『……いつかはやると思っていた。俺は嬉しい』
「ラボを使うには親父の許可が必要だ……息子の権限で使わせてもらうぞ」
『ついに、お前が俺の夢を継いでくれるときが』
「多分永遠に来ないと思うよ。俺はただ、やりたいことをしたいだけだから」
『それでもいい。いつかはお前も手を出すのだ……ヒューマギアのシンギュラリティ研究にな』
もうとっくに手を出してるよ。
なんて、口が裂けても言えない。
それを言えば、あのクソ親父と同じ道を辿るハメになる。それだけはいやだ。
『申請が受諾されました』
『ほら、これで使えるだろう』
「……ありがとう」
『ちゃんと礼が言えるのはいいことだ』
もうその声は聞きたくない。
早々に通話を切る。
でも、これでラボが使えるようになった。
とりあえずは……ゼロワンドライバーだ。
工程を重ねて、設計図やデータにある素材をかき集めて……。
溶接、動作テスト、溶接、動作テスト……。
形にはなった。まだ歪だけど、これは時間が余ったときに直すことにしよう。
3Dプリンタの力は偉大だ。
勢いよく腰に巻きつけると『ゼロワンドライバー!!』と音がする。
この音声要らない……と思ったが、どうやらこの音声システムはゼロワンドライバーの深部に組み込まれているらしく、製作の過程で消すことは不可能だった。
……なんで?
まぁ結果的に、ゼロワンドライバーとプログライズキー。2つは用意できたわけだ。
あとはライダモデルだが……そうだな、最初のライダモデルはウサギにしよう。
それじゃあ、ウサギのいるところまで移動しよう───。
◇
「きゅー!きゅー!」
「こら待て……待ってってば!」
「きゅー!」
動物園。
触れ合いコーナー。
「きゅー!」
全ッ然捕まえられない……!
観察してデータを取りたいのに、こちらの不穏な雰囲気を感じてか全くこちらに寄ってこない。
「ママ、あのお兄ちゃんおめめの下が黒いよー!」
「シッ!!ウサギさんと遊びましょうねぇ〜!!」
……もしかして近寄られないのって、この隈のせいか?
だとしたら、今日は帰ってまた明日、良く眠ってからのほうがいい気がする……。
せっかくプログライズキーが完成したのになぁ……。
ポケットに手を入れて、ブランクプログライズキーを取り出し……。
取り、出し……。
「……ない……」
「きゅ?」
プログライズキーが、ない。
ちょっと待て、どこに落とした!?
軽いから落としても気づかなかったんだ!
バッと辺りを見渡す。
「おい……返して?それはお前の晩御飯3、4年分は価値があるんだ」
ウサギという身で賢い頭をもち、群れのリーダーでありながらこの触れ合い動物園のマスコット。
『みーちゃん』が、俺のプログライズキーを咥えている!
「待っ、それ返せぇぇぇぇぇ!」
「むきゅううううううう!!」
体が小さく、すばしっこくて捕まえられない。
自身の体の半分くらいの大きさはあるプログライズキーを咥えて、重心をブレさせることなくひょいひょいと俺の手を交わす。
動物育成用ヒューマギアが、騒動を聞きつけてやってきた。
「あーっ!困りますお客様!みーちゃんへの乱暴は困りますお客様!」
「こっちだって好きで追いかけてるんじゃないんだけど……」
「むっきゅうううううううう!」
みーちゃんの飛び上がりキックを交わし、突き出した手は空を切る。
膠着状態で睨み合って、互いに隙を窺う。
ふっと息を吐いた俺の隣を、一頭のライオンが通り抜けて……。
は?ライオン?
「「「きゃああああああああ!?」」」
ライオンが逃げ出している。
だが客を襲う素振りは全くなく、ただ一心に何かから逃げているような素振りだ。
「……いったん休戦にしよう。わかるね?」
「むきゅ……」
ライオンが逃げてきた方向を確認する。
赤い目をしたヒューマギアが鍵を持っていた。
……赤い、目。ヒューマギアって目は青いんじゃなかったっけ。
鍵を持ってるってことは、このヒューマギアが逃したと見て間違いなさそうだ。
鍵を持ってる反対の手には……。
「プログライズ、キー?」
ヒビの入ったプログライズキーのようなものが、握られていた。
飼育ヒューマギアの腰に、禍々しいベルトが巻かれている。
ヒューマギアはプログライズキーを正面に構えて……。
『カリス!』
ベルトに、プログライズキーを差し込んだ。
『ゼツメライズ!!』
「ああああああああああああ!!」
ヒューマギアの外郭が吹っ飛ぶ。
焼けついた体が変質し、次の瞬間には……。
「これが、ヒューマギアの暴走……?」
背中に大きな鎧を持ち、両手に鞭を持った、アノマロカリスのようなロボット───否、怪人がいたのだった。
……無理。
「それじゃあちょっと用事を思い出したのでこの辺で」
「人間、絶滅!!」
「っっっっぶな!!」
横なぎに払われた鞭をしゃがんで避ける。
風切音が、そこに膨大な存在感を放つ死があることを教えてくれた。
しゃがんだことで視点が低くなり、とあるものが目に入った。
「アッ!お前、なにやってんだ!?かじるな!プログライズキーをかじるな!」
「もきゅもきゅもきゅ」
俺の……ブランクプログライズキー……。
打ちひしがれていると、みーちゃんのかじっているプログライズキーが光を放った。
……え?なに?そんな自己防衛機能あったっけ?
