『視線』
「ん? どうしたん、隠岐」
「いえ、なんでもないですよ」
街中をぶらぶらと歩いて、一息つこうと入った喫茶店。こちらはコーヒー、イコさんの方には、同じものに加えて、クリームが塗られた、お手本のような見た目のケーキ。彼の、フォークを取り、目の前にあるそれを切り分け、開かれた口にそっと含む。
その、意外且つ優雅な一連の仕草に、ふつりと興奮してるだなんて、とてもじゃないが言葉に出来ない。「次はどこ行く?」とこれからの予定について相談してくる彼に、話を合わせるのが最善だ。
もうしばらくは気付かないで欲しいと、心の片隅でそっと祈った。
『所詮、惚気という奴です』
イコさんの表情筋の固さは、彼に関わるあらゆる人々の折り紙付きだ。
本人は至って感情豊かで様々なリアクションをこちらに見せてくれるのだが、如何せん表情がそれに追いついていない。それもまた、この人の個性であるし別に構わないと思っている。長い前置きになってしまったが、要するに何を伝えたかったのかというと、彼が分かりやすく表情を変えるのがそれだけ珍しいという事だ。
話は変わるが、自分はイコさんと指折りを幾度もしなければならない程度の期間、お付き合いを重ねている。正直、告白に成功したのが未だに信じ難い。
そんな日々の中で、彼の笑顔を見る機会が僅かながら増えたのだが、これがとんでもない輝きなのだ。電力に変換したら一体何キロワットになるのだろうなどと益体もない考えが浮かぶほどには。そりゃあ付き合い始める前にも見た事はあるが、何度見ても慣れない。先程も述べた通り、あの人は表情筋があまり仕事をしない。だからこそギャップというか落差がまるでバンジージャンプのように凄まじいのだ。それが自分だけに向けられている事実を認識する度に思わず逃げ出したくなってしまうし、眩しさに目を眇めそうになる。太陽のように眩しくて、こちらを焼き尽くすのを知りながらも目が離せない。相反する感情が入り乱れてバラバラに千切れてしまいそうだ。こんな気持ちにさせられるのは初めてで戸惑うことも多い。けれど、それを楽しいと思える事が愉快で、そして何よりも幸福だ。
『あなたの手』
居合をやっているためか、何となく他人の手を観察する癖がついた。突き指を幾度となくしていたり、若干変形していたり、タコがあったり。骨の浮き上がり具合など、人によっててんでバラバラな特徴が見られてなかなか面白いのだ。この癖は、祖父以外誰にも言っていない。話した時に「人によっては不快に感じるだろう」と言われたからだ。確かに一理ある。話す必要もあまりない事柄であるため、それ以来、その癖については口にしなくなった。
「イコさんって、やけに人の手見ますよね」
だから、まさか気付かれているとは思いもしなかったのだ。
「気付いとったんか」
「今まで誰にも言われなかったんですか?」
意外だと言外に響きが篭っていた。こちらとしてはそちらの観察眼がどうなっているのかが気になる。
「あー、手ぇ見るのは癖みたいなもんで、そうしょっちゅうやっとる訳やないからな」
「妙な癖ですね。見るのおもろいんですか?」
「せやな。結構個人差あるし、場合によってはやってるスポーツとか色々分かるしな」
「なるほど。なんや探偵みたいですね」
「まあ、特定できることはあんまないけどな。探偵なら型落ちやで」
「へえ、じゃあおれの手ってなんか特徴あります?」
そう言って、彼は己の手を差し出してみせた。許可を貰ってそれを軽く握る。改めてじっと眺めてみると指が全体的に長めな印象を受けた。皮膚が薄いのか、骨の角張った感触がよく分かる。触ってみて気付いたが、爪も薄く、ざらついている。人の手に触れるのは初めてだが、なかなかこれがどうして面白い。関節や手の甲、手首も少しだけ。好奇心のままに弄っていると、上から震えがちな声が降ってきた。
