バレアレ家との契約締結から2週間、冒険者に扮したモモンガ達は組合が発行する大小の依頼を達成し、順調に知名度を上げていた。現実世界ではごく一般的な営業職だった鈴木悟ことモモンガのスキルにより、チームリーダーとして取り引きしてきた依頼主達からは「礼儀正しく物腰の柔らかい
チーム名は登録こそしてはいなかったが、エ・ランテルの冒険者や依頼主からはメンバーが3人とも黒い装いのため「漆黒」と呼ばれるようになっており、冒険者登録したての頃の「例の三人組」や「南からの三人組」よりは通りが良く、モモンガは満足していた。
冒険者組合のラウンジに受付嬢の声が響く。
「モモンさーん。お待たせしました。討伐部位の集計が終わりました」
「はい」
「依頼の成功報酬とゴブリン3102匹分の換金額、合計550金貨と2銀貨の報酬になります。額が額ですので白金貨への両替か為替手形の発行も出来ますが如何いたしますか?」
「そのまま金銀の硬貨で受け取りたい」
「畏まりました。ではこちらが報酬でございます。それと、おめでとうございます。今回の任務達成によりミスリル級へ昇格になります。同行していた天狼のベロテさんからは既に承認のサインを頂いているので既存のプレートと引き換えで新しいプレートをお渡しできますが、準備は出来ていますか?」
「あぁ、持ってきています。ここに3人分」
事前に用意していた
「ではこちらが、モモンさん、マイさん、クレマンティーヌさんのミスリルプレートになります。お受け取り下さい。ゴブリン部族連合の討伐、お疲れさまでした」
「ありがとうございます。早速で申し訳ありませんが、ミスリルで受けられる依頼で一番難易度の高いものを見繕っていただけませんか」
「はい。少々お待ちください」
受付嬢は予想していたのか用意していた書類を手際よく棚から取り出すと、一枚の依頼書をモモンガに差し出す。一連のスムーズなやり取りに受付嬢の表情は満足気だ。
「こちらになりますね。エルダーリッチの捜索兼討伐依頼です。カッツェ平原でエルダーリッチの目撃情報があり、その真偽の確認と発見の際は討伐して欲しいとの事です。
報酬はエルダーリッチの存在自体が未確定の為、前金で20金貨、所在確認で20金貨、討伐で40金貨となっています。
カッツェ平原へ行った事がありますか? 無ければ注意事項をご説明させて頂きますが」
「噂に聞いたくらいですね。説明お願いします」
受付嬢はモモンガの言葉に心得たとばかりに意気込むと喜々として説明を始める。
「では、説明させて頂きます。
まず、カッツェ平原は常に濃霧が発生しており方角を見失いやすいので、組合ではカッツェ平原に赴く依頼に関しては
また北部は帝国兵が巡回している為、濃霧で相手が判別出来ない場合は慎重に行動してください。過去に不幸な遭遇戦で冒険者と帝国兵双方に死者がでています。
そしてカッツェ平原はアンデッドが自然発生することで有名ですが、アンデッドが多く集まる場所にはより強い個体が発生するとの情報がありますので、連戦が続くようでしたら周囲に強い個体が潜んでいる可能性を疑ってください。……説明はこんなところですね」
「なるほど……。ありがとうございました。参考にさせて頂きます。ではこちらの依頼を受けたいと思いますので手続きをお願いします」
「畏まりました」
数十分後、諸々の手続きを終えたモモンガは、やまいことクレマンティーヌが待つ高級宿「黄金の輝き亭」のラウンジに現れる。
そう、ここは以前宿泊していた安宿ではなく高級宿であった。モモンガとしては安宿でも構わなかったのだが依頼主たちの目も手伝って、
人は悲しいかな第一印象もさることながら、噂の類で評価を左右してしまう生き物なのだ。
そしてミスリルに昇格した今、高級宿を利用する事である種の社会的な信用を言外に主張する事ができるのである。
――それに女性二人をいつまでも劣悪な環境に寝泊まりさせるのも悪いしな……。
「待たせたな。これが新しいプレートと今回の報酬だ。一人183金貨と4銀貨な」
「ありー」
「うー……。ありがとー……」
さくっと受け取るやまいことは対照的にクレマンティーヌは心なしか暗い。
「どうした? 浮かない顔して」
「え? いや、報酬はうれしーけど……、その……重くて……」
クレマンティーヌの腰を見るとここ2週間で得た報酬がぶら下がっている。今回の報酬と合わせると金貨400枚程だが、重さにすると12kgになるだろうか。流石にそんな重りを常時腰に付けたままでは戦闘に悪影響がでるのは間違いない。
「いやお前、確かに金貨で分配はしているけどさ、白金貨に換金すればいいだろ……」
「えー、だって白金貨って使い勝手が悪いんだもん。いざという時困るじゃーん」
「お前の“いざという時”は戦闘だろうに……。仕方がない、これをやろう」
そう言うとモモンガは手を何処か異次元へと滑り込ませるとユグドラシルのアイテムボックスを弄る。そして一つの背負い鞄を取り出すとクレマンティーヌに渡す。
「それは
「おぉ、ほんとだー! 金貨入れても軽い!! いやー助かるよーモモンちゃん!
