がろうとする隠岐にとりあえず説得を試みる。
「俺、ちゃんと隠岐の爪見れてへんもん。きっと似合うとるだろし見せてくれんか?」
「似合っとるなんてよく言えますね」
「だってキレイなもんとキレイなもんが組み合わさったら、すごくキレイになるに決まっとるやんか」
「キレイ言い過ぎやろ……」
 隠岐は下を向いてくぐもった声でそんな事を言いながら座り直し、こちらに手を差し出してきた。
「何ならもっと言いたいぐらいなんやけど」
「やめてください。それやったら帰りますよ」
「それはあかんわ。後で一緒に買いに行こうな」
「……はい」
 これ以上機嫌を損ねたい訳ではなかったので、キレイな恋人の爪を眺めるのに専念することにした。

『目は口ほどに物を言う』
「なあ、隠岐。こっち向いて」
 いや今アンタに顔を掴まれて強制的に向かい合ってますけど!? 何故こうなったのかまるで分からない。……本当は心当たりがなくもないのだ。ただ、そうであってほしくないと願っているだけで。現に今、こうやってつらつらと考えを頭の中で並べているのも現実逃避に過ぎない。ざわざわと心が波立っていくのをどこか遠くで実感していた。
 さて、心当たりとは一体何かというと、イコさんのことを時折じっと眺めてしまう事である。何故かと言うと、おれは彼の事が好きであったからだ。思わず過去形にしてしまったが、これは現在進行形の想い(ただし一方通行)である。この人は女の子が大好きで、自分の恋情なんて入る余地もない。……そんなの、ただの言い訳だ。要するに、おれはそんなイコさんに告白する勇気がなかっただけなのだ。想いを告げても、はっきりと拒絶はされないだろうし、誠実であるが故にきちんと検討してくれて、その上でお断りするだろう事は想像に難くない。だが、それすら考えるだけでも恐ろしかった。彼はおれに対する態度を変えてしまうのではないか、二人でいる時に気疲れするのではないか。むしろ、おれのために作戦室から出て行く可能性などもある。そんなあるかどうかも分からないネガティブな想像がいくつも思い浮かぶ度に、足を取られて底なし沼に沈んでいくような気持ちになった。そして、やはりこの想いは伝えてはいけないと結論付けて、表に出ないように必死に押し込めていた。それなのに、この状況は何だ。いきなり脈絡のない台詞を吐かれ、顔を片手で掴まれて、彼の方へ顔を向かい合わせている。理解が追いつかないという言葉はこのために作られたのではないかと思うほど、この場に即していた。そして、距離が異様に近いのだ。イコさんの、鋭い切れ味の日本刀のような雰囲気を感じる瞳に動揺している自分が写っているのがはっきり見えるくらいには。そろそろ、離してはくれないだろうか。顔を固定されてるせいで首を動かせない。どうにもこうにも居心地が悪くて押し黙ってしまい、一方のイコさんも言葉を発さずに体勢を変えようともしないために、膠着状態となっている。何か話した方がいいのだろうが、もしかしたら自分の気持ちが露呈しているのではないかと思うと、言葉なんて欠片も思い浮かばなかった。そして長い時間が経過して、ようやく彼は口を開いた。
「なあ、なんで見てくれへんの?」
「いや今見てるでしょ」
 多分違うのだろうなと思いながら、相も変わらず脈絡のない言葉に返事をする。
「せやけど、そうじゃないねん。あんなあ、隠岐っていっつも俺のこと見よるやん」
「そうですか?」
 やはり視線には気づいていたか。とりあえず曖昧な返事を返す。まだ言いたい事がありそうなイコさんが次の台詞を発するのを一先ず待った。
「でも俺が隠岐の方を向くと、すぐ目ぇ逸らすやんか。なあ、なんで?」
 そこまで気づいているのに、おれの想いは察せられないのか。鈍いのか鋭いのかイマイチ判別しかねる。まあ、おれにとっては好都合だ。これ以上黙っていたら流石に不自然に思われるだろう直前の時間ほどの間を開けて疑問に答えた。
「時々、人のことを眺めてしまう癖があるんです。でも、ほら、目が合うと気まずいやないですか。だから逸らしてまうんですよ」
「ほーん……」
 あまり納得のいく解答ではなかったらしい。正直、自分でもこれは結構ギリギリだろうと思っていたので致し方ない。イコさん限定でやっているので半分は嘘ではないと心中で言い訳した。この想いがバレないように何処かしらの方向に話をずらせれば何でもいい。そう独りごちたところで、とんだ爆弾を落とされた。
「でも、隠岐の目線なんや悲しそうやったんやけど。ちいと観察みたいなもんとはちゃうような気がして」
 危うく、目を思いきり見開いてしまいそうになった。やはりこの人は変なところで鋭いと、認識を改める。
「そんなことないですよ」
「ないはずないやろ」
「なんで、そんなに気になるんですか」
「隠岐にその目でこっち向いてほしいから」
「……は?」
 少し上擦った声で、もはや押し問答と化していたやり取りの中で再び爆弾が落とされた。いや、これはもはやミサイルだ。最初に言っていた台詞の意味はそれかとようやく腑に落ちた。その思考に至った意味は全く分からないが。そういえば、未だに顔を固定されたままだった。そんなとりとめもない事に思考を割いてしまうぐらいには今の言葉が飲み込めない。この人は、何を言っている? 要は、イコさんを見ている時の、おれの目が見たいという事か? 多分、これで合っている筈だ。
「おかしなこと言いますね」
「おっ、見てるのは否定せんの?」
「今更言っても無駄でしょう。すぐに否定しとらんし」
「そういうもんか」
「そういうもんです。で。なんで、そんなおれの目なんて見たいんですか?」
 ここまで見透かされているとなると、下手に誤魔化しても仕方ない。単刀直入に彼に尋ねることにした。こちとら狙撃手だ。真っ向勝負は苦手だと言うのに。
「んー……、その目で見られたらどんな気分になるか興味あるっちゅうのと……、あー、俺、隠岐と目を合わせたいだけなのかもしれんな」
 ハッキリと切り込んでくる口調をした彼にしては珍しく、少し考え込むように間延びした声を上げて、空いてる手で、後頭部をガシガシと掻きながら、何とか言葉を繋ぎ合わせていた。
「おれと?」
「ああ、お前と。だって、あんまりにも熱烈なんやもん。隠岐の視線」
「ねっ、熱烈……?」
「ずっとその目で見てくれたらええのにって思うぐらいには。なあ、こっち向いてくれへん?」
 そんな、そんなの、ずるい、ずっこい。そんな事を言われてしまっては見るしか選択肢がなくなってしまうではないか。今の状況とかそんなのお構いなしに、もうおれには彼のお望みの視線をくれてやるしかなかった。けれど、ただ言う事を聞くのも何だか悔しかったので、彼を睨むように見つめながら、叩きつけるように言葉を吐いた。
「なら、おれにずっと見てても許される立場を下さい」
 ああ、もうこれは告白も同然だ。そして、この状況で言葉の意図を察せられないほど、彼は鈍感でも愚かでもない。
「そんなん、いくらでもやるわ。だから、責任とって俺のことずっと見ててくれ」
「よろこんで」
 ああ、心が震えてる。口角が上がるのがはっきりと分かる。そう返答した彼の視線は今までついぞこちらに向けられなかった、こちらを焼き尽くしかねない、光を放つそれだった。

