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この作品 「ツメアワセ」 は「ワートリ【腐】」「いこおき」等のタグがつけられた作品です。

毎度おなじみTwitterログ。今回は短文多め

糸村

ツメアワセ

糸村

2019年12月25日 00:12
毎度おなじみTwitterログ。今回は短文多め
『それは、花のような』
隠岐は、こちらが呼びかけた時や、頭を撫でた時、それから食事を共にしている時などに、花が咲いたような笑顔を浮かべる。それは、ゆっくりと蕾が開いていくというよりは、パッと、俊敏で待ちきれないと言いたげな開花の仕方だ。普段のにんまりとした口元だけの三日月のような笑みもいいが、あの笑い方だと瞳の中にまで美しい花々が息づいているような印象を覚える。そのような表情を浮かべてる事を本人は自覚していない。息を呑むほど美しく、心がどうしようもなく浮き立つ微笑みだというのに。それを向けられて、己がどれだけ歓喜しているか、きっと彼は知らないのだろう。

『熱視線』
例えば、あの人が、目にも止まらぬ速さで孤月を抜いて旋空を繰り出す時、彼が美しいと感じるに値するものを眺める時、そして、任務に赴く時。その瞳はどうしようもなく強烈な光を放つ。ほんの少しの暇も与えず、こちらを焼き尽くしてしまいそうなそれは、眩しいとかそういった感情を通り越して痛覚すら与えそうな代物だ。その視線に貫かれて蒸発できたなら、きっと幸福に違いないなんて沸いた思考に思わず嗤ってしまった。おれがあの目を向けられる事なんてありはしないのに。確かに彼は己の顔を褒めそやすが、それと変わらない声音で、整った面を持っている者に感激したような言葉を投げるのだ。でも、おれが欲しいのはそんなものではない。バチバチと音がして、光が目端から漏れ出そうな程の瞳で己を見て欲しいのだ。とんだ我儘だ。それでも、おれはあの視線に刺される事を求めるのだろう。

『方角は何処』
隠岐は、何故だか時折こちらを鋭く射抜くような目線を向ける。それは、怒りというよりは、哀しみのようなもので満たされているような気がするのだ。俺が彼の方を向くと慌てて目を逸らされる。まるで、見られたくないと言わんばかりに。そのまま自分の事を見つめてくれたらいいのにという考えが過ぎって、背中に妙な震えが走った。何を考えているのだ。けれど、その後すぐに思い浮かんだそれに同調した。その瞳は何を語っているのだろう。言わんとしている事を知りたい。視線を感じる度にそんな好奇心が脳内を占めるのだ。けれど、それと相見える事が出来るのはほんの一瞬で。こちらを向いてほしい。きっと雄弁であろうと予想出来るその眼と交わりたい。ああ、こっちを向いてくれ。どうにもひりひりとした痛みのようなこの気持ちを抑えられそうにない。

『悪食』
「アンタ、ほんまに何でも食うんやな」
ベットの上に押し倒され、両腕を掴まれた状態で隠岐はそんな言葉を零した。
「どういう事なん?」
生駒が疑問を呈すると、隠岐はどことなく呆れた風に答える。
「食べ物は何でもうまい言うし、それに」
一瞬、間を空けて、へらりとした笑みを貼り付け、次の台詞を宣った。
「おれみたいなゲテモンも平らげてまうから」
「お前にとってはゲテモンでも、俺にとっては上物なんよ。そんで、今日は食わせてくれるんか?」
手を軽く握り、首を傾げてお伺いを立てる。
「嫌や言うたら放してくれるんですか?」
「無理強いはしたくないしなあ」
そう言って、生駒は繋いでいる手を緩めた。今日は気分ではないのだろうと見当をつけたが、予想を裏切って、隠岐は開いたままであった手を握り返してみせた。
「……ええの?」
「食いたい言うたのアンタやないですか」
「せやけど」
なお言葉を言い募ろうとするのを制するように、隠岐は軽く起き上がり、口付けをした。
「すんません。少しイライラしてたから当たってもうたわ」
「別にかまへん。そういう事もあるやろ」
それをされるぐらいには、自分は彼に近い場所を占めているのだろうと、生駒の中にどこか感慨深いものが込み上げてくる。その表情を見つめていると、自分の中に澱んでいた黒い感情が霧散するのを感じ、隠岐は先程とは打って変わって月明かりのように穏やかな顔付きで恋人に行為を強請った。

