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この作品 「三種盛り」 は「生駒達人」等のタグがつけられた作品です。

Twitterに上げたイコさん単体小説三種盛りです。一覧『狐の嫁入り』···過去...

糸村

三種盛り

糸村

2020年2月23日 03:20
Twitterに上げたイコさん単体小説三種盛りです。
一覧
『狐の嫁入り』···過去の回想
『彼はレッド』···モブ目線過去回想(小学校時代)
『野点』···モブ目線過去回想(文化祭)
『狐の嫁入り』
幼い頃、祖父と共に市内を歩いていた時、観光客で賑わっていた通りに、花嫁行列がやって来たのだ。赤い傘を差し出された白無垢姿の花嫁が、しずしずと歩みを進めるその様に思わず息を呑んだ。突然、日常から非日常的な空間に放り込まれたような、自分は今夢の中にいるのではないかと錯覚させる何かが、それにはあった。祖父に手を引かれても、その場から動くのが惜しくて、立ち止まって街から浮いている光景をただ眺めていた、その時。ぽつり、ぽつりと水滴が、天から振り払われたかのように降ってきたのだ。空は快晴であったのに。街の者はそれを避けるように建物へ近付き、行列に並んでいる人々も戸惑っているように見える。
だが、花嫁だけは違った。濡れそぼった、紅の乗った唇で弧を描いてみせたのだ。顔は思い出せないのに、それだけは、やけに脳に焼き付いており、狐に化かされたような心地であったと思い返した。

がばりと布団から起き上がり、細く息を吐き出す。随分と懐かしい記憶の夢を見た。あれから幾年も経て、今はこの三門の地に収まっている。光を取り込むためにカーテンを開くと、あの時のように澄んだ青空に小雨が遍く降り注いでいた。

『彼はレッド』
朝起床して、テレビをつけると戦隊モノの番組が表示された。「懐かしいなあ」と誰にともなく呟いて、ソファーに腰掛けそれを眺める。小学生ぐらいの頃、学校ではヒーローごっこが流行って、誰がレッドになるかでいつも揉めていた。まあ、ジャンケンで決めることが殆どだったけれども。子供の間の取り決めは大抵ジャンケンだと相場が決まっている。俺は運がいい方だったので、三回に一回ぐらいの確率でリーダーとなる事が出来た。レッドは子供の憧れだ。なれなかった子の悔しそうな目は未だ印象に残っている。その中で、どれだけやっても全然赤色に認定されることの出来なかった奴がいた。生駒達人、皆からは「たっちゃん」と呼ばれていた。呪われてるんじゃないかというぐらい、レッドを決める時のジャンケンでは百発百中で負けて、黄色に収まるのが常だった。当時はまだ幼かったので、譲ってあげようという思考にはならなかったために、結局、彼が赤に変身することはなかった筈だ。もう何年も前も話なので、他の友達は正直うろ覚えなのだが「たっちゃん」のことは今でも鮮明に思い出せる。俊敏に動き回って、困っている人を助けたり、いじめっ子と正面から対決したこともあった。彼は自分にとっての「正しさ」に重きを置いていたのだろう。こうして振り返ると、彼の在り方はまさにレッドだったと今更ながら感じる。弱きを助け、強きを挫く。皆から好かれて感謝されてもいた。そして彼はまた当たり前のように善行を行う。そんなサイクルがいつの間にか構築されていたのだ。俺は途中で親の都合で転校したので、彼のその後は知らない。けど、多分今も似たようなことをしているのではないだろうか。彼はブレなくて、頼りになる人だったから。