『新年のご挨拶』
枕元で、携帯の着信音が響き渡った。スマホを掴んだ際に時間を見ると、午前7時。この冬の時期なら、まだ空模様は早朝とも言える時刻であった。誰からだと名前を確認した瞬間、急いで電話に応答した。
「はい、もしもし。おはようございますっ」
「そんな慌てんでもええよ。おはようさん」
そう宥めてきた電話の相手は、現在実家に帰省している恋人であった。三が日には惰眠を貪る事が多い自分に比べて、何とも健康的だ。
「今起きたとこか?」
「はい。この電話で起きました」
「そうか。なんやモーニングコールみたいやな」
「そうですね」
「ああ、つい言い忘れたわ。あけましておめでとう」
「はい、あけましておめでとうございます」
今日は、新たな年が生まれた日であるが、あまり実感が湧かない。おそらく、自分の家では正月に特別な事を殆ど行わないからだろう。
「イコさんは何するところですか?」
「これから初詣やな」
「えっ、京都はどこも混んでるんじゃ? しかも、これからですか」
「穴場があるんよ。家族と親戚で集まって行くからちいと遅くてな」
「なるほど。それは大所帯ですね」
試しに、電話越しに耳をすませてみると、子供の笑い声だったり、人が忙しく立ち回っているような音がする。どことなくイコさんを想起させる音に、賑やかやなあと、ほのぼのとした気分になったところで、幼い少女の高らかな呼び声が聞こえた。
「たっちゃーん!!」
「はいはい。ちいちゃん、今行くから待ってな。ごめんね、切るわ。今年もよろしくな」
「はい、こちらこそ」
その言葉を最後に、ぶつりと電話は途切れた。暗くなった携帯の画面を見つめる。来年も再来年もそれ以降もこの挨拶が出来るといいと願いながら、自分も布団から起き上がることにした。

『おみくじ』
各々の帰省が終わり、正月の緩さも抜けきった頃。ふと、作戦室でおみくじについて話題上がった。その時に自分は初詣に行っていないので引いてないと話すと大変驚かれた。まあ、よくあるリアクションだ。向こうにいた頃もその旨を喋ると、大抵似たような反応が示された。その後、別の話題に移って、それきりだと思っていたので、イコさんに神社に行かないかとお誘いをかけられた時に、一瞬困惑してしまった。
理由を尋ねようとする前に、何とかその要因に思い至り、この人はよくそんな事を覚えていたなと感心した。そんなおれの視線に気まずそうに頬を掻き、顔から目をそらした彼は、改めて行くかどうか問うてくる。それに、二人で行くなら喜んでと答えたのは、少し、意地悪だったかもしれない。