「……あの、そろそろ離してもろてもええですか?」
「え、あ、ごめんな。つい触りすぎてもうたわ」
許可を貰っていたとは言え、無遠慮に触りすぎた。気をつけなければと自戒して、もう一度詫びを口にしようと見上げると、彼は目をこちらから逸らし、口をもごもごと動かして気まずげな表情をしている。そして、耳が火傷しているのではないかというぐらい真っ赤に染まっていた。顔にはそのような色味が載っておらず、ある意味器用だなと感心した。珍しい態度に手を離すのも忘れて思わず見入ってしまったついでに、ころりと感想がまろびでた。
「隠岐ってかわいいな」
「そんなん言う物好きあんたぐらいっすわ」
『猫カフェ』
その日、三門市にある猫カフェ『なごみ』にて店内ほぼ全ての人間が震撼する光景が繰り広げられていた。
「みゃー」
「おう、かいらしなあ。お名前なんていうん?」
「……アンズちゃんですよ。イコさん」
「ほう。ええ名前やな。肉球ふにふにでやわこい」
事の次第はこうだ。先程、男性二人連れのお客様がいらしたのだが、その内の一人に全く猫達が寄り付かなかったのだ。三毛猫の頭を撫でているもう一人の方は、この店の常連の高校生ぐらいだと思われる少年で、柔らかそうな黒髪に、泣きぼくろが特徴的な甘やかで整った顔立ちを併せ持っており、何より猫のことをこれでもかと愛している。ふにゃふにゃという擬音が似合うぐらい相好を緩めて戯れている様子がこの上なく絵になっており、猫や食事の他に、この少年に出会うことを目的に通う客もいるほどだ。こちらとしては売り上げに貢献していただき、誠にありがたい。この調子でこれからも足繁く通って欲しいものである。
さて、先述した猫達が寄り付かない方の男性は、前髪を整髪剤で撫で付けていて、何より目元が印象に残る人物であった。鋭くこちらを射抜くような目線で、一見すると怒っているようにも見える。俗に言う強面という奴だ。だが、以前ヤのつく職業のような見た目の人物が来店した際でも興味を持ったのか、寄って行く子はいたから、それが原因という訳ではないだろう。何と言うか、残念ながら根本的にここの子、ないしは猫に好かれない体質のようなものでもあるのだろう。その証拠に、男性は「やっぱりか……」とボソリと呟く声が聞こえた。(一応、私は地獄耳だからそれを聞き取れた事をここに明記しておく。)そして子気味良いテンポで交わされる会話が気になり、業務をこなしつつ耳をすませた。
「昔から動物にえらい嫌われとるんよ。小動物は近づいてこないし、ゴリラとかその辺の大きい動物にはほぼ百発百中で威嚇されるし。こっちに近づいてくれるのふくちゃんぐらいしかおらんかったわ」
「ふくちゃんって誰ですか」
「あっちに住んでた時に近所で飼われてた雑種のワンちゃんでな。こっち見るといつでも尻尾ブンブン振って駆け寄って来てかわいかったわ」
「成程。ここの子は人懐っこいからイケると思たんですけど、ダメでしたか……」
「何かもう猫ちゃんに申し訳ないから店出て行きたくなる」
「いや流石に来て速攻で帰っても店員さん困るでしょ」
「せやな。大人しく飯食べとくわ」
「ここのケーキセット美味いですよ」
「じゃあそれ頼むかな。……ん?」
「にゃおん、みぃ」
声の方へ視線を向けると、一匹の黒猫が膝の上に前足を乗せて、その顔をじっと見遣って愛らしく鳴いてみせていたのだ。