……ところで“しょっとかっととうろく”ってなに?」
「え?」
「ん?」
「そ、そうか……ショートカットが分からないか。……どう説明したらいいんだ? というかこの世界の住人にユグドラシルのショートカット機能って使えるのかな?」
モモンガは思わずやまいこに助けを求めるように視線を向ける。
それを受けてやまいこはやや考えてからクレマンティーヌに使用方法の説明を試みる。
「クレマンティーヌ。試しにスティレットを入れてみて。入れる時、そのスティレットに、こう……意識を残すというか、心の何処かに置いておくというか……。分かるかな……」
「んー……。あぁー……、分かるような……?」
「そしたら、今入れたスティレットの存在を右手に繋げるような感じで意識を集中してみて」
「んん? こう……、武技の切り替えみたいな感じ……かな? おぉ? ぉ!? 出来た!!」
何も持っていなかったクレマンティーヌの右手にスティレットが装備された。
「良くできました。これで鞄を開かなくても中身を取り出せるはずだよ」
「うわっ! マジヤッバこれ!! このマジックアイテム凄すぎ!!」
クレマンティーヌはショートカットが気に入ったのかアイテムを出し入れしてはしゃいでいる。
そんなクレマンティーヌを眺めつつモモンガは(そういえば意味も無くショートカットを連打して装備の高速切り替えしているプレイヤーとかいたなぁ……)とユグドラシル時代を懐かしむ。
「クレマンティーヌ。無課金でも最大24個まで登録できたはずだから身軽になりたければいくつか登録しておくといい。……それにしても武技を使えるから飲み込みが早いのか、一般人も普通に使えるのか検証する必要があるな。どう思う? マイ」
「試すなら例のゴブリンのさ、えーとほら、エンリちゃんだっけ? 村娘だし、あの子で良いんじゃない?」
「(その言い方だとまるで彼女がゴブリンみたいだけど……)あぁ、確かに彼女は一般人代表みたいなところがありますよね。次にカルネ村へ行ったときに試してもらうか」
クレマンティーヌを見ると余程気に入ったのか最終的に金貨の他に主兵装であるエストックと、副兵装である2本のスティレットも
手ぶらになって見た目から剣士っぽさが無くなった結果、傍から見るといよいよ猫耳と尻尾を付けた痴女にしか見えなくなってしまったが本人はまったくその事に気づいた様子はない。
「……さて、クレマンティーヌの準備も出来た事だし次の依頼に出かけるか。目的地はカッツェ平原。標的はエルダーリッチだ」
モモンガが宣言するとミスリルのプレートを首に掛け、チーム漆黒は出発するのだった。
モモンガと契約が交わされたその日から、リイジー・バレアレはめまぐるしく動き回った。
持ち運べない家具を売り払い、転居届けを出し、最低限の家財道具を荷馬車に載せるまでを3日で済ませると、予定通りカルネ村へと出発した。
エ・ランテルから店を引き払う際、戦争を控えていた都市長からは何度も引き留めの説得があった。戦時下に於いて城塞都市エ・ランテルは王国軍の拠点となるだけに、兵の命を救う高名な薬師の流出は大きな損失であるからだ。
しかし、天然物の素材で高い効果を
リイジーが街で一二を争う名士であることも都市長が強権を発動し難い要因のひとつではあったが、かつて漆黒聖典が言った通り、エ・ランテルは王国内でも“比較的まとも”であったことに救われたかたちだ。
エ・ランテルの城門を抜けしばらく進むと、リイジーとンフィーレアに元気な声がかかる。
「ちわ~っす。バレアレさんっすか?」
「ルプー。言葉遣い」
元気よく声を掛けてきた一人は、長い赤毛を左右にお下げにした神官服の淑女であった。人懐っこそうな笑顔が特徴的だが、その背中には不釣り合いなほど大きな十字架のようなものを背負っている。格好からその十字架には信仰対象の意匠が凝らされていると思われるが、リイジーの知るどの神をも連想する事は出来なかった。
