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この作品 「悪夢」 は「水王」「ワートリ【腐】」等のタグがつけられた作品です。

女装している王子がパンケーキを食べる夢を見ている水上の独白が八割を占めている話で...

糸村

悪夢

糸村

2019年12月28日 08:18
女装している王子がパンケーキを食べる夢を見ている水上の独白が八割を占めている話です。性癖に極振りしました。
 これは夢だと、すぐに気が付いた。
 白いクロスの掛かった、四人座ってもなお余裕のありそうな正方形のテーブルに、スウェットという気の抜けた格好で椅子に座っており、胸元には御丁寧に服が汚れないようにナプキンが付けられている。正しく、ちぐはぐとしか形容しようのない組み合わせだ。そして、何より、向き合った正面に、王子がただ口元だけの微笑みをたたえて黙って座っているのが、これが明晰夢である一番の根拠であった。しかも、白を基調にした所謂ロリータファッションと呼ばれる類の服に身を包んでいる。格好は一旦横に置いても、王子が口を開いていないのは明らかに可笑しい。アイツならば間違いなく何かしら意図の読めない発言をするに違いないからだ。現実とは程遠い、浮世の夢と言うに相応しい情景である。
 何故、こんな夢を見ているのかは分からない。おそらく気づいていなかっただけで、脳が余程疲弊していたのだろう。でなければ、こんなものを創り上げる訳がない。
 さて。座っているだけで、一向に状況は変わらない訳だが、これはいつ終了するのだろうか。正直、人形のようにも思えるこの王子と向き合っているのは、精神衛生上大変よろしくない。先程、何か出来ぬものかと、試しに椅子から立ち上がろうとしたところ、接着剤でもつけられたかのように欠片も動けなかった。どうやら、これから起こるであろう出来事を見届けなければならないようだ。
 永遠にも思える時間が経過した後、静寂は唐突に破壊された。王子の目の前に、ベリー系のソースがこれでもかと掛かったパンケーキが置かれたのだ。運んだ者もいないのに。流石は夢、なんでもありだと傍観していると、これまたいつの間にかあったフォークとナイフを手に取って王子は食事を開始した。美しい仕草で、如何にも弾力のありそうな、少し厚めのそれを切り分け、擦り付けるように、縁にあるクリームをフォークで乗せる。それを、一瞬確かめるように唇に当ててから口の中にしまった。そして何度か噛む動作をして飲み込んだ。至って普通の食事風景だが、一連の動きが遅いように感じられる。規則的に並んだ白い歯や、上下する際に、より一層はっきりと見える喉仏、フリルが何重にもついた袖から覗く手首などがやたら目につくのだ。しかも、ピントが合いすぎているのではないかと思うほど、はっきりとした輪郭を伴っている。淡々とした食事姿が整いすぎている分、摂取する度にベタベタと飛ぶソースが余計異質なものとして浮かび上がっていた。あちらはナプキンを付けていないため服にこびりついて、まるで安っぽい血糊のような様相となっている。高そうな服だが、そんなに汚していいのかと、どうでもいい事ばかりに思考が回る。ぼんやりと眺めていると、王子はもう最後の一口を食べ終わるところであった。そして、皿に残ったソースをナイフで器用に掬って舐めとった。口の中が切れそうだし、行儀が悪い。
 早く、この夢から解放されたいと憂鬱な心を持て余していた。食事は終わったというのに、未だ目が覚めそうな気配はない。どうしたものかと悩んでいると、こちらの目の前に王子が口にしていたものと同じパンケーキが出されていた。これを食べろと言う事か? 甘い物は得意ではないのだが。しかし、この菓子に手を伸ばす決断をするまで、さほど時間はかからなかった。硬直していた体は、それを促すように弛緩しており、簡単に動かす事が出来る。先程の王子を真似てナイフとフォークを手に取った。一瞬、逡巡した後、切り分けたものをそっと持ち上げる。胃が凭れそうだったのでクリームを乗せるのはやめておいた。口に含む前に、何となく向かいを見ると、王子は無表情で肘をつき、こちらを見つめていたが、目を逸らしてため息を吐いてみせた。それはどういう意味なのかと疑問が湧き上がったところで、耳元で風船が割れたような音がした。
 
「うおっ!!」
 破裂音に驚いて飛び起きる。ふらふらと頭を左右に動かすと、そこは自分の暮らす部屋であった。そうだ、あれは夢だ。終わったのか。やたら疲れる幻想だった。
「おはよう、みずかみんぐ。随分賑やかな目覚めだね」
「……王子?」
「どうしたの。狐に化かされたみたいな顔をしてるよ」
 混乱している脳内を落ち着かせるために、意識して軽く呼吸を繰り返した。昨日、王子は自分の部屋に泊まったのだった。奇妙な夢を見たせいか心が酷く疲弊している。とりあえず頭をガリガリとかいて、おざなりに返事をした。
「……夢見が悪かっただけや」
「へえ、珍しい。君はあまり夢を見ないのかと思っていたよ」
「別に見いひん事もないわ。まあ、悪夢はそうそうないけどな」
 あんなもの、二度も見たい代物ではない。 もう御目にかかりたくないし、その機会もおそらく訪れる事はないだろう。眉間を解して、軽く伸びをすると、ようやくいつもの調子を取り戻せた。
「そう言えば、今日の朝食はホットケーキでいいかい? 賞味期限が切れそうな粉を見つけたからさ」
 そう言って、袋を掲げる王子が、夢に登場した彼と重なって見えた。
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