『野点』
背筋は真っ直ぐに保てているだろうか。何か変な所はないか。ああ、途中で作法が頭から吹き飛んでしまったらどうしよう。逸る気持ちを押さえつけながら私は始まりの時を待って正座をしていた。文化祭で茶道部は出し物として中庭で野点を行う。三年生となった私は何の因果か最も人の集まりやすい午後の二回目の時間を担当する事となった。この時ほど、くじ引きで決めてしまおうと言った優柔不断極まりない部員らを恨んだ覚えはない。ただでさえ、あがり症の気があるのに人の多い回になるなんて。変えてほしいと願ったが、運で決まった事であるし、誰もこの回の亭主をやりたがらなかった。まあ、当たり前だ。私もその立場になっても代わってなどやらないだろう。貴方は綺麗で丁寧な作法だし、きっと務められるわよと、ちょくちょく来て頂いているお茶の先生に言われたのが決定打でこの回をやらざるを得なくなった。野点の際に室内で行う場合とは変わる箇所を頭に叩き込み、道具も少し違う為にそれもまた覚えて。あまり多くはないものの、普段は行っていないので慣れない事この上ない。様々なクラスが準備で使用するので直前まで中庭で点てる事も出来ない。一つ一つ細かく見ると些事のように思うが、それらが束ねられると大きなうねりとなって、不安が襲いかかってくるのだ。慌てふためいたっていい事なんて欠片もないが、それでも暗い想像が頭から離れないのだ。するすると時間が過ぎ行くのはどうしようもない事で、とうとう本番になってしまった。理由は分からないが、始まる五分前に亭主は道具が準備されている方に向かい、正座をして待機するのが部の伝統となっている。大方、浴衣を着ているから多少なりとも注目を集め、客を入れられるのではないかという苦肉の策みたいなものなのだろう。和菓子もそれなりの数を用意しているし、あまり売れずに、一部を廃棄する事となるのは作ってくれた方に申し訳ないという事情が透けて見えると言うものだ。それにしても、何故、普段は存在すらまともに認知されていない茶道部が中庭のド真ん中にも等しい場所で茶を点てるのか!! 勘弁してほしい。生徒や保護者からの視線が痛くて仕方ない。表情を笑みの形に作って強張らないよう維持するのに精神が削られる。始まる前からこんな事に労力を割きたくないのに。客もずらずらと、こちらの目の前に移動し、地面に敷かれた赤い布の上にある座布団に座っている。もう九割がた埋まっているように見受けられ、繁盛して何よりですねえと、皮肉の一つや二つ危うく口から漏れそうになった所で、客の中で見知った顔を発見した。ボーダーからのスカウトで遥々ここへやってきたという生駒君。フルネームは生駒達人というらしい。初めて聞いた時、名付けられた側が何となくプレッシャーを覚えそうな名前だと思った。彼は、自らの名前を微塵も気にしていないように闊達自在といった心地でここに馴染んでいったようで、複数人の男子と賑やかに喋りながら歩いている姿をこの目で目撃した事もある。同じクラスになった事もなく、あまり接点もないけれど、とある理由でやけに印象に残っていた。あれは、昨年の文化祭の時の出来事である。当時の私は、三人目以降の客に茶を配る役割をしていて、そこで生駒君を発見したのだ。「お茶をどうぞ」とお決まりとなっている台詞を吐きつつ、野次馬根性のような気持ちが飛び出し、彼の顔をつい盗み見た。意外だな。こんな所に来るんだ。アトラクションの類とか食べ物関連の場所に行っているような印象を持っていたので、何だか不思議な心持ちと化していた。持っている分を配りきったので立ち上がり、去ろうとして顔を上げた時、整然とした光景が広がっていた。光景と言うには小規模であるかもしれない。それは、生駒君が凛とした所作で抹茶を口にしているというものであったから。こわごわと確かめるように茶を飲んでいる他の客と違い、彼は迷わず手をついて一礼し、茶碗を規定通りの回数で回して飲んでいたのだ。これは、茶会を経験した事のある者の動きだ。しかも複数回。一回だけではこうはいかない。常に入った動きで、見入ってしまいそうになる。とは言え、戻ればまた次の仕事が舞い込んでくるし、引き返さなければならない状況である。いつまでも眺めている訳にはいかないので、粗雑に見えないようにしつつも、出来る限り早く立ち上がって、慌ただしい部室の方へと向かった。
もしかしたら今年もやって来るのではと予想してはいたが、まさか私の回にぶち当たるとは。某コーヒーチェーンのマークを模倣したような柄のクラスTシャツが、この場では酷く浮いている。生徒がやって来るのが珍しい分、尚更。けれど、彼のすらりと美しい背中に何か板でも仕込んでるんじゃないかと思える程、真っ直ぐと伸びた背筋がそれを幾分か打ち消していた。もしかしたら彼は武道の類を習っているのではないか。雰囲気と姿勢から予想した勝手な偏見だけど、あながち間違っていないような気がする。生駒君の出現により、意識がこれから起こる事から少しの間逸れた事に気付いた。ぴんと張っていた心が良い意味で弛んでいる。思わぬ効能に少々面食らいつつも、心の中で彼に感謝しながら、野点の時間を迎えた。
そこから先は特筆すべき事柄はない。私は何とか変わった点を忘れずに野点を終了する事が出来たし、生駒君の所作は相変わらず美しかった。ただ、彼が茶を嗜んでいる姿を亭主の側から見る事が出来るのが、今年限りであるのは残念だと思ってしまう。
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