そして静かに佇むもう一人は、腰まで届きそうな薄桃色の髪が特徴的な淑女である。左目を眼帯で覆っており、表情豊かな相方と比べるとこちらは人形のように無表情であった。肩から形容しがたい道具を下げているが、楽器のようであるし打撃武器のようでもあるそれはどの様な用途で使用されるのか皆目見当が付かない。
しかし、どちらの女性も個性的ではあるが共通して驚くほどの美貌の持ち主であり、何気なく身に着けている衣装は総じて高価なものであり、そこらの王族や貴族でも手が出せない代物である事が見て取れる。神の血を持つモモンに仕えるに相応しい者たちであると素直に納得できた。
「これはこれは、えらくべっぴんさんじゃのう……。確かにリイジー・バレアレじゃ。お前さん達がモモン様の使いかい?」
「そうっす。モモン様の配下、
「同じく
軽く挨拶をすませ、荷台の空いている隙間に
エ・ランテルからカルネ村まで荷馬車で約3時間。比較的近場にある村とはいえ荷物の積み下ろし作業の事を考えると時間を無駄にはできない。それでなくとも早く
結局のところ
滞りなく村外れまで辿りつくと、まず最初に目についたのは、10人程の村人が男女問わず
野盗の襲撃により仲間の半数を失った彼らが、ただ失意に沈むのではなく、武器を手に取り訓練する様は、事情を知る者からすればその意思の強さに感嘆たる思いを抱いたであろう。
リイジーの荷馬車が広場へと着くと、村人達が歓迎する。
しかし引っ越してきたことを伝えると「大」歓迎に変わった。余りの歓迎っぷりに笑いながらも「少し大袈裟過ぎではないか?」と思っていたルプスレギナに、その疑問を察したンフィーレアが耳打ちする。
「この村には神官や薬師といった人が居ないんです。普通の風邪でしたら森で採れる薬草でもなんとかなるんですけど、酷い怪我ともなると街の神官や薬師を招くしかありません。当然それにかかる費用は村にとって大きな負担になりますが、野盗に襲われたばかりのこの村にはそれを捻出する余裕はありません」
ルプスレギナは納得する。訓練によってある程度は身を守る事が出来るであろう。しかし、戦闘には負傷がつきもので回復手段は必須だ。つまり、越してきたこの二人は村にとって生命線なのだろう。薬師が村の一員になれば高価な薬も街で買うよりは安く手に入るかもしれないし、場合によっては食べ物や身の回りの物で物々交換するといった融通が利くかもしれないのだ。
だからこそ農業の経験も知識も無い薬師がここまで歓迎されるのだ。
村という共同体の中で、薬師の価値がとても高い事が窺えた。余程の事をしでかさない限り村八分にはならないだろう。
ルプスレギナが広場から視線を外すと、一人の少女とそれに付き従う一匹の
「おぉ!? もしかしてあれがンフィーちゃんの想い人っすか?」
「え!? ぁ、はぃ……」
畑仕事をしていたのか、はたまた見回りをしていたのか、広場の奥から
「ンフィー! どうしたの、この荷物。あ、リイジーさんまで……?」
「お祖母ちゃんと一緒にカルネ村に引っ越してきたんだ」
「えぇっ!? お店はどうするの?」
エンリは村長から、エ・ランテルに住民募集をした事は聞かされていたし、ンフィーレアが復興の手伝いに来ることも知っていたが、まさか当のンフィーレアが村に引っ越してくるとは思っていなかったために驚きの声を上げる。
「うぉっほん! その前にお二人ともちょーっといいっすか?」
「はい! す、すみません、ルプスレギナさん」
「あ! 初めまして! エンリ・エモットです。あの……、こちらの方は……?」
「自己紹介は後っす。大切な話があるからまずは村長さんの所に案内して欲しいっす」
ルプスレギナはわざとらしい咳ばらいで会話に割り込むと次の任務に取り掛かる。
モモンガに与えられた二つ目の任務。それはこの村の復興支援、及び冒険者モモンの別荘とバレアレ家の工房の建築監督である。そしてそれを実行するには村長に村の復興状況などを確認する必要があるのだ。
村長にここ数日の復興状況を聞くと、どうやら