『リップクリーム』
「あっ」
 隠岐の唇に縦筋の切れ込みが入り、薄く鮮血が滲み出るのを見咎め、生駒は一言声を発した。事態を把握してから一拍間を置いて、箱からティッシュを一枚引っ張り出して手渡す。
「ありがとうございます」
 隠岐は割れ目の出来た箇所を、軽く押さえつけて血を拭った。
「リップクリーム持っとらんの?」
「少し前に切らしてもうて。買う機会を逃してたんです」
「そうなんか。……嫌やなかったら俺の使うか? 急場しのぎっちゅうことで」
 そう尋ねた生駒は、自身の鞄からリップクリームを取り出した。隠岐は視線を左右に動かし、悩んでいるような素振りを見せた後、礼を述べてから、掌に乗ったそれを受け取った。キャップを開け、ぱっくりとした傷が薄く残る唇にリップクリームを塗りつけていく。ごくありふれたものであるはずの動作に艶めいたものを感じ、思わず見入っていると、隠岐はキャップを閉めた直後に生駒の首に腕を回して口づけをした。あまりにも自然に行われたために、一瞬何をされたか理解できなかったが、実感した途端、瞠目してから何とも言えない表情になって溜め息を吐いた。心臓に悪い。時々こういう悪戯を無邪気に仕掛けてくるから油断ならないのだ。隠岐は先程の体勢のまま、機嫌良さそうに子供のような笑みを浮かべている。楽しそうで何よりだ。
「そんなんどこで覚えてきたん?」
「さあ、どこだと思います?」
 そう言って、隠岐は幼げなものから、打って変わって大輪の牡丹のような雰囲気を纏って口角を上げてみせた。芳香が漂ってきそうだと暢気な事を考えながら、生駒は仕返しとばかりに音を立てて、クリームで薄く膜の張られた唇に吸いついた。

『炬燵』
「なあ、隠岐。むっちゃ蜜柑もろたから俺ん家で食べへん?」
帰りがけ、生駒から唐突な誘いをいただいた。耳が痺れるように冷えきって赤く染まり、吐く息の白い、冬の日であった。誘い文句の口上にしてはムードもへったくれもない。明日は、任務とランク戦のどちらもある日なので、そういう意図でない事は分かる。単純に、言葉通りに蜜柑を食べないかと言っているだけだ。けれど、今日はそういう気分ではない。正直、こうして棒立ちになっている間にも体温がみるみると下降しており、寒いのがあまり得意ではない隠岐としては早く帰りたいのが実情だ。それが顔に出ていたのか、生駒は少しだけ首を傾げながらも、こんな台詞を落としてみせた。
「炬燵出したからあったまれるぞ」
「行きます」
隠岐は、誰かが見ていたら引いてしまうぐらい食い気味に、了承の意を示した。
炬燵。それは誰もが誘惑に負ける箱である。一度、あの温かさを知ったら、もう手放せない代物だ。夜に訪れることが許される人物の家の中で、冬に現れる魔法の箱を持っているのは生駒だけであった。その様子に言った当の本人は「現金やなあ」と呆れ半分な声音で呟く。
「あんたもそれで釣れると思とるんやからお互い様やろ」
隠岐の表情は、先程の生駒の声とそう変わらないものであった。
「せやな。まあ、炬燵出して隠岐を呼べるなら安いもんやし」
「そんなにおれの事呼びたいんですか」
「恋人と一緒にいる時間増やしたいと思うんは自然な事やろ」
「……そうですか」
当たり前のように、恥ずかしい事をさらりと言ってのける。
「じゃあ行くか」と差し出された手を握る事しか出来なかった。