私は目を疑って、それが幻覚の類ではないか確認するために人目も気にせず、頬を抓りそうになった。何故なら、その子──アンズは、懐かない事で定評のある猫だったからだ。この子は、警戒心の強さと元からの性格故なのかあまりお客さんにくっつかず、懐くこともなかった。けれど、足繁く通っていれば近くに座ってくれることもあり、それがたまらないという声が多く挙がっている。そして、何よりとびっきり可愛いのだ。猫の美しさを競うコンテストに出場させたら、顔の良さで優勝できてしまうのではないかというぐらい。他にも、艶々とした毛並み、月を連想させる黄色い瞳、肉球もピンクで愛らしい。うちで一番人気なのも頷ける。
その、アンズが、客の膝に乗り上げ、あまつさえ頭を撫でたり、肉球を触ることを許しているとは。それをさせてもらえるのは今まで店長ぐらいしかいなかったのに。そして、その当人は驚愕に満ちた表情で目を見開いて、手元も見ずにフィルターをセットしたカップにお湯を注いでいた。溢れてる、溢れてますよ店長。お気持ちは察してあまりあるものですが、それ、お客様に出すものですからね? 待ってそのまま出さないで。山田さん、砂糖を入れずに珈琲飲んでいますけど噎せません? それより衝撃の方が大きいですかそうですか。
いつの間にか、店内にいる誰もが、例の男性を見つめていたが、当の本人はそれに気づかず、アンズの頭や顎を撫でるのに専念している。まあかわいいから気持ちは分かる。それに、珍しく懐いてきてくれた動物だから嬉しさも一入だろう。
未だ驚愕が抜けない心を落ち着けるように大袈裟でない程度に息を吸って吐くのを幾度か繰り返すと、改めて状況と向き合えた。うん。シュールだな、これ。端的に説明すると、ものすごく可愛い黒猫を撫でる強面の男性を店内にいる全員が唖然とした表情で見つめてるという事だ。そうそう見られる光景ではなかろう。かれこれ一体何分経っただろうか。いや、時計を見たところ、あまり時間は過ぎ去っていないようである。自分の体内時計がかつてないほど狂っていただけだった。落ち着いたつもりでいたが、やはりまだ動揺が残っている。感情の処理が追いつかずに困惑していると、店内が静まり返っているのに、男性はようやく気が付いたらしく、アンズから目を離して、周りの状況を確かめると、顔を左右にきょろきょろと動かし、首を傾げてみせた。顔には焦りが滲み出ている。そりゃあ驚くよな。ごめんね、今みんなビックリして取り繕う余裕もないんだよと心の中でそっと詫びを入れた。
「えっ、えっ、何? 俺何かやらかしてもうたん?」
「大丈夫です。何もやらかしてませんから。皆アンズちゃんがゴロゴロ甘えてるのに驚いてるだけですよ」
「アンズちゃん、人懐っこい子やないの?」
「むしろ逆ですよ。あんまり懐く子じゃないです。余程イコさんの事が気に入ったんでしょうね」
「そうなんか。……それは、嬉しいなあ」
慌てる彼の様子を見て、何とか口を開いた少年と会話を交わしているのを目にしたからか、他の客も硬直から解放され、各々の猫を撫でたり、食事をとるのを再開した。そしてカフェはいつもの空気感を取り戻す。……横で、無心で何杯も珈琲を注いでいる店長以外。
この後、男性はケーキセットを頼み、膝の上で眠るアンズの頭を時折撫でながら食事と読書(ちなみに本は猫が自己紹介する一文から始まる某小説だった)を楽しんでいた。男性と接している時のアンズは何から何まで新鮮で、目が醒めるような錯覚を起こすほどに驚きの連続だった。
そして、極めつけは、会計時にその男性客の方へ歩いて見送りをするという何だ好待遇は! と叫びたくなってしまう行動である。もはやこの客に羨望と嫉妬を覚えても仕方ないだろう。隣に立っている少年も「そこまでするんか」とごく小さな声で呟いている。うんうん、わかるわかると勝手に共感を覚えながら事の次第を見届けようと一人と一匹を見つめていると、男性はしゃがんでアンズと目線を合わせ、「また来るな」とぽんぽんと優しく頭に触れてみせた。それに満足したのか、アンズは振り返らずに中へと入っていった。それを数瞬見つめてから、立ち上がった男性が、少年と共に店を去っていく時に、ふとある事に気がついた。