住み慣れた家を取り壊さねばならない村人も数家族いたが、戦闘の矢面に立つ
「これじゃ、全然ダメ」
しかし、そんな一念発起した村人たちの防衛計画が書き込まれた見取り図を前に、無慈悲にダメだしする
「……修正するなら早い方が良いんで、どの辺が駄目なのか教えて貰えないですかね」
発案者の
「防衛対象を一ヵ所に集めるのはいい。だけど、この柵では時間稼ぎも出来ない。もっと高さと厚みが必要。重要なのは相手の視線を断つこと。理想はさらに堀で囲めればベター。あと、この柵の引き方だとこの見張り台からの射線が通らない。それに――」
シズ・デルタが村の見取り図に書き加えた指摘は概ね次の通りだった。
木柵案を廃し、焼成煉瓦の高さ3メートル・幅2メートルの壁にして周囲を堀で囲む事。
見張り櫓は森に面した西側に一つ、草原に面した東側は帝国領なので北東と南東に建てる事。
エ・ランテルに面した南側に正門、北側に小さな裏門。
村の西側、トブの大森林に近い位置に村人全員が入れる大き目の集会場を建て、トブの大森林まで続く地下道を作る事――。
といった具合だった。
しかし村人達からは悲鳴が上がる。
それを受けて
「いやいや、ちょっと待って下さいよ。シズさん。この村の男衆は襲撃で減っちまっている。あっしら
「問題ない。私達はモモン様から
その言葉に村人たちの視線がンフィーレアに集まる。
「はい。費用は僕が工面します。ただお金は有限なので当然ですが使い道は僕の方で吟味します」
ンフィーレアがガゼフから受け取った金貨の内、復興に使える額は金貨260枚。しかし彼は具体的な予算を村人には伝えない。税収の厳しい王国では農夫が20年かけても貯める事が出来ない額だ。村人達を信用していない訳では無いが、万が一があっては王国戦士長やモモンガに申し訳が立たないと思ったからだ。
「……それでンフィーの兄さん。この修正案に
「何体借りるかにもよるけど、日給銀貨1枚なら大丈夫。この村を囲むだけなら数日で終わると思うし、一早く安全を手に入れたいなら3体くらい借りるべきだと思う」
それほどまでに彼らは渇望していたのだ。そしてそれを叶えてくれるのが、ほかならぬンフィーレア・バレアレであり、モモンの
これでバレアレ家とモモンは名実ともにカルネ村の名士となるだろう。
そこからの進展は早かった。ンフィーレアが
「ンフィーちゃん。
「申し出はありがたいですけど今は3体で大丈夫です。お金は有限ですし、進捗を見てから調整したいと思います。それに全部モモン様の
「ンフィーちゃんは賭け事にぶっこまないタイプっすか」
「ルプー、言い方。彼は堅実。それよりも
「お、シズちゃんもやる気満々っすね。んじゃー早速男胸さんに輸送して貰うっすか!」
しばらくして、3体の
城塞都市エ・ランテルを東に50kmほど進むとカッツェ平原に差し掛かる。
噂通り常に濃霧が立ち込めており、昼間でも薄暗かった平原は夕方ともなると視界は数歩先しか見通せない程であった。さらに湿った空気が纏わりつくため、きちんと対策をしなければ容赦なく体温を奪っていくだろう。
「今日はこの辺りにするか」
モモンガはアイテムボックスからグリーンシークレットハウスを取り出すと、開けた場所に設置する。ユリ達に貸したログハウス風のコテージとは異なり、現れたのは小さなコテージガーデン。通称「
室内空間は魔法で拡張されており、浴室・台所・トイレなど生活に必要な設備が一式揃っている他、冷暖房を完備した個室を16個も備えた優れものだ。
「これもマジックアイテム? 秘密基地みたいでいいねぇー♪」
「あぁ、野営も良いんだが、今日はナザリックに戻ってアルベドの報告を受けないといけないからな。時間の節約だ。マイとクレマンティーヌは先に休んでてくれ」
「りょうかーい。疲労無効の指輪を付けているとはいえ、やっぱ横にはなりたいよねー」
モモンガ達はここまで徒歩で旅をしてきた。