『猫とピロートーク』
「隠岐って猫みたいやな」
先程まで互いの境が分からなくなるほど絡み合っていたとは思えない、さっぱりとした声音で、生駒はふとそんな事を呟いた。
「どこが似とるんですか?」
他人から時折、動物に例えるならお前は猫だと言われてきた。あの、愛らしく、美しく、そして無邪気な生き物に自分は似ても似つかないだろうと呆れながらもその言葉を受け取っていた。だが、生駒に言われるなら話は別だ。
彼の言葉は、真っ直ぐで揶揄いの類が入る余地はない。だから、それが心からの本音である事が伝わってくるのだ。何を言われるか少しばかり不安になり、質問を返した際に声が微かに震えてしまった。大袈裟に捉えすぎなのではないかと言われればそれまでだが、自分がそれだけこの人の言葉を重く見ているという事に変わりはない。そんな心を他所に生駒は口を開いた。
「たまに丸まって寝てるとこに、目離すとどこかに行きそうなとこやろ? 後、起こす時に手に擦り寄ってくるのも似とると思うで」
「えっ、何ですか。擦り寄るって」
聞き捨てならない単語にたまらず質問を口にする。
「寝惚とるから覚えとらんくてもしゃあないな。時々やっとるで」
「マジですか……」
予想していたより、色々指摘された上に、思わぬ癖までも発覚してしまった。顔がちりちりと熱を持つのが分かる。何をやっとるんや、おれは。前髪を引っ掴んで黙り込んでいると、生駒が唐突に誘いをかけてきた。
「なあ、もう一回せえへん?」
この人の言葉は、たまに突拍子もなくて着いていけない。
「はあ? なんでですか。嫌ですよ」
「えー」
「えー、やないですよ。今日はもう閉店ですー」
いつもなら二つ返事で引き受けるが、今日はもう洪水のようにとめどなく流れる感情を処理するので精一杯だ。拒否の姿勢を示すため、布団の中に潜り込む。
「……わかった。おやすみ、隠岐」
「……おやすみなさい」
一拍、間を置いた言葉の後、布越しに頭を撫でられながら、目を閉じて、とろとろと夢の世界へ逃げ込んだ。