あの少年が、誰かと伴ってここに来たのはこれが初めてではないだろうか。……これ以上推察するのは野暮かもしれない。頭に浮かんだ先程の考えをかき消して、私は仕事をしようと入口から離れていった。
『デート』
「イコさん、あんた相変わらずよく食べますね」
半ば呆れた声音で、隠岐にそう指摘された。
「まあ、よく言われてきたな」
幼い頃から明るいという趣旨のそれの次ぐらいには、よく食べる子だと言われ続けた。親戚はそれを良い事だと言い、母は家計が逼迫すると嘆いてはいたが、何だかんだで食事する姿を嬉しそうに眺めていた。
「でしょうね。想像つきますわ」
「それがどうしたん?」
「いえ、喫茶店のモーニングと中華食った後に大食いチャレンジのカレーを完食できる胃袋を持つ人がおるんかと思て」
「探せばおるやろ。現に目の前に座っとるし」
「……そうですね。ええ食べっぷりでしたよ」
先程まで、テーブルの上には生駒の顔の二倍はあるのではないかというぐらい大きな皿に、溢れんばかりに盛り付けられ、さらに縁を彩るように焼き茄子で囲われたナスカレーが滞在していた。今、それは全て生駒の胃の中だ。制限時間四十分のうち、五分程残して完食した際には、流石に店主も顔を引き攣らせていた。今までクリアできたのが三人しかおらず、その誰もが制限時間ギリギリだったと言っていたから致し方あるまい。それを平らげた本人は、呑気にマンゴーラッシーをストローで啜っている。
「ん。隠岐のは確か、カレーコロッケやったっけ?」
一方、隠岐の側には深緑の皿に丸いコロッケが二つ乗っていた。注文を受けてから揚げる仕様で、生駒がカレーを食べ終わる少し前に運ばれてきた品物だ。
「はい。一口いります?」
「ええの?」
「そんなピカピカした目で見られたらあげん方が罪な気がしますわ」
そう言って、隠岐はコロッケを小さく箸で割り、そのまま生駒の口元に持っていった。
俗に言う『あーん』である。隠岐の表情を鑑みるに、別段その行為に恥などの感情はなさそうだったので、生駒はそれを受け入れた。まだ出来たての熱さを保つそれは、口の中でバチバチと暴れ回った後、じゃが芋などの野菜の優しい味わいと感触、そして衣の軽やかな食感が行き渡った。これは文句なしに美味い。思ったままの言葉を生駒は口に出してみせた。
「美味いな、これ。俺も頼もうかな」
「これからまだ食べるものあるんでしょう? 頼む時間はないんとちゃいます?」
「せやな。また今度食べに行こ」
「はい。じゃあこれ食べ終わったら出てきましょう」
やり取りを交わし、隠岐もコロッケを口に放り込み、瞳を輝かせてみせた。それを、子を見守る親のような目で見つめながら、生駒はこれからの予定を思い返していた。
『茹でダコとブロッコリー』
ボーダーの本部へ向かって最初に自隊の作戦室へ入った事を、水上は一瞬で後悔した。
「なあ、水上、なんや隠岐が寝てもうたんやけど、どうすればええかな」
「それは気絶って言うんですよ」という台詞が、舌の上にまで到達しているのを、何とか制止して口から転がさないように努めた。
今現在、生駒隊室内のゲームなどがある一角において、隊長である生駒が、自隊の狙撃手である隠岐を抱えてる状態になっている。ドラマによくある、主人公を庇って撃たれた仲間を抱き上げている時の体制があるだろう。あれがそっくりそのまま再現されていると思えばいい。それだけならば、何が起こったのだと焦るだろうが、既に水上はこの光景に何度か運悪く遭遇している。『運悪く』と形容するのは、ひとえに、生駒と隠岐が恋人として付き合っている事実を知ると同時に、気絶している理由が毎回同じものだからである。いい加減にせえやと腹から声を上げて叫びそうになるが、これは態と行われている訳ではないし、生駒がこの鈍感さだ。もう何回も恋人の気絶した姿を見ているのにその理由が分からないとは。しかし、それも致し方ないのかもしれない。とりあえず、この事態を丸く収めるために、隊長には一旦ご退場願おう。