転移したての頃は馬での旅に憧れていたモモンガとやまいこであったが、徒歩が一番という結論に至っていた。別に乗馬が出来ないといったスキル的な要因ではなく、単に生き物の世話は大変だという事を思い知ったのだ。
現実世界で生き物を飼ったことのなかった二人は、馬に一日10kg以上の草と50リットル近い水が必要な事に驚き、結論として「リング・オブ・サステナンスを付けて自分で歩く」を選択したのだった。一度飲食が不要になるアイテムを馬に装備させて移動したのだが、餌を運ぶ随伴馬も連れず、宿屋の厩でも飲食しない馬は相当不審がられ、悪い意味で目立ってしまった苦い記憶は未だ新しい。
コテージに入り中の広さに驚いているクレマンティーヌへ好きな部屋を使うように言うと、モモンガは<
モモンガが<
(料理好きなのかな……)
クレマンティーヌは
贅沢とは言ってもレストランで出されるような上品な料理ではなく、所謂カレーやシチューなど鍋で煮込むような料理ではあったが、一般的な旅人に重量制限がある事を考えると野営中の料理にしては間違いなく贅沢と言えるだろう。初依頼の時、漆黒の剣が作った夕食が乾物を水で戻したスープだった事を思えば雲泥の差だ。
「お待たせー。今日は焼いた鶏のもも肉にミルクシチュー。それとサラダね」
手際良くテーブルに料理を並べるクレマンティーヌに武器を持っている時のようなサディスティックな危うさが無い。
――これはあれかな。
「どうしたの?」
やまいこが自分を観察している事に気付いたのかクレマンティーヌが問いかける。
「料理を作ってくれるのはありがたいけど、もっと質素でもいいよ? 野菜とかミルクとか、
「いやー、他にお金の使い道無いしさ。気にしなくていいよ。うん」
「そう? 装備とか、オフの時に着る洋服とか。自分にご褒美をあげても良いんじゃない?」
「んー……。そう言われてもねぇ……。貰った装備以上の物なんて店に売ってる訳ないし、長らく特殊部隊にいたせいか戦いに備えるのが身に沁みちゃって今更私服には凝れないかなー。ま、美味しい物を食べるってのがある意味ご褒美になってるからいいんじゃないかな?」
「そう、満足しているならいいか……。でも食費は出す事にするよ。ボクたちは料理が出来ないからね。それを補ってくれている訳だから受け取ってもらうよ?」
「そこまで言うなら受け取るけどさ……。二人の金銭感覚がまだ微妙にずれているから一応言っておくけど、この一食で4銅貨くらいだからね?」
「へぇ……」
「……マイちゃん。これ幾らだと思った?」
「……い、1銀貨……くらい?」
「1銀貨もあれば高級料理屋で食事できちゃうよ! ……まぁいいや。冷めちゃうから食べよう」
「いただきます(……これ以上藪を突くと立つ瀬が無くなりそうだ)」
やまいこは大人しく夕食をいただく。転移から3週間強。宿屋暮らしが殆どで未だに市井の物価が身に付いていないのだ。庶民感覚を得るにはもうしばらく掛かりそうだった。
――街の市場でも覗いてみるかな……。
やまいこがそんな事を考えていると、書類を手にしたモモンガが<
「戻りました。お、今日は鶏肉か? 美味しそうだな」
「おかえりー。冷める前で良かったよー」
モモンガが席に着くとクレマンティーヌがすかさず夕食を並べる。鶏のもも肉に舌鼓を打つモモンガにやまいこが声を掛ける。
「早かったね。何か変わったことあった?」
「えーと、条約の草案が上がってきました。これです」
モモンガは持ち帰った書類をやまいこに見せる。
アルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクターの三名に、ナザリックと周辺国の間で従属・保護・同盟の三つの条件で条約の草案を課題として出していたのだ。三者から出された草案は、属性が中立のパンドラズ・アクターにより精査され、それぞれの案が統合されていた。
「共存協定の共通条項から簡単に説明すると、アインズ・ウール・ゴウンの戦力を国防用に加盟国へ貸し出す代わりに国家予算から年会費を支払ってもらいます。また加盟国間の戦争も禁止します。