「ぎゃあああああああああ」
どうやら、ヒューマギアには十分な目眩しになったみたいだ。
再びみーちゃんに目を向けると、その小さなお口には……。
「白……?」
真っ白なプログライズキーが、そこにあった。
ただの複合ガラスであったはずのその表面には、ウサギの絵が描かれていて。
それが、今の状況を打破する
「おいみーちゃん」
「むきゅ」
「お前だって、この住処を壊されたくないでしょ。……そのキー、頂戴」
「むきゅ……」
「素直で賢い。いい子だ」
ヒューマギアの股下を抜け、俺の元までプログライズキーを運んでくれる。
先程から目を押さえて蹲っていたヒューマギアも、そろそろ回復したようだ。
覆面バッタの見様見真似で、プログライズキーを手に持つ。
リュックからベルトを取り出す。
『ゼロワンドライバー!!』
肘をピンと伸ばし、手のひらに収まるプログライズキーのボタンを右手親指で押す。
『バウンド!!』
親指と中指だけでキーを回転させ、ベルトのスキャナーにスキャン。
『オーソライズ!!』
ベルトからビームが飛び出る。
どしゃあんという破壊音を聞いて思わず振り替えると、後ろにデカいウサギがいた。こころなしかみーちゃんに見えないこともない。
ボタン部分が下にくるように腕を回転させ、左手と交差させるタイミングでキーを展開する。
ベルトに装填。あとは押し込むだけで……理論上は変身ができるハズだ。
「……変身」
プログライズキーをゼロワンドライバーに差し込む。
『プログライズ!!』
『ムーンライト?ムーンライズ!!』
『クライミングラビット!!』
『
視界が急にクリアになり、体が軽くなる、
自分の体だからうまくは確認できないけど、どうやら変身は成功したようだ。
真っ白なベルトに、真っ白な体。
ウサギだ。
「俺は……俺のために戦う」
ゼロワンドライバーは、プログライズをしたときに使用者の演算能力を上げるらしい。
だったらもちろん、戦うときも……!
「ハァッ!!」
パワーアップした脚力で地面を蹴って怪人ヒューマギアに肉薄すると、思い切り回し蹴りをする。
本来、人間の脚力ではびくともしないはずのヒューマギアが、いとも簡単に吹き飛んだ。
怪人ヒューマギアは口から配線コードのようなものを出し、周りのヒューマギアがロボット兵みたいになった。
その数、いち、にい……ろく。六体か。
「大ボスもろとも、消しとばしてやるよ!」
ベルトのプログライズキーをさらに押し込む。
『クライミング!!インパクト!!』
足に白く可視化されたエネルギーが集まる。
大ボスを守るように集まったヒューマギアたちに標的を定め。
その場で空高く飛び上がり、神速のキックをお見舞いした。
イ ク
ン ラ
パ イ
ク ミ
ト ン
グ
戦闘訓練なんかしたことない体から出されたキックは、大ボスごと貫いて爆発を起こした。
バランスが取れずに地面とキスする。
……いてえ……。
ってそれよりも。
「プログライズキー!!」
爆発しちゃったけど大丈夫か?
プログライズキーを集めてノアを復活させないといけないのに……。
そう思って駆け出そうとすると、炎の向こう側にイケメンの姿があった。
頭にヘアバンドみたいなものを被っている。
「これはプログライズキーなんかじゃない……」
「は……?」
「ゼツメライズキーだ」
その手には先程俺が倒したヒューマギアが持っていたキーが。
「あっ、返せよ」
「もともと俺たちのものだ。新しいフォームを用意しても無意味だぞ、ゼロワン……」
「多分それ人違いだと思う」
「…………」
なんかごめん。
「ではお前は……?」
「ゼロワンって名前の人はもういるんだよな……じゃあゼロツーだ」
「……ゼロツー。新しいプログライズキーの使い手か……」
そうして男は消えていった。
……なんなんだアイツ。
まぁとりあえず、怪人は倒せたことだし……。
…………。
「あ。ゼツメライズキーだったかを回収するの忘れた!!」
◇
玄関を通ろうとすると生体認証で扉が開く。
自室まで戻ってリュックのベルトとポケットのキーをクッションに投げた。
革の椅子に座って隣の本棚を見る。
幼い頃に買ってもらったヒーローの本。
背表紙には『仮面ライダー』と書かれていた。
クッションに視線を投げる。
窓からさす日の光が、ベルトとキーを照らした。
真っ白な筐体。
仮面ライダー、か……。
「仮面ライダーになれば、お前を救えるのかな?」
目の前にある筒。
ノアは答えない。
「だんまりか」
パソコンを開いてUSBメモリを差し込む。
「仮面ライダーとして戦うにはもっと力が必要かも……」
あれもこれも、思いつく力を手に入れる方法すべてをメモに書き込んでいく。
俺の視界の端でUSBから出してきたデータの一覧が三つある液晶の内一つを染め上げる。
ラボはまた使うことになりそうだ……。
ガレージも改造しないと。それとトレーニングルーム。
大っ嫌いな親父は金だけはもっていた。
……けれど、俺の意見に反対しやがった。
人の命を、わざわざ見捨てるようなことをしたんだ。
「刻んでやるよ……アンタの胸に」
独り言ちる。
「