SNSでの誹謗中傷に比べると、はるかに手続きをスムーズに進められるというわけだ。さらに問題点として、
「ツイッターの場合、書き込みを削除すると、IPアドレスの記録は1か月ほどでなくなるといわれてます。それが消えてしまうと書き込んだ人間を特定できなくなってしまうため迅速性を求められる点もネックでしょう。相手を特定できないのにデジタルタトゥーとしてネット上に誹謗中傷は残り続ける。SNSが登場する以前とは状況が全く異なるにもかかわらず、これまでどおりの慰謝料の基準や裁判官の裁量で考えるのは妥当性に欠けていると思います」
表現の自由とどう向き合うか
現在、総務省が情報開示ルールを定めた『プロバイダー責任制限法』の改善点を協議する有識者会議を設けているのは、前記のような背景があるからだ。発信者を特定しやすくできるよう、SNS事業者などが被害者に開示できる情報に、電話番号を加えるといったことが話し合われている。高市早苗総務相は記者会見で、「相手方の特定に時間がかかる。適切な刑事罰のあり方を考えなければならない」と法改正も示唆している。
その一方、「表現の自由を侵害しかねない」といった声も上がる。何が意見で、何が誹謗中傷かあいまいなままでは、表現の範囲が狭まるのではないか、と。
先述した「勝利に貢献できるよう練習しろ」を例に挙げれば、否定的な意見を書く際に名誉毀損的、侮辱的と見なされる可能性があるため、指が止まってしまいそうだ。
「つぶやく回数以上に、勝利回数に貢献してください」
これなら問題なさそうだが、批判のはずが、「なぜ丁寧語になっているんだ」と自問自答したくなる。
「批判的な表現に対して、反論で対応するのが表現の自由を確保するうえで大原則です。表現内容そのものを、処罰の対象にすることは基本的には望ましくありません。ですが、ネット上の誹謗中傷ととれるものの中には明らかにやりすぎているものも散見されます。どのように折り合いをつけていくのか──、とても難しいと思います」
『食べログ』や『Amazon』のレビューを見ると、訪問する意欲や購買意欲を損なわせるような書き込みがある。しかし、肯定的なレビューばかりが並んでいれば、それはもう自由とはほど遠い。ある程度の清濁は、表現の自由を考えれば許容せざるをえない。
「スパイシーな批判は必要だと思いますし、言論の保護と見なされる可能性も高いでしょう。ただし、根拠のない悪口や人格を否定するような内容に及ぶと、誹謗中傷の類いになる。そこをひとつの指標として念頭に置いておいてください」
コンテンツのプロバイダーや電波を使用する携帯キャリアの管轄となる総務省は、7月には制度改正の大枠を示すとしている。仮に法改正に至ったとしても、ツイッター本社は米国・カリフォルニア州サンフランシスコにある。海を越えたIT企業が、どこまで応じるかは不透明だろう。
「『プロバイダー責任制限法』の改正に加え、国が“誹謗中傷とはどういったものを指すのか”といったガイドラインを提示することも必要なのではないか。そのガイドラインに従って、ふさわしくない書き込みがあった場合は、自主的に削除する、自主的に開示する、そういったルールを作ることも大事でしょう」
今やSNSは、現実社会のコミュニケーションやカルチャーと密接につながっている。「誹謗中傷されたくないならやらなければいい」「そんなものはスルーしてしまえばいい」などという意見も聞こえてくるが、ファッションとしてミニスカートを楽しんでいる人に、「そんな格好をしているから襲われるのだ」とおせっかいを焼くようなもの。ファッションもまた表現の自由であって、他者から釘を刺される筋合いなどないだろう。
私たちは、加害者にも被害者にもなる可能性があるSNSと、上手に向き合っていくしかない。
「学校で、SNSをするうえでの望ましいマナーや使い方などを教える、といったことも本格的に議論されてもいいと思います」
と高橋さんが言うように、SNSが身近になった今、“軽い出来心”で投げかけた言葉が刃にならないよう、大人も含めて学ぶ姿勢が問われている。
【ネットで被害を受けた芸能人たち】
以前からネット上で芸能人は謂れのない誹謗中傷に悩まされてきた。「留守は放火のチャンス」などと書き込まれ刑事告訴に踏み切った川崎希。舌がんの手術を受けた堀ちえみに対して「死ねばよかったのに」と、ブログに書き込んだ女性は脅迫容疑で書類送検された。西田敏行は「違法薬物を使用している」などと虚偽の記事を書き込まれ、ブロガーの男女3人が威力業務妨害の疑いで書類送検となった。
(取材・文/我妻アヅ子)
【プロフィール】
高橋裕樹 ◎2008年に弁護士登録。少年事件や遺産問題にも強い。著書に『慰謝料算定の実務第2版』(ぎょうせい刊)がある