『グッドモーニング』
 朝、のっそりと熊のように起き出した生駒は、時計に目を向けるなり、顔を青くして隣で眠る恋人を肩を激しく揺さぶって起こした。
「隠岐、はよ起きてくれ。時間ヤバいぞ」
「んー……。まだ、眠いです」
 隠岐が微かに眉間を顰め、言葉と音の境界のような声を発し、再び眠りにつこうとするのを遮るように生駒は言葉を続けた。
「今、七時半やぞ。昨日風呂に入らんまま寝たやろ。はよ入りや」
「うー、あー、……起きます、起きれば良いんでしょ?」
「はい。ええこ、ええこ」
 逡巡の末にむくりと起き上がった隠岐の頭をぐしゃぐしゃと髪を乱すように撫でる。
「子供扱いしないでください」
「朝にグズってる時は似たようなもんや。昨日泊まるだけ言うたのにねだって行為に持ち込んだのお前やろ」
「それにアンタも乗ったからお互い様なんとちゃいます?」
「せやな。流されないように気ぃつけるわ。とにかく時間ないし一風呂浴びてきい」
「わかりました。いってきますー」
「いってらっしゃい」
 ごちゃごちゃとしたやり取りの後、隠岐が風呂に向かうのを尻目に、生駒は冷蔵庫の中身を確かめに行く。
「うわっ、ほとんど空っぽやな」
 中には、食パンと今日が消費期限の卵と各種調味料以外目立ったものはない。これでは弁当は作れそうにないと嘆息した後、気を取り直して朝食を作ることにした。
 食パン、卵、それからマヨネーズを一先ず取り出す。これさえあればトーストは作れる。ツナを乗せても美味いのだが、隠岐が朝食べるには胃に重いだろうと判断し、やめておいた。皿の上に食パンを乗せ、食器棚から出したスプーンで真四角の窪みを作る。マヨネーズの瓶を開けた際、別にスプーンを出した方がいいか迷ったが、残りわずかであったのでそのまま同じものを使用した。刮げるようにくるりとマヨネーズを掬い取り、食パンに薄く塗りつけていく。そして、卵を一つ取り出すと、そのままへこませた箇所に割り入れた。さて、隠岐がシャワーを終える時間を考えると焼き始めるにはまだ早い。弁当はなくとも、せめて何か渡せはしないだろうかと諦め悪く冷蔵庫の中をゴソゴソといじくっていると、ある物を見つけた。これなら良いのではないだろうか。腹が減ってないのを理由に断られる確率もかなり低い。それをテーブルに置いた所でトースターの中に放り込んでおいた食パンを焼く。様子を逐一確認しないと簡単に焦げてしまうので注意しなければならない。棚から皿を出すと、先程まで響いていたシャワーの音がぴたりと止まった。そして様々な動作を想起させる音が聴こえた後、ドライヤーが熱風を噴出し始めた。よし、これでもう意識は覚醒しただろう。パンもそろそろ焼ける頃合いだ。覗いてみると表面が綺麗なきつね色に染まっていたため、トースターの電源を落として皿に移し替えた。その直後に扉が開き、隠岐が下着姿でクローゼットの前まで歩み寄り、カッターシャツを取り出した。すたすたと迷いのない足取りで歩き、生駒の傍で立ち止まった。
「おはようございます」
「おはようさん。飯出来とるで」
「ありがとうございます。美味しそうですね」
「せやろ? 今日のは自信あるで」
 昔これを作った際、卵が表面に白い膜が覆い被さった殆ど生に近い状態になったりした事もあったが今は手馴れたものだ。隠岐は先程の格好のままテーブルの前に座る。行儀が悪いと指摘した事もあったが、学生服のズボンを履くと素材的に若干重く感じるし、かと言ってスウェットにすると二度寝必須だと反論されて以来咎めるのはやめた。
「そういえば、今何分ですか?」
「あー、ちょい待ち。いつも出発してる時間の十分前やな」
 普段と変わらぬ早さで料理をしたからか、起床時間が遅いのが頭から抜けていた。少し冷や汗をかきながら時計を見て生駒は質問に答えた。その回答を聞くと、隠岐はトーストをちぎれない程度に半分に折ってから口に入れ、零れそうな黄身と格闘しながら三口ほどでそれを食べきってしまった。
「食べるの早いな」
「遅い時間になっても朝飯出してくる誰かさんのお陰でそうなりました」
「朝食わんのは健康に悪いやろ」
「おれのこと急かしてたけどイコさんの方は時間大丈夫なん?」
「今日は講義始まるの遅いんよ」
「なるほど。……ごちそうさまでした」
 隠岐は手を合わせると、パンくずや黄身で汚れた指を舐め、ティッシュでそれを拭いてから洗面所へと向かった。歯を磨くためだろう。これならおそらく出発するのもあまり遅れずに済むだろう。ほっと息をつき生駒は自身も着替えようと行動に移した。生駒が服を身につけ終えたのと行き違いに隠岐は壁に付いているフックにかけられた学ランを取った。ズボンを履いた後に、ベルトを締めて上着に袖を通してボタンを留めていく。そうして、一般的な学生の出来上がった。『一般的』と評するには些か顔立ちが整いすぎているが。時計を眺めると、いつもより五分ばかり遅い時間を指していたが、ここからなら充分間に合う範疇だろう。
「忘れ物はないか?」
「大丈夫ですよ。なんやおかんみたいな物言いですね」
「そうか、ならええわ。……待って渡し忘れてたもんがあったわ」
 そう言って生駒が手渡したのは、先程テーブルの上に置いていた紙パックの野菜ジュースだった。
「イコさんが忘れてどないするんですか」
 それを受け取りながら、隠岐は呆れたような表情を見せる。だが、それがポーズであるのを生駒は知っていたので、軽く謝罪するに留めた。いい加減学校に行かなければならない。それを互いに理解しているためにお決まりの挨拶を交わした。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
 扉が閉まり、今日も忙しない一日が始まる。
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