「イコさん、ちょっと隠岐を寝かせてください」
生駒は返事と共に、隠岐をそっとマットの上に置いてみせた。美しい手際ですねえと現実逃避しかけてる脳みそを叱りつけながら、水上は言葉を続けた。
「じゃあ、アンタはランク戦にでも行っといてください」
「俺、隠岐が寝る度にランク戦行かなあかんの?」
「それが一番良い手段なんです。はいはい、行った行った」
「なんや扱いが雑やな。……隠岐のこと、よろしくな」
「分かりました」
とっとと出て行けと言わんばかりにしっしと手を振る水上に、生駒はやや困り顔を見せながら、隊室から出て行った。
「隠岐、お前起きとるやろ。イコさんいなくなったから早う目ぇ開けろや」
水上の呼び掛けに、隠岐が答える事はない。
「あと五秒で起きなかったら、お前の渾名、茹でダコにすんで。はい、五、四、三」
「起きますからそれは勘弁して下さい」
ガバッという効果音がつきそうな程、隠岐が勢いよく起き上がってみせた。
「最初の掛け声で起きろや」
「だって、前、起きた直後にイコさんが帰って来た時があったやないですか」
「あー……、あれは災難っちゅうか、運が悪かったとしか言えんな」
「あんなの二度と体験したくないっすわ」
「そんで、今回は何を言われたん? あの少女漫画生成機に」
「仮にも自分とこの隊長に大分ひどい言い草ですね」
「いや、もうこれまでの話聞いてたら、そうも言いたくなるやろ」
そう言うと、隠岐は押し黙ってしまった。無言は時に、肯定と同等の意味合いを持つ。
この狙撃手は、隊長の言葉にときめくと、いとも簡単に伸びてしまうのだ。その時の状況を聞くと、少女漫画か? とツッコミを入れたくなってしまうほど甘酸っぱいもので、目が死んでいくのを実感する。この間、とうとうスーパーに売られている魚の目に、俺も同じだと共感してしまったぐらいには。そんな事を思い出していると、隠岐は躊躇いがちに口を開いた。
「……ちょっと気まぐれに『おれのこと、どれぐらい好きですか』って聞いたんですよ」
「なんでそんな事聞くねん。お前はめんどくさい彼女か」
「間違ってはないですね」
「……ハア?」
「聞きたいですか?」
ツッコミに対し、思わぬ答えが帰ってきた事に動揺しつつも、これ以上関わり合いになりたくない一心で、水上は眉間に皺を目一杯寄せて両方の耳を塞ぐジェスチャーをした。意地でも聞かんという意思表示である。隠岐もそれを予想していたようで、しらっと言葉を吐いてみせた。
「さっきのは口が滑っただけなので気にせんといて下さい」
「気にしてたまるか。そんで、イコさんはなんて言うたん? その質問に」
「……『そらこの世の中におる人間の誰よりも愛しとるけど、そんなふわふわした言葉じゃ伝えきれんから隠岐の好きなところ一個ずつ言ってくな』って言うた後に延々と言い募られてキャパオーバー起こして、そん時に『後その表情も好きやで』って言われて死にました」
「……そうか」
後半、言っていて恥ずかしくなってきたのか、やや早口になり最終的に横を向いた隠岐の耳は赤くなっていた。頬も若干紅に染まっている。相も変わらず、気が遠くなる程どぎつい甘さの話である。口から砂糖を吐きそうだ。着々と目に澱みを作っている間に、何とか回復したらしい隠岐を見て、言いたい事はただ一つだ。イチャつく場所を考えろ。水上は自分の災難を振り返りながら、その言葉をひたすら心で叫んでいた。