頑張ることが、周りの人たちへのエールになる
スポーツシーンを彩る数々の応援歌やヒット歌謡曲を手がけた、昭和を代表する作曲家・古関裕而(こせき ゆうじ)氏をモデルに、音楽とともに生きた夫婦を描く、連続テレビ小説『エール』。
今回は、チーフ演出・吉田照幸(よしだ てるゆき)監督へのインタビューをお届けします。コント番組『サラリーマンNEO』シリーズを手がけたのち、連続テレビ小説『あまちゃん』(平成25年度前期)などのドラマを演出してきた吉田監督。『エール』における演出面のこだわりを聞きました。
――『エール』を演出するにあたって、どんなコンセプトを持っていますか?
一つは“ライブ感”です。芝居は動きまで細かく決めず、ある程度は役者さんに委ねて、ワンシーンを細かくカットせずに流れで撮影しています。もう一つは、お約束をなるべくやらずに、“ひとひねり” すること。ただ感動的なシーンを置くのではなく、ハラハラドキドキのシーンから感動につなげるなど、いい意味で視聴者の方々を裏切りたい気持ちがあります。「ながら見のドラマだから……」と諦めるのではなく、朝食の箸を止めるドラマにできたら理想ですね。
――ライブ感とおっしゃいましたが、実際に撮影してみての感触はいかがですか?
主演の窪田正孝さんもヒロインの二階堂ふみさんも演技の瞬発力があり、その場で起こったことにちゃんと反応する役者さんですから、テイクを重ねても全く同じ芝居にならずスリリングですね。例えば裕一、音、三郎(唐沢寿明)、光子(薬師丸ひろ子)だけでひたすらしゃべっているエピソード(第23回)なんかは、瞬発系の4人がそろって大変なことになりました(笑)。全員が明るい“ボケ”の川俣銀行メンバー(相島一之・松尾諭・堀内敬子・望月歩)も、芝居のアンサンブルがすばらしいです。
――全体を通じて、割とコミカルな要素を重視しているのでしょうか?
笑いは欠かせませんが、コメディ然としたドラマにしたいわけではありません。目指すのは、登場人物が一生懸命やっているのにどこか笑ってしまう、泣いているのにほほえましくなってしまう……といったドラマです。
僕たちは、この番組を通じて視聴者の方々にエールを送り、「自分も頑張ろう!」と元気を出してほしい。登場人物が苦しんでいるシーンでも、最終的にはそういった感情につなげたい。その意味で、笑いがドラマの根底を貫いていると、ちょうどいいバランスで見られると思うんです。コメディにしたいというよりも、エンターテインメントにしたいと考えて演出しています。
――最初におっしゃったように、ひとひねりしているんですね。
音楽の使い方なども、通常とは少し違っています。例えば、裕一が音楽から離れる決意をして、ハーモニカ倶楽部での最後のコンサートに臨んだエピソード(第13話)。普通に構成すると、クライマックスの演奏シーンに向かって盛り上げていくのが正解だと思います。でも、このドラマでは歌や演奏のシーンが多いので、そのパターンばかりでは苦しくなる。そこで、楽曲の構成と物語の構成をリンクさせたうえで、早い段階から演奏をスタートさせ、コンサートのシーンと音楽を辞める決意に至ったシーンとを行き来する形にしてみました。そういったチャレンジもしています。
――そこまで凝ったことをするのは、音楽がテーマでもあるからですか?
そうですね。通常のドラマでは、音楽は芝居の情緒を補佐するものですが、今回は音楽が“主役”でもあるので、関係性が逆転するんです。
音楽に人生のドラマを織り込むことで、音楽自体のすばらしさを表現できれば、と思っています。『エール』の物語は戦前・戦中・戦後にまたがりますが、時代の変遷も音楽を通じて描いていく予定です。
――それはどういうことでしょう?
唱歌から歌謡曲を経て、軍歌があって、ミュージカルが出てくる……といったように、時代によって人々の聴く音楽が変わり、裕一への作曲依頼も変わってきます。音楽は時代を映すので、音楽の視点から時代を描けるはずだと考えました。戦争に関しても、音楽の視点から描いていきます。
「エール」は朝の番組ですが、戦時中のエピソードは短く濁さないつもりです。古関さんの自伝を読んでみても、戦中のお話が極端に長いんですよね。古関さんは、従軍作曲家として軍歌を多く手がけ、インパールなど戦地の慰問もされています。作曲家として戦意高揚を担ったことは、本当によかったのか――。戦後に『長崎の鐘』を作る姿を描くうえでも、戦争描写からは逃げられないと思っています。
――今回の連続テレビ小説はオリジナル作品ですが、モデルである古関さんの人生にきちんと向き合って描かれているんですね。
作られたキャラクターとして描くのではなく、実在する人のように見えてほしいですからね。作曲家を目指すキャラクターを描くなら、「何があっても夢を諦めないぞ」という設定にしたくなります。でも、実際の古関さんは、諦めたり、泣き言を漏らしたりしていた。古関さんのアイデンティティーや、大事にしていたものは変えないつもりです。
妻である音に関してもそう。モデルになっている古関金子(きんこ)さんは強い女性ですが、何事もスパッと決められるキャラクターにはしません。あくまでも「自分の意志を大事にする女性」として描き、人間の葛藤がきちんと見えるようにしたいですね。すごい役者さんが集まっているからこそ、“本当”のさじ加減を意識したキャラクター作りができています。
――いろいろな面で挑戦をされていることが分かりました!
見ている方々にエールを送るには、ただ「頑張れ!」と言うのではなく、僕らも頑張って挑戦する必要があると思うんです。もっと言えば、頑張ることがすなわち、周りの人たちにエールを送ることなんだと思います。登場人物たちが懸命に頑張る姿を描いて、本当のエールを届けられたらうれしいです。