そしてそれらの共通条項を踏まえたうえで、我々とより対等な関係、例えば防衛は自国の兵だけで行いたいといった相手には年会費を減額して経済的な参加に留めてもらい、内政不干渉を約束します。逆に保護を求める国へは、年会費を多少増額して軍事的な活動をアインズ・ウール・ゴウンが全面的に肩代わりし、さらに独占貿易協定を締結してもらいます。
こんなところですかね」
「了解。……従属に関しては?」
「従属に関する項目は無くなりました。従属はアインズ・ウール・ゴウンとして吸収する事を意味するので、条約を作る必要は無いと守護者たちは判断したようです」
「なるほど。言われてみれば確かに主権を放棄させるなら条約は必要無いか」
「はい。あと小さな変更点として我々が提案していた食料援助ですが、倫理的食料援助に改められました。食料を無償でバラまくのではなく、普段は通商取引を通して食料を提供し、干ばつなどで不作に陥った国に限り援助を行うといったものです」
「やっぱばら撒きは良くなかったか……。そうだ、アーコロジーはどうするの?」
「これはデミウルゴスの案がそのまま通ったものですが、アーコロジー化は従属した国や部族に対して先行して導入し、その有用性を他の同盟国などに見せつけるところから始める手筈のようです。我々が裏である程度誘導はしますが、あくまでもアーコロジーを見た各勢力の首脳陣が自主的に導入したと錯覚させる為ですね。各勢力が主導する事でナザリックの出費を抑える事ができます」
「ふむふむ、いい感じ。……うん、守護者達に任せて良かったかな。クレマンティーヌはどう思う?」
「うぇっ? 私に聞く!?」モモンガとやまいこの話をシチューを啜りながら聞くともなしに聞いていたクレマンティーヌは急に話を振られて変な声を出してしまう。
「うん。この世界の人間の意見を聞いてみたい。今の話を聞いてどう思った?」
「そう言われてもねぇ。政治とかよく分かんないし……」
「気負わなくていいから、気付いた事とか何かない?」
「んー……。同盟関係になるって事は、将来的にアインズ・ウール・ゴウンと肩を並べて戦うかもしれないって事だよね? 私が借りている装備みたいなのを同盟国にも貸し出すとかどう? 一国に一個、この国宝級のマジックアイテムを貸し出せば年会費をもうちょい取れるんじゃないかな」
「いいね。守護者達からは絶対出ない案だよ。どう? モモン。アイテムの貸し出し案」
モモンガは考える。やまいこの言う通り、確かに守護者からは出ない案だ。いや、正確には
彼らはモモンガたちがクレマンティーヌに装備を与えた事で心中穏やかでは無かったようだった。たとえユグドラシルにおいても価値の低いアイテムだと諭しても、「至高の存在が下賜する」という行為は彼らにとって特別だったのだ。
――忠誠心が高すぎるのも問題だな……。
「良い案だと思います。でも同盟国がどれくらい増えるか分からない現状では賛成できませんね。ユグドラシルのアイテムは数え切れないほどありますけど、アレらが手に渡るのは出来ればナザリックと深い関係にある者に絞りたいです。製造に必要なデータクリスタルもこの世界では補給できませんし……。ただ逆に、この世界の素材で作れる物であれば問題無いと思います」
「それじゃ、パンドラズ・アクターに
あまのまひとつは、アインズ・ウール・ゴウンの前身「ナインズ・オウン・ゴール」からのメンバーで、ギルドメンバーやNPCの装備の少なくない数を手掛けている鍛冶師だ。
この古参の力があれば、この世界の素材でも最上級、欲を言えば
「確かにあまのまひとつさんの姿を取れば8割の能力とは言えこの世界では破格のアイテムが作れそうですね……。分かりました。パンドラズ・アクターには指示を出しておきます。それとセバスにも鉱石や武具などの情報も集めさせましょう」
「うん。よろしく」
持ち帰った書類の説明が終わるとモモンガは食事を再開する。