『ドライヤー』
隠岐の髪は猫の毛並みのように滑らかでふわふわと柔らかい感触だと、彼にドライヤーをかけながら改めて実感する。目が薄らとしか開かれてらず、首が前にぐらつきそうになるのを何とか押さえながら乾かしていく。本人は眠気故か頭や顔を掴まれているのを気にせず、こちらに身を任せており、そうしていると、彼がまるで自分に慣れきった飼い猫であるような錯覚を覚えた。実際のところ、一見人懐っこそうに見える、彼のパーソナルスペースは存外広く、こうして頭などの身体の部位に触れても許されるということは、自分が彼の中で特別な位置にいる証拠に他ならない。それを噛み締めながら、こうして髪に触れることが出来る時間を過ごていると、隠岐が眠気混じりの声で己の名を呼んだ。
「イコさん……」
「おう、どないしたん?」
「おれ、イコさんに髪乾かしてもらうの、気持ち良くて好きですよ」
「そうなん? 奇遇やな。俺も隠岐の髪乾かすの好きやぞ。ありがとな」
「お礼言わなあかんのはおれの方です」
「じゃあ、それは明日な」
「えー」
いやいやと駄々をこねる子供のような声を出して抗議してみせる。
「意識がはっきりしてる時に伝えてくれた方が嬉しいなあ」
はっきり、という箇所をやや強調して言うと、彼はピタリと動きを止めて、こちらを見遣った。何だか恨めしげな視線を送る瞳と共に、先程とは打って変わって、はっきりとした輪郭を伴った声を出した。
「イコさん、趣味悪いですよ」
「寝ぼけながら礼を言われても味気ないやんか」
「照れくさいんですよ。そういうの」
「聞かせてくれへんの?」
「……いつも、ありがとうございます」
そう言い終えたきり、ふいとそっぽをむいて機嫌が急降下した恋人は、おやすみの挨拶もそこそこにベッドを占領してしまった。そんな挙動を愛おしいと思う自分は、おそらく相当頭がのぼせている。それでも構わないと、一先ず拗ねてしまった少年をどう懐柔しようかと考えを切り替えた。

『理想のパフェとは何ぞや?』
「理想のパフェって何やと思う?」
街を気ままに歩き、休憩しようと入ったファミレス。三角錐を逆にしたような、縁の方が広くなっている容器には赤いソルベやソースに、クリームが注がれており、層となっている。そのパフェの頂上に、ぽつりと一粒佇む苺を口に放り込んだ後に、表面のブリュレをバリバリとスプーンで砕きながら、生駒は質問を投げかけた。
「パフェ殆ど食べていないので何とも言えないですね。個人差もあるでしょう」
「そうなんやけど、なんや気になってしもて」
「どうしてそんなん気になったんですか?」
コーヒーを啜りながら、隠岐は疑問を呈する。
「いやな、この前帰省した時にな、エビフライパフェいうの食べて、パフェって何なんやろうな、よく考えたらめっちゃ種類あるなって、そんで理想のパフェって何やろと思て」
「なるほど」
話の中身は理解したが、人選を間違ってるだろうという感想以外出てこない。嫌いではないのだが、甘いものはそう積極的には食べないので、答えが思い浮かばないのだ。けれど、生駒は強い視線でこちらを見つめている。話を適当に切り上げることも出来るが、隠岐はどうしてもこの目に弱い。仕方ないと言いたげにため息をついて、パフェのイメージを脳内に思い描いた。歩いてる時に見かけた喫茶店の食品サンプルや、ニュースに取り上げられていたものなどの記憶を朧気ながらも甦らせる。じっと黙り込んで考え込む隠岐を、生駒はパフェを食べ進めながら見つめていた。おそらく隠岐自身は興味のないものを、生駒に聞かれたからと懸命に考えてくれる。そんなところがとても好ましい。こうした瞬間にも、彼の好きなところをいくつも見つけることが出来る。思考の奥深くへ沈む時に一瞬顰められる眉間、珍しく頼んだアイスコーヒーに刺したストローを指で弄る様、考え込むあまりにこちらへ意識がいかなくなって、周りがちいとも目に入らなくなるところも愛おしい。そんな一面を知っている者はかなり限られているだろう。それに自分しか知らない、彼のふとした時の癖や表情、行動もある。そこに感じるのは優越感というよりは、濃密な歓喜だ。周りの空気を読んで行動することの多い隠岐は、傍目から見ると隙があまりない。けれど関わる期間が長くなるにつれ、少し抜けている面も多々見られるようになって、それが何だか楽しかったのだ。付き合うようになってからは尚更。その幸福を噛み締めるように、生駒はパフェの最後の一口を食した。
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