やまいこもそのまま食事を済ませると、クレマンティーヌと一緒に翌日の準備を始めるのだった。
シズ・デルタは与えられた仕事に燃えていた。
シズは、至高の御方にとって自分がどのような存在であるかを理解していた。ナザリック地下大墳墓の安全を考慮すれば、ギミックとその解除法を熟知しているシズを外に出さないのが最適解であり、たとえ「ナザリックの為に一生外へは出るな」と命令されても殉ずる覚悟は出来ていた。
ユグドラシル時代となんら変わらぬ日々を過ごせば良いのだ。外に出られる姉妹を羨ましく思うが我慢は出来る。
しかし今、自分は外に居る。
この仕事は降って湧いた幸運では無い。その裏にユリ・アルファの働きがあった事をシズは薄々感づいていた。この場にこの身があるのは至高の御方と姉の信頼の証である。
だから、報いなければならない。
シズが今現在受けている指示は二つ。“村の復興支援”と“敵性強者と相対した際は即時撤退”する事。
復興支援とは、襲撃により失われた村の機能を復活させ自立させる事。この自立が指す意味とは、農村としての機能回復だけではなく、再び襲撃に遭っても
そして即時撤退……。シズはこの指示に従うような事態が起きない事を切に願っていた。
想定外の強者に襲われた際、ルプスレギナを盾にして撤退する事を厳命されているのだ。自分が攫われるとナザリックが危険に晒される。それは理解していたが、やはり姉妹を盾にして撤退する事は出来ればしたくは無かった。
だからシズは願う。平穏を、何事も無く繰り返される日常をただただ願うのだった。
シズ・デルタはカルネ村を見渡すと、着々と進む工事に満足した。
資材を一部節約する羽目になり、想定していた規模よりだいぶ小さくなってしまったが、出資者であるンフィーレアの判断なので致し方が無い。
一つ困った事と言えば、別荘と工房の建築監督を担当しているルプスレギナが<完全不可視化>の魔法で時折サボる事だ。レベルの近い
幸いと言っていいのか、天真爛漫な姉は最低限の監督はしている様で工期が遅れる事態には陥っていない事が救いであった。
「見つけたら、説教……」
「? 何か間違えましたかね……」
「こっちの話。気にしなくていい」
今、シズの目の前には老人や女子供が集まり、焼成煉瓦用の土を練っていた。彼らは年齢や持病などによって建築作業を手伝えるほどの膂力がない為、煉瓦を生産する作業に従事する者たちだ。
「頑張って。焼成煉瓦は頑丈。攻城兵器を持ち出されない限り、万全」
「はい!」
自分たちの生産量がそのまま村の守りに反映される為、彼らは必死に土を練る。
練り上げる土に故人を想っているのか、または仇への恨みを込めているのかは分からないが、その表情は逃げまどっていたあの時の顔では無い、強い意志を感じる。
シズは村の南側と東側に視線を向ける。
焼き上がった煉瓦を順次投入した甲斐があって正門は既に完成しており、草原に面した東側の壁もあと少しで終わるだろう。工期を縮める為、冷める前の煉瓦を使用している事が懸念材料ではあったが、歪が生じたとしても数年先であり、その際は問題個所を修繕すれば良いだけである。家屋の取り壊しを含め、既に壁の三分の一が建築済みなのは上々と言えた。
現在、村では
そこでンフィーレアは追加で2体の
今も森の中から木材を担いだ
森林から木材を搬入する為に西側の壁を建てるのは最後になるが、手慣れてきた村人達の技量からあと2週間もあれば大がかりな工事は終わりそうだ。
「順調順調」
シズは手元の書類に進捗を書き込みつつ書き足されていく完了を示す印を前に満足げであった。
独自設定
・
・
口頭で金額の言い回しに迷っています。「金貨4枚だよ」と「4金貨だよ」みたいな。前者だと「千円札4枚だよ」と言っているような気がして……。「円」に代わる通貨の名称があれば「4千円だよ」と書けるんですけど。今のところ気分で表記が揺れてしまっています。読み難かったら申し訳ない。